第10話 魔導神童フェイ ~その1~

 ボクに魔導で勝てる存在なんてなかった。


「魔導神童フェイ。」


 十四歳でエル神国ハイ・クラスになったボクはそんな風に呼ばれてる。

 ボクは今、戦場にいる――


 エル神国とリムノス王国の和平が結ばれてからかなりの時間が経っているのに納得できず、反乱しようとする諸侯もいたからだ。

 彼らにとっては憎むべきはリムノスであるはずなのに実際に戦争するのは愛する自国なのだから皮肉としか言いようがない。


「リムノスに尻尾を振るのか!」


「奴らは人間ではない! 奴隷種だ!」


「魔導王御身であればリムノスを! 奴隷種を打ち滅ぼすのなど容易いであろう! 王はなぜ!」


 奴隷種――


 魔導を使えないリムノス人を同じ人間扱いせずに作られた蔑称。

 竜種だの、奴隷種だのエル人以外を人間と呼称しないこの国は昔からさぞプライドが高いのだろう。


 戦場に出るのは初めてではない。

 むしろ和平とはいえ辺境伯が統治する領土付近でリムノス四王しおうと牽制を続ける四帝していよりボクのほうがずっと戦場に出ている数は多いのではないだろうか。


 今回の反乱の首魁となった壮年の男だ。

 無精ひげを生やした精悍な顔つきをしているが敗色濃厚をとっくに悟っているのだろう。

 連戦連敗でくたびれた様子も見られ、少し臭う。


 敵味方入り乱れたこの戦場で特大の魔導を使うわけにもいかないのでボクと首魁の男は剣を構えて対峙する。


「我が志はすべて魔導王御身おんみ、 ひいてはエル神国未来のため! 貴様の様なガキに邪魔されてなるものか!」


 首魁の男はボクに袈裟懸けに斬りかかる。


 剣速も十分、当たれば子供のボクを両断するなど容易いだろう。


 男の剣がボクの首筋に届くか否かの刹那――

 魔導で極限まで反応を強化したボクは相手の男の首筋へ剣を押し当てて、引く。


 斬った――


 と確信した状況で実際に斬られたのは自身なのだ。

 首魁の男は薄く笑みすら浮かべた顔つきで絶命している。


 頭領を失い、戦闘はいつも通り反乱軍敗戦で終結した。







「母上。」


 反乱を鎮圧し、自宅へと帰れたボクは病床につく母に帰還を知らせる。


「おかえりぃ。 フーちゃん。」


 真っ青な唇の端がそれ以上あがる事も出来ず、苦しんでいるのではないかと錯覚するほど口角をあげて笑顔でボクを迎え入れてくれる母。


 かつては社交界の華と言われた整った容姿。

 まだ若いのに真っ白な髪の毛で三つ編みを作り、深紅の瞳が過去の調整の過酷さを物語る。


 使っていない部屋はあるが余り大きくはない、ひっそりと簡素。

 それがボクと母の自宅。

 

 自宅はベッドと生活用品が置いてあるだけで牢獄といっても過言ではない、いや確かに母を捕らえる牢獄なのだ。

 ボクがいない間の母の事を考えると背筋が寒くなる。


「ただいま戻りました。 母上、 お加減はいかがでしょうか?」


「フーちゃん、 久しぶりに会ったのに冷たいー。 ママ、 そんな呼ばれ方やだぁー。ていうかフーちゃんこそケガしてない? 大丈夫ぅ?」


 イヤイヤと首を振りながら少女の様に頬を膨らませ、ベッドの上から無理やりボクを抱きしめる。


 ボクは、お母さんが大好きなので抱きしめ返す。


「ごめんね。 お母さん。 ボクは大丈夫だよ。」


「えーん。 理由は分かってるんだけど、 ママって呼ばれないのかなしぃー。」


(呼べないよ。 お母さんでぎりぎりアウト。 いや、 全然アウトだよ。)


 曲がりなりにもボクは魔導王の世継ぎとして生を受けた。

 周囲には品格を求められる。


「でもフーちゃん。 あったかぁい。 ママずっと寝てたから、 体温冷たくなっちゃったみたぁい。」


「お母さん、 ちょっと苦しい。 そろそろ離して。」


「いやぁ。 フーちゃんがママの事、 ないがしろにするぅ。 不良よ、 不良。」


 イヤイヤと更にぐいぐい抱きしめる力を強めてくる。

 けど本当は苦しくない。


(日向の匂い。)


(お母さんの匂い、 安心できて好きなのに。)


(お母さんの匂いが最近怖いんだ。)


(戦場では至る所に蔓延っている――)


(死の匂いを感じるから。)


「そういえば、 フーちゃん。 最近面白い子達が家に出入りするようになったのぉ。」


 ふふっと少女の様に笑うお母さんはいつものようで安心する。


「タッド君とメグちゃんていうのよ。 タッド君はなんとリムノスの王子様なのぉ。 びっくりしたぁ? でもフーちゃんとも仲良くなれそう。 あ、 アル君ていうのもいたわねぇ。 忘れてたわぁ。」






 魔導王の世継ぎとして英才教育。

 つまり、戦闘兵士として育成は過酷を極める。

 十四歳のボクが既に歴戦を経験しているのが良い証拠だ。


 だから――


 お母さんはボクが生まれたばかりの時にボクを連れてエル神殿から逃げた。


 ボクは今よりもっと小さい時は神殿とは関係ない小さな町で暮らしていた。

 小さな家屋でお母さんと寄り添って。


 通常、調整を施された者には国から保障がでて一生を安泰に過ごしていける。


 それなのにあばら家で過ごすのは狂気を孕むことも多いと言われる明らかに調整を施された白髪と白銀、深紅の瞳を持つ親子だ。


 きな臭さを感じた周囲はボクら親子に近寄ってこようとしなかった。


 近寄ってこようとはしなかったけど近所に住む子供たちにボクの容姿は虐待の対象になるらしい。


 初級の水球をぶつけてきてボクが泣いている反応をみて楽しんでた。

 そのたびにお母さんが追い払ってくれた。


 魔導は使わなかった。

 お母さんに禁止されてたから。


「フーちゃん。 泣かないで。 でもやり返さないで偉かったねぇ。」


「お母さん。 どうしてボクはあの子たちみたいに魔導を使っちゃダメなの?」


「そこはママでしょぉ?……まぁいいわ。 フーちゃん。 王様と竜種サンのお話はわかるぅ?」


「わかんない! 難しそう! やっぱりいいや!」


「えっ? 今ママいい話する流れじゃない? え? そして急に泣き止んだの? びっくりしたわぁ。」


「だってあのお話悲しいんだもん。 されたくないもん。 うん、 魔導は使わない!」


「……大丈夫かしらぁ。 でも今までも使ってないしねぇ。 うんフーちゃん偉い! かわいい! 大好きっ! どう?フーちゃん褒め殺し三段活用よぉ。」


 ぎゅうっとボクを抱きしめる。


「わかんない! でもお母さんのこと大好き!」


 ――お母さんが病気で動けなくなったのはボクが九歳になった時だった。


 調整されたエル人は自らが扱いきれない以上の魔素を体内に取り込んでしまう。


 定期的にエーテル鋼を粉末にし、人体に害がでないように煎じた特効薬を飲まないと魔素の供給し過ぎで排出が間に合わず、排出しきれなかった魔素に肉体を蝕まれて……死に至る。


 排出できない魔素をエーテルで吸収してしまうのが特効薬の効果だ。


 エル神国でエーテル鋼はとても高価だ。


 エーテル鋼を触れていなければそこまでではないにしても、傍にあるだけで大半のエル人は体力を奪われる。

 

 長時間運搬できるのはリムノス人のみだ。


 和平が済んで両国交友があるとはいえリムノス人を憎むエル人も多い。

 危険も多いため、法外な値段で取引がなされていた。


「お母さん、 だいじょうぶ?」


 小さなベッドでずっと横たわるお母さんに声をかける。


「……うん、 大丈夫だよぉ。 フーちゃん、 ごめんねぇ。 もう少ししたらママよくなるからぁ。 それまではバル爺に色々お願いしてるからねぇ。 心配しないでぇ。」


「バル爺は顔が怖いからやだよ。」


「ふふっ。 バル爺だってわざとあんな怖い顔してるわけじゃないのよぉ。 それにいつも怖い顔してるわけじゃないわぁ。 フーちゃんの事を面倒みてくれてる時の顔なんてまさしく悪鬼そのもの。 魔獣もバル爺の顔見るだけで逃げてたわぁ……うん、 やっぱりママもこわいかもぉ。」


 ずっとボクら親子の面倒を見てくれたバル爺はもともとエル神国の神官長まで務めていたらしい。


 大柄な体躯は熊などの獣を想像させ、眉間に深いしわと加齢で色素を失いつつある瞳はどこまでも吊り上がり、どす黒い肌なのに元神官らしく剃髪ていはつしている事がますます人間味を失っている。

 その顔はまるで悪鬼の魔獣そのもの。


 なんでも魔導王の待遇についての改善を求めたところ、神官たちと揉めてその座を追われたとか。


 お母さんとは古い付き合いで、お母さんが調整される事は最後まで反対していたらしい。エル神殿から逃げ出す手引きもしてくれたのもバル爺だ。


 その時、オオカミの魔獣達に追い立てられてしまい。バル爺がお母さんに――


「先に行けい! 逃げろぉぉ!」


 と怒号のような避難勧告を発した形相は鬼気迫ったものがあり、尻尾を巻いて逃げたのはオオカミの魔獣達だったらしい。


 ともかく。


 この国の王様が幸せになる事を応援したバル爺。

 顔が怖いという理由以外でなぜ失脚するのかをボクには理解できなかった。


「こりゃ! 親子共々ワシに失礼なこと考えとったろう!」


 そんなボクらの家に突然、悪鬼が現れる。


「ひ! 悪鬼! フーちゃん。逃げてぇ!」


「やめろ悪鬼! お母さんに近づくな!」


「何回このやり取りをさせるんじゃい! いい加減ワシも泣くぞ!」


 うっすらと悪鬼の目にも涙を浮かべた異形の者、いや、バル爺が現れた。


「まったく……恩知らずとはこのことよな。 ほれ、 モル。」


 バル爺は小さな革袋をお母さんのベッドの側に置く。


「すまんが、 これっぱかしじゃ。 ただでさえ高額なのに街道に住み着いた大蛇達の魔獣のせいで今じゃ市場に流通するのも困難じゃからのう。 前に討伐しようとした自警団はコテンパンじゃったらしい。……今回討伐隊が新たに組まれたらしいが期待したいところじゃのお。」


 言葉とは裏腹にバル爺からは諦念(ていねん)に似た表情を浮かべていた。


 大蛇の姿をしているが体にいくつも人間の手足の様なものを携えた魔獣。


 一匹でも人間にとっては脅威だが街道には何十匹と根城にしているらしい。

 本来は、このあたりに住まう生物ではないがそれ以上の強者に縄張りを奪われたのかもしれない。


 これまで何度となく討伐隊を派遣しては返り討ちにあっているのが現状で、そのせいで特効薬も流通できずお母さんは病気になってしまった。


 持ってきてくれた特効薬は少なく、魔素を排出できない量が増えすぎたお母さんには焼け石に水状態だ。


 発熱、悪寒、発汗、重度の風邪のようではあるが風邪だって何日も続けば深刻だ。

 お母さんはもう1カ月もベットの上から動けないでいる。


 それでもお母さんはバル爺に皮肉を交えつつ感謝を述べる。

 照れているのかもしれない。


「バル爺……いつもありがとねぇ。 怖い顔のせいで仕事もないのにぃ……」


「何でいちいち顔の話をするんじゃ。 まったく感謝が伝わらんのぉ……わしだって昔のツテをたどれば仕事くらいみつかるわい。……まぁええ。モル。 ワシはお主に感謝しとるんじゃ。 我が王にひと時でも人間らしい、 温かみのある時間をくれたんじゃからのぉ。」


「あの人も、 本当は強くない人だったのよねぇ……レーヴァテインに選ばれた……選ばれてしまった、 ただの人だったもの。 ふふっ、 本当は緊張すると足がつったりするのよぉ。 ピーンて。」


 いつも少女の様なお母さんが一層可愛らしくなり、頬が緩んできゃっきゃっと楽しそうにバル爺と昔話に花を咲かせてるようだった。


 でも――

 お父さんの話をするお母さんは最後にいつも寂しそうになるんだ。

 だから、ボクはお母さんを抱きしめる。


(寂しくないよ。)


(ボクはいつも一緒に居るから。)


「あらぁ、 フーちゃん。 どうしたのぉ? バル爺としゃべってばかりだから寂しくなっちゃったぁ?」


「お母さん、 お母さんはね、 寂しくないよ。 ボクが一緒に居るから。」


「……ありがとうねぇ。……フーちゃんは優しい子ねぇ。」


 お母さんは愛おし気にボクの頭をなでてくれている


(お母さんは――)


(ボクがいじめられるとすぐに飛んできて助けに来てくれた。)


(ボクが泣いていると、 泣き止むまで抱きしめてくれた。)


(大好きなお母さん。)


(でも、 本当は知ってる。)


(お母さんはボクがいないとダメなんだ。)


(もし、 ボクを残して死んじゃったら。)


(ボクが一人になってしまったら心配で心配で、 きっとオバケになっちゃう。)


(だから、 お母さんを一人でいかせない。)


(ボクがいないと、 お母さんは幸せになれないんだ。)


(病気なんかにお母さんをとられてたまるもんか。)


 ――その夜お母さんが寝静まった後、魔獣討伐に向けて編成された数十人の討伐隊の馬車にボクは隠れて乗り込んだ。

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