7♭ = a♭
記憶と同じ甘さと苦さが、唇の上で溶け合う。耳の中で、リズムを揺らして行きつ戻りつする旋律が、記憶の中と
タッチパッドに通知が明滅したのにはっとして目の焦点を合わせると、いつの間にか赤茶色に艶めいたテーブルの上で、指が木目の間を叩いていたのに気がついた。
私の初キスを奪ったあいつは結局、もっと大きな舞台へ立ちに海外へ飛んでしまった。逆に私はライトの下から引っ込んで、会社のデスクに座っている。
でも決して、音楽自体を諦めたわけじゃない。音と生きるのには、別の向き合い方もあった。クラシックばかり弾いていた私が、あの時ジャズでピアノに向き合ったみたいに。
——甘くて苦いから味がある、か。
ブラインドの間から入り込む光が、グラスの珈琲に縞模様を引く。少し傾けるとその黒茶色が崩れ、氷がテーブルにほの明るい円を作った。
掴もうとしてもすぐに形を変えてしまうこのきらきらした瞬きも、どこか掴めないのに魅了してやまない、音楽みたいだ。
ふふ、と笑みが漏れる。
——あのキス自体、もう実を結ばないあま苦い初恋になってしまったけれど。
メールの差出人は会社の上司。ざっと目を通すと、片手のタップで会社までの間にある楽譜屋を探し、私は珈琲を飲み干した。
大丈夫。記事にするのは初めてだけど、とっかかりはあった。
——智昭はいまも、演奏で上を目指している。だから私は。
まずは資料集めと譜読みから。未消化のジャンルだからこそ、面白くもできるはずだ。
お代を払ってジャケットを抱えると、背中に聞こえる音楽を一緒に紡ぎ出しながら、真っ青な空の下に踏み出した。
——Fin. Or, continued somewhere else? ♯♪♭
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