第14話 魔導神童フェイ ~その5~

 馬車で町まで送ってもらったあとはとにかく家まで走った。


 討伐隊の人は、恩賞が――


 とか言ってたけどそれよりも早くお母さんの元に行きたかったんだ。

 馬車で揺られてる時からずっと考えてた。


 夜中にもし起きてしまってボクが家にいない事に気づいてしまい、お母さんは具合も良くないのに夜中ボクを探して町を歩き回っている――


 そんなことになっていたら大変だ。


 ――だから早くお母さんに会いたくて、呼吸するのがつらくて肺がつぶれそうになっても、足だって痛くてまだ引きづってるけど全速力で走ったんだ。


 それでも大蛇がいなくなったことでエーテルの流通が始まって特効薬もきっとバル爺が調達してくれる。


 それはきっと喜んでくれるはずだ。


 そんな事を考えているとボクはお母さんがどんな顔をするのかわからず、ぐるぐると思考の輪にはまっていた。


 家についてお母さんの部屋を慌ただしく開ける。


「お母さん!」


 お母さんはベッドの上で寝ていた。


(よかった。 ボクを探して町中歩き回ってたらどうしようかと思った。)


(いや、 もしかしたら夜中探し歩いてたった今、 疲れ果てて寝ているのかもしれない。)


(病気が悪化していたら、 どうしよう。)


「……フーちゃん。 どこいってたのぉ。 心配したわぁ。」


 ぐるぐると思考するボクに、具合はやはり良くないのかゆっくりと体を起こしながら

 お母さんはいつもより語気を強めた調子で問いかけてきた。


「ごめんね! お母さん。 あのね……」


「あぁ、 でも帰ってきてくれて本当に良かったぁ。 ママ夜中からずっと探してたのよぉ。」


(……ああ、 やっぱり。 どうしよう。 病気が悪化していたら。)


「フーちゃん。 そんな顔しないでぇ。 ママは大丈夫だから。 ちょっと疲れちゃっただけぇ。 あ、 でもバル爺はカンカンだったわよぉ。 もう悪鬼どころじゃなかったわぁ。 竜種サンだってあんな形相みたら逃げ出すわねぇ。」


 バル爺の形相で人間よりもずっと大きい竜種が逃げ出す――

 そんな想像をしてもまったく笑えない。

 その形相を向けられるのはボクなんだから。


「それでぇ、 どこに行ってたの。」


「あのね。 お母さん。 ホントにごめんね。 でも! きっともう大丈夫だよ。 お母さんはボクとずっと一緒にいれるんだ。」


「フーちゃん。 ママ怒ってるのよぉ。 ちゃんとどこに行っていたか、 教えてぇ。」


「もうエーテルは流通するんだよ! 街道の大蛇達はいなくなったから!」


「え?」


 お母さんは目を見開かせた後、何かを察したようにおろおろと視線を泳がせながらボクに問いかけてくる。


 そんなお母さんを見てボクは口ごもりながら答える。


「どういうことぉ? なんでフーちゃんが知ってるのぉ。 どうしてそんなに……泥とキズだらけなのぉ?」


「……街道の……魔獣の……討伐隊の馬車に乗り込んだんだ……」


「なんでそんな危ない事したのぉ」


「……ごめん……なさい。」


 気丈に振舞っていてもお母さんの声は震えていて、泣いているようだった。


「フーちゃん……ちゃんと隠れてたのぉ?」


「最初は隠れてたんだ……でも大蛇達が……そこら中に現れたから……隠れていられなかったんだ。」


 タッドのように気づいてないわけではない――

 それでも核心をついた質問をしない。

 したくない。

 怖いから。


「そのジャケットはどぉしたのぉ?」


「馬車で出会った奴がくれたんだ……いい奴だったよ……だから、そいつを守りたくて……」


「……っ……討伐隊の人たちが魔獣を倒してくれたのぉ?」


「……倒せなかったよ……」


「……それならなんでぇ……」


 でも、いつかは核心に触れなけれいけない。

 お母さんの深紅の瞳からはもうボロボロと涙があふれている。


「なんで……魔獣達はいなくなったのぉ?」


「お母さん……ボクは……ボクはお母さんを守りたかったんだ……だから……ボクが魔獣をやっつけたんだ。」


「……どう……やってぇ……?」


「魔導を使って……」


 瞬間――

 お母さんはせきを切ったように泣き始めた。

 泣いているお母さん……。

 初めて見た……。


「フーちゃん……フーちゃん……ごめんね……」


「ごめんなさいお母さん! 悪いのはボクだよ! 泣かないで!」


「ちがうの。 フーちゃんは……なーんにも悪くないの。 私の……私のせい……あの人の、 国のためだからなんて……子供を道連れに調整なんて狂ってる……全部……私の……」


(ちがうよ! ボクが! お母さんの言いつけを守らなかったからお母さんを悲しませて! お母さん! 泣かないで!)


 声が出ない。

 約束を守らなかったボクには何も言う資格がないように感じられたから。


 そこにボクを探し続けていたバル爺が帰ってくる。


「ふーっ。 モルよ。 やはりフェイの馬鹿たれは町の外に行ってしまったのでは―― って、 ぬわあ! フェイ帰っておったのか! まったく心配させおって! だが良かった―― って、 うわあ! モルどうした! 具合が悪化しおったのか!」


「……もう……逃げられないの……全部私のせい……」


 バル爺は過酷な調整でも精神に異常をきたさなかったお母さんは奇跡のようだって言っていた。


(それは全部……ボクのためなんだ。)


(おかしくなったらボクを育てられないから。)


(ボクと一緒にいられなくなるから。)


 ボクのせいなのにお母さんはずっと自分を責め続けていた――






 古の竜種が作ったとされる氷剣アイス・ファルシオン。


 持つものは水の魔導を強化して放つことができるがこの剣の本質はそこではない。

 竜種の盟友であった初代王ソロモンのような強力な力を持ったものが魔導を放つとその場所を指し示すことができるのだ。


 ソロモン王が戦をしていたらいつでも駆け付けられるように――


 魔導王の世継ぎたるボクが魔導を使ってしまったあの日のすぐ後、簡単に位置を特定されてエル神国正規兵たちがボクらの家にやってきた。


 そのあとはあっという間だ。


 お母さんとバル爺の生活を保障する代わりにボクに魔導王の世継ぎとしての英才教育――

 戦闘訓練を受けさせようとした。


 お母さんもバル爺も最後まで反対していたけど、ボクは二人に危害が及ぶことが怖くて訓練を承諾した。


 現在はヴェイン領にお母さんとバル爺は幽閉されているように暮らしている。


 そしてボクは戦闘の道具として利用される。

 しかし元々のスペックが違うのだろう。


 訓練なんかなくても魔導を使ったボクに勝てる存在はいなかった。


 戦争の道具にできると判断した神官たちはすぐにボクを各地の内戦平定に向かわせた。

 そこでボクは、たくさん人を殺した。


 ボクが拒否したら世継ぎを盗んだとされる、お母さんとバル爺がどんな目にあわされるかわからない。

 ボクは自分の大事な人を守るために誰かが大事にしているであろう人をたくさん、殺した。


 だけどあのまま、あばら家で暮らし続けていたらお母さんはあの時きっと……助からなかった。

 お母さんを治療してくれたのはボクらを見つけ出した国のおかげだ。

 だから……思考がぐるぐるする。


 お母さんもバル爺も、ボクが帰ってきたときは優しくいつも笑顔で迎えてくれた。

 三人でいられるときはうれしい。


 内戦を平定しなければそれ以上に無関係で無力な人が死ぬだろう。

 でも、こんなにたくさん殺してしまったボクは笑っていていいのだろうか。


「だから俺はいっつも笑ってるだろ! 子供って特権には有効期限があるんだから有効に使わないとな! お前もそっちのほうが全然いいぜ!」


(タッド。 結局ボクは笑うことはできなかったよ。 有効期限なくなっちゃうかも。)


(お母さんとの約束を守らなかった自分の――)


(全部、 ボクのせいだ。)


 反乱を終結させ、自宅に戻ってきてお母さんとの挨拶を終えて自室に入る。

 自室と言っても簡素なもので趣味もないボクの部屋は洋服棚と報告書を書くための机くらいしかない。


 洋服棚にはタッドが似合わなかったレザージャケットも入っている。

 唯一ボクの私物、と言える物かもしれない。


 部屋着に着替えようとエル人新緑の兵装を脱ぐ。


 魔導王の世継ぎは女児だったのは知られていた。

 ただでさえ目立つ調整された容姿の親子だ。

 身を隠していたお母さんが苦肉の策でボクの事を男の子のように育ててくれた。


 タッドと出会った頃、短く切りそろえていた白銀は肩までかかるようになり、ニョロっと伸びていた手足は少しづつ丸みを、寸胴だった胸にも膨らみが出始めた。


 ふと、見渡すと簡素だった部屋がなんというかずいぶん男の子っぽくなっている。

 エーテルの特効薬が置いてあったりするけど、ダーツボードだったり、軍人将棋のボードだったり果ては筋トレ用のバーベルまで乱雑に置いてある。


 どうやらボクの自室は誰かに勝手に使われてしまっているらしい。


(なんかこのまとまりのない感じタッドっぽい。)


(あれ? そういえばお母さんが言ってた人もタッドって。)


(でも、 リムノスの王子様って言ってたし違うよね。)


(えっ? でもタッドって金持ちって言ってたけどまさか……いや、 金持ちのスケールが違い過ぎる気がするけどなんかそれもタッドぽいというか。)


 ガチャ。


 突然自室のドアが開いたと思ったら黒髪黒目の、ボクよりは年齢が上の男の子がずかずかと入ってきた。


「おー君がフェイ君……いや、 フェイちゃんだったのか。 モルさんから話は聞いてるよ。 そこにあるモルさんの特効薬とってもらっていい? そろそろ薬の時間だからな。」


 促されるままボクは部屋に乱雑に置かれていた特効薬の入った革袋を手渡す。


 着替え途中だったのだから、下着姿で。


「センキュー。 これからよろしくな。 フェイ君いや、 フェイちゃん。」


 ガチャっ。


 ドアを閉じて何事もなかったように出ていく男の子。






(……えっ?)


 頭の整理が追い付かず、数瞬経ってようやく気付いて顔の肌色が真っ赤に染まる。


 慌てて部屋着に着替えて自室を飛び出し、お母さんの部屋のドアを乱雑に開け放つ。


 ベッドの上にはもちろんお母さんがいるけどその横には黒髪の男の子と金糸の少女、そして人形の様な男の子が小さな部屋にぎゅうぎゅうで佇んでいた。


 ボクは黒髪の男の子に向けて魔導で水流を作って放つ。

 しかし隣で佇んでいた人形の様な男の子の体が虹色に光り始めて吸収してしまう。


「うわぁ! びっくりしたぁ! なんだよ急に! なんか怒ってんのか!」


 まったく悪びれもしない黒髪の男の子に向けてボクは言い放つ。


「さっき! ボクの部屋に勝手に入ってきて裸を見ただろ!」


「あぁそのことね! だからモルさんに話をきいてた時は男の子だと思ってたから呼び方かえたろ? フェイちゃんって! 勘違いしててごめんな!」


 結局まったく悪びれることはない、というか勘違いの方向があさってに悪化している。


「タッド……主人公特性スキルラッキースケベと鈍感が発動してるよ……」


「タッド……いくら何でも、 もう少し乙女心を学んだほうがいいと思うの……」


 人形の様な男の子と金糸の女の子も呆れてるようだが、諦めているようにも見える。


「わっけわかんねぇなぁ! まったく! モルさんもいるんだ! 少しは静かにしろって!」


 静かに、という意味を一番理解していなそうな男がシャラップと言い放つ様はもはや狂気と言っても過言ではない。


 そんな様子を見ていたお母さんが珍しく怒りをあらわにした様子で会話に混ざってくる。


「タッドくん!……フーちゃんの裸を見たってどういう事ぉ!」


(そうだよお母さん! 怒ってやってこの朴念仁ぼくねんじんを! なんなら手ずからボクが……)


「フーちゃん最近恥ずかしがってお風呂一緒にはいってくれないからママだってフーちゃんの裸のぞきたかったのにぃ! タッド君の馬鹿ぁ! フーちゃんの胸のサイズはどのくらいだったのよぉ!?」


「あ、 こんぐらいです。」


 そういってタッドは両手でなだらかな曲線を描く。


(……そんなになだらかじゃないもん……! じゃなくて!)


「何言ってんだよ! タッドもお母さんもばかあ!」


 顔を真っ赤にしたボクは魔導の水流を放つも――

 タッドと金糸の女の子は人形の男の子の後ろに隠れてしまって届かない。


 虹色に輝いて魔導を吸収してたけど結局、びしょびしょになったのは人形の男の子だけだった。


 タッドとの再会はやっぱりタッドらしい再会だった。


 エル神国各地で特効薬含めてエーテル行商をするのと、付近にある両国人種が入り混じったエリス大学に通学するためにボクの家に一時的に居候という形をとるらしい。

 

 病気で動けなくなっていたお母さんを、たまたま行商中のタッドが見つけてくれて介抱してくれたことが縁との事。


 「金が無いから助かる!」


 らしい。

 なんで?

 金持ちじゃないの?


 この後もタッドとボクは色々ある。

 ボクも同じ大学に通い始めるし。


 ちなみに後年のボクが欲しいものは――


「タッドの一番の親友。 というかお嫁さんになりたい。」


 だ――

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