第37話 山賊王子 〜その3〜

 私自身整理できていないので、私とハクビのえまーじぇんしーな事態から少し戻って整理していく。




「リムノス人と共に山賊退治って……一体何でこんな事になってるのよ……」




 エリス大学を離れて、領内を荒らす山賊達が根城にしているとバンドッド山を目指して馬上で揺られている私は相変わらず事態を把握できていない。




 午後の陽気に包まれ、リムノス第三王子とその一団と共にゆるやかな街道を進行している。




「カタリナ……本気で言ってるなら、 それはもう病気と言っても過言じゃないぞ……お前がリムノス第三王子の要求に全て肯定した結果こうなってるんだ……生徒相談の対応を任せたのは俺だし……お前とあの王子の意思疎通が俺の理解を遥かに上回った所で行われていて、止める事のできなかった俺にも責任があるのはわかってる、 フェイ様も教会から招集をかけられて不在の状況だ、 今お前を守ってやれるのは俺しか――」




 まだ続いてるけど、ハクビの話が長くなりそうなので一旦聞き流す。


 タンデムサドルという二人乗り用の乗馬鞍に私とハクビは二人で一頭の馬に跨っている。


 手綱はハクビが握っているが、私を抱き込む様な形でハクビは私のすぐ後ろで馬に跨る。


 馬上は後ろの方が揺れるからという配慮からだろうが、小うるさく小言は言っていてもハクビのこういうフェミニズムが徹底している所は素直に感心するし、嬉しくもある。


 幼馴染で性別関係なく接してくれているように見えても、私をキチンと女の子扱いしてくれるから。




 「メグが手綱引くとホントに揺れないよなー」と、私達の隣で同じく二人で乗馬しているリムノス第三王子が、その特徴のない容貌に現在の午後の長閑のどかな陽気のような表情を貼り付けながら呟く。


 こちらはフェミニズムと真っ向から対立するかの如く、だ。 


 乗馬していることすら不自然な程、可憐なエル人少女マーガレットが自身の前で跨る王子を抱き込むかのように手綱を握っている。


 ぬかるんでいたり、平坦ではない道も物ともせずに、馬を乗りこなす技術はハクビよりも上に見える。


 半端なプライドを持たずに、できる技術を持っている者に任せているというのであればジェンダーギャップに囚われない、男女平等で柔軟な思考であると言えるかもしれない。


 


(ハクビみたいに男らしく女性をエスコートできないのかしら……)


 


 女の偶像を押しつけられる事は嫌いなのに、私自身も男への偶像があるらしく、自身で手綱を握らない王子の様子に苛立ちを覚える。


 否、正直ずっと前から王子の事が嫌いだったから、彼が何をしいても肯定的に捉えられない。


 今回の事もそうだ。


 私とハクビが王子達と同行する事になったかは……八割方、私が悪い。




 王子は様々な特産品をリムノスやエル神国に卸したり、貿易したり、と、数百人で構成され大きな商会組織を運営している。


 しかしながら、エーテル鋼という我々エル人にとっては大っぴらには芳しくない物も商品として取り扱っている。


 先天的、または後天的に魔素排出しづらくなってしまったエル人にとってエーテル鋼は薬にもなるから王子に助けられているエル人も少なくないかもしれない。




 傑物なのか愚物なのか判別しづらいが、王子の様に元は敵対国であるエル神国と真っ向から貿易する、王族のくせに商魂たくましい輩もいればそうでない輩もいる。




 現在、我々が向かっているバンドッド山を根城にする山賊達がそうだ。


 各地で保管、または運搬されているエーテル鋼を強奪して、高額で売りつける。


 売りつける相手はリムノスだけでなく、エル神国も含まれるというのだから、どちらの国にも腐った膿はいるものだ。




「強奪されたエーテル鋼を取り返して、俺が正値で取引してやろうと思ってな。 強奪された奴らも泣き寝入りするだけよりはマシだろ?」




 ……商会とは名ばかりの、とんだヤクザ集団だ。




 王子の目的は山賊討伐ではなく、盗まれたものを盗み返すのが目的との事。


 山賊達の規模は不明との事だが、両国を巻き込んで派手な事をしでかしてる連中の規模は決して小さいと思えない。


 リムノス正規兵は使わずにまずは少人数で様子見、あわよくば強奪してしまおう、というわけだが、そんな危険な真似をフェイ様にさせるわけにはいかない。


 こんなわけのわからない変態の理屈でも、きっとフェイ様は渋々了承してしまうだろうから。




 ヴェイン領内に巣食う山賊ならば、我々エル人が対応すべき問題だろうし。




 だから、王子の話は半分に、フェイ様に伝えない代わりに私とハクビが協力を承諾した形だ。


 ……勝手に私だけでなく、自分の身の振り方を決められたハクビは、神経質に7割と3割に整えられた前髪が10割垂れてしまうくらい驚いた様子を見せていたがそれはスルーしておいた。


 


(私が人の機微に聡い方だとは思わない、でも、フェイ様の想い人はきっと……絶対に認めないし認めたくないけど)




(もちろん、 あの方に限って山賊如きに不覚を取るなんて考えられないわ……それでもこんな変人変態の要求なんて対応させたくないもの)


 


「ソロルに伝言頼んどいたけど、 フェイちゃんに何の話もしないで出てきちゃったから後でめっちゃ怒られそうだな。 ま、 いつも通りアルを身代わりにしときゃ問題ないだろうけど」


 


 フェイ様が怒り心頭で魔導を解き放つありさまを想像して面白がっているのか、クスクスと呑気な笑い声をあげる王子。


 真後ろで手綱を引くマーガレットに話しかけているが、マーガレットは宝石の様に輝く碧眼の中にハートマークを描きながら「しゅきしゅき」と異音を発し、恍惚な表情を浮かべている。




「……馬上で二人っきり……物語みたいでロマンティック……タ、 タッド、 危ないからもっと近づくの。 あなたは私が守るから」


 


 私とは違って清楚で可憐に見えるマーガレットが手綱を引き、王子を優しく抱き寄せて護衛宣言する様は、物語というのであれば男女逆転の役割に思える。


 言われた当人はセンキューセンキューと宣うだけの唐変木だし。


 更に二人っきりでもない。


 私やハクビだけでなく、リムノス風王候補と呼ばれている割には影の薄いからくり兵アルや、懇意にしている?(本当にそう言われた、これもパニック材料)女盗賊デヴィを頭領としたその集団十数名達。


 


(王族の癖に、 盗賊と懇意って何なのよ……何でこんな変わり者をフェイ様は……)


 


 ケセラセラを顔面中に貼り付けて、能天気な陽キャを地でいく王子に、フェイ様が拐かどわかされていると感じている私はどうしても突っかかるのを止められない。




「男らしくなくて、 みっともない……」




「ん? カタリナさん、 だっけ? なんか怖い顔してどしたの?」




「女性をエスコートする紳士には程遠い、 と言ったのよ」




 他者との関わり方が基本的に攻撃的な私の発作の様なモノとハクビは感じてるのだろう。


 実際、八つ当たりのとばっちりを王子は受けている様な物だし。


 真後ろにいるハクビの表情は見えないけど、苦虫を噛み潰したような顔になっているのは想像に難くない。




 絡まれた王子もケセラセラは崩れていないが、少し怪訝そうにこちらを伺っている。




「それとも、 リムノスの王子は満足に乗馬もできないのかしら?」




「おいおい! 俺だって大国の王子だぜ? 子供の頃からやってんだ。 いくら何でも乗馬くらいできるよ! ただ、 俺がするよりメグがやった方がめっちゃ上手くて快適だし、馬にも負担かけず済むんだよ。 そしたら最近乗り方忘れかけてるだけさ!」




 できらぁ! とばかりに威勢良く言い放ち、次の瞬間にその威勢を飲み込む様は、戯言の伝統芸能を踏襲している。




「タッドが乗馬上手くなっちゃったら一緒に乗ってくれなくなっちゃうの! 余計な事は言わないで!」




 論点がズレている気がするが、可愛らしい容姿に似つかわない凛々しく引き締まった様子でマーガレットが反論してくる。


 


「そんな事言ってもあなただって、 ハクビみたいに王子が後ろから優しく抱きしめる様に手綱を握ってくれた方がいいんでしょう? マーガレット。 可愛いらしい容姿のあなたにはぴったりの役だわ」




「そんな事……当たり前でしょ! 大好物なシチュエーションなの! 勝ち気に見えるカタリナがハクビに包まれているとあどけなくてとってもキュートなの!」




「私が……キュート……だと?」




「そうよ! ラブリーに見えるの! 正直代わって欲しいくらい羨ましいの!」




「……マーガレットの方が天真爛漫に見えて可愛いらしくてラブリーだわ。 フェイ様には及ばないけど、 あなたより可愛い女の子をほとんど見たことないわ」




「きゅん……カタリナ……嬉しいの……」




 論点がズレているのは分かっている。


 でもマーガレットみたいな可愛いらしい女の子に褒められると自分でも驚く程、舞い上がってしまってお互いに賛辞を送り合うのが止められない。


 私に褒められて澄まし顔を作ってはいるが、長い金系の睫毛がパチパチと閉じたり開いたり、頬も心なしか紅潮しているし。


 私自身もマーガレットより頬が紅潮しているのを感じる。




 呆れ果てたハクビが私達のやり取りを止めようとしたその時だった。




「チョロイン同士、 騒がしい!」




 互いに賛辞を送りあう滑稽な様を一喝して止めようとしてきたのは女盗賊デヴィだ。




 デヴィは王子や私よりも長身で、リムノス人らしく黒髪黒目ではあるが勝ち気で傲岸不遜を表したかの様な切れ長の瞳の片方は眼帯で隠されている。




 ぱっつんと切り揃えた前髪に、内巻きにされたサイドの髪。


 黒を基調としたゴシックコートを羽織っているのに、豊満な胸元を乱雑に留められたボタンによって溢れんばかりに胸チラを披露。




 超ミニのタイトスカートとレザーサイハイブーツの間には太ももの絶対領域展開が発生し、全身どこをとってもシンプルにエロい美人。


 


「ウチからしたら、 二人ともラブリーだし、 今すぐベッドインしてはべらせたいわ」




「「エッッッ!」」




 バンドッド山へ粛々と進行している一団をやかましくしている自負は確かにあった。


 叱責されて当然だと思っていた私とマーガレットはエロ美人デヴィからの突然の誘い文句にエロさを感じる事を禁じ得ない。 




「わ、私にはタッドが……そそそんな簡単にチョロくないんだから……」




「わわわ私だって……恐れ多くてもフェイ様を……」




 二人とも火の魔導を顔面に浴びたかと思うほど真っ赤になっている。


 どころか、下腹部がムズムズとする感覚すらある。




「あんた達、 女のあーしに直ぐになびいてチョロすぎでしょ。 王子サマ、 そんな尻軽じゃなくてウチの馬に乗りなよ。 乗馬以外にも色々手ほどきしてやるからさ」




 女盛りの艶かしい視線を向けながら、今度は王子を誘惑するデヴィ。


 可憐な美少女マーガレット、エロ美人デヴィ、どちらに転んでも両手に花という状態だ。




「女の子同士仲良くなってくれたみたいで良かったよ。 俺はアルの馬に乗せてもらおうかな。 アル! そっち行くわ! 乗せてくれ!」


 


 しかし王子が選んだのはどちらでもない。


 美少女と美人の誘いをにべもなくあしらうと、マーガレットの馬からアルの馬に飛び乗っていく。




 女同士の牽制に勝負を制したのはそれまで全く目立っていなかった風王候補アルだった。




「タッド、 ちゃんと降りてから乗らないと危ないよ。 僕の馬だってびっくりしてる」




 無表情に無機質な対応だ。


 ただし、当たり前の様に飛び乗ってきた王子に苦言を呈してはいても心なしか声が弾んでるように感じられる。




 突然の事で女性陣は呆気に取られて、王子とアルのやりとりを見入ってしまう。


 


 陽キャの代名詞である王子。


 からくり兵らしく中性的で美しい容姿だが、物静かで影がある印象のアル。


 全く噛み合わないように見えて、魚と水の様に切っても切れない関係なのかもしれない。


 アルは目の前にいる王子を優しく抱きしめる様に手綱を握っている。


 


(え……何この感情……尊い?)




 腐った感情に囚われかけている私をよそに、アルが王子に声をかける。




「大丈夫? 揺れてない? 僕はメグと比べて乗馬苦手なんだよね」




「だ、 だい、 じょうぶ、 な訳あるか! 揺れすぎてしゃ、 喋れねーよ! ほぼ地震じゃねーか! どんだけ下手なんだよ! うぷ…… 吐きそう……」




 どうやらアルの乗馬はお気に召さなかったらしい。


 


 「貸せ! 俺がやる!」と息巻いた王子が手綱を握ると、突如闘牛の如くイキりたった馬が暴れ始め、フェイ様が放つ風魔導が如く駆け出していく。




「う、うわーー! メグ助けて!」




 マーガレットが救助に向かった時には二人の馬は視界から既に消えていた。

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