第17話 ソロルの望郷 〜その3〜
お屋敷は緑に囲まれていて、少し歩けば子供の私達でも膝くらいまでの深さしかない小川があるの。
遊びに行こうとお兄様たちに連れられてお屋敷の外に出ても、結局いつも仲間はずれにされて一人で帰る羽目になるの。
だから大きな声で泣きながらいつも帰ったの。
お父様に見つけてほしいから。
「わぁ! ソロル泣かないで! どうしたんだい!?」
やっぱり今日も見つけてくれた。
お父様は春の日差しのような方。
だって、お父様のそよ風のように優しい声で子守唄を歌っていただいて、頼もしい太い腕で抱きあげられているとすぐに眠れるもの。
「ひっく……お兄様達がいじめるの……ソロルの髪だけ綺麗じゃないって……ちゃんと洗ってるのに、 バカにするの。」
お兄様達は、嫌い。
男同士で結託していたずらばかりして私をいじめるから。
「悪いお兄ちゃん達だなぁ。 女の子のソロルにそんなこと言っちゃ駄目だって、 何回言ってもわからないのかな。 父様がちゃんと怒っておくよ。 ソロルもう泣かないで。」
お父様はそうおっしゃってるけど、信用ならない。
優しすぎて、家族を怒るなんてできないもの。
だからお父様がエル神国でも数人しかいないハイ・クラスで、ものすごく強い兵士なんて言われても全然信じられない。
私とは違って明るい金糸と澄んだ碧眼で、いつもニコニコしていてお母様にも全然頭が上がらないし。
「お父様……どうして、 ソロルのだけ髪と瞳がみんなと違うの?」
私の髪は黒みがかった金糸、碧眼はくすんでいる。
「そんなのお祖父様だって最近はめっきり髪も白くなって、瞳の色だっておじいちゃん、って感じで色が薄くなってきたじゃないか。」
「だって、 お祖父様はもうおじいちゃんだもの。 ソロルと一緒にしないで。」
ぷんっと顔を反らしてみる。
お祖父様と一緒にされても、別に悪い気なんてしてない。
「ああ! ごめん、 ごめん。 今のは父様が間違えた。 うーん。 ソロルはお屋敷にいることが多いからあんまり色んな人と会ったことないでしょ? 人はね、 いっぱいいるんだよ。 ソロルのような髪の色の人もいれば、 赤みがかった髪の人もいるね。 家族でもみんなちょっとずつ違ってて普通なんだよ。 もっとたくさんの人と会えば色んな人がいて、 自分も色んな人の一人なんだなーって思えると思うよ。」
本当はもうしゃくりあげるような呼吸も楽になってきたの。
だって、お父様が優しくなだめてくれるから。
お父様は私をなだめようと、あの手この手を使って話そうとしてるのがわかったの。
でも、困らせてやるの。
泣いてるふりをやめないの。
「ソロルはお父様とお母様……一応お兄様たちと一緒がいい。」
愛されているって自覚したいから。
「え……うーん。 父様はソロルの全部が世界で一番好きだけどなぁ。 ソロルの髪も瞳もとっても可愛いよ。 みんなと一緒の必要ないんだけどなぁ。 みんな一緒になっちゃって、 今のソロルがいなくなっちゃったら父様寂しいなぁ。」
「お父様はソロルがいないと寂しいの?」
「当たり前じゃないか!」
ぎゅうっと私を抱きしめる。
「こんなに可愛い、 可愛いソロルがいなくなったら父様は生きていけないよ! ソロルが泣いてたらすぐに抱きしめに行く! ずっと父様と一緒にいてよ! お嫁さんにも出さないぞ!」
嘘つき。
「お父様は、 ソロルがいないとダメなんだね。 うふふ。」
……嘘よ。お父様は私のことなんて。
「ソロルお嬢様。 お食事でございます。」
決まった時間。
週ごとに決まったメニュー。
女性お手伝いさんのカヤさんが私の部屋に運んできてくれる。
カヤさんはお父様が子供の頃からこの家で働いていらっしゃる方でお父様の信頼も厚い方。
「あ……カヤさん。 いつもありがとう。」
「いえ、 仕事ですので。」
私の部屋には寝起きするベッド。
私の大好きな絵本たちやお人形さんがたくさん。
本やお人形さんが好きな私のためにお父様が集めてくれたの。
「あ、 あのね、 カヤさん、 お父様は元気? 会いたいの……」
音楽があると明るい気分になるからと。
「お嬢様、 何度も申し上げますように、 旦那様はお仕事がお忙しく、 なかなか時間をお取りできないようです。」
他には、浴室やお手洗いなんかも。
後から改築したの。
「そ、 そう。 いえ、わかってるの。 お母様は?……お兄様たちでも……一人は……嫌なの。」
部屋から出なくていいように。
「奥様達は別邸に移られました。」
私が、人目につかないように。
「そんな……どうして……カヤさん……今日だけでもいい……お願い……一緒にいて……」
「……申し訳ございません。 食器は明日の朝また取りに伺います。」
ガチャ。
抑揚もない会話をしてカヤさんは部屋からでて鍵をかける。
部屋の鍵は外からかけられるようになってる。
私が出れないように。
カヤさんを困らせたくなかった。
明日から来てもらえなくなったら怖いから。
でもついに、お父様だけじゃなく。
お母様も、お兄様達もこの家にいないのなら私は本当に一人。
怖い――
「出してぇ! ここは! ここだけなんて嫌! 怖いのよ! お父様! 助けて!」
扉は分厚い木製。
頑丈な扉を叩き続けると、私の手の皮膚が破れて扉に血がにじむ。
子供の私がどんなに叩いても、血の跡がつくだけで他に変化はないの。
もう痛みで腕も上がらないから、その場にしゃがみこんだの。
「う……う……お父様……ソロルが、 ソロルが泣いてるのに。 ……お父様は寂しくないの?」
優秀な魔導の家系に生まれたはずなのに私だけ
だからこの分厚い扉を魔導でどうにかすることもできない。
お父様もお母様も、お兄様たちも明るい金糸に澄んだ碧眼。
家族の中で私だけが黒ずんだ金糸で、くすんだ碧眼、だったの。
私だけ――
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