第12話 魔導神童フェイ ~その3~

 蛇の捕食方法は多岐に渡るが代表的なのものを二つ。

 生きたまま丸呑みにする。

 絞殺して丸呑みにする。

 この二つだ。


 生きたまま丸呑みにされてゆっくり消化されるなど筆舌しがたい恐怖だ。


 だが絞殺も生半なものではない。

 胴体で獲物を締め上げている時に大蛇にいくつもついている手が獲物のあらゆる部分をむし るのだ。


 頭髪をかきむしり、指を千切り、目玉をくりぬく。

 万力の様な握力でむしられると目と口が繋がってしまう。

 そうして戦闘能力を失わせてから丸呑みされる。


 その地獄のような光景を目撃した人間のとる行動も二つ。


 蜘蛛の子を散らしたように逃げまどう者。

 勇敢にも立ち向かって火薬の瓶を投げつけて大蛇に火傷を負わす者。

 まさしく焼け石に水だが。


 火薬瓶で森に火が燃え移り、街道は業火と恐怖の絶叫に包まれている。


「おいボウズ! 馬だ! 馬! あれをぶんどって一緒に逃げるしかねぇぞ!」


 金持ちともロクでもない奴とも言っていたタッドはほとんど山賊と変わらない発言をしている。


「逃げるなら一人で逃げて! ボクは大蛇を倒してお母さんを守るんだ!」


「またそのトンチかよ! いいから一緒に来い! お前みたいな子供が全部背負う必要なんてないんだよ!」


「自分だって子供じゃないか!」


「そうだよ! だから俺は父ちゃんにも兄ちゃん達にも色々背負ってもらってる! その分お前よりは背負えるもんに空きがありそうだ! 一緒にいくぞ!」


「タッドはリムノス人でボクとは無関係でしょ! ほっといてよ!」


「無関係じゃねぇ! さっき一緒に密航して出会っただろうが! 人種は関係ねぇ!」


「うるさい! タッドはわけわかんないんだよ!」


 タッドが制止しているのを振りきってボクは大蛇の群れがいるほうへ走り出す。

  途中、転がっていた火薬瓶と剣を拾っておいた。


「めぇぇ……!」


 大蛇の群れは相変わらず蛇とは似つかわしくないうめき声あげながら一団を捕食している。


 そのうち一匹がボクに気づき、すごい勢いで尻尾を巻きつかせようと接近してくる。


「っ!」


 身をよじって躱した瞬間に持っていた剣で大蛇の腹を突きたてる。


「!…… めぇぇ!」


  反撃を嫌がった大蛇が距離を取ったと同時にボクは火薬瓶を投げつけて爆発させる。

 大蛇は焦げあがり、体の半分を焼失して絶命していた。


(お母さんを守る!)


 お母さんはボクがお腹にいる時に調整された。

 妊娠している母体を調整すると子供にも同様の効果が見られるからだ。


  魔導王の世継ぎで生まれる前からの調整。

 そのためか、ボクには戦闘における天分が備わっていた。


 今まで近所の子にいじめられても一度も反撃したことはなかったけど、ずっとわかっていた。


(ボクは、 強い!)


(だから、 お母さんを守れるのはボクだけなんだ!)


 その後も次々と襲い掛かってくる大蛇を剣で刻み、火薬瓶で焼失させていく。


 それでもありすぎる物量の差と、まともに戦闘の訓練などしたことない子供のボクだ。


 大蛇を数匹仕留めた時にはぜぇはぁと肩で息をはじめてまともにたっているのも苦しくな ってきていた。


 その時、大蛇の腹部についている無数の手にボクの足は掴まれる。


「ああぁ!」


 万力で締め上げられてボクは悲鳴を上げる。


「とりゃぁ!」


 瞬間、ボクを掴んでいた手は切り捨てられてびくびくと痙攣していた。

 突如現れたタッドが剣で切り裂いてくれたのだ。


「ボウズ! すげぇ強ぇんだな! でもここらが潮時だろ! 馬以外にも色々かっぱらってきたから逃げようぜ!」


  剣と火薬瓶と馬の手綱、馬には大量の火薬瓶と何日か旅をしても平気そうな物資が積まれてる……


  背負うものは少ないと言っていたが、手には随分とたくさんの物を持った状態だ。


 すべて盗品なのだからもはや言ってることもやってることも山賊だ。


 そんな思考を巡らせているなか。

 タッドに腹部の手を切り裂かれた大蛇はすこし距離をとるように決めたようだ。


  しかし背中を向ければ一目散にこちらを攻撃してくるだろう。


「まっかせなさーい! とりゃあ!」


 タッドが火薬瓶を投げつける。


 火薬瓶はあさってのほうに飛んでいき、ボクらが対峙していた大蛇とは別の大蛇に当たって爆散するも致命傷とはならない。


 むしろこちらに気づいた大蛇が増えて近づいてくる。

 

「あ、あらー……俺、またなんかやっちゃいました?」


  (それって、 ほんとにやっちゃった人が言うセリフじゃないよ……)


 苦笑とも呆れともつかない気持ちでボクは座り込んでしまう。


 さっき締め付けられた足が激痛を伴うようになったせいだ。

 いや、どの道体力はとうに限界を超えていて立っているのもやっとだった。


(疲れた……でも……お母さんはボクが……守らなきゃ……)


「おいボウズ! とにかく逃げるぞ!」


「……なんでそんなにボクに拘るのさ? 一人で逃げなよ……」


 不思議だった。

 自分一人ならもっと早く逃げるチャンスはあったはずなのに。


「……お前が馬車の中で泣いてたからだよ。……寝ながら。『お母さん』って。」


「え?」


「いや、 あんな狭い荷台で俺に気づかないで寝てるお前もおかしいと思うぞ。 こいつは大物だなって思ったよ。 俺が言うってのは相当だぞ。 相当。……よくわかんないけど母ちゃんとこに帰らなきゃいけないんだろ?……俺は泣いてるやつには、 弱ぇんだ。」


 言い放ってタッドはボクを抱き上げて駆けだす。

 しかし大蛇の複数の手でタッドは体中をかきむしられて転んでしまう。


「ぐぅっ!」


「わっ!」


 二人で転げまわりながらもタッドは続ける。


「逃げるぞ……ボウズ! 俺はよくわかんねぇけどお前を死なせたくねぇんだ! そして俺も死にたくねぇ!」


 タッドが連れてきた馬はとっくに逃げ出している。

 それでもタッドはあきらめるセリフは一度もはかない。


「めぇぇぇぇ! めぇぇぇぇ!」


  ボクらを囲む大蛇の数は増えて、馬もいない状態では逃げれる可能性は万に一つもないだろう。


 いや、一つあった。


(お母さん、 ごめんね。)


(ボクも会ったばかりでなんでかわからないけど、 タッドを死なせたくないんだ。)


(お母さんと一緒にいないのに、 寂しくなかったのは初めてなんだ。)


 足はしびれて動かないし、満身創痍でいまだにぜぇはぁと肩で息をしている。


  聖紋スティグマで取り込んだ魔素を放出するのは、生まれて初めてだ。


 それでもボクは正確に、そして目の前の大蛇達を焼き払うための特大の魔導を放出する。

  最強の魔導王と呼ばれる、ボクがつかった初めて魔導。


  ボクが最強たる所以は魔素を操る総量が歴代王と比べても途方もないことと、集めたその途方もない量の魔素を自在に放出できるという事だろう。


  扇状に火炎を放射して目の間に迫っていた大蛇達のみを焼き捨てる。


「め! め! め!」


  一気に火炎を放射された大蛇達は炎に包まれて窒息状態になり異様なうめき声をあげる事 すら困難な状況だ。


 その間にも放射する炎の量を増やし続けると大蛇達は瞬時に灰燼に帰した。


「す、すげーな! ボウズいやボウズ様! めっちゃつえぇ! そのまま頼むぜボウズ様!」


(その呼び方は絶対に馬鹿にしてる。)


 こちらがどれだけシリアスに決めても調子を崩さないタッドにある意味で驚嘆しつつ、ボクは炎の攻勢に意識を傾ける。


 目の前の大蛇達の焼却が完了した後、今度は周囲の至る所で殺しを重ねている大蛇達に向けて今度は円環状に構成した炎を作り上げる。


 大量の円環状の炎を放出する、投げ輪のように大蛇に向けて。


 円環の炎を体に巻き付けられた大蛇達はなんとか脱出しようと身をよじったりしているが、ボクはそのまま炎で締め上げて圧殺すると同時に燃やし尽くす。


  そのあとは圧倒的だ。


 状況に適した業火を有象無象に構成して大蛇を手あたり次第焼き尽くす。


 さっきまでは圧倒的強者としてこの場に君臨していた大蛇も今では打って変わって蜘蛛の子を散らすように逃げ出すものもいる。


 逃がすわけいかない。


 この場から離れていく大蛇達にも放物線を描かいたかのような炎を大量に放ち、追い詰める。


 今、この場においての圧倒的強者は、ボクだ。


 でもボクは、お母さんと話した事を思い出していた――

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