第24話 続々 虐殺する主人公(笑)

 いつか、俺を敗る奴がいるんだとしたら、俺みたいな奴なんだと思っていた。


 最初っから強くて、虚無な奴。

 それ以外に、強い奴を見た事がないから。


 研鑽ってのが無遠慮で残酷な事は知っている。

 幾度もなく絶望したであろうアルが研鑽のみで今、俺と対峙している。


 あんなに懐いていたライラを、リムノスの水王すいおうを斬りつけちまったアルの心はもう完全に壊れちまってる。


 アルは、強者のテーブルに座るような器じゃなかった。


 なのに奴を止めてやれるのは、もう俺だけだ。


 たまたま持ってたもんが最強だった虚無な俺が。


 アルが大量殺人者になる前に。

 こんな地獄のような苦しみを感じる前に殺してやる事は、できた。


 ガキ王子を守れなかったと、アルを憎んでる奴がいるからだ。


 でも俺は、したくなかった。


 もう幾度となくやってきた事だが、見知った奴を斬るのは俺だって嫌だ。


 アルが最初っから強い俺を、誰と重ねていたかは知ってる。

 父親なんて高尚なモンに、俺はなった事がないのに。


 俺が容易くできる剣撃は、アルには出来なかった。

 眠る事もできないからくり兵が、来る日も来る日も修練しても。

 それなのにアルは俺を見て修練を続ける。

 アルにとって、俺より強い奴がいなかったんだろう。

 リムノス最強の炎王えんおうだからじゃない。

 アルは、俺に憧れていたんだ。


 生まれついて強いだけの虚無な俺を。

 お前のことを、殺してやる事しかできない、俺を。



 俺は雷の属性を秘めた鋼鉄のボールをアルに放り投げる。

 バチンと音を立てて放電するが、からくり兵のアルにはもちろん通じない。


 ボールを目眩しにして、俺の兵装に仕込んでいた小型のナイフを更に投げつける。


 アルは意に介した様子も見せずに持っていた小型剣で叩き落とす。

 ナイフが地面に落ちる前に柄を蹴っ飛ばして、俺にぶっ放すと同時に駆けてくる。


 豪速で俺に迫ってくるナイフを両刀の魔導絡繰からくりで叩き落とす。

 そして、駆けてくるアルに向けてナイフの柄を蹴って、俺もぶっ放す。


 アルは片方の小型剣でナイフを叩き落とし、走り込んだ勢いを利用してもう片方の小型剣で俺に斬りかかる。

 強力な一撃を両刀の魔導絡繰からくりで受け流し、アルの顔面を蹴りつける。


 だがアルも慣性を利用したまま俺を蹴り付けようとしたため、蹴り足が交差してぶつかり合う。


 衝撃でお互いの体勢が崩れる。


 アルが一瞬早く体勢を立て直して両刀の小型剣を交差させて切りかかってきたのを魔導絡繰からくりで防ぐが、膂力が違いすぎる。


 俺の体は後方に吹っ飛ばされるが、吹っ飛ばされながら仕込みナイフをアルの顔面に投げ放つ。

 超速で反応できてしまうアルはいとも容易く躱してしまうが。


 ただ、アルも抜け目なく、仕込んでいた鋼鉄のボールを俺が吹っ飛ぶ方向に投げつける。


(あれを、 食らっちまったら、 流石にやばいな。)


 俺は片方の魔導絡繰からくりを鋼鉄のボールに向けてぶん投げる。


 キィン。


 鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合った高音が響くと同時に。


 バチン。


 鋼鉄のボールが雷を放つが俺の魔導絡繰からくりがそれを吸収する。


 吹っ飛んだ先に落ちた魔導絡繰からくりを拾い上げるのとほぼ同時だ。


 アルが両刀の小型剣で連撃を繰り出す。

 俺も両刀の魔導絡繰からくりで連撃を防ぐ、だが俺が反応しづらい位置にアルの剣撃が


 俺の行動を予測して、予め剣撃をそこに放つ。

 自然、俺は置いてある剣撃を防ぐために防戦一方になる。


(よく、 見てやがる……このガキ……!)


 全部俺の真似だ。


 鋼鉄のボールでの攻撃も。

 ナイフを蹴り付けるのも。

 予測して剣撃を放っておくのも。


 魔導で反応を強化できるエル人より俺の反射は圧倒的だった。


 巨大な魔導を放たれても魔導絡繰からくりで道を切り開いて接近するのは俺にとっては容易だ。

 相手の動きを予測して剣撃を置いておく。

 接近さえできちまえば白兵戦での俺の常套手段だった。

 戦闘中それだけやってるだけで俺は大量殺人者だ。

 だからこそ、この技は人を殺す事にかけては信頼における。

 

 アルを殺してやるためには反応していても、避けれない位置に剣撃を置いておくしかない。


 だが、文字通り刹那の時間で反応している俺に対して、アルは違う。


 アルは今なお体感時間がずれていて、俺の剣撃も遅々とした物に感じているだろう。


 考える時間が圧倒的に違う。

 その上、さっきからノイズのような光景ばかりがチラつく。


「俺しか、 いないんだろ。 お前を殺してやれるのは……!」


 無手で人を殺す技術の中には、片手で相手の手をずらして隙を作ってもう片方の手でぶん殴る技術がある。

 ぶん殴るのが邪魔なように急所の前に手を配置しちまうのは人間誰しも無意識に行う、癖みたいなもんだ。


 俺たちは互いの両刀のナイフが交錯して剣戟を繰り広げた状態で邪魔な相手の手をずらして剣撃を喰らわせようとする。


 剣戟を弾いた一瞬の隙に、俺は片方のナイフをジャグリングのように宙に飛ばす。

 空いた素手で、ナイフを持つアルの手をずらして、残った魔導絡繰からくりナイフで斬りつける。

 

 だが、アルも片方のナイフをジャグリングのように回転させながら宙に放って、素手で俺がナイフを持つ手首を弾いて剣戟をずらす。

 

 アルがもう片方のナイフで斬りつけてくるのを、宙に放っておいた魔導絡繰からくりを拾って防ぐ。

 

 俺が剣撃を置いておく前にアルも宙に浮いているナイフを拾って防ぐ。


 相手の手をずらして、剣撃を打ち込む。


 傍からみたら、まるで息の合った興芸人同士がギリギリの所で、斬りつけ躱しあうように見えるかもしれない。

 

 何度も何度もお互いの急所を狙い合う。

 相手が嫌がる隙を作るために、相手の事を考える。

 

 どの角度で、どのタイミングで斬りつければ一番嫌なのか。

 だから、アルの事を考えてしまう。

 アルが嫌な事はきっとこのまま、諦めちまうことだ。

 でも、おかしくなっちまってるアルはもう止まれない。

 これ以上こいつが大事にしてたモンを傷つけさせないようにしてやるのが、俺の役目だ。


 ミレヴァのババアが言ってた。

 強者として生まれたなら責任を取る必要があるとか、なんとか。


 だけど、そんなもん俺が欲しがったか?


 いつだって分相応しか求めちゃいないつもりだ。

 俺が水たまりくらいに感じる分相応ってのは、大概の武人からしたら魔道王と竜種が喧嘩で作り出した巨大湖みたいなモンらしいが。


 武人ってのは己の理想を俺に押し付けやがる。

 研鑽の果てに、最強があるのだと。


 だから俺の技術が多くの時間を費やしてできた研鑽の賜物であると思いたいらしい。

 そして俺に挑んでは敗れていく。


 研鑽を重ねた技術が俺に通じないと喜ぶ奴もいるが、大抵は最初っから強い俺に勝手に絶望する。


 己の研鑽が無意味であったと。

 無為に費やした時間を嘆いて、俺に殺される。


 アルは、研鑽しても弱かった。

 並大抵じゃない、昼夜問わず研鑽を続けて凡将レベルなんて奴は初めて見た。

 それでも、主人公って奴を目指して諦めなかった。


 剣戟を繰り広げている只中には思い出したくない。

 ノイズだ。


「ソロル。 タッドって本当よくわからない奴だよね。 でも僕、 こんなに人前で笑ったの初めてだ。」


 アルが笑ってた。

 相生の儀だったか。


 両国友好と繁栄の象徴として、両国の技術を持って作られた装飾剣が無くなっていた。

 世界に1本しかない装飾剣を辺境伯のどちらかが友好の印として保管する。

 相生の儀が行われる度に装飾剣を保管する辺境伯が交代される。

 あの時はウィル卿からライラへ返還されるはずだった。


 商才の無い借金まみれのガキ王子が、それを盗み出した犯人扱いされていて両国要人が緊迫した空気を作っていた。

 特にウィル卿の形相は凄まじく、後で聞いたがガキ王子は失禁しかけたらしい。

 

 ヘタレているとはいえ、リムノスにとっては要人である事に変わりはない。

 ガキ王子を守るために、こんな怖い顔の奴と戦うのは俺だってお断りだと思った。

 間の悪いことに、相生の儀を狙った盗賊集団なんかも現れて、それを手引きしている疑惑も立っちまう始末だ。

 実際、盗賊くずれみたいのとも付き合いはあったみたいだしな。


 最悪な事に、お友達じゃない盗賊達をガキ王子が装飾剣を使って撃退した時に友好品の装飾剣をぶっ壊しちまってた。

 

 撃退の役には全く役に立ってなかった。

 ガキ王子も弱っちかったしな。

 懐から取り出した装飾剣を振り回してたら、突然何もない所でつまづいて何とか剣を支えに倒れないようにしたら、剣を地面に叩きつけた形になって真っ二つに折れちまった。


 見る奴にによっては突然、国宝級の剣を叩き折った異常者にも見えただろう。

 折れた拍子に、剣先が高速で俺の頬をかすめて壁に突き刺さる。


 生まれて初めて俺の反射を凌駕した事態が起きた。


 剣を盗んでいないと主張していた俺らの国の王子サマの懐からしっかりと物的証拠が現れた事で、俺自身、放心しちまってたからだ。

 折れた剣先が飛んでくる向きが少し違ってたら、あそこで俺の人生は終わっていたかもしれない。

 


 戦闘中のため、追求は後にして事態の収束にかかる。

 盗賊達を撃退した俺たちはガキ王子に詰め寄る。

 ガキ王子という極悪人を追い詰めるという事でリムノスもエルも謎の一体感があった。


 ガキ王子も最初は悪びれもせずに。


「ほら! これで俺が無罪なの分かっただろ! 俺は簡単にぶっ壊せる程、 この剣の価値がよくわかってねぇんだ!」


 ガキ王子は謎の説得力を出していて、呆気に取られた面々は突っ込まない。


「やっぱりお前が盗んでんじゃん……」

 

 と。


「ウィル卿! 俺と商売の話がしたいなら、 こんな似非っぽい友好の剣なんか必要ないぜ! 盗まれたり、 壊れたら友好破棄みたいなのが嘘くさくて前から気に入らなかったんだ!……そんなもんは、 俺とアンタの友好には必要ない! あんたが俺たちの妹分、 ソロルをちゃんと見てくれればな!」


 パチンっ。


 その時、天井に配置されていた謎のくす玉を竜種のガキが指鳴りをしながら風の魔導で切り裂く。


『パパ、 大好き。』


 と書かれたのれんが垂れ下がる。


「さぁソロル、メグ! アーンド、 アル出番だぜぇ!」


 辺境伯のお嬢様と竜種のガキが、アルの伴奏に合わせて円舞曲を踊る。

 

 盗賊達の襲撃で照明が消え去っているダンスホール。

 ステンドグラスから差し込む月明かりで視界を保てていた。


 音楽にもダンスの素養のない俺でもわかる。

 お嬢様のステップもアルの伴奏どちらも拙い。

 更にあのお嬢様は少し、芋っぽかったしな。


 踊り始めは見ているこっちが目を背けたくなる程、顔を真っ赤にしていた。

 竜種のガキは卒無くお嬢様のステップを誘導していたが。

 お嬢様のソロパートが始まると、感極まっちまってお嬢様の顔には涙がこぼれていた。


 それでも。

 朴念仁と言われる事が多かった俺にもわかる、あの時のお嬢様は、綺麗だった。

 見てくれは整ってた竜種のガキが霞んじまうくらい。


 誰に向けて、誰のために、誰のおかげで。

 芋っぽくて体を動かすことも不得意なお嬢様が、努力が。

 関わってきた奴らへの思いみたいなもんが言葉よりも雄弁に伝わってきたからだ。

 ライラや、クソガキ共、ウィル卿に見守られながら、不恰好ながらなんとか踊り切っていた。

 

「お父様……が……わ、たしを、 きらいでも……わたしは…… ……わ、 た、 しは……おとう、さまが……うぅぅ…… おどう、 ざまが……ううぅぅぇ……」 


 踊っている時はこぼれる程度だった涙が、踊り切った後は氾濫した川のようにあふれていた。

 膝をついて、もはやまともに言葉も発せなくなったお嬢様。


 のれんが垂れ下がってるおかげで誰もがお嬢様が言いたい事は伝わっていた。

 

 ライラは手を口元に被せて嗚咽を必死に隠してた。

 涙が出ないだけで誰がどう見ても号泣していたが。


 ウィル卿は変な顔をしてた。

 不器用ながらに愛らしく育った娘の成長を見れたのだ。

 父親になった事はないがその心中は察する。

 だが表向きは装飾剣を盗んだ輩とその一味だ。

 険しい形相を崩さないように、顔面の筋肉を酷使した結果ほとんど白目を剥いていた。


 お嬢様とウィル卿の関係については俺が図り知れるところではない。

 結局、ウィル卿はお嬢様に声をかけてやる事はなかったが、成長した自分の姿を披露できたお嬢様は満足そうだった。


 その後、周囲に詰め寄られていてもガキ王子が悪びれる事はなかった。

 レーヴァテインの材質にも使われるクリスティアと宝石を大量に嵌め込んだ装飾剣は小国の国家予算程の値段で作られたと聞く。

 両国のエゴで作られているようなものだから値段ばかり高いナマクラだったが。


「高っか! やべーよ! 兄ちゃんに殺されちまう……いや、 どうせ俺には甘いから大丈夫か……わかったよ! 弁償すりゃあいいんだろ! そんかわし俺とも、ライラさんともこれまで以上に仲良くしてくれよ! じゃねーとマジで俺が報われねーじゃん! あと! アンタら色々あるんだろうけど今日のソロルがめちゃくちゃ可愛かったこと、 忘れんなよ!」


 ガキ王子がいたら、戦争なんかならなかったんだろうな。

 自負勝手な物言いに集まった連中はエル人もリムノス人も関係なく失笑してた。


 普段は俺たち四王とにらみ合いを続ける四帝も何人かいた。

 

 ガキ王子の勝手な言い分なのに、ウィル卿は険が取れたような顔で応じてた。

 その顔は娘に見せてやればいいのにと、周囲の誰もが思っただろうが、口には出さない。

 またあの怖いお顔に戻るのが目に見えていたから。


 ライラもガキ王子に烈火の如く怒ったあとには笑ってた。


 そん時だ。

 アルも笑ってた。

 勝手に兵士にされて泣き崩れてたあいつが。


 竜種のガキもお嬢様も居て、そして今や魔道王のガキもこっそりと見に来てた。


 困り果てた様子のガキ王子を取り囲んで笑いあってた。

 お嬢様が家族を欲してたから妹扱いしたりして。

 種族も人種も違うガキ共が。


 偽善ぽくてうすら寒いと思っていたあの光景が今はどうしようもなく懐かしい。

 あれを見ちまったからだ。


 あんな夢物語みたいな光景を見ちまって、それを必死に取り戻そうとするアルを今まで殺せなかった。


 剣撃の応酬は続いてる。

 初めての感覚だ。

 殺してやりたくて、殺したくないと思ったアルは俺が戦ってきた奴の中で一番強い。


 なのに、俺の頭にノイズのように夢物語の光景がチラつく。


(俺は……)


(俺は……簡単に死んでいけるお前たちが羨ましかった。)


(頂きに近い強さを初めから持たされて、 研鑽することを他者と共有できない虚無な俺は……何もない。)


(元は簡単に死ねるアルは、 絶対に諦めないで今も希望に縋り続けている……)


『ちがう! こぼれてない! まだあたしやシモンズの事は覚えてる!』


(そうか……お前にはあいつらより大事なモンがなかったんだったよな……俺やライラ、 あのお嬢様を殺してでも、 取り戻したいんだよな。)


 剣撃の応酬は、続いていた。

 でも、アルの剣撃が俺の急所に置いてある。

 二度目だ。

 俺が反射を凌駕されたのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る