第27話 ヒトになれない少年と少女 〜その3〜

 エル人は魔導と魔術を扱う技術を持つ。

 大気中にある魔素に干渉して地水火風の操るのが魔導と呼ばれる技術だ。

 生まれながらに聖紋を持つエル人は能力に優劣はあれど、感覚的に魔導を扱う事ができる。

 オレもそこそこの魔導なら扱える。

 何百人単位で協力すれば周囲の魔素を利用して天候を操って雨を降らす事なんかも可能だ。

 単騎で雷光を操ると言われているマーガレットや、フェイがバケモン……いや……今の無し。

 とにかく、聖紋のネジが一、二本じゃ足りない、千本単位で外れちまってる。

 

 魔術は魔法陣を使う。

 五芒星やら六芒星、四代元素のシンボルやら12星座のシンボル……全部はしらねぇよ? 専門じゃねぇんだ。

 魔素に干渉できるような紋様やら文字を作って魔法陣を作成してから魔導を流し込むと威力が増幅される。

 緻密な計算と専門知識を持ってして扱えるのが魔術だ。

 他にも効果は色々あるみたいだが、専門じゃないオレが語れるのはこんくらいだ。

 

 しゅってのも魔法陣を扱う以上、魔術の一種だがその名の通り相手を呪っちまう効果の物が多い。


 紋様やら文字やらも呪い用に作成した魔法陣を使う。

 身体的だけでなく精神に影響を与えちまう物も多いらしい。

 オレが聞いた事あるのは体感時間を長くしちまうものだな。

 実際には1秒しか時が経ってないのに体感時間が何十秒にも感じてしまうって効果のやつ。

 一、二時間程度この状態が続くだけで精神的苦痛でしゅが解けた時には何日も寝込んじまうとか。

 そりゃそうだよな。

 二十四時間に近い体感時間なのに実際には一時間しか経ってなかったら周りはスローモーションなんてレベルのモンじゃないだろうしな。

 考える時間だけ大量にあって、自分も周りも微々たるモンしか動けないなんて想像したくもない。


「へーっ 魔導やら、 魔術やら奥が深いんだな……ってしゅだけ怖いじゃん! 急に怪談話すんじゃねぇよ! そんな時間ずっと続いちまう事を想像したら夜眠れなくなりそうだわ!」

 

 スナイプの居なくなった研究室だが、オレが講師の様になってタッドさんへ教鞭を振るう。


しゅ術者の力量によっては解けないモンを作っちまう事も可能らしいしな……………………ぐっ……」


 人差し指を立てて、ドヤ顔で魔導やら魔術うんちくを語っちまった事はまだいい。


(意外に聞き上手だから、 つい話し込んじまったが、 突っ込まねぇぞ。 こんな初歩の初歩も知らねぇで、 その怪談話を研究しようなんて思うわけがない……冗談って事くらい、 オレだってわかるんだ。)


「ガルは記憶喪失なのに物知りだな。 それでそれで? どんなしゅだったら竜種をヒトにさせられるんだ?」


「竜種ってヒトみたいな姿と、 巨大なドラゴンの姿があるんだろ? 魔素を取り込んで異形の姿になっちまうんだとしたら、 聖紋に異常を起こすようなしゅを作って魔素を取り込めないようにするとか…………それをオレも聞きたいんだよ! 無計画なのかよ!」


 あっさりとタッドさんの矛盾にツッコミを入れさせられてしまう。

 興味津々とばかりに目を輝かせながら聞いてくるから期待に応えようと真面目に答えちまったし。


「いやいや。 俺から話した事で固定観念を持っちまったら様々な角度からの模索検討ができなくなるかもしれないだろ? それに俺はスポンサー的な役割で金と情報は出すが必要なしゅ知識の見極めができない。 実際に研究する奴が欲しいんだよ。 どの道リムノス人の俺には魔導も魔術も使えないしな。」


「……おい、 いくら何でもしゅの研究をオレに期待してんなら無計画が過ぎるぜ……それこそ、 マーガレットの領分だろうが。」


「メグには伝えてない。 伝える気もない。 お前もそうしてくれ。」


 それまでの上っ調子な様子から一転して、珍しく語気を強めて返答してくる。

 気圧された訳でもないが、敢えて踏み込む気もないのでとりあえず会話を戻す。


「あ、 そう。 それで? 何か知ってるなら、 その方法とオレのやる事を教えてくれよ。」


「今んとこは情報収集を手伝って欲しいくらいかな。 俺が聞いたのは、人の身体を魔獣化させちまうしゅがあるって事だけだ。 それができるなら逆もできるんじゃないかってな。 それで魔術に詳しいスナイプ先生に……ん? あら? ガルどーしたの? 怖い顔は……いつもの事か。 急に雰囲気変わったぞ?」


(ヒトを魔獣に変えちまうしゅだと?……まさかオレも?)


「あんた……マーガレットから、 俺の事、 何か聞いてんのか……?」


「?……メグは記憶喪失のガルを拾ったから世話をしてんだろ? 何か違うのか?」


「違わねぇよ! ただ、 オレだってオレが……わからねぇんだよ!」


「自分がわからない?……だから記憶喪失なんだろ?……いきなりどーした? 中等部二年病か?」


(そうだよ! 訳わかんないのは本当だ! 化け物に変化してリムノス第三王子のアンタを殺そうとして、マーガレットにぶん殴られたって事を言ってないだけだ。)


(その化け物に変化するのだって、病気よりもしゅをかけられちまった可能性の方が納得がいく。)


(そうなると、オレはいつしゅをかけられた?)


(村は? 両親は?

 妹は?

 あいつは無事なのか?

 まさか……オレと同じく……

 でも……オレに家族がいたってのだって自信がない……)


「お、おい! ガル! 顔が真っ青だぞ! 大丈夫か?」

 

 頭の中に突然できた黒いモヤがオレの全身を包み込み、特に胸部を圧迫する。

 呼吸が浅くなって、息苦しさを感じていると、ヒトの良さそうな王子サマが、オレの背中でもさすろうとしたのか手を差し出してくる。


 オレにとって手っていうのは痛みの象徴だ。

 手が痛みを作り出す。

 手がオレを切り刻む。

 手がオレを――


(怖い!)


 思わずオレは手を振り払っちまう。


 その瞬間だ。


 研究室のドアを轟音上げてぶち壊しながら入ってきた存在にオレは組み伏せられる。

 

 腕に燃えるような痛みが感じられて、どっかのバカが炎の巨大魔導をしくじってこの研究室にぶっ放したのかとでも思考を巡らす。

 突然の事で何が起きてるのか理解不能なオレがわかってる事は、痛いって事だけだ。

 顔面を床に押し付けられながら、オレの腕は後ろ手に固められている。


「ぐ……あ。」


「メグやめろ! 何してんだよ! ガルを離してやれ!」


 タッドさんの声に反応して、突然オレを組み伏せた存在、マーガレットがはっとした様子でオレを解放する。


 突然部屋の中に入ってきたのは史学で聞きかじった炎帝が放つ爆炎よりも剣呑な様子の、マーガレットだった。


 折れてるわけじゃないが極められた腕に鈍痛が残っているため、刺激しないようにゆるりと体勢を起こしてマーガレットへ向き直る。

 

 始めはタッドさんとオレを交互に心配そうに目線を配っていた。

 恐らく悲観的な想像をしていたのだろうが、それは杞憂に終わった。

 だがマーガレットの表情からは安堵が感じられ無い。


 マーガレットは金糸の長い睫毛を伏せて、次第にきまりが悪そうに俺から視線を外す。

 その不体裁な様子を見たオレは察する。


(……ああ、 そうか。)

 

 マーガレットが買ってくれたエリス大学制服についた埃を払う。

 初めて袖を通した時の気恥ずかしさと……高揚感は今はない。

 日照り続きで干上がった貯水池の様に渇いた気持ちのオレは問う。


「今の話、ずっと聞いてたんだろ?」


「……うん。」

 

 初めて聞いた時よりずっと少ないが、変わらずその声は絢爛な音楽でも奏でてるようだ。

 俯いて憂いのある表情でも、絵画師はこれを麗しいと捉えて表現しようとするだろう。

 あの時は自分に憎悪以外の感情を抱いて戸惑ったが今は違う、オレは苛立ってる。


「おい、 何だこの空気! お前ら喧嘩したならさっさと仲直りしとけよ! ていうか部屋めちゃめちゃになっちまったじゃん! 誰が弁償すんだ! 俺か! 俺なのか!」


「アンタは黙っててくれ! これは俺と……マーガレットの問題だ……!」


「はいー。 まだ喧嘩し足りないのかねー。 あーあ、 こんなにしちゃってスナイプ先生靴舐めるだけで許してくれるかなぁ……」

 

 わざと飄々ひょうひょうとして気遣ってくれてるのが見え見えだ。

 下手くそか。

 そうだよ。 弁償はきっとアンタがする事になるよ。

 たしなめようとするタッドさんの相手をする気分じゃない。

 オレはマーガレットへ問い続ける。


「君は……いつもオレを監視してたんだな……オレがタッドさんを傷つけないかと……」


「……」


「オレがいなくなると君は不安だったわけだ。 当たり前か、 オレがおかしくなっちまったらタッドさんが危ないもんな。」


「……」


「それを悟られまいと、 オレを気遣ってるフリをして……家族ぶって……」


「……」


「自分でも笑っちまうよ。 君がオレを信じていなかった事でこんなに衝撃を受けるとは思ってもみなかった……でも……だったら……なんでオレなんか……!」


「……」


 マーガレットは俯くだけで何も言わない。

 オレの言う事を否定しない。

 否定してくれない。

 絢爛な音楽を紡いでオレを安心させてくれない。

 だから、オレはオレを止められない。


「……君の大好きなタッドさんが……君には隠し事だとよ。」


「……」


(やめろ。)


(それは、マジでやめろ。)


(何か理由があんだろ。)

 

(オレが触れていいわけ、ないだろ。)


 俯きながら、赤く薄い唇を噛み締めるだけでマーガレットはオレを止めない。


「一人で生きていくのは辛いだと?……恵まれた方に数少ない君にはホントに分かるんだな。 結局、 君はヒトの中にいても一人なんじゃ……ぐぶっ!?」


 左頬に痛みが走る。

 饒舌になりかけていていたオレにタッドさんがしょぼい拳骨を見舞った。


「喧嘩じゃないならやめろ! メグをいじめんな! メグに謝れ!」


 マーガレットやタッドさんより大きな体躯でみっともなく当たり散らすオレを止めてくれた。

 この人に、怒髪天を突く、なんて迫力はない。

 タッドさんは決して体格にも恵まれている方ではないし、凡俗な容貌ながら目を吊り上げていても微塵も威圧感はない。

 何なら家柄以外の容姿や才覚でこの人に何か恵まれている部分があるのだろうかと余計な思案すら巡る。


(でも……この人でも怒る事あるんだな。)


(いっつもノープラン、ノータリンみたいな顔してるくせに。)


 研究所で身体を切り刻まれるのが日常だった俺にとってはこんな痛み、微々たるもんの筈だ。

 ……だけど。

 

「あいたー!?」

 

 ぶん殴り返して、俺は研究室を飛び出す。

 強風に吹かれた枯れ葉のようにタッドさんの身体は吹っ飛ぶ。


「いったー! くっそー! 父ちゃんと兄ちゃん達、 シモンズとライラさん、 フェイちゃん、 なんか熊みてぇにでけえじいさん位にしか殴られた事ないのに!」


(王族のくせにそんだけ殴られてりゃ、一人くらい増えても問題ないだろ!)


「ついてくんな!」


 飛び出す前にマーガレットが見えた。

 殴られて吹っ飛んだタッドさんを気遣ってる。

 でも、オレに詰め寄られてた時。


 マーガレットは……泣いてた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

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