第13話 魔導神童フェイ ~その4~

「フーちゃん。 魔導は決して使っちゃだめよぉ」


 お母さんとの約束。


「どうしてさ? 水球だって当てられれば痛いし、 服だってずぶ濡れになっちゃったら汚れ易くて買い直さなきゃいけない。 お母さんに迷惑がかかるじゃないか。 あいつらはそれがわかんないからやってくるなら、 分からせてやったほうがいいんだよ。」


「んー……やり返すのはママがやってあげるわぁ。 フーちゃんの魔導はねぇ……強すぎるのぉ。 パパよりも、 きっと……歴代の王様たちよりもずーっと。」


「だったら気をつけて小さく使うよ! そのくらいできるよ!」


「うんうん。 きっとフーちゃんはそういうのも、 誰よりも得意だと思うわぁ。 ママはわかってるわぁ。」


「……じゃぁ、どうしてさ?」


「むかーしむかし。 とぉっても強い竜種サンがいましたぁ。」


「え? 何? 突然? 何かのお話が始まったの?」


「そう始まったのぉ。 ちゃんと聞いてねぇ。 竜種サンは強すぎていつも一人でしたぁ。 ご飯を食べようと思えばどんな獲物も食べれちゃったの。 だから竜種サンには怖くて誰も近寄ってこなかったのねぇ。 竜種サンはフーちゃんやママ、人間たちよりずーっと長い間生きていられるのぉ。 だから竜種サンはずーっとさびしかったのねぇ。」


「ふーん。 ボクもそうなるからダメってこと? でもお母さんは絶対ボクと一緒に居るからボクは寂しくないよ!」


「……ママもずーっとフーちゃんと一緒にいたいわぁ。 お話は最後まで聞いてねぇ。 むかーしの人間の中にもとぉっても強い人がいたの。 それが人間達の王様。 王様もやっぱり強すぎて一人だったのぉ。 人間はいっぱいいるけど強い王様を利用して敵になる魔獣達、 時には人間同士の争いにも王様を利用したのぉ。 王様はやりたくない事もいっぱいあったけど一人になるのが嫌だから結局言うことを聞くしかなかったのねぇ。」


「一番強いのに?」


「そぉ一番強いのに。 寂しさには誰も勝てないのぉ。 そんな時、王様と竜種サンは出会ったわぁ。 強すぎることで孤独を感じている二人だものぉ。 すぐに友達同士になったのぉ。 一緒に狩りをしたり、 ご飯を食べたり、 色んな場所に旅行にもいったらしいわぁ。 誰かと一緒に何かをするっていうのが初めてだったのねぇ。 二人は仲睦まじく一緒に遊んでたんだってぇ。」


「わぁ。 王様と竜種さんよかったね!」


「そおねぇ。 ママもこのお話途中までは好きだわぁ。 とぉっても強い二人だったけど、 それでも竜種サンの方が王様よりずーっと強かったの。 だから竜種サンは二本の剣を作って一つを王様に渡したのぉ。 一つは王様の力をすごぉく強くする剣。 もうひとつは王様がどこにいるかすぐにわかる剣よぉ。 王様のつよーい魔導に反応するのねぇ。……竜種サンはいろんな所に戦争に行く王様が心配で、 それにいつも一緒にいたかったのねぇ。」


「仲良しなんだ! ボクとお母さんと一緒だね! それで二人はどうなるの?」


「……王様の部下の人間たちは、 王様と竜種サンが仲良くなるのをよく思わなかったのぉ。 王様と竜種サン両方をだまして二人を喧嘩させたのぉ。 すごぉい喧嘩だったらしいわぁ。 二人の喧嘩の後には大地に大穴が空いて湖ができたりしたらしいからぁ。 そして竜種サンは人間たちに剣を奪い取られて王様の場所がどこにいるかわからなくなったのぉ。」


「ええ! 何で? 仲良しなのに!」


「王様は信じられなかったのねぇ。 自分とは違う種族を最後までぇ。 自分の孤独を理解できる友達より、 自分を理解してくれない同じ種族をとってしまったのぉ。 竜種サンは人間に住むところを追われて一人で、 王様は理解してくれない人間たちと共に生きていくしかなかたのぉ。 二人が出会うことはもうなかったわぁ。 二人とも寂しくてずーっと泣き続けたのぉ。……おしまい。」


「ぐすん。 かわいそう。」


「あらあらフーちゃんたら泣き虫さんねぇ。 いいフーちゃん。 このお話の大事なところは剣は二本とも、 今もまだ人間たちの所にあるのぉ。 つまり、 フーちゃんが魔導を使うと――」






 圧倒的火力で魔獣達を焼き尽くした後――


 森へ燃え移ってしまった炎を激流の川の様な水柱を放って沈下させた時にはすっかり夜も明けていた。


 生き残った討伐隊の面々の中にはボクを見て炎帝えんてい水帝すいてい並みの魔導と褒め称えていたりしている。

 ボクには密航者の負い目があったのだが、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図から救った子供に対して感謝こそすれ、誰も気にしていないようだった。


 むしろ率先して家まで送り届けようとしてくれている。

 そろそろお母さんが起きてる頃で心配してるはず――

 いや、絶対しているので非常に助かる。


「よいしょっと。 そんじゃぁ俺は行くぜ。 この後は竜種を見に行く予定があってな。合流場所に行けば恐らく大丈夫だろうからそこへ行くよ。」


 タッドはやっぱり山賊のように馬を拝借して……いや、タッドに馬や旅に必要な物資を渡すようにボクが討伐隊の方々に頼んでいた。

 ボクがいなければ確実に昨夜、討伐隊は全滅していたのだ。


 恩着せがましいようで少し気が引けたけど、タッドに野垂れ死にでもされたらそれこそ夢見が悪い。


(あれだけの修羅場の後に竜種に会いたいだって……元気な奴。)


(年上なのにボクより子供っぽいじゃないか。)


「ふふっ。 きっと気を付けれないだろうけど気を付けてね。」


「あっ! やっと笑ってくれたな! やっぱ子供はそうでなくっちゃな!」


「自分だって子供じゃないか。」


「だから俺はいっつも笑ってるだろ! 子供って特権には有効期限があるんだから有効に使わないとな! お前もそっちのほうが全然いいぜ!」


そう言って、いや、言う前から確かにタッドはいつも笑っていた。


(そういえば、 お母さんとバル爺の前以外で笑ったことってあったかな。)


(……なかったな。)


(もっと笑っていれば近所の子たちともうまくやれるのかな。)


「それじゃぁな! 俺はこれからもリムノスだけじゃなくエル神国でも慌ただしくやってくつもりだからまたどっかで会えると思うぜ!……いや、 俺達って結構似てるかもな。  お互い出たとこ勝負もいいところだからすぐ野垂れ死んで会えないかもな!」


「やめてよ……タッドと似てるなんて……ふふっ、確かに。……ごめん。 似てるかも。あーあー嫌だなぁ、 こんな空気読めない人と似てるなんて。」


「その割にはめっちゃ嬉しそうじゃん!」


「全然嬉しくないよ! ふふっ。」


「なんだそりゃ。 あっそうだ! これやるよ! さっき火消すために水出してただろ? お前びしょびしょじゃん。」


 そう言って上着を脱いで、似合ってないレザージャケットをボクの頭に被せた。


「俺は全然似合ってないらしいからな! 丁度よかった!」


「気づいてたなら、 何で着てたの?」


 ジャケットをぬいでシャツ姿になったタッドは、もうほんとに近所のどこにでもいそうな少年だ。

 被せられたジャケットから顔を出したボクが尋ねる。


「エル人にはこういうのが流行ってるらしくてな。 でも俺みたいな顔だと全然似合わねぇの! そりゃそうだよな。 エル人のほうがだいたい顔立ちは整ってるしな。 でも意地になって着てたんだよ! 同じ人間だし、 問題ないだろってな!」


「別に無理してくれなくてもいいよ? ボクも似合うか分からないし。」


「いや! なんか今そういうのがどうでもよくなった! 容姿は違うけど、 俺と似てるお前がいるって思ったから! それでも俺は俺! お前はお前ってな! 自分に合った服装にしようかなってこと!」


 タッドの理屈は分かりそうで、よくわからない。

 おそらく本人も分かってないし、しっかり説明しようとも思ってないのだろう。


(それに結局ボクもこのジャケット似合わない気がするんだけど……派手すぎるし。 でも――)


「うーん。 そっか? そしたらありがと。 ふふっ。 もう行くんでしょ! ぜーったいに気を付けれないだろうけど気を付けてね!」


(急にいらなくなったから、 くれただけかも知れないけど。 持ってたらまた会える気がするしね。)


「そうだな! 確かに、 考えたらこの後の竜種もめっちゃ危険かも! 気づかなかったわ! それじゃボウ―― いや、 お嬢ちゃん。 昨日は助かったぜ! 母ちゃん守れてよかったな! またなー!」


 ボクにまたねと言わせる暇もなくタッドは馬で駆けて行った。

 最初から最後まで慌ただしくてボクの話なんて全然聞いてくれてなかった。


 ボクに話しかけてきたのも、一緒に逃げようとしたのも、笑ったほうがいいと言ってくれたのも、ジャケットをくれたのも。

 タッドは自分がしたいと思ったことをずっとやり続けてたんだ。

 身勝手な奴だ。

 だからボクには彼が輝いて見えてしまうのだろうか。


(……ボクも彼みたいに生きてみたい。 自分勝手で、 めちゃくちゃで、 きっとこれからも他人を自分のペースに巻き込んでいくような。 そんな人間に。)


「……気づいてたんだ。 めちゃくちゃ鈍感のくせに。 ふふっ。 変な奴。」


 彼とのやり取りのかみ合わなさを思い出してボクはまた笑った。

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