『まさかの援軍』って、どういうこと!?
魔法には原則として3つのルールがある。
1つは、血統によって遺伝すること。
魔法は王族と貴族、ないしその血を引く者にしか使えない特殊な力。
ゆえにビアンカのような例外的な(奇跡的と言い換えてもいい)存在は希少そのものだし、それは崇拝にも蔑みにも変わり得る、曖昧で不安定なものだと言える。
2つ目には、属性という縛りだ。
魔法は個々人の属性に合わせたものしか使えない。
これに関しては例外はなく、つまるところ、ひとりが使える魔法は基本的にひとつだけだ。
王侯貴族の血筋にしか生まれない魔力の素養は、大きく分けて4種類。
つまり火、水、土、風の4属性で、そこを外れる属性は“その他”で大雑把にくくられる。
これは血液型のようなもので、ABO式のように複数をあわせ持つことは稀にあれど、成長の過程やなにかのきっかけで変わるということはない。
ちなみに『ハーモニック・ラバーズ』の各攻略対象たちは分かりやすくそれぞれ四大属性が割り振られていて、
まあ燃えゲーではなくあくまで乙女ゲームであるため、ルートによってはほぼ出番のない設定だったりもするのだが。
そして最後の3つ目――実際的な問題として、魔法は万能でも奇跡でも
制限と制約があり、威力も容量も才能も限られており、つまるところ力は力。
感覚的には手足の延長であり、暴走・暴発の危険は低い代わりに、刃物や鈍器と比べて手軽でも確実でもなく。
それを戦闘や戦争に使うなど、コストも運用性も論外のナンセンスである。
長いものほど扱いにくいのが道理であり、そして当たり前だが、魔法なんてなくても人は普通に生きていけるわけで――
総じて結局、この国における魔法は貴族の権威の象徴という面が非常に強い。
実際的な資源、というよりは、富と権力の身分証代わり。
偽証も難しく、危険度が低い割には見栄えがよい。
公侯伯子男という五等爵の貴族階級も、この世界では領地の有無やその広さよりも、どれだけ魔法の素養を受け継ぎやすいかという血の濃さで定められているフシがあり――
まあ長くなったが、ネーロが複数の魔法を同時に使ったのは、異端であると同時にいくらかは真っ当でもあるわけだ。
『四大属性全部持ち』は、並外れた才能ではあるにせよ、貴族の最高位である公爵家の子息なら発現の可能性は皆無ではないだろう。
その力をもって、かつ不意打ちという条件下なら、10人余りの騎士を制圧するのも不可能ではない。
並の手際ではないが、実際ネーロはやってのけた。
とはいえ、さすがに息切れして顔を青ざめさせているのだから、相当な無茶だったはずだ。
ルナの手で助け起こされながら、ネーロは弱々しく苦笑する。
「――本当はこの力、小さい頃からの秘密だったのですけれどね。この人数を相手に手加減はできませんでした」
「ごめん。私を助けるために、そんな」
「先生が気に病むことはありません。わたくしを助けようとしてくれたのですし、実際助かりました。先生が注意を引きつけてくれたおかげで、こうして切り抜けられたのですもの」
と、ちらと周囲を視線で示して、
「力を出し惜しみする状況でもないでしょう。軍警察にあえて囚われようというのも他に策がなかったからで。なんにせよ、こうして今はお互い無事でいる。それがなにより、一番大事なことでしょう?」
「……そうね。そう思わせてもらうわ」
気を遣わせているのは分かっていたが、だったらなおさらこれ以上食い下がってもネーロの負担になるだけだろう。
素直に感謝だけして、ルナはあたりを見回した。
と、騎士たちとの乱闘を少し離れて群衆の中から見ていたのだろう、あのネーロの側仕え――メイドのレモンがこちらに駆け寄ってきた。
倒された騎士のうめき声を尻目に、地面に転がる鎧姿を迂回しながらこちらへ向かってくる。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
「……大丈夫よ。心配をかけたわね、レモン」
とりあえず、促されるままネーロの身体をレモンに預けると、肩を貸すような格好で支えに入った。
それで手が空いたルナは、周囲に倒れる騎士の姿を見回す。
改めて思ったことをこぼした。
「……女の子ひとり捕まえに来たにしては、人数が多すぎる。わざと騒ぎを大きくしたかった? そんな理由がある?」
「分かりません。ですが、この場にとどまるのは危険かと」
「そうね。行きましょう」
騎士たちを尋問するのも考えないではなかったが、有力な情報が得られるとは限らない。
なにより時間が惜しい。
既に周囲は寮の警備隊や通りがかりの街の住人によって騒然としていたし、ネーロの捕縛失敗が軍本部に知られるまで時間はないだろう。
逃げるにせよ、目立っては意味がないため走るのは街の裏通りである。
自然、ルナが先導して、ネーロとレモンが後ろをついてくる形になった。
「別行動を取らなくていいんですか?」
と、訊ねてきたのはレモンである。
ルナは振り返らずに答えた。
「私とネーロはもう共犯よ。事実はともかく軍はそう認識したし、とりあえず安全を確保できるまでは一緒にいたほうがいい」
「……先生ひとりでお逃げになっても、よいのですよ?」
「冗談。さっき助けてくれたでしょ。貸し借りなしが私のモットーなの」
告げると、肩越しにふたり分の苦笑の気配を感じた。
なんとなく照れくさくなって、ポリポリ頬をかく。
ほとんど勘で逃げ道を探りながら、ルナは思い出していた。
先ほどの騎士隊長が、気絶する間際に言っていた言葉だ。
「あのお方こそ真の――」
それは誰のことで、なんの話なのか。
分からない。分からないがしかし、あの目には強い執念と執着が込められていた。
まるで彼にそれを命じた人間の、その根深い怨念を写し取ったような、病魔のように伝染する狂気が。
彼ならあるいは、突然のネーロ襲撃の理由も知っていたかもしれないが、問い詰めたとして素直に口を割ったかというと怪しいだろう。
単なる狂人なら声高にそれを叫んだかもしれないが、それが忠誠心ならたとえ死んでもなにひとつ吐くまい。
あれがどちらの手合いだったのか、想像しても判断はつかなかったが。
ただ、これからはああいった直接“敵”の息がかかった人間を相手取る可能性が高い。
やりにくくなりそうだ。
狂信に邁進する連中の厄介さは、前世のテレビやドラマでだってよく見てきた……
「いたぞ! こっちだ、回り込め!」
建物の陰から陰へ走っていたのに、まったく容赦なく見つかる。
舌打ちして見やると、表通りのほうから数人の騎士が立ち塞がるように走り込んできていた。
遠方の仲間に知らせるためだろう、
とんでもない
さっきも言ったが、いかに公爵令嬢といえど、ただの少女ひとりを捕えるような警戒態勢ではない。
ちらと見えた大通りのほうは、ほとんど騎士の群れで埋め尽くされているような有り様だった。
それでも、騎士たちがこっちに突っ込んできてくれるならまだよかったが、彼らは道を塞いで立ち止まっていた。
狭い路地で剣を振り回す不利を承知しているのだろう。
逃げ道を潰して押し込めてから、数で圧倒しようという統率された動きだった。
まさか、と嫌な予感を覚えたのとほぼ同時だった。
ピュンっ、と風を切り裂く音とともに、走るルナの足元に勢いよくなにかが突き刺さる。
路面を貫いたそれは、鋭い矢だった。
ボウガンだろう。
狙撃された。
というよりどこか高所を取られて、動きを追跡された上で狙われている。
「ちぃ――っ!」
矢の突き刺さった角度から、射手が近くの鐘楼に陣取っていることは察したが、距離がありすぎて反撃できない。
そもそも続々とやってくる騎士たちの包囲をかわすだけで頭も身体も手一杯だ。
逃走ルートを大幅に制限されて、じりじりと追い詰められていく。
(どうする……?)
背後のネーロの様子をちらりと見やる。
なんとかして、ネーロの魔法でボウガンの射手の目を眩ませられないかと思ったが、いまだ消耗著しい様子の彼女にそれを求めるのは酷だろう。
疲労の上に走り通しで、なおさら顔色が悪くなったようにすら見える。
(どうする!?)
焦りが募る。打つ手が見えない。
それでも時間は無情で有限だった。
タイムリミットはすぐにやってきて、ルナたちは路地の袋小路へ追い込まれてしまった。
騎士の一団が背後から迫る。
「逃げ場はないぞ。これ以上、手間を――」
「…………」
無言でルナは短剣を抜き放った。
身構えると、追ってきた騎士たちも足を止める。
睨み合ったまま、囁くように傍らの少女たちに告げた。
「――私が隙を作る。レモン。なんとかネーロを逃がして」
ゴクリ、とレモンがツバを飲む気配が伝わってきた。
いよいよとなればその覚悟はあったろうが、それが今だと悟ったのだろう。
「先、生……」
弱々しく肩を震わせ、疲労の色濃いネーロに、これ以上の援護は望めない。
走って逃げるだけでも精一杯だろう。
降伏はできない以上、どちらかが囮になるしかないが、ならばまだしも成算があるルナがその役をやるだけだ。
分の悪すぎる賭けだったが――
負ければご破産なら、打って出るしかないだろう。
(つくづくほんと、
こんなギリギリの選択ばかり迫られている気がする。
「行きなさい!」
叫んで、ルナは駆け出した。
立ちはだかる騎士たちに、もはや策もなく突撃する。
待っていても狙撃の的になるだけなら、せめてもこちらから斬り込むしかない――
「がっ――!?」
けれど、ルナがそんな捨て鉢の覚悟を決めた時だった。
くぐもったような悲鳴が路地裏に響き、騎士のひとりが路面にバッタリ倒れ込んだ。
何事かとこの場の全員が振り返ろうとした瞬間、それこそ瞬きする間に、いくつも同じような鈍い音と濁った声が重なる。
路地を包囲していた騎士たちが次々と打ち倒されていく。
途轍もない早業である。
ほとんど悲鳴をあげる暇もなく、騎士の半数が倒された。
かろうじてルナの位置から見えたのは、突如として乱入してきた人影と、その男が放つ剣閃の冴え渡るほどの鋭さだけだ。
騎士の包囲はすぐさま崩れ、そして崩れた陣形の隙間を縫うように、孤影が回り込んで確実に一撃でひとりずつ地に沈めていく。
いや、正確には一太刀ですらない。
刃を返した峰打ちを叩き込み、殺すまでもなく気絶させて無力化しているのだ。
にわかには信じがたいほどの速さと鋭さ、鮮やかとしか言いようのない手際だった。
訓練された騎士を抵抗する間も与えず圧倒している。
というより、ルナが飛び退って状況を見渡した時には、ちょうど制圧が完了していた。
最後に残った騎士、ようやく向き直って抜刀したその男が構えた剣を、斬線だけ残して真っ二つに叩き斬る。
そして返す刃で――いや、やはり剣をくるりとひるがえして、柄でその騎士を殴り倒して昏倒させた。
ヒュンと振るった切っ先からは、やはり一滴の血すら飛び散りはしない。
そこかしこから苦しげなうめき声が響いていたが、本当にひとりも殺さず場を鎮圧してしまったらしい。
包囲の
呆然とルナが見つめる先で、現れたその男は告げた。
「助けに来たぞ、ネーロ。大丈夫か?」
「――ロッソ様!」
歓喜に弾んだネーロの声に、ロッソ・グランシーザー王子は安堵したように肩で息をついた。
で、それから。
改めて剣を持ち上げた。
「やはりまた現れたな、殺し屋――ネーロから離れろ! 彼女は俺が守る!」
え? とルナが困惑声をあげるのと同時。
ロッソが猛烈な勢いで突進して、ルナに斬り掛かってきた。
「ぎゃあああああ!?」
身も蓋もなく悲鳴をあげて、ルナは身をかわして逃げ出した。
――おい待て。なんでこうなる? ちょっと色々流れがおかしい。
この世界、なんかいちいちルナに対して
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