第30話 ヒトになれない少年と少女 〜その6〜


 ヴェイン領にあるトウワイスという都市にエリス大学は建設されている。

 ほとんどの住民がエリス大学の関係者であるため学園都市トウワイスと呼ばれるのが一般的だ。

 都市は肥沃な土地に建設されているため、付近は緑も多く気候も一年通して暖かく、エル神国内にある都市とはいえリムノス人も多く住んでいる。

 和平の先端を進めている様なこの都市でも、両人種の禍根は深くで根強い。


 人種間での諍いが発生する事も多いため、両人種共に自警団を作って争いの火種を鎮火している。

 この自警団てのが非常に厄介だ。


 基本的に優秀な兵士達で構成されているため、魔獣姿になったオレを討伐するなんてワケないだろう。

 

 リムノス人でも、もうエル人でもない魔獣のオレはどちらに見つかっても町の治安を乱す討伐対象だしな。

 

 人種入り混じった都市の割だが家屋や建造物は等間隔に整って配置されている。

 ちらほら雲が浮かんでいるが、青空が広がっている午後の陽気の中、やはり異物はオレだ。

 

 ヒトの少ない方へと向かって町から離れるつもりだったが、既にオレの身体は五倍近くまで巨大化しちまっている。

 四足歩行で口からは二本の巨大な牙に加えて鋭利な爪まで生え揃っちまったオレが町を駆けるだけで家屋を破壊しちまう。


 ぶっ壊さないように駆けていると、嫌悪と恐怖の感情入り混じって逃げ惑うヒト達が見える。

 

(まただ……オレはヒトとは違って数少ない存在だから……忌み嫌われて……拒絶される。)


 数週間ぶりの魔獣姿に馴染めず、注意を払ってもデカすぎる身体が邪魔して建造物を破壊しながら町の外を目指す――が、遅かった。


 十数人で構成されたリムノスとエルの自警団がほぼ同時にオレを取り囲む。

 

 魔導絡繰からくりやら魔導やら使って雨の様に氷柱がオレに降り注がれる。

 魔獣らしくオレは口から大量の炎を魔導を使って吐き出して対抗するが、数が多すぎる。

 防ぎ切れずに氷柱がオレの四肢をえぐる。

 無節操に痛がると衝撃でまた家屋を破壊してしまう。


 痛みに耐えて何とか駆け出して自警団の集団を突っ切ろうとしても降り注がれる氷柱で身体を抉られ続ける。

 火の魔導を使って対抗はしている。

 氷柱が身体に当たる前に溶かしちまいたいが、これ以上大きな魔導を使ったら町に火が燃え移っちまう。

 そうならない様に自警団の連中は一番家屋に被害が少ない氷柱でオレを追い立てているのだろう。


(動けねぇし……ジリ貧だ……!)


 黒髪黒目、金髪碧眼、人種が違う者同士が連携してオレを追い立てる。

 普段いがみ合う事の多いであろう連中が、オレという異物を排除するために。

 魔獣にならないという大多数が。

 魔獣になるという少数、いや、一匹だけのオレを。


(ムカつくんだよ! 多数決で勝てるカードをたまたま持ってただけの奴らが!)


 デカすぎるこの身体で反撃しちまったら怪我させるだけじゃ済まない可能性が高い。

 しかし、このままジリ貧で削られていってくたばる程のお人好し、いや魔獣好しでもない。

 

(もう何人も殺しちまってるんだ……! 今更ビビる必要もねぇよな!)…


 研究所にいた頃は、わずかばかりヒトの姿に戻してもらうために言われるままにヒトを殺してきた。

 自分の意思でヒトを殺したことが無い、浅ましくもそれだけがオレをヒトたらしめていると思っていた。

 ただ、ジリ貧に抉られる事でオレは痛い。

 痛みはオレにとって憎悪と同義だ。


 数が多いだけで、オレの事を抉って、切り刻んできやがって。

 数が多いだけで、オレを……憎みやがって!


痛い、憎い、痛い、憎い、痛い、憎い、痛い、憎い、痛い


 憎悪の咆哮を上げてオレは立ち塞がる自警団に突進する。

 巨体にぶちかまされた団員達は吹っ飛ばされ、隙ができた包囲網から抜け出してオレは駆ける。


 自分がこのままどう生きていくかはわからない。

 多数決が勝利条件のこの場所で、少数派のオレはここではもう生きていけない。

 だけど――


(シェリ……ずっと忘れててごめんな。 お前が無事かどうか確かめるまでは……何をやっても生き残ってやる!)


 ぶちかましから逃れた自警団の連中が巨体を震わせて駆けているオレに対して氷柱を打ち放つ。

 距離が開いちまった分ダメージを与えるためにか、人間大に

錬成された巨大な氷柱だ。

 

 躱してやり過ごそうとしたその時だ――

 オレの正面に年端もいかないエル人の少女がオレの姿を見て固まっている。

 恐怖で身がすくんでいる姿が、あの日のシェリと重なる。


(このままオレが……つららを避けちまったら……!)


 鈍い音がしたかと思うと背中に激痛が走り、駆けていられなくなったオレはその場に転がりこむ。

 うめき声を上げてみるが、その声のどす黒さと言ったら我ながら醜悪だ。


(マーガレットの声とは大違いだな……いや!……そんなことよりガキは!?)


 痛みに耐えて何とか目を開いてみると、母親らしき人物が少女を抱き抱えて逃げているのが見えた。

 安堵と、この後の結末を考える。


(何やってんだオレは! シェリと会うまでは絶対に死ねないのに!……あ)


 無数の氷柱が降り注ぎ、オレは醜悪な咆哮を上げる。


(痛みに慣れる事なんてない。)


(いつだって痛くて嫌だった。)


(誰もオレを助けてくれない。)


(オレは少数派だから。)


(一人ですらない……一匹の魔獣だから。)


(シェリ……無事で……いるのか?……それだけだ……それだけが知りたい……)


 魔獣討伐で自警団にとっては一件落着を迎えるであろう結末を想像した時だった。


「やめて! ガル、 泣いてるの!」


 降り注がれる氷柱と同じ数だけの炎の矢が放たれて、相殺し合って氷柱はオレに届かない。

 叫び声ですら光輝く球が弾けるような心地良さを感じる音楽のようだ。

 少女趣味が強くて、おだてには弱くて、おせっかい焼きの癖にヒトの気持ちがまるで分かってなくて。

 今だって別に泣いてなかった。

 魔獣である事で蔑視される事は辛い。

 でも最後に思ったのはシェリが心配だっただけだ。

 何をしてでも生き残ってやると決意したその瞬間に、結局何も出来ずに死んでいく自分が不甲斐なかっただけだ。

 

 諦念に浸りかけていたオレはその音楽の持ち主の方へ向き直る

 醜い姿のオレを映し出す、鏡のような艶を持ってる光り輝くシルクのような金糸。

 水晶より澄み切った、高い知性を感じさせる碧眼。

 陶器よりもなめらかな白い肌。

 徹頭徹尾まで美しさを当てはめられた彼女の姿を想像して。


(ん? あれ? 違った。)


 そこに居たのは徹頭徹尾までドラゴンだった。

 頭もドラゴン、尻尾もドラゴン。

 だから徹頭徹尾。

 息も絶え絶えで朦朧としていたオレは混乱したのか訳のわからない事を思考する。

 金色の鱗に包まれて、爬虫類の様な顔に巨大な体躯と翼を携えたその存在は知っている。

 竜種だ。


 竜種の肩にはフェイとタッドさんが乗っている。

 

 突然現れた巨大な竜種に向かって自警団の連中は氷柱を雨あられに降り注ぐ。

 オレや竜種に氷柱が向かってくる次の瞬間――

 フェイが竜種の肩から飛び降りざまに炎の矢を作り出して相殺してしまう。


(やっぱり聖紋のネジがぶっ飛んでやがる。)


 町の被害を気にしてオレには火の魔導を全力で放つ事ができなかった。

 フェイはいとも容易く町にもオレたちにも被害が出ないように正確に氷柱のみを狙った炎を作り出す。


「事態の収拾はボクに任せて! タッドとメグちゃんはガルくんをお願い!」


「あー怖い! メグと空飛ぶのって落ちたらマジで死んじゃうからおっかねぇんだよな!」

 

 タッドさんが竜種の首もとにぎゅっと抱きつくと「しゅきぃ」という謎の音が聞こえた気がする。

 竜種がオレの身体を持ち上げて、両翼を広げてトウワイスの上空へ飛び立つ。

 

「お、 重いの。 しかも竜種の姿だと持ちにくいの……落としちゃいそう……」


「メグ! さすがにここで落として死んだらガルが浮かばれなさすぎるだろ! ガルもメグに謝るまで勝手に死ぬんじゃねぇぞ!……ん? あれアル走って追いかけて来てんじゃん。 なぁメグ! アルも乗せてやってよ! 可哀想じゃん!」


 「気持ち悪いから絶対に嫌」と竜種が返答、いや、ここまできたら流石に分かる。

 マーガレットは更に高度を上げて飛び続ける。


(マジで持ちづらそうだけど落とすなよ……こんな冗談みたいな死に方はしたくねぇ。)

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