第22話 ソロルの望郷〜その8〜
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あたしはバカだ。
弱味につけ込む覚悟もないくせに、不用意にあの人を刺激してしまった。
ウィル卿に詰め寄ったら、拗れさせてしまう可能性を考えなかったわけじゃない。
ウィル卿は、間違いなく娘としてソロルを愛している。
それをソロルに伝えてやりたかった。
一度だけ、言っていたんだ。
人質交換が為された時に。
会わせる顔がない、って。
それでも、ソロルを抱きしめてやるのはウィル卿の役目だと思っていた。
からくり兵のあたしはその役割にないと思っていた。
ウィル卿の発言を公的でなかったと、あたしはあの場に残る必要があった。
食事は終わりかけてたのに、あたしの近習達もよだれを流さんばかりに、あの発言に飛びついていた。
ヨハネスは甘いと、あたしを非難するかもな。
ウィル卿はソロルの事ではっきりと弱味を見せた。
表面上友好的でも、いつもお互いに腹の中を探りあって、自国のために優位に事を進める。
それがあたし達、辺境伯の仕事だ。
だけど、それをしちまったら。
あたしの可愛いお嬢様はもう二度と、あたしを信じてくれないだろう。
だから、あたしにはできない。
なのに不用意に刺激した。
そしてソロルが会食を抜け出した後も、アルにソロルの対応を任せちまった。
きっとソロルはウィル卿にも、あたしにも見捨てられたと絶望したに違いない。
……あの二人は似ている。
尊敬する。 いや。
愛する父親に突き放された事で、二人とも何に対しても自信を持てずにいる。
そんな二人が
もし上手くいかなくてもあたしの顔が潰れるだけなんて、タカを括った結果だ。
アルとソロルは星空の森に入り込んでしまうのが目撃され、あたしは近習を連れて捜索に当たっている。
目下、二人は星空の森でオオカミの魔獣に追い立てられている痕跡が見つかっている。
オオカミの魔獣如き、アルだけなら対処出来るかもしれないがソロルも一緒となると、アルの限定的な武技を考えると苦戦は必至だ。
あたしが選択を誤り続けたせいで二人は命の危険にさらされている。
……本当に自分のバカさが嫌になる。
タッドに出会う前のアルは、本当に見ていられなかった。
何の覚悟も無い少年の精神が、からくり兵に混入してしまったのだから。
『死にたい』
そう泣き喚いていた。
タッドに出会わなければ本当にそうしていたかもしれない。
相変わらず笑った所は見た事ないが、ガキらしく楽しくやっていそうなのは良かった。
タッドは本当に変わった少年だ。
自分勝手でやりたいと思いついたことは片っ端から実践していく。
相手のことなんて何にも考えていないかと思いきや、その行動で救われてしまう奴も大勢いる。
気難しいクレディットだって、かわいい弟に振り回されっぱなしな事を楽しんでる節がある。
だけど、タッドだってまだまだ子供だ。
バイタリティがありすぎて行動範囲が広すぎるのに、リムノス第三王子という立場なのに不用心なあいつはあいつで、大人のあたしたちが気をつけてやる必要がある。
そして、ソロル。
複雑な生い立ちのせいで両国の外交問題にさらされている。
本人の意思とは別に。
リムノスとかエルは関係ない。
あたしはあの子が可愛い。
内気で、不器用ながらそれでも必死で愛を求めるあの子を救ってやりたい。
子供を守ってやれるのは、大人だけなんだから――
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「……怖い顔するなよぉ。 僕がいなかったら
「……オオカミの魔獣にはボコボコにされたのに、 森の魔獣を倒すなんて、 よくわからない人間だなぁ。 あ、 でも君からくり兵か。 人間ですらないんだねぇ。……なのに……
「……君は何かを成し遂げる人間じゃない。 理解しがたい奴の事はみんな怖いのさ。 ぼくは大勢の人間を見てきたから間違いないと思うよ。」
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魔素切れで気を失っていた、私たちはライラさんに救出されました。
古城の一室のベッドの上で目を覚ました時にはライラさんとアルさんが心配そうに私の様子を伺っていました。
私の容体がしっかりとしているのを確認した後、ライラさんは顔を真っ赤にして烈火の如く私とアルさんにお怒りになっていました。
いえ、ライラさんは鋼鉄でいらっしゃいますがその時は本当にそのように感じたのです。
私に対してはどれだけ心配をしたかと。
アルさんに対しては多少荒くなっても森の中に入る前に止めろ、と。
私のせいでアルさんが怒られているのがいたたまれなくなって弁解しようとすると。
「あんたにも怒り足りない!」
と怒髪天をついた様子で怒りを露わにされておりました。
ですが、最後には。
「アル! 今度からはこうやって止めるんだぞ!」
そう言って、ライラさんは抱きしめてくれたのです。
私だけでなく、アルさんも同時に。
ライラさんは今まで絶対に私に触れなかった。
理由はわかってます。
ライラさんは鋼鉄で、エーテル鋼で作られたエル人と戦うために作られたからくり兵。
エル人である私には決して触れてくださらなかった。
私を思いやって。
「二人共、 よく頑張ったな。」
抱きしめ続けながら仰る。
昨日の森での事でしょうか、ダンスの練習、それとも……。
色んな意味で仰って下さったと思ったら涙が止まりませんでしたの。
「ガキはガキらしく大人に甘えていいんだよ。 あたしがあんた達を見捨てる事なんて絶対にないんだから。 タッドはその辺上手くやるけどあんたらは本当に、 不器用だね。」
私だけでなくアルさんも一緒に抱きしめた意味が分かってしまった。
アルさんが何を考えているのか初めは全然分からなかったのです。
だから、アルさんが怖かった。
ですがきっと、私と同じく人付き合いが得意でないアルさんも私が怖かったのでしょう。
ここ数日、お互いに同じような感情を持ちながらこんなに関係を拗らせていたのです。
なんて不器用な二人なんでしょう。
それでもアルさんは私を救うと言ってくれた。
きっとそれが、彼が言う主人公というものなのでしょう。
「ソロルも泣き止みな。 長い時間はあんまり、 な。 アルもそんなに泣くなよ。」
からくり兵は泣けない。
機能が付いていらっしゃいませんの。
泣いてません。
と抑揚なく仰ったアルさんが本当は泣いている。
そんな想像をしたら、失礼なのは承知でしたが笑顔になってしまうのを止められませんでしたの――
お父様は私が無事なのを確認した後、領地へご帰還されたそうです。
そして私達もライラさんのお屋敷に戻りました。
結局私の事は見てくださらなかった。
私を返還しなくてよいという、会食の場での発言は公的な物でなかったとして、決定はしていないとの事。
「ウィル卿は間違いなくソロルを愛してるよ。 あの人の立場が状況を複雑にしてるだけさ。」
ライラさんはそう言ってくださる。
ですが、私の出生はライラさんにも言えない秘密。
言ってしまえば、両国人質制度を根幹から覆してしまい、開戦という最悪のケースだって考えられますの。
お父様は私の存在が疎ましいからあんな風に仰った様にしか思えない。
それでも、結局私はどうする事も出来ない。
大人たちが作った役割を演じきるしかないのです。
エル神国辺境伯の娘として――
「ソロルちゃん。 大分ダンス上手くなったな! まー俺はダンスの上手いとか下手とかよくわかんないけど、 それでも絶対良くなったよな! なんとかエーテル盗難した奴とは話しつけてきたけど、 ずっと戻って来れなかったから心配してたんだよ。」
エーテル鋼の盗難という事件を解決したというタッドさんとメグさんもライラさんのお屋敷に戻ってきて頂けております。
今はダンスの練習をお屋敷の喫茶室で休憩中ですの。
アルさんとメグさんはダンスホールで喧嘩中、というよりメグさんの要望に応えられないアルさんがずっと言いくるめられている状態です。
お二人とも真剣なのがわかるので居た堪れなくなっていたら、タッドさんがこそっと私を連れだしてくれているのです。
「タッドは昔から山賊みたいだと思ってたけど本当に盗賊とも友達になっちゃうなんてねぇ。 お母さんともあっという間に仲良くなってて誰とでも仲良くなるのはいいけど、 女たらしだし。 タッドの将来が心配だよ。 ボクは。」
ぷくっと頬を膨らます、フワフワとしたこの可愛らしいウサギさんのような方は一体誰なのでしょう。
いえ、フェイ様なのは分かってますが。
ですが大学で
フェイ様の母君は調整された過去からエーテル鋼の特効薬が無いと命の危険もあるお方。
町を出歩いた際に具合を崩されたフェイ様の母君を行商に来ていたタッドさんが助けたよしみから、なんとそのままフェイ様の家にタッドさんは居ついてしまったとの事。
エル神国での活動拠点になるからと。
「今回の盗難騒動だってそうだよ。 結局タッドの女たらしが発動して丸く治ったようなもんじゃないか。」
「人聞きが悪いなフェイちゃん。 俺はちゃんと男もたらしてるぞ。 両方たらしなんだよ。 俺は。」
「自信満々に何言ってんのさ! 気持ち悪い!」
とっても可愛らしい方が、当然のように歳相応に感情表現豊かにタッドさんとやり取りをされると、どうしても脳内補完がうまくいきません。
この可愛らしいウサギさんは一体……いえフェイ様ですね。
さすがのライラさんも魔道王のご世継ぎを連れてタッドさんが戻られた時は顔がひきつっていらっしゃいましたもの。
私なんかでは、まだまだ混乱してしまいますの。
「ソロルちゃん。 アルの事ありがとな。」
「えっ?」
突然、アルさんの話題を振られて、しかもお礼を言われるような事は何もしていないので困惑しましたの。
「あいつ、 ほんのちょーーーーとだけ、 更に、少ーーーしだけ、 変わったかもな。 メグも言ってた。 ソロルちゃんのおかげだよ。」
(何か、変わってますの? そこまで強調されてますけど)
星空の森であれだけの醜態を晒した私ですの。
ですが、アルさんは以前と変わらず私と接してくれています。
無表情のまま。
ですが、アルさんは私の事は呼び捨てのままいてくれているのは距離が縮まったと思ってしまっていいのでしょうか。
「あいつ、 絶対に諦めないくせに、 自信がない事にかけては天下一品だからなぁ。 ソロルちゃんを救えたの、 嬉しかったのかもなぁ。 ありがとね。」
「いえ、 あの……私……すみません。 あ、 あの! タッドさんとメグさんはいつもアルさんと一緒にいるのですか?」
非難されこそすれ、感謝される事は本当にしていないので話題を逸らしてしまいましたの。
思いついた事を適当に。
ですが疑問ではありました。
性格も人種も、といいますか同じ様な所がない三人がいつも一緒に行動されている様なので。
フェイ様もタッドさんと一緒にいたい様ですが立場上、外で行動される時はあまり近づかない様にしているのかもしれません。
今日は違いましたが。
「まぁ。 そうなるな。 あいつら俺がいないと危なっかしいから一緒にいてやんないとな。 アルの方はメグの事が好きみたいだし。」
一番危なっかしい方が……えっ!
「えっ!?」
「えっ!?」
「うわぁ! びっくりしたぁ! なんだよ二人とも急に! あれか!? 俺が一番危なっかしいのに言うなって話しか!?」
「自覚あったんだ……じゃなくて!」
「アルさんが……メグさんを……?」
驚きましたの。
いえ、メグさんはとっても魅力的な方ですから殿方から見たら当然な事なのかもしれません。
ですがこう言ってはなんですが、その……
「ああ、そっち? そんなに驚くことかな。 女の子って恋バナ好きな。 アルの感情なんかわかりやすいけどなぁ。 からくり兵だから一生童貞なの気にしてたし。」
……そんな事気にしていらっしゃったのですか。
「タッド! 下品だよ! ソロルちゃんもいるのに!」
フェイ様がタッドさんに何か抗議されていますが、私の耳には正直入ってきませんでしたの。
アルさんは何というか、良くも悪くも浮世離れした存在に私が勝手に捉えていました。
ですがアルさんだって、緊張したり、悩んだりする事は星空の森でよく分かりましたの。
それでもやはり意外すぎるといいますか。
……メグさんを好きと聞いてモヤモヤするような。
「ま、 何にしても、 あいにゃんの木にはダンス練習間に合いそうでよかったな! ちなみに秘密の催し物を用意……いや! 何でもない!」
更に悪化してしまった呼び名は誰も訂正せずにいました。
タッドさんは悪巧みを考えている少年の様に笑顔を作っていましたの。
なんだか良くない事を考えていそうで、その時は不安が募りましたの
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