12、仮面、拷問に耐え抜く

「寝てんじゃねえよ! この能無し野郎!」

 頭から氷水をぶちまけられたことで、仮面は目を覚ました。

 何か怒鳴られたようだが、覚えていない。投げつけられたバケツが、仮面の胸元にまともに当たった。

(まだ生きてる··········まだ、死んでない、か)

 目の前には、鞭を手にしたフラハティが立っている。頬を紅潮させ、目にはギラギラと異様な光が宿っていた。

 仮面は壁に立てられた十字架に、両手両足を縛り付けられていた。

 上半身は血まみれで、身につけたシャツはボロボロに引き裂かれている。

 酷く寒い。それなのに、傷口が燃えるように熱かった。さっさと気絶できれば楽になれるのに、仮面が意識を失うたびにフラハティは律儀に起こしてくれる。

「俺に構うより··········逃げる準備をした方が良いんじゃないか」

「うるさい!」

 フラハティが鞭を振り回した。避けられない。受けるしかない。

 気が済むまで鞭を振り回した後、フラハティは不気味な笑い声を上げた。

「逃げる? この俺様が? なんでそんな必要があるんだ。家畜に躾をしてやっただけなのに。身の程を弁えない奴隷共を処分してやっただけなのに」

 口の中に血の味が広がっている。悲鳴だけは上げてやるものかと歯を食いしばったが、そろそろ声を上げるだけの体力も尽きそうだ。

「お前だってそうだろう? 我がままなメスの躾や処分は男の仕事だ。まともな男なら、全員俺に賛成する」

「お前と一緒にするなよ。まともな男から苦情が来るぜ」

 返事は鞭だ。胸元から腹に掛けて、痺れるような痛みが走る。

「俺は助言してるんだぜ、フラハティ。もうすぐ国家治安維持異能部隊がここに来て、お前を捕まえる」

「お前のお気に入りが助けを呼んでくれるって? 残念だったな。すぐにアレも捕まえて、お前の目の前でたっぷり可愛がってやる────」

「俺を助けるだって?」

 寒い。熱い。苦しい。痛い。

 目の前は涙で滲んでいる。縛り付けられて身動きが取れないのに、ぐらぐらと揺れているような感覚があった。

「誰がそんなことするんだよ。来るわけないだろ」

 なのに口からは、勝手に笑い声が溢れ出る。

 フラハティが呆気に取られたように、ぽかんと口を開けた。

「どうせみんなアルバートが良いんだ。俺のことなんか、誰も────」

「フラハティ!」

 扉が蹴破られた。

 小さな影が飛び込んでくる。フラハティの肩に、短刀が突き刺さった。

「え? え? い、い、いぃぃぃっ!」

「邪魔です、寝てなさい」

 肩に刺さった短刀を見て、フラハティが悲鳴を上げる。

 鞭を取り落とした奴隷商の首筋に、黒猫は容赦なく手刀を叩き込んだ。

 白目を向いて気絶したフラハティの両足を、黒猫が鞭で縛り上げる。作業が終わった後、彼女は仮面のことを鋭く睨みつけた。

「助けに来ましたよ、仮面」

「くろねこ··········」

「ええ、黒猫です。あなたを助けに来ました」

 仮面を縛り付けている縄を解こうと、黒猫が近づいてくる。

 いつもの黒尽くめではない。白いブラウスに青いスカートという可愛らしい姿だった。

「なんか、可愛い格好してるね?」

「マリーさんからお借りしました。可愛らしい服ですよね。私には似合いませんけど」

「そういうとこは可愛くないなあ。似合ってるよ」

「··········ありがとうございます」

 縄が解かれた。

 自分の足で立つだけの余力はもう無かった。

 そのままうつぶせに倒れ込むと、黒猫に受け止められる。

 彼女は大きくため息をつき、仮面の耳元に囁いた。

「帰りましょう、仮面。帰って、早く治してもらいましょう」

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