第16話 ソロルの望郷 ~その2~

 お屋敷は主人そのままを現したようにシンプルで直線的なデザインが多いです。


 ダンスホールも装飾は少ないけど、国産のモクセン板で作られた床は防音に優れていて女の私でも見惚れてしまうような情熱的で蠱惑的こわくてきなメグさんステップも、不格好でたどたどしい私のステップも公平に受け止めてくれています。


「アル! このパートはそんなに無機質に弾かないでほしいの!」


 釣り目の碧眼を更に釣り上げたメグさんは不格好なステップを続ける私に対して――

 ではなく、ピアノで円舞曲を伴奏して頂いているアルさんに声を荒げていらっしゃいましたの。


 ダンスの練習を仕切るような発言をされていたタッドさんは早々にこの地域の行商に向かわれ、ライラさんも屋敷の別のお部屋にいらっしゃいます。


 残っていただいたお二人が私にダンスの講師をしていただいておりますの。


 メグさんが円舞曲のダンスの講師を。

 アルさんはピアノの伴奏を務めて頂いております。


 光り輝くガラス玉がぶつかり合うようなメグさんの玲瓏なお声はそれだけで音楽を奏でているようです。


 だからなのでしょうか。

 練習を始めてからお二人は喧嘩ばかり、といいますかメグさんがずっとアルさんの伴奏の叱責というか…………とにかく改善を求めていらっしゃいましたの。


 オーダーされたアルさんは一つ改善すると別の部分がほつれていって、それに煩わしさを感じたメグさんが声を荒げてしまう。

 その繰り返しです。


 音楽には無頓着な私でもアルさんの伴奏は――

 無機質で、アルさんの感情が見えないような。


 子供の頃に見た自動人形オートマタという、カムシャフトと歯車を利用してピアノを弾くおもちゃの人形の様ですの。


 なんて、口には出しませんがさすがに失礼すぎますね。


 アルさんも練習のために折角弾いてくださっていらっしゃいますの。

 私としてはお二人がもう少し仲良くして頂けないかとハラハラしておりましたわ。


「もういいの! これじゃソロルに迷惑がかかるわ! 私も巨大化してこの部屋ごとぶっ壊してしまいそうだわ! ライラに言って別の伴奏者を用意してもらうの! アルはいつも通り、 剣の訓練でもしてるといいの! ソロル……ごめんなさい。 少し休憩していて。」


 ガチャン!


 メグさんは嵐の前の稲妻のような勢いでダンスホールを出て行かれましたの。


 リムノスの第三王子とご一緒されているというのは、メグさんもエル神国のどこかの貴族の人質なのでしょうか。

 ふくれっ面でも王侯貴族のように洗練された動きは変わりませんでしたの。


(それに、 巨大化してぶっ壊してしまいそう、 だなんて、 ずいぶん物騒だけどメグさんが言われると可愛らしい表現の怒り方ですね。)


 ぷりぷりと、なんて可愛らしい表現が似合うように怒気を現すメグさんを思い出してほんの少し口角が上がりそうになるのを感じましたの。


 でも、寡黙なアルさんと二人っきりで残されている状況ですので緩みそうだった私の頬は結局、緊張で引き締まってしまいました。


 ポロロン。


 剣の訓練をしろとメグさんに言われてらしたのに、無機質に鍵盤を叩いて調音を続けるアルさん。


(ダンスの練習にまだ付き添ってくれるつもりなのかしら?)


 アルさんは美しい中性的な男の子の姿を鋼鉄で作られていて、ライラさんと同じリムノスのからくり兵。


 有事でもないのに黒を基調としたリムノスの軍服を着ていらっしゃるのもライラさんと同じですの。


 ライラさんは誰に対してもお優しいですけど、アルさんには特に気を遣っていらっしゃるように見えました。


 楽しそうにしてるのが見れてよかったよ、 と。


 私には全然そんな風に見えませんでしたけど。


 同じからくり兵でもライラさんはよく笑っていらっしゃいますが、今も無表情で調音を続けていらっしゃるアルさんは本物のからくり人形の様ですの。


 笑顔を作るためのカムシャフトがついていないような。

 いえ、同じからくり兵であるライラさんの千差万別の表情を見る限りそんな事はないのでしょうけど。


 私がロマンス小説に疑似的な恋愛体験を夢想して朝方まで読んでいるのを何日も続けてフラフラになっていたら。


「体を壊すからあんたには恋愛物は禁止!」


 と、ライラさんの鋼鉄が真っ赤に染まってしまうんじゃないかと思うくらい目じりを釣り上げて怒っていらっしゃったかと思えば――


「しかし、 あんたはあたしとは違ってホントに女の子だね。 そういう所もあたしのかわいいお嬢様だ。」


 と、今度は唇を紙のようにクシャクシャにされて笑顔を作っていらっしゃいましたの。


 そんなライラさんとは違ってアルさんはからくり兵そのものというか。


 無機質で無感情なリムノスの戦闘兵器――


 からくり兵が私たちエル人と戦う兵器だという事実を思い出した私は、二人きりでいるのが緊張どころか怖くなってしまいましたの。


 ですから。


「あ、 あの、 わ、 私、 その、 休憩に、 そう、 ちょっと、 休憩してきます、 の。」


 普段から本の虫で人とあまり関わらない私ですの。

 緊張と恐怖がないまぜになって口ごもってしまうのは、ある意味必然でしたの。

 アルさんの返事も待たずに部屋を飛び出してしまいましたの。


 飛び出す前に鍵盤を無表情に調音するアルさんは――

 やっぱり、自分の意思を持っていないかのような自動人形オートマタの様でしたの。






(ああ、 あんな風に拒絶を分かりやすく態度で示してしまっては気を悪くされていますよね。)


 なんとなく、アルさんをないがしろにしてしまった事に後ろめたさを感じたので、ライラさんにお会いしないようにお屋敷の外まで来てしまいました。

 お庭のライラックの紫花を見ながら、自分の行動への反省と思案にふけっていましたの。


(タッドさんもメグさんも優しくて、 お二人とも魅力的なお方。 でも、 アルさんは、 よく、 わからない。)


 最初はびっくりしたけど、くるくると表情が変わって、私よりも年上なのに少年の様にカラカラと笑うタッドさん。

 黒髪黒目のリムノスの方の中でも、なんといいますかこれと言って特徴のない容姿と言いますか、近所にいそうとでも言いますか。


 ずかずかと人のパーソナルスペースに入ってきたかと思うと、本当に来てほしくない距離までは入ってこないで、最後は私のペースに合わせて話をしてくれているのが分かりましたの。

 それでもやっぱり自由な方で。

 それを心地よく思わせてくれるお方。


 メグさんの一番の特徴はタッドさんが大好きな所と言っていいかもしれません。 

 タッドさんはメグさんを大好きな友達だ、と私に紹介してくださいましたの。

 そしたらメグさんは。


「……しゅきぃ……でも、 友達……」


 なんて、可愛らしすぎますの。

 出会ったばかりの私でもすぐに分かりますのにタッドさんは何処吹く風といったご様子。


 メグさんは洗練された優雅な立ち振る舞いに、明るい金糸と宝石の様な碧眼、赤い唇は蠱惑的こわくてきですし、すらっと伸びた長い手足は殿方達を魅了されている事でしょう。

 ですが話し方のせいでしょうか、どこか可愛らしい方です。


 空想好きな私ですの。

 初めてお会いした時についつい興奮そのままにメグさんに思ったことを伝えてしまいましたの。


 物語に出てくる容姿端麗な良家のお嬢様が物語内から出てきてしまったのではないかと思うくらい徹頭徹尾てっとうてつびまで綺麗な方だと。


 その時メグさんは優しく笑顔を返してくださいましたけど、碧眼は少しだけ憂いを含んでいらっしゃいましたの。


 矢継ぎ早に私が言うので鬱陶しかっただけかもしれませんが、過去には色々あったのかもしれません。


 やっぱりメグさんも人質なのかしら?

 だとしたら、私はメグさんを知らずに傷つけてしまったかもしれません。


 アルさんは、よく、わかりません。

 タッドさんとは普通に話をされているようですが、メグさんには煙たがられているようで。


 リムノスの風王ふうおう候補で剣の達人らしいです。

 タッドさんがそのように紹介してくれていた時、ライラさんはなぜか笑っていらっしゃいました。


 兵士の方ですのに音楽の教育も受けていらっしゃるのは、元々貴族の子だったのでしょうか。

 寡黙な方なので、とにかくアルさんがどういう方であるのかは想像で補完するしかないのです。




 そんな思考を巡らせていたらお屋敷の門扉の前に銀髪の男の子? でしょうか。

 鉄の格子でつくられた門扉の間からこちらを覗いていらっしゃるようです。


 私と目が合うと、あせあせとした様子でしたが、何だかその様子が可愛らしくて声をかけてみることにしましたの。


「どうか、 なさいました?」


「え! えっと、 ボクは、 いや、 私は、 その、 タッドに会いに、 じゃなくて! いや、」


 顔を真っ赤にして一人称も定まらない様子ですが、私はそのお方に見覚えがございましたの。


「フェイ様?」


「え? ボクの、 いえ、 ……私の事をご存知なのですか?」


 エリス大学に通っていれば知らないものはいないでしょう。

 ご世継ぎの中でも圧倒的な魔導力をお持ちで、そのお力は歴代王の誰もが及ばないのではないかと聞きます。

 内地平定がある程度、鎮静化してきたとの事で現在はエリス大学に通っていらっしゃっています。


 大学では氷炎ひょうえんと称されていらっしゃる方もいます。


 内地平定ではエル神国のご期待に応えられる以上の働きをされている言われるフェイ様です。

 魔導王のご世継ぎで将来は炎帝えんていになられると疑いの余地がないと聞きます。

 ですがその性格は激情を現す炎とは対をなす氷で称される程、冷静沈着なお方です。


 そんなフェイ様が今は耳まで真っ赤にされてただ事ではないご様子です。


「とりあえず、 中に入られてください。」


 門扉を開けて私は促しましたの。


「え!? あ、 いえ! タッドに会ってしまうのは、 ちょっと……」


「? タッドさんは行商に出かけられて今、 お屋敷にはいらっしゃいませんよ?」


「あ……いないのですね。」


 タッドさんに会うのは慌てふためいてしまって、会えないとなると物寂しそうにされる。

 白銀の髪と深紅の瞳で悲愴な面持ちをされるとウサギさんのようで可愛らしいです。


 ……ご世継ぎに対して可愛らしい、ましてウサギさんは失礼かしら。


(タッドさんとは仲がいいのかしら? そういえばリムノスの方と一緒に暮らしているなんて噂もありましたけど。 まさかタッドさんと? 魔導王のご世継ぎとリムノスの王子様が?)


 色々な疑問がくるくると頭の中を回りました。

 ただ、私が感じた疑問の答えはすべて。


(誰とでも仲良くできるのはタッドさんらしい。)


 出会ったばかりの私にすらそれで納得してしまいそうに思わせるのがあの方のすごい所ですの。


「すみません。 こちらのお屋敷の子にタッドが手取り足取り、 時には情熱的に抱きしめながらダンスの家庭教師をするなんて聞いて、 居ても立っても居られなくなって……ボクだってしてもらったことないのに……い、 いえタッドがご迷惑をおかけしてないか心配になって来たのです!」


 フェイ様は矢継ぎ早に本音と建前をさらけ出されておりました。


 タッドさんを自分のご家族のように話されていて、さすがに一緒に住まわれているというのは突飛な発想すぎますが、仲はいいご様子。


 濃淡のない白い男性用のエリス大学の制服を着ていらっしゃっていますが、ご世継ぎが女児であったことは知られています。


(まぁ、 これってもしかして…… タッドさんたら、 メグさんもいらっしゃるのに……罪作りなお方。 しかも大学からわざわざリムノス領のこのお屋敷まで……と言いますか、 もしフェイ様が本気なのだとしたらリムノスとエルの大変な外交問題じゃないのかしら。)


「あ、 あの、 もしかしてタッドが家庭教師をする女の子ってあなたの事でしょうか……?」


「あ、 はい。 失礼、 申し遅れました。 私はソロルと言います。 タッドさん達には家庭教師をしていただいております。 でもタッドさんは――」


 ほとんど行商ばかりで――と、言いかけた瞬間でしたの。


「やっぱり、 こんな可愛らしい子と! ソ、 ソロルさん。 だ、 抱きしめられたんですね!」


 もはや建前も作れないくらい鼻息の荒くなったフェイ様のお顔が私のすぐ近くにあります。

 いえ、可愛らしい、という部分は建前でしょうけど。


 女性同士ですが美少年のようなフェイ様のお顔がすぐそばにあるとドキドキしてしまいますの。


「あ、 あの、 フェイ様。 ダンスの練習はそういったものじゃ――」


 なにか根本的に勘違いをされているご様子なので正そうと思いましたの。

 いえ、私もダンスができないから家庭教師をして頂いているので大きな口では言えないのかもしれないのです。


「ああ、 すみません! わかってはいるんですが、 タッドは女たらしだから。 その癖に鈍感だし――」


「あれ? フェイちゃん? どうしてライラさんの屋敷に居るんだ?」


 そこに、行商を終えたのか馬車の客室から顔を覗かせながらタッドさんが話しかけていらっしゃいましたの。


「あっ!……タッド!……い、 いや、 こ、 これは、 その……!」


 フェイ様のご様子は悪い事をして見つかった子供の様にあせあせと慌てふためいていらっしゃっいましたの。

 大学でのお見掛けする威風堂々たるお姿からはまったく違っていて私の方も驚いておりましたの。


(本当にウサギさんのように可愛らしくなってしまっています。)


 そんなご様子を見たタッドさんは。


「フェイちゃん!? どうした!? そんなに慌てて!? わざわざこんな所まで来たってのは、 もしかしてモルさんに何かあったのか!? なんてこった!」


 むしろ、フェイ様より慌て始めましたの。

 そして、馬車の客室から飛び降りたかと思うと突然――


 フェイ様を抱き上げて今度は客室に飛び乗りましたの。


 ライラさんにロマンス小説を禁止される程の私が好きなシチュエーション。

 いわゆるお姫様だっこ。 ですの。


「えっ? あ、 タッド……幸せ……っじゃなくてタッド!」


「いいから! モルさんの容態が悪化したんだろ!? だからそんなに慌てて! いますぐ戻るぞ! 馬車を出してくれ!」


 御者さんに指示しながら、タッドさんがぎゅうっと抱きしめる力を強められたようでしたの。


「タッド……へにゃー。 しあわせぇ……すこなんだが……」


 図らずもタッドさんに情熱的に抱きしめられるという悲願を遂げたフェイ様は、己が内にある氷塊をその情熱ですべて溶かされてしまったかのようにへにゃへにゃと。


 ……他に形容しがたいですの。

 あんなへにゃへにゃとしているご様子の方を見たのは初めてでしたので。

 ご自身でも完全におっしゃってましたし。


「待ちなさい!」


 展開が急すぎて私は置いて行かれる一方です。

 絹糸のような金糸の髪を逆立たせ、本当に巨大化でもしてしまうんじゃないかと思わせてしまう程、碧眼を釣り上げたメグさんがいらっしゃいました。

 怒髪天を突いたようなメグさんは現れたと思ったら勢いよく馬車に飛び乗りましたの。


「フェイ! タッドと二人っきりだなんて羨ましい真似は……じゃなくて、 家に戻るなら私もついて行くわ! タッドとフェイ二人きりなんて……危険すぎるわ!」


「メグ……! そうだな! フェイちゃんは今、 普通の状態じゃない! 悪いが助かるぜ!」


「へにゃー……すこ」


 馬車は走り去ってしまってしまいましたの。

 勘違い鈍感と二つの恋心を乗せて。


「な、 なんだったのでしょうか……」


 嵐のような出来事の連続に私は呆気にとられる事しかできませんでしたの。


 ですから頭の整理が追い付かず、立ち尽くしていましたの。




 そうしましたら。


「ソロルさん。」


 抑揚のない無機質な声で呼ばれ振り返ってみれば、鋼鉄で作られた美しい容姿の男の子、アルさんがいらっしゃいましたの。

 休憩がいつまでも続いてるので呼びに来てくれたのでしょうか。


 タッドさんも、メグさんもお帰りになられたのであればアルさんと二人きり。

 いえ、もちろんお屋敷にはライラさんも奉公の方もいらっしゃるので正確には違いますが。





 後から考えたら、いつもタッドお兄様とメグお姉様が一緒のアルお兄様と二人きりなんて滅多にないのに。


 この時の私は一連の騒動で緩んでいた頬が、また緊張で引き締まっていくのを感じましたの。

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