13、仮面、擬態する
「猫さん猫さん」
「何ですか」
「運んでもらってる俺が言うのもアレだと思うんですが、あと非常に心苦しくもあるんですけど」
「じゃあ黙っててください」
「いややっぱ言わせて。これ無理じゃねえ?」
フラハティの地下室から出た後。
自力では立つことすらままならない仮面の下に潜り込むようにして、黒猫は何とか仮面の身体を背中の上に乗せていた。
黒猫は女性のなかでも小柄な方で、仮面は男性のなかでも大柄な部類に入る。ずるずると半ば引きずるようにして前に進むが、その足取りは腰の曲がった老婆のものより遅い。
「やっぱここは二手に別れた方が良いと思うんだよね」
「自力で立つことすらできない人が何を言いますか」
「割と名案だと思うんだけどなあ」
「今から二つ、選択肢を差し上げます。好きな方を選んで下さい。一、このまま黙って私に運ばれる。二、私に殴られて気絶させられてから運ばれる」
「··········。そのさんー」
「さんは無し!」
やや離れたところから、ばたばたと走り回る足音が聞こえる。侵入者だ! と怒鳴る男の声も。
さすがにもう限界だと判断したのだろう。黒猫は一度、仮面を下ろして、壁に背を預けて座るような姿勢を取らせた。
「仮面、あなた、壁に《擬態》できますか?」
「お? ここで別行動?」
「まさか。違いますよ」
黒猫は小さく笑った。仮面を正面から見据えて、その両頬を両手で包む。
そして、彼女は酷く優しい口調でこう言った。
『大丈夫だよ。ちゃんと守ってやるから、心配するな』
それは仮面の声音で、仮面が黒猫に言った言葉だった。
黒猫が仮面から離れ、彼を守るように立った。
仮面はその細い背中に手を伸ばす。気力を総動員して立ち上がり、半ば伸し掛るようにして黒猫を抱え込んだ。
「ちょっと、仮面!?」
「壁に《擬態》、で良いんだろ」
崩れ落ちる前に何とか反転して、黒猫を壁に押し付けるような姿勢になる。
(··········俺が言ったんだ)
黒猫を抱えたまま、仮面はずるずると座り込んだ。目の前の壁を睨みつける。
今まで人間以外のものに《擬態》した経験はない。だが、もしできれば··········黒猫一人くらいなら、隠せるかも知れない。
(俺が言ったんだ、守ってやるって)
特に目立った特徴のない、つるりとした灰色の壁。それに《擬態》する。黒猫を、フラハティの手下の目から隠してやる。
ばたばたと慌ただしい足音。近づいてきている。上手く《擬態》ができているのかどうか、仮面にはわからない。
(気づくな。そのまま通り過ぎろ。ただの壁にしか見えないだろ··········!)
黒猫を抱えた腕に力を込める。今気絶するわけにはいかない。気絶した途端に、《擬態》が解けてしまう恐れがある。
最初の足音が通り過ぎて行った。仮面に気づいた様子は無い。
ほっと一息ついたところで、黒猫が叫んだ。
「千里眼様! 不死鳥様!」
(··········え?)
千里眼。不死鳥。どちらも国家治安維持異能部隊員の名前だ。仮面や黒猫にとっては先輩にあたる。
「ここです! ここにいます! 不死鳥様、お願いします、早く治療を!」
通り過ぎた足音が、慌ただしく戻ってくる。
眉間にシワを刻んだ男と燃えるような赤。
確かにそれは、見慣れた先輩の姿だった。
「黒猫! 仮面!」
「やーっと見つけたわよ、あんたたち!」
(助かった··········助けに来てくれた··········)
身体から、力が抜けていく。
仮面は意識を手放した。
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