第23話 ソロルの望郷〜その9〜

「アルは全然笑わないの。 そういう感情もあるくせに、 押し殺している所が本当に嫌い。」


 もう何度目になるかはわかりませんの。

 アルさんとメグさんの喧嘩、というのでしょうか。


 いつものように、と言ったら失礼でしょうが、お二人はいつも言い合いをされていましたから。


 メグさんが求めるような伴奏をするために時間が欲しい。

 アルさんにそう言われて図らずも休憩をとる事になりましたの。

 メグさんとお二人で喫茶室で紅茶を飲みながら私から質問してみたのです。


 アルさんの事、どうしてそんなに煙たがられているのか、と。


 タッドさんに言われてからアルさんの様子をみていたら気付いてしまいましたの。


 アルさんは普通なら気づかないような、それでいてひたむきな感情を込めた視線をメグさんに向けていらっしゃいましたの。


「アルはタッドの事が大好きなの。 アルにとってタッドは理想そのままだもの。 でも、 そういうの差し引いて、 単純にアルはタッドと一緒にいるのが楽しいのよ。 だからいつも一緒にいるんだわ。 でも、 笑わないの。」


 アルさんのひたむきな想いには気づいていらっしゃらないのかしら。


 ですが、私も初め、アルさんの無表情に戸惑いましたの。

 星空の森での一件の後にはアルさんには感情があって、当たり前ですけど傷ついたりもする事がわかりましたの。


「私、 人より魔導が強いの。 だからなのかしら、 からくり兵になる前の、 人間だった頃の姿も見えるのよ。」


「……! でしたらアルさんや、 ライラさんの元の姿が見えていらっしゃるのですか!?」


 メグさんは紅茶を飲みながら話されていらっしゃいました。

 背筋をピンと立ててアンティークの椅子に腰掛けて紅茶を啜る様は優雅そのもの。


 容姿端麗でダンス以外の教養もあって、魔導の素養もあるなんて本当に非の打ち所のない方ですの。


 健啖家な所も、逆に可愛らしくて。

 料理を食べていらっしゃる時に、頬に手を当てて美味しさを表現されてる時は思わず抱きしめてしまいたくなる可愛さがあります。


 アルさん以外には人当たりもよくて、性格も良いですし。

 ……なんだか私と違い過ぎて悲しくなってきました。


「あの、 お二人の素顔って……」


 どんな方なのでしょうか? そう言いかけて口籠もってしまう。

 本人がいらっしゃらない所で、勝手に聞いてしまって良いものなのかと思案してしまいましたから。


「うん。 ライラはどう思うか、わからないから言わないでおくわ。……アルは嫌とかそういうのすら言わないんじゃないかしら。 アルの容姿がどんなだか、 気になる? 好き勝手に言われてもアルはきっと怒らないのよ。」


 私の思案を察してくれたのか、メグさんが先にそう告げましたの。


「あの……えと……はい。 気になります……」


 肩を落として神妙な様子だったと思います。


『興味があるならはっきりと言いなさい。』


 メグさんならそう仰る気がしたのと、単純にアルさんの事が知りたかったのです。

 ですから意を決して聞いてみましたの。


「いいの。 気にする事ないわ。 今のは私がそうけしかけたんだから。 ソロルはアルと違って立派だと思うの。 きっとアルなら言いたいこと、 したい事があっても言わないの。」


「……いえ……あの……そんなことは。」


 口さがない事を褒められるとは思わず、また口籠もってしまう。

 それに、言いたい事があっても全然言えていませんの。

 お父様と顔を会わせた時に……何も言えなかったのですから。


「黒髪、 黒目なのは変わらないわ。 蜜でも塗り込んでるんじゃないかってくらい艶めいてる黒髪に、 冴え冴えとした所は見たことないけど、 瞳は黒い宝石のように深い輝きを放ってる。 整った鼻筋や口元も全部が造形が綺麗に見えるように誰かが完璧に配置したんじゃないかって思うくらい……言っててなんだか腹が立ってきたわ。 アルは作り物のように綺麗な顔してるの。 からくり兵の姿よりもずっと。」


 メグさんは面白くなさそうに呟きましたの。


 中性的で美しい男性の姿のからくり兵。

 ですがアルさんの素顔は人工物よりも綺麗だと言う。


 アルさんは繊細な面を持っている事を理解したからなのか不思議と納得してしまいましたの。


「人の世界で生きていくのに容姿が重要なのは知っているわ。 私が見た人の中でアルは一番綺麗な顔をしてる。 それなのに、 自信を持てずにいるからアルは笑えないのよ。 素顔もいつも曇っているもの。 私は根拠がなくても自信がある人が好きだわ。 それに救われてきたから。」


 不服そうにメグさんは続ける。


(不思議な関係、 ですの。)


 タッドさんはきっと、アルさんの事もメグさんの事も好きで。


 メグさんはタッドさんの事が好きで、アルさんの事は嫌いだと言う。


 アルさんはきっと、メグさんがタッドさんを好きな事を知っている上でメグさんの事が好きなのでしょう。


 なのに三人はいつも一緒にいて。

 大きさも役割も違う歯車がかっちりとハマって回転するような。


 三人でやり取りをされている時は誰も入り込めないような空気が生まれますもの。


 この時の私は胸がズキっと痛んだのを感じましたの。

 それがアルさんに好意を向けられているメグさんを見た嫉妬なんだと気づいてましたの。


 気づいてしまいたくないので、 感情に蓋をしましたの。

 だって気づいてしまったらメグさんの事を――



              △▼△▼△▼△▼△▼


 相生の儀、本番が近くなり不安になってしまった私は夜遅くになっても眠れませんでした。

 二人で踊る分には慣れてきましたが、やはり問題はソロで踊るパート。

 人前に立つ事なんて慣れていない上に、不器用な私のステップを両国要人に見られるなんて笑い者が一人出来上がってしまうのではないでしょうか。

 スクーロさんはその辺りも、スマートに切り抜けそうですが。

 眠れない私は、眠らないアルさんがいる訓練所を訪ねましたの。


 眠らないからくり兵のアルさんはいつも通り、剣の訓練をされていましたが、私の様子を見て察したのか。


「一度だけ、 練習しようか。」


 と、ダンスの練習に付き合ってくれましたの。


 深夜のダンスホールに二人きり。

 暗い室内ですが、窓から月明かりが差し込んでます。


 アルさんの伴奏に合わせて私が特に不安だったソロパートのステップを踏む。


 練習前は本当に相生の儀への緊張でしたの。

 ですが、段々と二人きりでいる事に緊張してきましたの。


 アルさんが何を考えているか分からないのはずっと変わらない。

 今も全然分からない。


 初めて会った時、それがすごく怖かったですの。

 緊張しましたの。


 でも、今は違う緊張ですの。


 アルさんが私の事をどういう風に見ているのかが気になりますの。


(良く、 思われたいのです。)


(からくり兵でも人間でいらした時も、 美しい容姿のあなたとは違って、 黒ずんだ金糸と、 くすんだ碧眼ですが、 綺麗。)


(そう、 思って欲しいのです。)


 思いをぶつけるようにステップを踏む。


(メグさんのように徹頭徹尾まで容姿端麗ではありません。)


(魔導の素養があるわけでもない、 空想好きなだけのヒロインに憧れる普通の女の子。)


(物語の主人公を理想とする、 あなたと同じですの。)


(あなたを傷つけて……資格もないのに。)


(私はきっと、 あなたの事が……)


 伴奏が終わり、私もステップを止める。


「ソロル、 すっかり踊れるようになったね。 相生の儀。 きっと上手くいくよ。」


 アルさんは抑揚ない調子でそう仰いましたの。

 ですが、アルさんなりに本気で褒めてくれているのが今なら分かります。


 初めの頃より、アルさんも随分と話してくれるようになりましたから。


「そう、 ですか。 私、 メグさんと比べて、 綺麗じゃないですから、 ですが、 そう言って貰えて嬉しいです。」


 息を整えながらそう答えて、はっとしましたの。


(せっかく褒めてくださったのに、 何でメグさんと比べるような真似を……)


「メグと比べる? どうして?」


 案の定、疑問を返される。


「……」


「……」


 沈黙が続いてしまいましたの。

 アルさんも私も人付き合いが得意な方ではないのは知っています。


 だからお互いこんな空気になった時の解決法を思いつくのが人より不得意なのです。


 しばらく続く沈黙の後、アルさんがぽつりと呟く。


「ごめん。」


「えっ?」


「ソロルの気持ちを考えて、 返答すべきだったよね」


 私の気持ち。

 そう言われてドキッと胸が高鳴る。


(……もう気づいていらっしゃったの?)


「メグは物語の住人そのものだからね。 自分と比べたくなる気持ち、 わかるよ。」


「……」


(タッドさん程ではないにしても、 アルさんも言い回しが少しずるいですの。)


 全くズレた話ではないにしても一瞬期待してしまった方向の話でなかった事で返答にあぐねてしまう。


「僕の父さんは世界で一番資産を持ってた。 つまり、 世界で一番お金持ちだったんだ。」


 ……やっぱり前言撤回しますの。

 アルさんもタッドさんのように明後日の方向の話を始めましたの。


(え……突然どういう意味かしら。 それも世界一のお金持ちって……話が突飛過ぎますの。)


「僕が元いた世界ではわかったんだ。 世界にどれだけのお金があって、 個人で資産をどれだけ保有しているのか。

 あの世界では、 誰も父さんに勝てなかった。 父さんは一族が経営するグループを世界一の企業に押し上げたんだ。」


 話のスケールが大きすぎるのと、突飛すぎるので感情の整理がつきません。


 ダンスで呼吸が乱れているのも相まって、恐らく不可思議な表情を浮かべていたと思いますの。


 それでも、アルさんは続けましたの。


「僕はずっと父さんみたいになりたかった。 圧倒的な才覚で世界中に認められていく物語の住人のような父さんみたいに。 でも、 ご覧の通り僕は父さんとは似ても似つかない不器用な男だったんだ。 だから、 努力した。」


「アルさんは……ずっと自己鍛錬を続けていらしたのですか?」


 話の方向性はわかりませんの。

 ですが、アルさんが初めて自分の事を語ってくださってますの。

 私は疑問符を投げかけましたの。


「そうだね。 その結果周囲には 『からくり人形のようだ』 って気味悪がられて、 父さんにも向いていないから違う道を探せって見捨てられた。 皮肉な話だけど、 からくり兵になったのは因果応報だと思ってる。 からくり兵になる前から、 からくり人形のような生活をしていたんだから。」


「あ、 あの、 私、 あの時……」


「ごめん。 あんまり人付き合いが得意じゃないんだ。 これじゃ余計に気を使わせてるね。……きっと僕はこう言いたいんだ。 ソロルの気持ちがわかるって。」


 星空の森でも仰っていた、私達が似てるというのは境遇や考え方の事なのでしょうか。


 優秀な父親と家系。

 その中で鼻つまみ者だった私達。

 優れてる人を自分と比べて落胆する。

 アルさんにもそんな気持ちがあるのかもしれない。


「簡単には自分を変えられない。 優れている人と自分を比較してしまう事もね。 でも、 タッドは僕を認めてくれた。 『アルはアルだ!』 ってね。 本当は僕の名前ちょっと違うし、 まだ自信は持てないけど、 すごく嬉しかったんだ。 だから、 ソロルの頑張ってきた事を僕が認めている事を知って欲しいんだ。」


「私が頑張ってきた事……?」


 人質になってからずっと勉学に励んできましたの。

 いずれ両国を繋ぐ外交官として責務を全うできるように。

 お父様が私を認めてくれるように。


「外交官になるための教養は終えてるって聞いたよ。 ダンスだって決して得意な方でなかっただろうに、 さっきのダンス、 凄く良かったよ。 月明かりに照らされたソロルの髪も目も綺麗だった。」


(こんなの……ずるいですの。)


 辺境伯の娘として恥じないように努力してきた事。

 ずっとコンプレックスだった髪の毛の色と瞳。


 認めて欲しかった。

 お父様はみてくれませんでしたが、私は頑張ってましたの。

 努力、しましたの。


「お父さんとの事がどうなるかは分からない。 でも僕はソロルの努力、 知ってるよ。」


 アルさんは抑揚なく仰いました。

 それでもアルさんが気遣ってくれてる事で自分の恋心に確信してしまいましたの。

 私が一番言って欲しかったことを言ってくれたのが、惹かれつつあったアルさんなんだもの。


(ずるいですの。 メグさんの事が好きなくせに。)


 ……気づきたくなかったですの。

 不器用で無表情なあなたがメグさんと喧嘩をすると言い返したりしませんが、ムキになって引きませんものね。

 そして、ふとした時に見せるひたむきな視線。

 あなたはいつも、メグさんを意識されてる。


(私は……アルさんが好き。)


 だからこそ気づいてしまいましたの。

 アルさんはメグさんにとっての主人公にもなりたいという事に。


 その日、結局私は眠れませんでしたの。

 相生の儀への緊張ではありません。


 徹頭徹尾までの容姿端麗。

 優しくて優雅で、それでいて可愛いらしいメグさんへの嫉妬。

 そんな事を考えてしまう自分の浅ましさで。

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