第31話 間話 主人公不在でも話は続く 〜おかしくなるちょっと前のアルの気持ち〜

 タッドが死んだ時メグが悲鳴を上げながら泣いていた。

 そしてすぐにメグもアガルタに囚われてしまった。


 ずっと三人一緒だったのに。

 どうして僕は一緒に死ねなかったんだ。

 タッドはどうして僕を……。

 

 僕はずっとメグが好きだった。

 単なる女の子としてじゃない、そりゃ女の子としても魅力的だったけど。

 見た目だけ人間に近しくても彼女は長い寿命を生きる竜種だし、僕はからくり兵で人間じゃない。

 普通がどんなものかは分からないけど、きっと僕達は変わり者だったと思う。

 メグはいつも僕を煙たがっていて、嫌いになった人間は初めてだって言っていた。

 

 メグは人間を理解して、人間に尽くそうと必死だった。

 一人で生きていくしかなかった時に犯してしまった自分の罪に向き合っていたから。

 だけど、竜種である彼女には本質的に人間を理解できない。

 罪の償い方も、人間の事も理解できない事に傷ついて泣いていた。

 それでも人に尽くそうと自分を研鑽して、多くの人間と触れ合ってもやっぱりよく分からなくて、傷ついて、泣いて。

 諦めない彼女を僕は救いたいと思っていた。


 よくある事だったな。

 泣き喚いて、僕をストレス解消にボコボコにするのは。

 決意を固めた碧眼の目の周りが赤く腫れぼったくて、いつもは身綺麗に整えてる服装なんかも乱れてた。

 汗ばんでる胸元なんかを見ないようにしてても、結局視線の先には入って「気持ち悪い!」って更にボコボコにされて。

 

 あんまり多くは無かったけど、お詫びと言って竜種の姿でタッドと僕を乗せてモクシュンギクの丘まで連れてってくれた事もあった。

 エーテル鉱で作られた僕を乗せるのは気持ち悪かっただろうに。

 モクシュンギクの丘はのどかで夕日が沈みかけていて、タッドが無謀にも世界を乗っ取った後で平和にする夢を叫んで。

 リムノスとエルの差別を無くしたいって。

 お前も叫べというから僕も夢を叫んで。

 世界征服を画策をする親友の隣で主人公になりたいと言う僕の夢も無謀な気がして。

 メグは竜種の姿のまま「アルを嫌いにならせてくれてありがとー!」って一人だけ別の事を叫んで。

 犯した罪を重く受け止めている彼女は無意識に人間に奉仕するような態度をとってしまう。

 だから生理的に嫌える僕の存在は彼女にとって少なからず救いだったんだと思う。


「みんなずっと一緒にいられないけど、タッドもアルも夢が叶うといいね。 タッドが平和にした世界だったら私生きていけると思うの。」

 

 金色の鱗に赤い夕日が差して何色かわかんなくなった。

 長い寿命の彼女にとって僕らの生涯なんて一瞬みたいな物だ。

 竜種の数が増えないのは、長い寿命なのにつがいになると決めた相手を生涯愛する事が多いらしい。

 相手が竜種同士なら浮気もなくて夫婦円満で問題ないだろう。

 タッドも僕もいなくて、仲間の竜種もいない、一人ぼっちで生きていかなきゃいけない彼女。

 僕は決して彼女を裏切らないし、傷つけないって決意したんだ。


 二人に会いたいよ。


 タッド。

 一番君に認めて欲しかった。

 親友だと思っていた。

 僕が一番タッドを理解してるって思ってた。


 でもタッドは僕を――

 魔導王になったフェイを救うのに僕を連れて行ってくれなかった。


 自分勝手で人の話なんか全然聞いてくれなくて。

 才能なんか僕と一緒でなんにもなくて。

 なのに人を頼るのは上手で、タッドの周りにはいつも人がいて。


 僕みたいな陰キャも必要としてくれた。

 僕といると楽しいって、言ってくれた。

「俺と似てなんにもできねぇのに、 努力し続けられるお前ってすげぇな」って。


 バカにしてたんじゃないんだろ?

 本気で僕の事、尊敬してくれてたんだろ?

 僕も君が笑ってると楽しかったんだ。


 この世界に来ても僕はモブで、人間ですらなくて。

 本当の意味で『造形だけ』の存在になってしまった。

 転生ものですぐに気持ちを切り替えて主人公のように振る舞える存在ってすごいよな。

 僕には出来なかった。

 望んでもいない機械の体になってしまった事なんて認められず、転生されたエーテル研究所で泣き喚くしか出来なかった。

 突然、機会人形にされた僕という存在を見て大人達は僕の扱いを図りかねていた。

 施設内をほぼ自由に動く事は許されていて、自室も与えられていたけどずっと泣いていただけだ。


 死んでしまいたかった。

 そう、決意しかけた時だ。

 初めて会った時はエーテル研究所だった。

 研究所の外には薔薇園があった。

 噴水がある広場に赤、紫、黄色、ピンク、オレンジ、色とりどりの薔薇。

 ルーティーンだった勉強を突然取り上げられて、趣味と呼べるものがない僕は日がな泣ける場所を探していた。

 綺麗に手入れがなされている赤い薔薇をみながら父さんを思い出していた。

 父さんの容姿は薔薇に例えられる事も多かったから。

 美しい容姿で人を惹きつけて、時にはトゲで傷つけて、良くも悪くも強烈な印象を与える父さんにはピッタリの花だ。 

 

 その日のタッドはエーテル鋼の流用について視察に来てた。

 なのに結局飽きちゃって薔薇園を見つけたから薔薇を持って帰ろうとしたらしい。

 メグが好きそうだからって。

 声を立てずに泣いている僕を見つけて「何で泣いてるんだ」って声をかけてきた。


 同年代に見えたから気恥ずかしくて「泣いていない」って答えた。

 からくり兵は涙が出ないはずだから、バレないと思って。

 死ぬ事まで決意しかけてるのに、そんな些細なプライドまで持ってしまう自分に心底嫌気が差した。

 僕の葛藤は気にせずタッドは話しかけてきた。

 

「あ、 そう。 ところで一本摘んでくれない? トゲで怪我すんの嫌だから、トゲもとってくんない? その、ピンク……いやオレンジのでいいや。 俺不器用だから多分それだけで流血できる自信があるわけよ。」


 嫌だと拒絶もしなかった。

 こっちの世界に来てからは泣き喚くだけで、何か頼み事をされる事なんてなかったから。

 中身のお粗末な精神とは違って、鋼鉄の体だから簡単には傷つく事なんかない。

 薔薇を一束摘んで、茎の部分を握ったまま上から下にズラして、トゲのなくなったオレンジの薔薇をタッドに手渡した。

 誰かが大事に育ててる薔薇なんだろうけど、自暴自棄な僕にはどうでもよかった。

 自暴自棄じゃないタッドは元から気にしないんだろうけど。


「その手、 便利だな。 センキュ」と破顔する少年。

 

 初めは、それだけだった。

 頼み事をされて、叶えたら礼を言われた。

 でも、人間だった頃から頼み事をされた記憶なんかほとんどなかった。

 誰も望んでいないのに、理想とした主人公を目指して愚直に振る舞う人形のような人間。

 花を摘むことすら今まで頼まれた事がない。

 頼りにならない主人公(笑)


 そんな僕が初めて人から頼られてお礼を言われた。

 ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。

 何度も閉じたり開いたりして鋼鉄の手を見つめながら有用性を考えていた。


「何だよ。 そんなに何本もいらねぇぞ? 役に立ちたいなら一緒に来るか? 俺商売してんだがあんま上手くいかなくてなー。」

 

 たったそれだけだって言うんだろ?

 僕にはそれしかなかったんだ。

 君が僕にメグを紹介して、三人で色んな世界を巡って。

 君が僕の世界を広げてくれたんだ。


 なのにどうして僕を置いて行ったんだ?

 僕は君にとって何だったんだ?

 僕は君とメグがいないと寂しいんだ。

 魔導王になったフェイをエル神国から引き離したら、エル人全員を敵に回すのと一緒だ。

 魔導王が国の傀儡かいらいだからってリムノス人がフェイを救いに行くのは死地へ赴くようなものだ。

 でも君が一緒に死んでくれって言ってくれたら、何も怖くなかったんだ。

 君だけが僕を必要だと言ってくれたら、主人公が君のままでよかったんだ。

 

 だから僕は許す事ができない。

 君を残虐に殺したエル人も、国の傀儡かいらいだったフェイも。

 傀儡くぐつ人形の自分自身も。


 それでも殺し続けてやる。

 くそエル人共が。


 エル人共がリムノス人のみを滅ぼそうとアガルタに干渉した結果、一度開いてしまった門を閉じるためにメグがアガルタから帰れなくなった。

 門は閉じるのにも、開けるにも莫大な魔導力が必要だから。


 それでもあのアガルタの守り人が言ってたんだ。

 生命の起源と言われるアガルタなら可能性があるって。

 エル人を殺し続け、大量の魔素を僕のエーテルが取り込むことがアガルタの門を開く鍵だ。

 アガルタへ辿り着いてもう一度タッドとメグに会えるなら。


 たとえ、主人公になれなくてもいいんだ。

 もう僕を置いていかないで。

 

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