第33話 ヒトになれない少年と少女 〜その8〜

 何年振りの再会かは覚えちゃいない。

 ガキの頃と違ってオレは義手女より背丈も大きくなっている。

 ジャザリーは複数の魔獣ともう一人女を連れていた。

 恐らくしゅで操っているのだろう。


 鷹の様な顔面に下半身はライオンの様な魔獣グリフォン。

 竜種の姿のマーガーレットとタメを張る巨大なオオワシの魔獣ルフ

 ニワトリの様な見た目に相反した巨大な翼と蛇の様な尾を持つ魔獣バジリスク。

 一匹でエル神国正規兵1個中隊に匹敵すると言われる魔獣のどいつもこいつもが我がもの顔でオレとマーガレットの上空を飛び回っている。


 地上に佇むジャザリーは口元を歪ませた笑みを浮かべている。

 もう一人の女はジャザリーよりも若い、というより少し幼さすら残るが風貌は彼女に似ている。

 肩までかかった赤い髪に深紅の瞳、胸元の開いた赤いゴシックドレスの裾は短くガーターベルトを巻き付かせている。

 こいつも肩口から先が見事になくなっていて義手を取り付けている。

 ジャザリーとは逆の腕だが、おあつらえ向きに大鎌まで揃えてある。

 並び立つその様は死神のようにも見える。

 

「げぇー! 超こえーよ! おい! ガル! そこのエロねーちゃん達は何なんだ! 知り合いか!? 助ける様に頼んでくれよ!」

 

 飛行する怪鳥ルフの背に縛り付けられていても、タッドさんはいつもの調子と変わらない。

 声ばかり大きいだけのボンクラ王子、オレだってそんなに知らないんでアンタと違わねぇ。

 ていうかアンタエロいとかそういう感情あったんだな。


「タッドさん! 少し黙っててくれ!」


 こんな狂人の考えなんか全く分からないが、やってはいけないことは覚えてる、いや、思い出した。


『ジャザリーに命乞いをしてはいけない』

 

 オレの両親や村のヒト達を殺し回っていたジャザリーは命乞いをする者を醜いと言っていた。

 醜いから愛せて、だからこそ殺せる、と。

 全く理解出来ない感性だし、愛した後に殺してしまう意味もわからない。

 命乞いをしなかったオレは醜い姿になる様に魔獣化させられ、究極のニ択だが。


「タッドをどうする気……彼を離して……!」


 声を荒げてはいないが、静かに激昂するマーガーレットがジャザリーに向かって言い放つ。

 自らの周囲に風の魔導の絡み付かせ、金糸の様な金髪が揺れる。

 風の魔導には電流が混じって帯電している様にバチバチと音を立てている。

 二種類混合した魔導なんて聞いた事もないが、その姿が臨戦態勢である事を告げている。

 剣吞な様子のマーガーレットに少し視線を移した後にジャザリーはオレに向かって告げる。

 

ヒトになれない獣アドマイヤ•ブルートが二匹ね。 獣同士が慰めあってるサマは滑稽で見苦しいのに……一度は憎悪に支配されている様に見えたけど、 ブルート。 あなたは相変わらずワタシの大嫌いな子のままなのね」

 

 歪む。

 ジャザリーの口元が更に。

 狂人的な思考も、男を惑わす様な妖艶さもオレにとってはとにかく気色が悪い。

 ガキのオレはその異常性に震えている事しか出来なかったが、毎日毎日切り刻まれていたオレには反骨心みたいなもんが目覚めている。

 

「けっ! 相変わらず訳わかんねー女だが、 オレもテメーが大嫌いだってとこは一緒だぜ! シェリをどこにやった!?」


「あなたの身体を醜く変えた母親への第一声がそれかしら? 完全にヒトに戻れる可能性も考えずに、 相変わらず妹の事ばかりなのね……盲目な程に」

 

「うるせぇ誰が母親だ! 戻りてぇが優先順位の問題だ! テメーに会話が通じるなんて思っちゃいねぇ! 痛めつけりゃ少しは話しやすくなるんじゃねぇのか!」

 

 会話をしながら貯めておいた火の魔導を口から吐き出す。

 街中では被害が気になって出来なかったが今回は全力だ。

 魔獣姿のオレより巨大に膨れ上がった火球をお見舞いしてやる。

 街中で放ったら何戸かの家屋を破壊する威力だったが、ジャザリーの隣りに居た女が大鎌を回転させながら火球をいなして吸収してしまう。

 

(ちっ! こいつもエル人の癖に魔導絡繰からくりを扱うかよ!)


 染髪なのか地毛なのか判別つきづらいが、赤毛の赤目も一部エル人に見られる特徴でもある。

 魔素を吸収しちまうエーテル鋼をエル人は長時間触れていると体力を奪われて魔導を扱う事が出来なくなる。

 ジャザリーも連れの女は魔導も魔術も恐らく相当なモンなんだろう。

 だがこいつらは義手を使う事でエーテル鋼の特性を上手い具合に利用しちまってる。


 エーテル鉱で作られた武具魔導絡繰からくりを携えたリムノス人はエル人の天敵みたいなもんだが、魔導と魔導絡繰からくり、更には魔獣すらも扱うこいつらはヒトの天敵と言ってもいいんじゃないだろうか。

 

「お母様! この化け物達は私が引き受けます! お母様は王子を連れて先に行ってください!」


「ええ! 先に行かれたら俺、 誘拐されちゃうじゃん! 交渉だ交渉! 何が目的なんだよ! 言ってくれたら力になれるかもしんないじゃん!」

 

 赤いドレスの女が叫ぶ内容に納得しないボンクラ王子が商売魂を見せようとするが、タッドさんが喋る度に余計な事を言わないかオレの方も気が気でない。

 オレはともかく、マーガーレットを化け物扱いしてる事も気に入らない――


「あなた程度で竜種が御し切れるとは思わない事ね。 後ろから狙われるよりは王子を盾にして竜種を戦闘不能に追い込む方が面白そうだわ。 王子誘拐はその後ね」


 商才がないと有名なボンクラ王子の交渉には乗らず、ジャザリーは冷静に状況を分析している。

 歪んでいた口元は無表情に戻っている。

 が、ついに耐えきれず、烈火の如く怒りを爆発させたのはマーガーレットだ。


「タッドを連れて行くなんて……絶対に許さないの!」

 

 マーガーレットは貯めていた魔導を解放する。

 暴風が吹き荒れて人間大の風の刃が幾重にも魔獣達や赤髪の女達へ向かう。

 

 魔獣達は風の刃を己の魔導で防ぐ、しかし同時に雷鳴が聞こえたかと思うと稲光が走り魔獣達の身体を焼け焦がし、いとも容易くグリフォンとバジリスクを葬ってしまう。


 同じくマーガーレットに魔導を放たれていた赤髪の女達。

 こいつらの恐るべきは魔導絡繰からくりの性能だ。

 大鎌を大きく回転させて振り回して風と雷光の混じった魔導全てを吸収してしまう。

 

 怪鳥ルフにはタッドさんが乗っかってる手前、雷光を混ぜていなかったのだろう。

 ルフが風の刃を魔導で防ぐのは予想していたのか、マーガーレットは大きく跳躍してルフに近づいていく。

 

 混合魔導が赤髪の女達に防がれた時点で目論見が外れている。

 いや、盲目的なまでに焦がれているタッドさんが誘拐されそうになっているんだ。

 元から赤髪の女達への注意など散漫になっているのかもしれない。

 魔導で強化しているのか、元々の肉体のスペックかは分からないが、飛行するルフに飛びかかっているマーガーレットは今、ジャザリー達に完全に無防備な状態だ。

 全身に汗が流れる悪寒を感じたオレは慌てて魔導で一時的に身体を強化してマーガーレットへ向けて跳ね上がる。


「マーガレット! 危ねぇ!」


 ルフが巨大な鉤爪で反撃してきたのを身をよじって躱したマーガーレットが拳を振りかぶって、ぶん殴ろうとした時だ。

 オレは空中でマーガーレットを抱き寄せる。


 瞬間、オレの背中に二筋の赤い光が走る。


「ぐぁ!」


「ガル!」

 

 ジャザリーと連れの赤髪の女に大鎌でオレを切りつけやがった。

 態勢を崩したオレとマーガーレットはそのまま地面に叩きつけられる。

 

(ち……やっちまった……魔獣化してない状態じゃ……大怪我だ)


「相変わらず自分の事よりヒトの事ばかり……いえ、 その子は正真正銘の化け物だったわね……どっちにしても無謀な勇気を持つあなたがワタシは大嫌い」


 歪む。

 ジャザリーの口元が、大きく。

 笑みにも見えるが、怒っている様にも悲しんでいる様にも見える。

 相変わらずこの女の感情は全く理解できない。


「ガル大丈夫!? 泣かないで! どうしよう! タッドもガルも……私どうすれば!」


 こっちはこっちで理解できない。

 碧眼に涙をいっぱいに溜めてるのはオレじゃなくてマーガーレットの方だ。

 惚れてる……じゃなかった女の前でオレが泣くかよ。

 何でいつもオレが泣いてる設定なんだよ。


 取り乱しているマーガーレットが地面に突っ伏しているオレを介抱する様に抱き寄せる。

 すごい力で。

 痛い、そして何か柔らかいとこがある。

 ……オレってこんな奴なのか?

 

しゅで操ると一日で死んでしまうとはいえ、 あのクラスの魔獣を集めるのは大変なのだけれど。 さすがは竜種。 化け物達の中で頂点に君臨する種族なだけあるわね」


 言葉とは裏腹に冷たい目の色でさげずむような視線をマーガーレットに向ける。

 タッドさんは怪鳥ルフの上で今もぎゃあぎゃあと何か叫んでいる。

 タッドさんごとルフを逃したら、竜種の姿になったマーガーレットはルフを追いかけて各個撃破していくだろう。

 

 それをさせないためにジャザリー達はマーガーレットを戦闘不能にまで追い込もうとタッドさんを盾に使っている。


「マーガーレットちゃん? あなたが嫌がる様に王子と傷ついたブルートを盾にしてあなたを追い詰めるわ。 優しい化け物のあなたはきっとワタシには勝てない。 だから――」


 魔獣化でもして怪我を治さなければ、今じゃオレもマーガーレットの足枷だ。

 守ろうとしているのか、今もオレを抱き寄せるマーガーレットに向けて冷ややかな無表情を向けるジャザリーを見て思い出す。

 オレがヒトではなくなったあの時。


「命乞いして?」


 あの時と同じだ。

 狂人が何を欲しているのかが、さっぱり理解できない。

 

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