第26話 ヒトになれない少年と少女 〜その2〜

「ガル! 見つけた! またサボってたの!」

 

 頭髪の左右をまとめて両肩で垂らし、白シャツの上にピンク色のカーディガンを羽織って、ピンクに白色のチェック線が入った膝まで届くスカートと紺色のロングブーツ。

 相変わらず少女趣味というかザ•乙女ってのが行き届いた格好だ。

 

 マーガレットに見つかりたくないから適当に入った学部の屋上。


 (エリス大学に校舎がいくつあるか知らねぇが、どうやって見つけてんだよ。)


 吊り目の碧眼を更に吊り上げて怒気を表現する少女。

 それでも万人には、たおやかさを象徴する存在のように映るだろう。

 

 オレとは違う。

 エル人らしく金髪に青い目は持ってるが、憎悪で睨みつける癖がついたオレのは目つきが悪いだけだ。


 いや、今のオレはエル人なのか?

 マーガレットにぶん殴られてからはヒトの姿を維持できてる。


 かと言ってオレの聖紋は通常に戻ったわけじゃない。

 些細な拍子で魔獣化しちまうのは、何となく肌で感じる。


 そんなオレを化け物と呼ぶやつがいたら片っ端からぶん殴ってやるが、かと言って素直にエル人と自分を呼称していいのかはよくわからない。


 見た目がエル人と同じような特徴があるだけで、その特徴も聖紋がまた異常を起こせば簡単に無くなってしまうだろう。

 

 エル神国の辺境貴族でリムノス第三王子のタッドさんの所へ人質に出されているマーガレットの縁者。

 そういう事になってるが、オレは自分の本当の素性を語れない。


 語ろうにも自分の名前すら覚えていない。

 それをわかっていたかのようにマーガレットは初めからオレを『ガル』と呼んでる。


 自分の存在について思考していると、苛々する。

 

 オレが勝手に思考してイラついてる事なんて、神漏美かむろみの寵愛を受けて美しい容姿や穢れないおつむを設計された、マーガレットには理解できないだろう。

 

(マーガレット……オレは……こいつが嫌いだ。)


 リムノスとエルの人種が入り混じったエリス大学はデカい。

 幼年期から学ぶ者も居るし、志が有れば成人以降も入学可能だ。

 その上、両人種の文化に合わせて学部も多い。

 学部ごとに校舎も分かれているし、学生寮や職員寮なんかも数多くあるから一つの町みたいなもんだ。


 大量にいるヒトを収納するための、大量の建造物。

 景観がえるようにか、作りは赤レンガで統一されている。

 

 建物に囲まれていても息苦しさを感じないようにしているためか、等間隔に揃えられた並木道、そこかしかにある花壇には色彩豊かな花弁が咲き乱れている。


 だから、ヒトが少ない場所、隠れる所なんていくらでもある。

 今オレがいる場所だってそうだ。

 こうやってマーガレットに見つかるのが億劫で、別の学部の屋上にいる。

 手持ち無沙汰だから、講義中拝借した史学の教本を寝転びながら読んでいた。

 

 なのに、簡単に見つけられる。


「サボってたんじゃねぇよ。……見りゃわかるだろ。 つーかどこにいても見つけやがって、 気味悪いんだよ。 親か。」


 オレ自身意外だが、勉強は嫌いじゃない。

 ただ、大勢のヒトがいる場所が苦手なだけだ。

 多数決が、勝利条件のあの場所が。


「家族扱いされて私が喜ぶとでも思ってるの? 私そんなにチョロくないの。……ヒスト教授に今回までは大目に見てもらえるよう、もう一度講義してもらえないか頼んでみるの。 あ、それと、 タッドに作ったカレーも多めにあるから夜食べに来るといいの。 モルのレシピ通りに作ったらとってもおいしかったのよ。 ガルの口にも合うといいんだけど。」


「親の前に言った表現をスルーすんな! なんで今ので機嫌直んだよ!」


 タッドさんが言ってたが、マーガレットはおだてられるのに弱いらしい。

 今のは一切おだてるつもりがない事は本人にも伝わって欲しいが。


(タッドさんはマーガレットの事をめちゃくちゃチョロいと思ってる節があるよな。 あの人のそういう容赦のない所は嫌いじゃない。)


「はぁ……どうして、そんなに突っかかるのよ? ねぇ、ガル? 一人で教本読んでたって結局サボってるのと変わりないのよ。」


「サボってねぇよ! 一人だって、やる事は特に変わんねぇだろ!」


「だから、 人付き合いをサボってるんでしょ? ガル……一人で生きていくのは、辛いのよ?」


「あぁ!? マーガレットに何がわかるんだよ! あぁ、そうだったな! 君は恵まれた方に数少ない存在だったもんな! 一人の辛さもわかるってか!……余計なお世話だよ!……君になんか、 わかるもんか!」


(わかって欲しくもない、 こいつには……!)


 拒絶表現をできるだけハッキリと伝えるために凄んでみせる。

 マーガレットはオレから目を逸らさない。

 オレの一挙一動を、見逃さないように。

 マーガレットの心情がなんとなくわかっちまったら益々苛立つ。


(それでも……オレを理解したいってか……タッドさんにベタ惚れのくせに……何を気にしてんだ。 オレは……!)


 苛立つ感情を抑えきれず声を張り上げる。


「察しの悪い君にもわかるように言うぜ! ついてくんな!」


 拝借していた本を拾い集めて、オレは屋上を後にする。

 背中越しに視線は感じるが、ついてくる気配はない。


「わらからないわよ……何も……でも……わかりたいの。……人間の事……」


 だから、マーガレットの呟きなんざ聞こえもしなかった。


▲▽▲△▲▽▲△

 

 講義を受けるつもりもないので、当てもなく校内をうろつく。

 オレの今の姿はヒトのはずだが、まるで森の中で魔獣にでも出会ったかのようにすれ違う奴らはオレから目を背ける。


(わからない、 オレはなんでイラついてるんだ?)


 謝る気はさらさらないが、なぜこんなに苛立っているかが自身でも分からずに余計苛立ちが増す。


(ヒトの姿に戻れた今、 あの研究所に戻るなんざ、 ごめんだ。……だが、 いつまでもマーガレットの世話になるのだって……あいつ、 そう、 あいつにだけは舐められんのは……嫌だ。)


 リムノス第三王子で自身が作った商会を運営していてもタッドさんは金がない。

 

 大学に近い。


 という理由から、モルさんに恩を売りつけて半ば強引に下宿しているらしい。

 

 圧倒的に金を持っているのは、タッドさんの人質マーガレットだ。


 エーテル鋼と魔導の造詣にも深い彼女はリムノスの最大兵器である魔導絡繰からくりの性能を発展させた。

 マーガレットが発展させた製造法で魔導絡繰からくりが作られる度に、彼女には膨大な不労所得が入る。


 大学費用やら、モルさんの家の付近にオレの家まで借りてくれている。

 オレの身体の秘密を伏せたまま、最初はオレと一緒に住むとまで言いだしていたが、その度になぜかアルさんが気絶するのでその話はまとまらなかった。


 からくり兵は睡眠機能がついていないので、気絶できない。 

 普段目立たないアルさんなりの面白くない一発芸なのだろうが、披露するタイミングを間違えてるように見えて鬱陶しい。

 別にマーガレットと一緒に暮らしたいわけではないから結果的に助かったが。


 初めこそ突然で錯乱していたが、落ち着きを取り戻したタッドさんはその間、怪訝そうに呟くだけだ。

 

「……繁殖期かな……?」


 自分にベタ惚れの女が突然、どこぞの馬とも魔獣とも知れない男と同棲同衾どうせいどうきんを仄めかしても、それで済ますタッドさんは大物なのか、ぶっちゃけ愚鈍なのか判別がつきづらい。


 実際はマーガレットが大好きなタッドさんの行商を狙ったオレが、人知れずぶん殴られたってのが真相だ。

 マーガレットとオレの関係はベクトルが違う方向に勘違いされっぱなしだ。

 

(繁殖期って、 あの女が盛っちまったら、 引くて数多、 ていうか戦争でも起きんじゃねぇのか?)


 歴史上、女の取り合いが発端の戦争なんざいくらでもある。

 マーガレットの取り合いで戦争がおきたら、それこそ神話にでもなっちまうかもな。


 長く通ったわけじゃないから詳しいわけでも興味もないが、大学内カーストのトップに君臨する存在。

 それがマーガレットと魔導王の世継ぎフェイだ。


 両者共に高い知性と魔導を有していて、大学内きっての資質を備えている。

 神話級の力を保持する魔導王の血を引くフェイと並び立てる資質を持つマーガレットは、ほぼ異常者に近いとオレは考えてる。

 そんな二人と一つ屋根で暮らして、あまつ好意を抱かれているタッドさんは異常を通り越して変態だと思うが。


 タッドさんとマーガレットの顔を思い浮かべてまた、苛立つ。


(マーガレットにおんぶに抱っこの、 このままじゃいけねぇよな。 けど、 オレがまた魔獣化したらマーガレットにぶん殴られなきゃ、 きっと戻れない。)


 別にそんな特殊なへきはない。

 しかし、ヒトで生き続けるにはオレにとってマーガレットは不可欠な存在だ。

 なんでかわからないが、あいつはオレの事を気にかけてる。

 気遣って、心配してくる。

 それがオレは嫌なんだ。

 あいつには舐められたくないんだ。


 痛みと憎悪しかないオレを……。

 

(ちっ! 余計な事を考えた。 とにかくオレがオレでいるためにはマーガレットの存在は不可欠だ。 ただ、 自分の食い扶持くらいは自分で稼がねぇと。 マーガレットに近い存在で仕事を斡旋してくれそうな奴ってなると……まぁ一人しかいないよな。)

 

 その時、特に当てもなく歩いているだけだったが、見知った声が研究室らしき所から聞こえる。

 思い立った時に探し人が見つかったと思い、オレは研究室のドアを開けると、探し人のタッドさんと教師らしき人物が目に入る。


「スナイプ先生! 俺は商人だ! 商売で舐められるわけにはいかねぇんだよ!」


(商人かも知れないけど、 あんた大国の王子じゃないのか。)

 

 王族らしいビンテージのゴシックコートが薄汚れていても、タッドさんの台詞は記憶が曖昧なオレがこれまで見てきた人の中で最も男らしいと錯覚しかける。

 地面に膝をつき、額を床に擦り付けた見事なまでの土下座を披露していても、だ。


「いや、 舐めるとかじゃないんだよォ。 君は大国の王子だし、 ワタシにとってはかわいい生徒だ。 ただ、その金額で君が言うしゅの魔術書を売るには0が一つ、いや2つは足らないんじゃないかァ。 禁呪だよォ、 これは。 大体それが人に物を頼む態度かなァ。 ほら、もっとひたいでわたしの研究室を掃除するように磨きつけなさいよォ。」


「ちっ……いい加減にしろよ先生!……靴を舐めるだけじゃ足りないってか……! 見とけよ! オレの額が千切れてもピッカピカにしてやるぜ!……ぎゃあああ! いでえよー! 兄ちゃん無利子で金貸してくれー! 返さねーけど! このままじゃ可愛い弟の顔面なくなっちゃうよー!」


 舐められるとか以前の問題だ。

 もう、舐めてんじゃん。

 痛みで錯乱したのか望郷の念に駆られてるみたいだが、都合のいい時だけ望郷される方もたまったものじゃないだろう。


「汚いなァ。 次の講義があるので失礼するよォ。 私は潔癖なんだから床の血は君の額で拭いといてよォ。」 


 エンドレスに終わらない掃除方法を伝えてスナイプは研究室を去った。

 

「いてて……ったく……あの人ホント気難しいな。 見てろよ。 靴も床もピッカピカにしてやるからな……お。 ガルじゃん。 どーした? 辛気臭い顔して、 まーたメグと喧嘩したんだろ。」


「あんたには関係ない……いや、 それ、 気が散るからやめろよ……あんなの本気じゃねーだろ。 要求する方も真に受けるアンタもどーかしてるぜ……」

 

 仕事の斡旋を頼もうとしてる相手だが、あの女の名前を出されて苛立ちそうになる。

 が、いまだ床に額を擦り付けている異常者を目にして一気に気が抜ける。


「ははっ。 流石に冗談なのは俺もわかってるぜ。 気難しいあの先生をその気にさせるために俺も必死なだけさ。」


(えっ? その血の量、 冗談で済ます気なのか?)


 笑えないし、散々痛みを与え続けられたオレですら寒気を覚える。

 だからこそだが、少し気になった。


「……あんたがそこまでするのって?」


「おっ! ガル! もしかして協力してくれる気か!」


「まだ、 なんも聞いちゃいねぇし、 気構えもできてねぇよ……ただ、 ちょうどオレもアンタに頼み事があって……探すとこだった……仕事が欲しいんだ。 マーガレットに頼らずに生きていきたいんだ。」


「まーあれだ。 俺は竜種とかみたいな身体が変わっちまう種族を完全にヒトにするしゅを研究したいんだよ。 協力次第じゃ、 もちろん金は払うぜ。」


 ……オレの話なんざ聞いちゃいない。

 けど、奇跡的に話の前後の内容は噛み合った。

 

 少しじゃない、その研究、オレも大いに興味があるぜ。

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