第34話 ヒトになれない少年と少女 〜その9〜

「結局……それかよ」


 無表情に戻って命乞いを欲するジャザリーの目的が全く理解できないオレは独りごちる。

 恐らくタッドさんを誘拐するのが大半を占めていて、命乞いさせるのは趣味みたいなもんかもしれない。

 何度も言うがオレは狂人の思考は理解できない。

 恐らく、だ。

 

 もしかして命乞いさせるのが行動方針の大半を占めている可能性だってある。

 

 ジャザリーが大鎌の魔導絡繰からくりから氷のつららを精製して、連れの赤髪の女は同じく大鎌の魔導絡繰からくりから空間が歪んで見えるほど空気を圧縮した風の刃を精製して、ほぼ同時にオレたちに向けて放ってくる。


 動けなくなったオレの正面に立ち、マーガレットは魔導でオレたちの周りに竜巻のような風の障壁を作り出すと同時に迫ってくるつららをぶん殴って破壊する。

 ジャザリー達は繰り返しつららと風の刃を放ち続ける。

 防戦一方で竜種とは思えない、オレよりも小さな手が血で滲んでいる。

 痛みで痙攣しているのか、ブルブルと震えはじめた両手は魔導を作り出すのも困難になってきているように見える。


「どうしよう……アルぅ……私達の大好きなタッドが連れていかれちゃうよ……」

 

 オレさえ動けていればこんな防戦一方な戦い方はしないだろう、マーガレットがつららをぶん殴るたびに血しぶきが舞い上がる。

 魔獣2匹を一瞬で焼き払う膨大な魔導力と、魔導のつららを殴ってぶっ壊す強靭な肉体を持っていても、俺にとってマーガレットは普通だ。

 普段凛としてみせてるけど実はテンパりやすくて、頭いいのに口下手で。

 ヒトの気持ちを読むのが苦手なのに、大好きなヒトを守るためには一生懸命で。

 

 普通の女の子だ。

 

 女の子が傷ついていく様を、ただ何もしないでいられる程、オレは化け物でもないつもりだ。

 背中に走る激痛を無視して立ち上がりマーガーレットの前に立つ。

 両手を広げて、あの時と同じように。


 自分でも無意味な行動かもしれないのはわかってる。

 だけど、オレさえいなくなっちまえば。

 マーガレットが自由に戦えればタッドさんを救う事だってできるんじゃないのか?


「ガルどいて! 危ないわよ!」


「いちいちオレを庇ってんじゃねえ! 親かよ!……いや何でちょっと嬉しそうなんだよ! ああもう伝わんねぇな!

オレはいいからさっさとタッドさんを救ってこいよ!」

 

 こんな茶番してる場合じゃない、襲ってくるであろう衝撃を見越して腹に力を入れる。

 が、見越した衝撃が来ない代わりに怪訝そうな視線を向けられる。

 ジャザリーじゃない、幼さの残る連れの女からだ。


「私知ってる……あれは化け物……化け物?……あんなに……優しそうなのに……私あのヒト知ってる?」

 

 眉をひそめて、燃え上がる炎の様な真紅の瞳を揺らしながら何かぶつぶつ唱えている。

 魔術か?

 そう思ったオレは警戒と共に別の感情にも襲われる。

 これは、そう、既視感だ。

 オレは彼女を……


 何かを思い出しかけたが、狂人の理屈でオレの思考は遮られる。


「ブルート。 あなたはいつもそう。 弱いくせに。 ヒトを守る力もないくせに。 何もできないくせに。 今では醜い化け物のくせに。 どうしてあなたはいつもワタシの大嫌いな子のままなの? ワタシは愛したいの。 あなた達はワタシに勝てないわ。 いい加減諦めて命乞いしたら? マーガレットちゃんを見捨てて醜く命乞いすれば助けてあげるかもしれないわよ?」

 

 歪む。

 ジャザリーの口元が大きく。

 オレが幼い赤髪の女に意識を傾けかけた時に相変わらず、理解不能な狂人は訳の分からない理屈をつらつらと述べてくる。

 なぜそこまで命乞いに、命乞いさせてから殺す事に固執しているのか。

 だけど、ヒトだった頃の、幼い頃のもっと弱っちかったオレだって決してこいつに屈しなかったんだ。

 

「弱くたって! 化け物だって! 譲れねぇもんは変わらねぇ! オレがお前に屈する事は絶対にねぇんだよ! 妹だって必ず見つけて助け出す!」

 

 挑むように、吐き出すようにオレは声を上げて咆哮する。

 

「そう……あなたは……変わらないのね」


 歪んだ口元のままオレに返答する。

 感情は読み取れない。

 笑っているような、怒っている様な……泣いている様な。


「――るわ」


 呟いた後にジャザリーは大鎌を構え、大鎌と同等の大きさのつららを精製し始める。

 今度こそくるであろう衝撃に備えた時だ。


「ちょーっと待ったーー!」


 夕闇刻になり、空の色は赤から黒に変わりはじめている。


 ふん縛られていたのは何とか抜け出したらしい。

 背景に一番星を携えて、怪鳥ルフの背中で腕組みをしながらタッドさんが仁王立ちをしている。

 まるでルフを乗りこなしているかのようで、王族らしく威風堂々たる姿だ。

 その実ただ誘拐されかけているだけだが。

 

「おい! エロねーちゃん達! これ以上メグとガルをいじんめんのは絶対許さねーぞ!」

 

「はぁ……許さないならどうするの? ブルート以上にあなたは何もできないでしょう? 大人しくしてれば誘拐されるだけで済むんだから静かにしてて頂戴」


「だから交渉だって言ってんだよ! アンタの要求はオレが飲む!」


 魔導も使えず、飛行するルフから落下したら間違いなく即死するであろう貧弱な肉体。

 タッドさんが吠えても滑稽に映るだけだ。

 ジャザリーですらこれまで見たこともない様子で呆れている。


「別に交渉の余地なんてないわ。 このままいけばあなたを連れて行くことなんて容易だもの」


「ちがーう! そっちじゃない!」


 ビシッと音がでそうな勢いで人差し指をジャザリーに向ける。

 突然襲ってきた狂人に対して、堂々としたその姿は記憶が曖昧なオレがこれまで見てきた人の中で最も男らしいと錯覚しかける。


「命乞いすんのは俺だ! 俺を助けろ!」


 言った台詞がとことんダサくなけりゃ。

 だが、その台詞を聞いちまったオレの胸中は別の危惧が生まれる。


「へぇ……まぁ王族なんてみんなそんなものかしらね。 見苦しくて……あさましい。 だからこそ愛し――」


 ジャザリーの表情から歪みが消えて、無表情になった瞬間だった。


 落ちた。

 飛行する怪鳥ルフからタッドさんが。

 繰り返すが魔導を使えないリムノス人が落ちたら、地面に赤い花を咲かすだけだ。

 そんな高度からタッドさんは突然身投げした。

 状況に理解不能のオレの精神は忙しく乱れる。


(え? なんで?)


(そんな話の流れじゃなかったじゃん)


(そういえば借金いっぱいあるって……)


(そんなに悩んでるなら……ちゃんと話をきいてやればよかった)


 タッドさんのことをしのんでいたそん時だ。


「アル! メグ! 俺を助けろ!」


 そう叫ぶタッドさんの声が聞こえる前に、マーガレットはオレを脇に抱えて跳躍する。

 呼吸するのも困難な程のスピードでタッドさんへ迫り、落下するタッドさんをもう片方の手で抱き寄せる。

 

 「しゅきぃ」何か異音が聞こえたが、空中で無防備になってるオレたちに向かってくる影が三つ。

 赤毛の女たちと、怪鳥ルフだ。

 

 大鎌を振りかぶり、切りかかってくるが、マーガレットが竜巻のような強風を作り出して応戦する。

 赤毛の女たちは大鎌で切りつけるのを止めて魔導絡繰からくりの特性を利用して竜巻を防ぐが衝撃は緩和できずに地面へ落ちていく。

 ジャザリー達の攻勢を退けても、空中にはまだ怪鳥ルフが残っている。

 ルフの堅牢な城壁すらも容易に切り裂いてしまいそうな巨大な鉤爪が迫ってくる。

 ジャザリー達に注意を払っていたマーガレットは完全に無防備だ。

 オレは何とか火の魔導を練ろうとするが、背中の傷が痛んで聖紋に魔素がうまく運ばれない。

 諦念がよぎったその時だ。


「「アルっ!」」


 マーガレットとタッドさんが叫ぶ。

 直後、目も開けていられないほどの暴風が吹き荒れ、オレたちのすぐ真上を巨大なかまいたちが通り過ぎる。


 とにかくオレの理解を超える事が幾つも今日は起こる。

 かまいたちが通り過ぎた方向を見ると真っ二つに割かれた巨大な怪鳥の姿があった。

 事態をまったく把握できていなくても状況は続いていく。


 地面にぶち当たる寸前、マーガレットは竜種の姿になって赤と黒の混じった空へ向けて飛行しながらその場を離脱する。

 オレとタッドさんを金色の鱗が生えそろっている背中に乗せて。

 

「いやー! まじで危なかったな! おい! ガルはあのエロねーちゃん達とどういう知り合いなんだ?」


「タッド……さっきから思ってたんだけど、 エロいエロいってなんなの? 私とフェイの裸を見たときはそんな感じじゃなかったじゃない。 なんであんな怖い女たちには興奮しちゃうのよ?」 


「え?……いや! 興奮はしてないよ別に! ただちょっとシチュエーションの違いというか直接視覚にくる恰好だったというか……」


「もういいの! タッドの浮気者! フェイならまだしも女なら誰でもいいのね! いいの! 私も明日からガーダーベルト履くから! ちゃんとエロいって言ってよね!」


「ええ……なんで急に……しかもメグが履いてもあんまりエロくなさそーなんだけど」


「ひどい! なら服着るのももうやめる! 元々そうして生きてきたんだもの! 簡単だわ!」


「野性味あふれちゃって益々エロくなくなっちゃうじゃん。 戻ってあのねーちゃん達にエロとは何か教えてもらいに行ったほうがいいんじゃねーの」


「ちょっと待て! いい加減状況を整理させてくれ! 空中で赤毛達を退けた後! ルフを切り裂いたあのかまいたちみてぇのは何なんだよ!」

 

 危機を切り抜けたと、談笑を始めた二人をよそにオレの頭ん中は疑問符だらけだ。


 死ぬかもしれないのに、なんであんな簡単にルフから飛び降りれたのか。

 オレ達にあたってもおかしくないギリギリの場所を通り過ぎて行ったかまいたちの正体はなんなのか。

 マーガレットとフェイの裸をいつ、いったいどうやってタッドさんは見たのか。

 このまま黙っていたらマーガレットは明日から突然裸で生活し始めるのか。

 

「じゃなくて! なんであんな簡単に身を投げたんだよ! 死ぬかもしれねぇだろ!」


「一人で何を悶えてんだよ。 アルとメグは俺がいないとダメだからな。 絶対に助けてくれるとおもってたぜ」


「アルさん? あの場にいなかった……いや、 まさかずっと走って追いかけてきてたのか?」


「ああ。 なんか視界の端に見えたから頃合いだと思って飛び降りたんだよ。 それ以上近づかれたらアルも危ないしな。 今頃あいつも逃げてるだろうからどっかで拾ってやんないとな」


「マジかよ……じゃあ、 ルフを切り裂いたあのかまいたちは……」


「アルの魔導絡繰からくりだよ」


 リムノス王国には四王しおうという兵士最高位の称号がある。

 最強は炎王えんおうと聞くが、風王ふうおうだって何万といる兵士たちの頂点だ。

 その次期風王ふうおう候補に認定されているアルさんの実力は伊達じゃないってことか。

 

「視界の端って……オレは全然アルさんがどこにいるか見えなかったぜ。 そんな遠くからじゃアルさんだってルフだけじゃなくてオレ達に攻撃を当てちまう可能性があったんじゃないのか?」


「それはないな」


 オレの疑問符に対して確信めいた、というより絶対にありえないといわんばかりのドヤ顔でタッドさんが返す。


「そうね。 いつも私たちのことばかり考えている気持ち悪いアイツがタッドと私を傷つけることなんて絶対にないもの」

 

 ドヤ顔のタッドさんとは別に辟易した口調だが、それだけは揺るがないといった様子でマーガレットも話を合わせる。


 (なんだ? そりゃ。 会話もしていないのに自分がいなきゃダメだから必ず助けてくれるって確信してるなんて相変わらずカッコいい事で。 ん? あれ? オレだけはやっぱり切り裂かれる可能性あったんじゃ……)

 

「んで? ガルこそ結局どういう知り合いだったんだよ? 俺を誘拐しようとした割には、 なんかやたらお前に固執してたみたいだけど」


 呆気に取られて間抜けヅラを晒してるであろうオレに構わずタッドさんは再度同じ質問をしてくる。


「オレだってアンタとそう変わんねぇよ。 突然現れたアイツに化け物にされるしゅをかけられて。 ただ――」


「ただ?」


「……いや、 あいつはオレの妹をどっかに連れて行っちまった。 探したいが唯一の手掛かりのあの女はめちゃくちゃ強い上にあの通り会話にならねぇ」


魔導絡繰からくりを扱うエル人なんて初めて見たもんなー。 じゃぁガルはオレと一緒に来いよ」


「脈絡ねぇな。 なんでだよ。 オレは妹を探したいんだよ」


「探すにしたってお前だって生活しなきゃいけないんだから俺が雇ってやるよ。 それに魔導絡繰からくりを扱うエル人の情報だったら俺の商会に集まりやすいと思うぜ。 俺が主に扱ってる商品は知ってるだろ? あの女はまた俺を誘拐しようとするかもしれない。 きちんと対処すればとっ捕まえることだって可能かもしれないぜ。 つまり、 一石三いっせきさんドラゴン……いや、 何でもない。 どうだ?」


「……そうだな」


 実際それが一番いいのかもしれない。

 タッドさんはリムノス人で魔導絡繰からくりを製造する上で欠かせないエーテル鋼の流通にも詳しいだろう。

 目的の中で最上位にあるはずの妹を探す上で最良の提案を受けたはずなのにオレは生返事をしてしまう。


 ジャザリーを思い出しちまってたからだ。

 狂人としか思えなくて、言動も、服装も、常軌を逸した強さなどすべてがオレには気色が悪い。

 だけど、ジャザリーがオレに言った台詞が耳にこびりついてやがる。

 笑っているのか、怒っているのか、泣いているのか、口元を大きく歪ませたあの奇妙な表情で呟いたあの時。


憧れるわアドマイヤ


 真っ暗になっちまった夜空だ。

 マーガレットは学園都市トウワイスに向けて飛行しているのだろうが、暗くて少し先の空すらオレには見えない。

 あんだけの大立ち回りしちまったけど一体何を贖罪とすればいいのかも決まっていないしわからない。

 フェイが事態を収拾すると言っていたけどどうなっていることやら。


 化け物扱いは変わらないかな。

 オレだってそう簡単に変われない。


 ヒトに憧れて、ヒトに憧れられて。


 ヒトになれない獣として生きていくしかないから。

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