第19話 ソロルの望郷 〜その5〜

「囚われのお姫様を助けてくれる主人公」


 私はロマンス小説が好きですの。

 物語では、もはやテンプレートですの。


「囚われのお姫様。」


 お姫様は色んなものに囚われていましたの。


 悪い貴族だったり、悪い魔法使いだったり、化け物に囚われていたり。


 家の事情、なんてのも多いですわね。

 様々な理由が絡み合って王女様はその場所に囚われていますの。


 お姫様は、ずっとその場所から離れられない。


 だから、ものすごく退屈。

 だから、ものすごく悲しい。

 だから、ものすごく……寂しい。


 そんな囚われのお姫様を、その場所から解放してくれる存在。


「主人公。」


 主人公も色んな人がいますの。


 王子様だったり、ものすごく強い兵士だったり、最近は普通の少年、なんてのも流行りですわね。


 でも、往々にして物語は囚われのお姫様を開放してくれた主人公と恋に落ちますの。


 そして、色々なしがらみを乗り越えて二人は幸せに暮らしますの。

 物語ですもの。

 ハッピーエンドの方が疑似体験としてカタルシスを得やすいから。


 私も。

 私も夢想しましたの。


 出られない部屋の中で。


 私を解放してくれる主人公を夢見て。






「食事、 いや、 それ以外も、 か。 ライラ卿は人としての娯楽の殆どを捨ててまで我らエル人と対抗手段のためにその鋼鉄の体になったのだな。 同じ兵士として頭が下がる。」


 切れ長で澄んだ碧眼。 撫でつけるように頭の後ろへ整えられた金糸。

 壮年に差し掛かった年齢ですが、我が父ながら美丈夫と言って差し支えはないでしょう。

 新緑の騎士服を着ていらっしゃるのは有事には兵士として戦闘に参加されるからでしょうか。


 中立地域での古城を貸し切り、両辺境伯による相生あいおいの儀の打ち合わせは粛々と行われ、日も沈みかけた時間になって今は会食中ですの。


 大きなダイニングテーブルを飾るのは、硬く艶やかな硬質磁器で作られた純白の食器たち。

 牛や豚、野うさぎの肉料理、マスやタラ、オイスターなどの魚介料理も色とりどりに食器に盛り付けられていましたの。


 私はライラさんの隣に座ってリムノス陣営の方々と。

 からくり兵は食事も取らないのでライラさんはテーブルに掛けているだけ。


 お父様はテーブルを挟んで対面、人質のライラさんの甥っ子とエル陣営の方々と。


 打ち合わせのときから、会食が始まっても両陣営とも張り詰めた空気。

 それを作り出しているのは、間違いなくお父様。


 お父様の側近の方ですら一挙一動に注意を払っていらっしゃいますの。

 お父様の激情に触れてしまわないようにしてるのが伝わります。


「ま、 あたしの事は一旦忘れてくれよ。 主賓は他にいる。 ご息女と不肖だが可愛い甥っ子が今日の主賓だ。 ウィル卿。 こちらこそスクーロへの教育、 感謝するよ。」


 話題を振られたライラさんは平静な対応をされていらっしゃいます。


 スクーロさんはライラさんのお兄様のご子息。


 エル神国でお父様の元で私と同じく人質として暮らしていらっしゃいます。

 ご自身は魔導が使えずとも魔導学校に在籍されているとか。

 両国人種が在籍するエリス大学に通う私よりずっと大変な環境でしょうに、魔導の研究において優秀な成績を修めていらっしゃるとのこと。


 エル人との人脈も広げられて、将来国元に帰られた際も友好的な外交を期待されています。

 まさしく人質としては完璧な存在かもしれません。


「叔母上は女っていう性別を捨ててまで兵士を選ばれたんだもんな。 昔はいい女だったらしいから、 もったいない事をしたってリムノス中の男が泣いたって話、 聞いたことあるぜ。」


 この緊迫した空気の中でくだけた口調で話されるスクーロさんはやはり外交官としても優秀なのかもしれしれません。

 雰囲気は好きにはなれませんが。

 ライラさんは今だって、いい女です。 本人は女扱いされるのを望んでませんが。


「スクーロ、 だからあたしの話は忘れなよ。 異国で優秀な成績を修めてるあんたの事は認めてるけど……あんたは兄さんの似なくていい部分が似ちゃってるかもしれない気がして。 そこだけが不安だね。」


 ライラさんが誰かに対して険しい顔をされるのは珍しい。

 スクーロさんに対して何か思うところがあるのでしょう。


 でも、お父様の様子が気になっていっぱいいっぱいの私は、聞いているしかできませんでしたの。


「ライラ卿。 スクーロは優秀な男だ。 将来、 我ら辺境伯同士の外交を円満に運んでくれる事を期待している。」


 お父様が話した内容は両国の円満外交。

 冷たい険のある表情で仰しゃっていると、まったく逆の事を言っているのではないかと錯覚してしまいます。


「ところで、 エーテル鋼の関税についても少し話をしておきたい。 リムノスの第三王子が作った商会がエル神国でも貿易しようとしているとは聞き及んでいる。 王子とは一度、 話合いの場を設けたいと思っている。」


「あたしがとりなさなくても、 タッドはウィル卿に直接アポをとりそうなもんだけどね。 ま、 話は通しておくよ。」


 辺境伯としてこの場にいることはわかってますの。

 でも、お父様は一度も私を見てくださらない。


 その後もお父様はずっと辺境伯として振る舞われていましたの。


「……国境付近にいるリムノス人の難民の受け入れについてだが、 今だ双方の遺恨は根深い。 彼らを受け入れるには――」


『うーん。 ソロルはお屋敷にいることが多いからあんまり色んな人と会ったことないでしょ? 人はね、 いっぱいいるんだよ』


「……人種の違いを認め切るには我らの和平は若すぎるのかもしれんが、 人は元々違うものであろう――」


『家族でもみんなちょっとずつ違ってて普通なんだよ。 もっとたくさんの人と会えば色んな人がいて、 自分も色んな人の一人なんだなーって思えると思うよ。』


「……ライラ卿は唯一信頼に足るリムノス人かもしれんな……いや、 許せよ。 酒の場での失言だ。」


『ああ! ごめん、 ごめん。 今のは父様が間違えた。』




(お父様。)


(やっぱり、 お父様だ。)


(優しいお父様が、 そんなに怖い顔していなきゃいけないくらい人をまとめ上げるのは大変なのですね。)


(すこしだけシワも増えて、 かっこいいおじさん、 って感じ、 ですの。)


(お父様。 私は、 今でもお父様が大好き。 お父様が私をどう思っていても。)


(嘘。 どう思っていてもなんて嫌。)


(お父様。 私、 今、 泣くのを我慢してるの。)


(見つけてよ。 お父様。)



「ウィル卿。 久しぶりに会ったんだ。 ご息女とも何か話されては? 少し内気だが、 外交官に必要な勉学は立派な成績を修めてる。 あたしも彼女とは円満な外交を結び続けたいと思っている。」


 会食も終わりに差し掛かった所で、ライラさんがお父様に話題を持ちかけましたの。

 でも、促されたお父様の表情は先程までよりも更に険しくなったように見えましたの。


 お酒も入られたのと、ライラさんに畏敬の念を覚えていらっしゃったのか、饒舌になりかけていた先ほどとは打って変わって沈黙が続きました。


 緊迫に再び包まれる会場。


 それでも、私の方は見てくださらない。


「……懇意にされたのであれば、 そのまま身柄を預かって頂いても構わない。 そのための対価が必要であれば、 払うつもりだ。」


『こんなに可愛い、 可愛いソロルがいなくなったら父様は生きていけないよ! ソロルが泣いてたらすぐに抱きしめに行く! ずっと父様と一緒にいてよ! お嫁さんにも出さないぞ!』


 ……お父様の、嘘つき。


 私もう、泣くのを我慢できない。

 立ち上がって会食の会場から逃げ出しましたの。


 それでもお父様は私を見ない。

 もう……私のこと、見つけてくださらないのですね。

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