第20話 ソロルの望郷 〜その6〜

(私は、なんなのだろうか。)


(物語の囚われのお姫様を自分に重ね合わせて。)


(主人公という存在が私を解放してくれる事を夢見て。)


(本当は、 私を囚えていた人のことが大好きで。)


(でも、 突然、 放り出された。)


(放り出されても、 私は家の事情からはきっと、 逃れられない。)


 お父様が私を必要とされていないのを確信した後、古城から逃げ出して、付近にある森の中へ無我夢中で走り出しましたの。


『星空の森』


 魔素が濃い地域に群生する樹木たちは自らが光源となって蛍光を発します。

 樹木のいくつもの白い光源は、すっかり暗くなった辺り一面を銀色に照らし出していて森の中がまるで星空のよう。

 上を見上げれば樹木の隙間からは本物の星空が広がっていて、まるで星空の万華鏡の世界に迷い込んでしまったようです。


 美しい光景とは裏腹に魔素が濃いこの森の中は強い魔獣がでることもあるそうです。

 この辺りが中立地帯なのは単純に住んでいる人が少ないから。


 あさましい私は考えてしまいます。

 さっき、はっきりと拒絶の意思を示された現実を受け入れられない。


 だから、ぜぇはぁと呼吸が苦しくなっても。


 お父様は女の子らしくする私が好きだと思ったから着ていったリボン付きワンピースが木の枝に引っかかってボロボロになっても。

 リボン付きパンプスが泥だらけになっても。


 走り続けましたの。


 最初は、本当に頭が真っ白になって逃げ出してしまってましたの。


 でも、今は。


 私が泣いていれば。

 魔獣にもし、襲われでもしたら。


 お父様が私を見つけてくれる――

 そんな淡い希望に縋って走り続けましたの。


(だって、だってお父様は私がいないと生きていけないって)


(私がいないと寂しいって)


(確かに仰ったもの――)


 目の前に広がる星空のような光景は涙でぐにゃぐにゃになってしまって、本当にどこまでが森で、どこからが星空なのかわからない。


 走り続けて、パンプスのかかとが折れてしまい、勢いをつけた状態で顔面から転んでしまいましたの。


 口の中に鉄の味が混ざって、転んだ拍子でワンピースは砂埃で更にどろどろになって。

 涙と血が混ざりあった、くすんだ碧眼はひどい状態になっているでしょう。


 うつ伏せのまま泣き続けようにも、全力で走り続けてきた心臓の鼓動はかんたんには戻ってくれず、それでも泣き続けようとすると。


 ぐぶっ。


 と変な呼吸を上げながら泣き続けましたの。


(お父様、 お父様。 私はずっとお父様に会いたかった。)


(お父様は違うの? 私が、 私だけが。)


(黒みがかった金糸で、 くすんだ碧眼で。)


(お父様の本当の娘じゃなかったから――)


(お父様は、 私が嫌いなの?)


(嫌いだから、 いらないから。)


(人質なの?)


(家にも、 戻すつもりはないの?)


 色んな感情が溢れて止まりませんの。

 変な呼吸も続いてますの。

 それでも泣き続けましたの。


(お母様の事をいまだに愛し続けてるのも知ってる。)


(不公平よ。 こんなの。)


(私が悪いことなんて、 何もしていない。)


(勝手に大人たちの事情に巻き込まれて、 今では外交問題にすら巻き込まれて。)


(それなのにお母様はいまだにのうのうとお兄様たちと一緒に暮らしているだなんて。)


 心の中で罵詈雑言ばりぞうごんが止まらない。

 そして、泣き続けましたの。


 お父様が、お父様が私を見つけてくださるように祈りながら。


 でも、きっとお父様はもう私を見てくれすらしない。


 だったら。


 あさましくて、他力本願な私は。

 お父様が見つけてくれないなら、物語の主人公のような方が私をたくさんのしがらみから解放してくれないか願いましたの。






「ソロルさん」


 無機質な声。

 なんでこの人なんでしょう。


 私の事なんて何も理解してくれなさそうで、私たちエル人と戦うためにつくられた兵器で。

 きっと私の事なんてどうでもよくて、タッドさんに頼まれたから面倒を見てくれているだけで。


 感情なんて無い、本物のからくり人形のようなこの人が、泣いてる私を見つけるなんて。


「ライラさんに頼まれて、 ずっと、 追いかけてきました。」


 やっぱり。

 頼まれたから、命令されたから。

 受け身なこの人らしい。


「もっと早く引き止めたかったのですが、 ソロルさんを止めようにも僕の体では直接触ることも出来ず。 声はかけていたのですが、 聞こえていなかったようで。」


 うつ伏せのままアルさんの話を聞き続けましたの。


 泣いている私を見られたくなかったから。

 この人には見つけてほしくなかったから。


 だってこの人は。

 ライラさんに頼まれたからこんな森の奥地まで私を追いかけただけ。


 きっと、頼まれなかったら自分では何一つ動かないのでしょう。


「ソロルさん?」


「……」


 何も本心を見せない、感情が本当にあるかもわからないこの人にだけは、見られたくない。

 何も、聞かれたくない。


 それでも、いつまでもこうしてうつ伏せになっているわけにもいかないのでゆっくりと立ち上がってアルさんの方に向き直りましたの。


 天上だけでなく地上にも星空が広がるような風景の中にいても、美しい男性の容姿を鋼鉄で作られたアルさんは見劣りしません。

 きっと涙と血が混じった、泥だらけの私とは違って。


 現実感の乏しいアルさんを見ていると人間味がなくて益々、不快感を感じてしまいます。


「……ソロルさん。 事情は概ねですが、 聞き及んでいます。」


「……」


「それで、 明日からの練習工程ですが、 今の調子ですと、 本番までに間に合いません。  少し課題を難しくしてペースを上げていきますので。」


「……!」


 練習工程。

 課題。


 この人はいつもそればかり。

 頼まれた事をやり遂げるだけ。


 今だってライラさんに頼まれたから追いかけてきただけ。

 別に私の心情がどうなってるかなんてどうでもいい事ですものね。


 だったら、私はこの人の事が……


「私は……あなたが大嫌い! これっぽっちも主人公ぽくない!……だから……あなたにだけは、 私を見つけてほしくなかった!」


「え?」


 自分でも突然、声を張り上げたのはわかってますの。

 アルさんが驚いた様子を見せたのは意外でしたが、感情が爆発してしまった私はその後も自分勝手な物言いを止めることができませんでした。


「私の気持ちなんて……あなたにとってはどうでもよかったくせに!……あなたが心配なのは頼まれた事がやり遂げられるかどうかだけなのでしょう!?」


「……僕は……そんなつもりは……」


「タッドさんに頼まれたから私にダンスを教えてくれるだけ!……タッドさんに頼まれたから彼を守るために剣の訓練をされているのでしょう!……あなたには自分の意思というものがまったく見えなくて……不気味ですの!」


 本当に自分勝手な言い分ですの。

 私だって大人たちの事情に何一つ逆らえずに生きてきただけ。

 努力されてる分、アルさんのほうがずっと立派なのに。


「何であなたのような人をライラさんは気にかけるの!……あなたは無感情に言われた事だけをやり遂げるだけの、 造形だけが美しいからくり人形そのものじゃない!……私には、 私はもうライラさんしかいないのに! 私からライラさんを取らないで! 」


「造形……だけ……」


 悲鳴のように私がぶちまけた感情の中に、アルさんをはっきりと傷つけた言葉があったのはその時も気付いていました。


 からくり兵の方にも色んな表情を作るためのカムシャフトがありますから。

 それまで、ずっと無表情で無感情に思われたアルさんが、明らかに狼狽されていて目を俯かせていましたもの……


「それでも……ライラさんだって本当の事知ったら、きっと私を捨てるのよ!……大人だもの!……誰も逃げられないんだわ。 お父様も、 ライラさんも、 立場や環境から……いずれ私も……」


 お父様やライラさんに愛されているという自覚をしたくてわざと傷つけるような事を言って気を引こうとする私の悪癖。


 でも、アルさんは本当に傷ついている。

 からくり人形のようで無感情だと思ってしまったこの人が、私の言葉で。

 私なんかを助けようとしてくれたのは事実なのに。


(本当に私は何なんだろう。)


(助けてくれようとしていたアルさんにも勝手に自分の理想と違ったことに失望して、 傷つけて。)





 その時。

 涙を流しながら絶叫する私と狼狽するアルさんの元に突然、男の方が現れましたの。

 こんな森の中で。


「ふわーぁ。 あ、 気づいちゃったかなぁ。 続けてどうぞ。 人間同士の諍いは見飽きたからまるで興味がないんで。 君たち二人で喧嘩しあったって最終的に数が多い方が勝つんだから。 人間てのは喧嘩が好きな割に最終的には自分が人からどう思われてるかが一番気になるんだろう? 僕には関係ないからねぇ。 まあ、 でも、 そっちのイケメンの人はからくり兵ってやつだろ? 君には少し興味があるかなぁ。」


 突然現れて、あっけにとられた私とアルさんをよそに。

 大きな欠伸をしながらご自身で仰るように、本当に興味なさそうにその方は勝手に話を進めましたの。


「ん? もう喧嘩やめたの? まぁ、 その方がいいかもねぇ。 ぼくがいると魔獣が寄ってくることもあるし。 喧嘩? するにはタイミングが悪かったねぇ。 ただほら、 この場所って綺麗だろ? たまに来たくなるんだよねぇ。」


 金糸と碧眼のおそらくエル人の男性は軽薄そうな物言いでアルさんへ近づいてきましたの。

 そしてアルさんの顔をしばらく見つめると。


「やっぱり。 君、 家族にめちゃくちゃイケメンな人いるでしょ? 君の方はミレヴァに似ちゃったのかなぁ。 すごく不器用そうだねぇ。 どっちが幸せなんだろうねぇ。」


 言われたアルさんは目を見開いて驚きを隠せない様子。

 アルさんは何か返答しようとしていらっしゃいましたが、男はひらひらと手を振って歩きはじめましたの。


「まぁ喧嘩を続けるならお好きにどぉぞ。 この場所はおすすめしないけど。 ぼくは帰るけどしばらくは魔獣も集まりやすいだろうしねぇ。 あ、 ほら。」


 ぱっと指さされた森の方を見ていると星空のように輝く光源とは別に赤い光が幾つも混じっていましたの。

 そして立ち込める獣臭。


 複数の赤い光はどんどん近づいてきて、その容貌が見えてきましたの。

 灰色の毛並みに全身に角のようなものが生えていて、あの体躯で体当たりでもされたら随分見通しの良い体になってしまいそう。


 1匹1匹の個体が人間ほどの大きさを誇るオオカミの魔獣。

 10数匹からなるグループで私とアルさんの元にじりじりと距離をつめてきましたの。


 先程のエル人の男の姿はいつの間にかいなくなってしまっていました。


 1匹の魔獣が私達に飛びかかってきたその時。

 アルさんは私を抱きかかえて魔獣の群れがいない方向へ駆け出しましたの。


(感情の起伏が少ないアルさんがあれだけ狼狽するほど、 傷つけてしまった私を守ろうとしてくれるなんて……)


(そんな資格ないのに……)


 それでも、アルさんは私を抱えて一緒に逃げてくれましたの。

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