11、どうせ俺なんて
子供の目から見ても、父はよくやった方だと思う。
跡取りとなる長男が死に、最愛の妻は狂ってしまった。アーサーひとりの犠牲で家を維持出来るのなら、それで良しとするのが大人の思考だろう。
ある日、母の主治医と父が話しているところを見たことがある。
いつもは厳格な父が、その時は妙に小さく見えた。
応接間のソファに身を沈めて、頭を抱えている。母の主治医は、困ったようにそれを見下ろしていた。
彼は、細く開いた扉の隙間からそれを見ていた。
「先生、もしかしたら、私は狂っているのかも知れません」
父の声は、子供のように細く頼りなかった。
「アルバートは私と同じ茶髪で、あの子は母親譲りの金髪だった。だから見間違えるはずがない。それなのに、時折あの子がアルバートに見えるんです」
顔を上げた父が、医者に縋りついた。
その時の光景を、彼は一生忘れないだろう。
「先生、死んだのは本当にアルバートなんですか? 本当はアーサーが死んだのでしょう? 今生きているのはアルバートの方だ、そうなんですよね」
父は彼の名前を呼んだ。
生まれて初めて呼ばれたような気がした。
それなのに。
(父さんは、俺じゃなくてアルの方が生きてて欲しかったんだ。俺は死んだって別に良いんだ)
主治医がなんと応えたのかは、覚えていない。
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