第11話 魔導神童フェイ ~その2~

 荷台に隠れているうちにいつの間にか眠ってしまっていたボクは夢の中でいくつもの大蛇に巻き付かれて身動きが取れず、そのままあわや絞殺されてしまうすんでのところで目を覚ました。


「うわっ!」


 声まで上げて飛び起きた。

 ボクは今まで大蛇なんて見たことないから想像上の生物だったのかもしれないが、自分で作り出した空想に大量の汗と動悸が止まらない。


「蛇が大量に出る夢を見たときは幸運の暗示。」


 バル爺がそんなことを言っていたのを思い出して少しだけ平常を取り戻す。

 あまりに皮肉すぎて。


(全然幸運に思えないよ。 それでも。)


(あんなのがウジャウジャいたとしても)


(ボクはお母さんを守るんだ。)


(ん? そういえばバル爺がにらめば大蛇の魔獣も逃げたんじゃ……)


「誰かいるのか?」


 その声にボクははっとする。


 一団が数台馬車を連れているが、おそらくはこの馬車は武具の運搬用。

 荷台に人影はない。

 荷台は馬にひかれてガチャガチャと騒音をあげているが、それでも大声を上げて飛び起きたボクの声はそれなりに響いたと思う。


 だけど、声が聞こえたのは御者が居るほうではなく大蛇狩りのために集めた武具が置いてある荷台の方からだ。


「密航かお嬢ちゃん。 いやボウズか。」


 短く切りそろえた白銀の髪と質素なブラウスを着ているボクの性別に判断をあぐねているようだが、くるまっていた毛布をはいで現れたのはボクより年齢は上だがまだまだあどけなさを残した黒髪、黒目の少年だった。


 ボクと違い、ダークレッドの上質なレザージャケットを着てるけどそれが全然似合っていない。


 似合っていないとはなんのことだ、といわんばかりに自信満々の笑顔だ。


「まったく、 そんな小さい頃からこんな事してたらロクな大人にならねぇぞ。 まぁ、とりあえず武器ばっかり置いてあって狭いけどその辺に座んなよ。」


「……」


 促されるまま、ボクは荷台の中のスペースに腰掛ける。


「俺か? 俺も絶賛密航中だよ。 ロクな奴じゃないからな。 見た通りリムノス人だがエーテルの行商を勉強しようとしてなのか、 帰りがけに竜種を見ようとしてたのやら、  俺にもよくわからなくなったんだが、 とりあえずエル神国に来てみたんだよ。 そしたらリムノスと建物とか根本的に違うだろ? 神殿みたいなのも多いし。 色んなとこ見回ってたら連れがはぐれちまってな。 なんとか国に帰る手段はないかとリムノス行きのこの一団を見つけて潜ぐりこんだってわけ。」


「……」


(……同じ密航者なのになんで偉そうなんだろう? 他国まで来るのに何したいか分からないって何? 連れがはぐれたって、 多分フラフラして自分からはぐれちゃったんじゃないのかな? でも……この人って。)


「俺はタッド。 君は?」


「……」


「なんだ? もしかしてしゃべれないのかな。 まぁいいや。 密航者同士仲良くやろうぜ。」


 彼に話しかけられた時、すごく戸惑っていた。


 真っ直ぐとこちらを見つめてボクの白銀と深紅の容姿になにも疑問をもっていない人と会話することなんてお母さんとバル爺以外居なかったから。


 それが和睦しているとはいえ過去には敵対国だったリムノス人なのだから更に衝撃的だった。


「いやーしかし捨てる炎王えんおうあれば拾う馬車ありってね。 リムノス行きの馬車なんてほぼないからさすがに困ってたのよ。 ただそこは強運というか持って生まれた特性スキルというか、 俺がいるだけでイベントが進むというか。 万事うまく行っちゃうんだよねー。」


 盛大に張りぼてのような大きなフラッグを立てている事に気づいていないような彼にボクは言う。


「……この馬車、リムノスには行かないよ。」


「うわぁ! しゃべった! びっくりしたぁ! なんだよしゃべれんなら言ってくれよ。最初からさぁ。……ん? そうなん? やたらリムノスとの行商について語ってたぞ。 この一団。」


(密航者なんだから静かにしてよ……お母さんもボクが泣き止むタイミングがおかしいとかでびっくりしてたなぁ。 ボクって変わってるのかなぁ。 お母さんとバル爺としか話さないからわからないんだよなぁ。)


「うん。 街道に住み着いちゃった大蛇の魔獣達のせいで行商ができないから話題にあがってたんじゃないかな。」


「へぇ。 じゃぁ行商できないのになんでその街道に向かおうとしてるんだ。 この一団は?」


「討伐するためだよ。」


「何を?」


「……わざと言ってるの? 大蛇の魔獣に決まってるでしょ。」


 ずいぶんと勘の鈍いタッドという少年に少し苛立ちを覚えたボクは語気が強くなるのを感じる。


「まじかよ! 大蛇の魔獣ってあれだろ? なんか手足みたいのが生えてるとか噂の! 魔導絡繰からくりなしじゃキツイぜ! いや持ってても俺じゃ無理なんだけどね。 おいおいボウズ巻き込まれたらたまったもんじゃないぜ! 今すぐ降りよう!」


 今更……

 もっと早く気付く瞬間はたくさんあったと思うけど、思い立った後のタッドは素早く立ち上がって荷台から飛び降りようとする。


「……ボクは降りないよ」


「はぁ!? そういやお前なんでそこまでわかっててこの馬車に密航してんだ?」


「……別に関係ないでしょ。」


 時遅し、とばかりに馬車が動きを止める。


「あ! 止まった。 チャンスだボウズ! いいから逃げるぞ!」


 タッドは相変わらず勘が鈍いのか、わざと言っているのかと思うレベルだ。

 そしてボクの手を引っ張っる。


「ちょっと! 触らないでよ! それにこのタイミングで馬車が止まったていうのは……そういうことでしょ……!」


「そういうことってのはどういうことだ! こちとら金持ちなのに満足に勉強とかしてきてねぇんだ! はっきり言ってくれ!」


 もはや病気を疑うレベルで空気を読めないタッドが騒ぐのでボクは慌てて彼の口をふさぐ。


(……上等なジャケット羽織ってるとおもったらお金持ちなのか。)


(似合ってないくせに……腹立つなぁ。)


「むぐっ。」


「だから……! 多分大蛇の魔獣の住処に着いたんだよ……! とにかく静かにして……!」


 小さな声でも伝わるように語気を強めて彼を諭す。

 手を離したらいくらでも騒ぎ出しそうなので口をふさいだままボクは荷台から顔をだして外の様子を確認する。


 月明りがある分、視界は悪くないので街道の様子はしっかりと見ることができた。

 馬車がぎりぎり通れるくらいの街道の周りは鬱蒼うっそうとした森に包まれている。


「タッド、 来て。」


 タッドの手を引いて荷台から飛び降りて森の陰に身を隠す。

 討伐隊の一団が武具を荷台に取りに来たのがみえたから。


「あれ? 逃げるんじゃないのか?」


「……ボクは逃げない。 タッドは逃げるなら好きにしていいよ。」


「なぁんか意地になってるみたいだけど、 こんな事してて、 お前の親心配してんじゃねぇのか? ん?……俺の父ちゃんもか? もしかして。」


 物事を棚に上げるという特性スキルが非常に優秀そうなタッドは自問自答しながらボクに問いかけてきた。


「……だからだよ。ボクが大蛇を倒してお母さんを守るんだ。」


「大蛇を倒すこととお前の母ちゃんを守ることがどうつながるってんだ? これは俺が空気読めないからじゃないよな? あれか? 風が吹けば魔導絡繰からくり屋が儲かる的なトンチか?」


(自覚があるなら少しは読みなよ……わからないよ。 ボクだってまともな人付き合いはしてないんだから。 とにかく、 理由を聞いてほしいわけじゃないんだ。)


 一つしゃべらせれば十にも二十にもなって返ってくるのでタッドが鬱陶しくなってきて会話を終わらすためにタッドの問いには答えなかった。


 数十人から編成される討伐隊は武具の用意を終えて歩を進め始める。

 ボクは森の茂みからこそこそと一団を追いかける。

 タッドは何を考えているか分からないけど無言でボクの後に続いた。


 蛇には昼行性と夜行性の種がいる。

 大蛇の魔獣は昼行性らしく、前回の討伐隊は昼間で活動中の大蛇達の群れと正面から対峙することになり、散々たる結果に終わっているらしい。


 深夜に討伐決行となったのは眠っている大蛇達に火の魔素を粉上にした火薬を使って一気に燃やし尽くそうという作戦だ。


 エル神国の正規兵でもなければ自身の魔導のみで魔獣を倒すなど至難の業なので妥当といえるだろう。


 討伐隊の一団は足を止めた――

 自然ボクらも足を止め一団が見つめる先に注目する。


 月明りで夜目は効く。

 だからその光景に気付くのは皆、速い。


 ぱらぱらといくつもの人の手足が落ちている。

 皮膚はただれていて骨まで見えている物も多々ある。

 大蛇の食べ残しなのか、大蛇の特徴である手足が脱皮でとれたのか。

 恐らくは両方だろうが胴体がない状態の手足だけをみるのはやはり薄気味が悪い。

 ただし手足の墓場の向こうはもっと気味が悪かった。


 一匹一匹が人間よりも大きい大蛇達が何十匹と重なり合い、にょろにょろと少しづつ動いては街道を埋め尽くしている。

 大蛇にくっついている手足は動悸のようにびくびくと振動している。

 人間のうめき声のような――


「めぇ……めぇ……めぇ……」


 といったようなものも聞こえるが現在は夜のため休眠状態なのか、一団が近よっているこの状況でも反応はない。


 これで眠っているというのであればお母さんと一緒に眠っているときに頭突きをかましてしまったボクの寝相など可愛いものだろう。


 リーダーらしき男性が指示して魔素火薬の入った瓶を持っている団員達を慎重に大蛇の近くに配置している。


「めぇえ……めぇぇぇ……」


 眠っている魔獣達に一気に火薬瓶を投げつけて燃やし尽くす。

 運よく生き残った魔獣達は散り散りにして団員達の物量で押し切る。

 それが作戦でこのままいけば万事解決に向かいそうだ。


 勢いで潜り込んでしまったけど、結局子供のボクなんか必要なく大人たちの事情は大人たちが解決するものらしい。


 もしかしたらお母さんが今頃目を覚ましていてボクがいないことに気づいたら、ものすごく心配するだろう。

 そう思うと向こう見ずな自分を怒鳴りつけたい衝動に駆られる。

 お母さんはボクがいないといけないのだから――


「めぇぇぇぇ……」


 ともあれ焼却作戦は成功してもらって大蛇は倒してもらわねばならない。

 この街道が行商に使えるように。


「……まじぃな。 囲まれちまった。」


 タッドは先ほどまでの調子を失って青い顔で呟いている。


「? 囲んでるのは討伐隊でしょ?――」


 何言ってるの――

 と言いかけて周囲の異常に気付く。


「めぇぇぇぇぇぇ! めぇぇぇぇぇ!」


 森から息を潜めていた大蛇の群れたちが一斉に姿を現し、火薬瓶を持った団員達を薙ぎ倒し、あるいはその巨体を利用し丸呑みにして団員を捕食した。


 ――蛇には昼行性と夜行性がいる。

 同種だからと言っても個体差はある。


 罠だったのだ。

 昼間は夜行性が眠り、夜は昼行性が眠る。

 街道のど真ん中で隙だらけに。

 まんまと釣られておびき寄せられた人間たちを逆の性質を持つ大蛇が捕食する。


「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇ!」


 大蛇達は一斉に目を覚まし、周囲は阿鼻叫喚あびきょうかんの絵図と化した。

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