第36話 山賊王子 〜その2〜
『虚無アカシャ』
相手の虚を衝くように、反射神経を魔導で爆発的に強化して切り付ける。
エル人が最も使用してきた剣技。
反射を強化できる力量にも個人差はあり、才能のある者が虚無アカシャを使って相手を絶命させた場合、自分が死んだ事にも気づかずに突然、虚無の世界に放り出される。
反射を強化できる時間に限りがあるため、実力が拮抗した達人同士が争う場合は虚無アカシャを使用するタイミングの読み合いは必須条件だ。
ハクビは虚無アカシャの達人と言っていいだろう。
彼が本気で反射を強化した瞬間、対象を袈裟がけに切り掛かったと思った時には既に対象は切られている。
実際に切ると言う過程をすっ飛ばして、突然切り終わったと言う結果だけが残ってしまったかのような錯覚に捉われる。
筋トレは彼の趣味でもあるだろうが、得意とする大剣での剣技を最大限に発揮するために基盤となるための身体強化でもあるのかもしれない。
「カタリナ! さっさと逃げろ! こいつらの相手は俺だけで十分だ!」
ハクビの神経質そうな張りつめた声が周囲に鳴り響く。
「待って! 待ってよ! なんでこんな事になってるのよ!? ハクビだけ置いていけるわけないでしょう!?」
山賊達が根城にしているバンドッド山付近はすっかり夕闇に呑まれ、陰気な奴らが集まるには分相応、どす暗い古い森林に囲まれている。
魔導絡繰からくりを携えたリムノス人の数十名の盗賊集団に取り囲まれてしまって、緊急事態、えまーじぇんしー、大ピンチ、変局、まさかの時。
……パニックになりかけている私はありったけのピンチの類語が思いついてしまう。
威嚇するかのように、大剣を大上段に構えて盗賊集団と対峙するハクビ。
いや、実際は威嚇にもなっていない。
剣や槍、斧だといった魔導絡繰からくりを各々携えた数十人囲まれている状況では生半可なエル人の魔導など何の役にも立たない。
男の子の中でも大きな手をしているハクビの拳サイズに泥の弾丸を精製して、集団に向けて放つ――けど、薄汚い、髭面の男は難なく携えた斧の魔導絡繰からくりで私の魔導を吸収してしまう。
髭面なんて嫌い。
肌に触れる感触が気持ち悪いもの。
魔導が通じないからハクビは虚無アカシャで応戦しているけど、数人切ったところでも所詮、焼け石に水。
対してこちらは魔導絡繰からくりから魔導を放たれたら、避ける以外に手段がない上に、単純に物量で押し込まれてもなす術がない。
集団の一人が魔導絡繰からくりから氷柱をハクビに向けて撃ち放つ――と同時に思えたタイミングでハクビは氷柱を虚無アカシャで躱して相手を大剣で切り伏せる。
「カタリナ! 俺は問題ないからさっさと逃げろ!」
後ろに控える私に、振り向きもせずにハクビは叫ぶ。
(そんな事言われたって、私ハクビが一緒じゃなきゃ嫌なのよ!)
(アンタは私がいなくても問題ないのかもしれないけど、私にとっては大問題なのよ!)
声にならない。
私の悪い癖だ。
パニックに陥りやすくて、時には思ってる事と思ってもない事を宣ってしまう。
だから、自分が本当に言いたいことを言えてるか不安になって何も言えなくなる時がある。
ハクビがいなくなってしまうと考えただけでパニックになって魔導を使われてもいないのに、凍りついてしまったかのように身体が動かない。
乱戦入りまじってもハクビは冷静に集団から放たれる魔導を虚無アカシャで躱して応戦している。
でも、物量に差がありすぎていずれ押し込まれるのは明白だ。
(助けなきゃ!……あ)
ハクビに向かって駆け出そうと思った直後だ。
集団から放たれた氷柱の一つが高速で私に向かってくる。
当たれば致命傷になるかもしれない。
私が人生で考える事ができるのは、この瞬間が最後かも知れない。
私が最後に考えたい人。
(フェイ様フェイ様フェイフェイ様フェイ様フェイ様フェイ様フェイ様好き……ハクビ……いつもごめんね)
「カタリナちゃん!」
子供の頃とはすっかり変わってしまった顔と身体つき。
でも、あの頃みたいに私を呼ぶ声。
(ハクビってやっぱり昔は可愛かったわよね。 その両サイド刈り上げるの……やめたら?)
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