乙女ゲーム世界に転生したらヒロインを救うのは王子様じゃなくて暗殺者の私だった件 ~天才前世と超一流の暗殺者技能で最強、無双、ざまぁ、私TUEEE!!~
『やっと百合っぽくなってきた』って、どういうこと!?
『やっと百合っぽくなってきた』って、どういうこと!?
「それではビアンカ嬢、我々は本来の職務に戻りますので」
「はい、お疲れ様でした、皆さん。また明日もよろしくお願いしますね」
学生寮にたどり着いたところで、騎士たちの部隊とは別れた。
といっても、ビアンカが無防備になるわけではない。
寮には寮で各所に見回りの警備がついているため、護衛騎士たちの役目はそちらに引き継ぎされた形だ。
「じゃあ行こっか、コロナ。私の部屋はこっちだよ」
「ん……」
曖昧にうなずいて、ルナはその後に続いた。
胸中は複雑。
外部の人間が敷地に入っていいのかとか、それどころか思いっきり襲撃の実行犯なのだがそれでいいのかとか、ビアンカがなにを考えているのかとか。
気にしだしたらキリがない。
ただひとつ確かなのは、この状況の主導権を握っているのが、ルナではなくビアンカであること。
急所を押さえられている以上、逃げることもできず黙って従うしかないわけで。
そうして、簡素だがしっかりした造りの寮の廊下を歩くこと、しばし。
「ついたよ。一人部屋だから、友達を部屋に上げるのって初めてだなあ」
扉を開けると部屋がある。
当たり前のようだが、ちょっとした錯覚を覚えた。
なにかと思えば、既視感だった――その内装が『ハーモニック・ラバーズ』での自室の背景とそっくり同じだったから。
ハーモニア学園の下級寮、通称『ホワイトリリー』。
当初の目的地だったネーロがいる上級寮『ブルーローズ』とは別棟なのだが、ともかく促されて、ベッドに腰を落ち着ける。
座って休めるのは正直ありがたいが、それがまさか、こんな敵地のど真ん中の腹の中になるとはルナは思ってもみなかったわけで。
それを思えば、緊張まで解いてくつろげるはずもないだろう。
ビアンカが苦笑いして、椅子に腰掛けながら言ってきた。
「――そんなに身構えなくても。あなたを憲兵さんに突き出したりしないよ。そのつもりなら最初からそうしてる、でしょ?」
「そうだと、助かる……あなたを殺さずに済むから」
と、なんだか分からない返事をしてしまう。
――なにしてんの『ルナ』。そんなに緊張してたら『私』まで固まっちゃうでしょ、落ち着きなさいよ平常心、平常心。
自分で自分の手綱を握っていると、ビアンカがまた笑った。
「ふうん? やっぱりコロナ、私のことを殺しにきたの?」
「……その前に。私の名前はルナ、よ。ルナ・ダイヤル。名乗ってなかったわね」
「えへへ、そうなんだ。意外といい線いってたね、私が咄嗟に言った偽名」
「どこがよ。
「はぐらかしてるでしょ、それ。あなたのこと分かってきたわ。言いにくいことがあったらすぐに『殺す』って言って誤魔化してるだけ。そうじゃない?」
そのものズバリ指摘されて、『ルナ』が口をつぐんだ。
――分かりやすい
……う、うるさい。だったらあなたがビアンカと話してよ。私はまだ無理……恥ずかしい。
やれやれと嘆息する。
はあ、と息をついてから、『私』は引き継いだ。
諦めたように大げさに肩をすくめてみせて、
「――殺し屋は失業したわ。仕事を途中で投げ出したから、組織もクビになった」
「うん。そうなんだ。よかった……私も、安心した」
「そうね。もうあなたを付け狙わなくて済む」
「それもだけど、そうじゃなくて。コロナは――ルナはもう、無理に人殺しをしなくていいんでしょう? それが嬉しい」
なんて、甘っちょろいことを言ってくれる。
……人の気も知らないで。
とはいっても、もちろんルナの決意と覚悟なんてビアンカが知るはずないし、押しつけるつもりもない。
ルナはもう一度ため息をついて、答えた。
「話はそう簡単じゃないわ。私がいた暗殺組織――『ダイヤル機関』はただの殺し屋集団じゃない。今度は裏切り者の私が追われる番。それにもちろん、ビアンカ・サマサの身が安全になったわけでもない」
「……そういうものなの?」
「そりゃあね。それで、立場が変わった今となっては、あなたには生きててもらったほうが都合がいいの。組織への牽制や、そして敵対勢力――たとえば王国、たとえば魔法学園、たとえば軍警察なんかとの利害の駆け引き。一度組織に狙われたあなたは、自分が思っているより重要な立場にいる」
話し出すと立て板に水で、スルスルと語って筋道が通っていく。
『ルナ』と『私』、どちらの理屈の流れにも適った話だ。
あながちホラ話でもないのがまたポイント高い。
ビアンカは、急にまくし立てられて混乱したらしい。
ええとうーんと悩んでから、なんとか整理して訊ねてくる。
「じゃあつまり……ルナは今、私たちの味方なの?」
「そうとも言い切れない。現状、私は白でも黒でもない灰色陣営――いえ。組織も軍も私を始末したいはずだから、単純にどっちにとっても敵でしかない邪魔者ね」
「……私がロッソ王子に掛け合って、保護してもらうっていうのは?」
「ありがたいけど、無理がある。その王子様を足蹴にした私が、今さら信用されるわけないもの」
そもそも、とルナは続けた。
「……一番分からないのはあなたよ。どうしてさっき私を助けたの? 襲撃者は『傷面の男』ですって? それに今も。つい昨日まで殺し屋で、あと一歩であなたとロッソを殺すところだった私が、なんで今は自室に招かれて呑気にお話なんかしてる?」
ビアンカの物腰には危機感どころか、問題意識すらなさそうに見えた。
それが意味不明すぎて、ルナ自身も混乱している。
なまじっか、それで一方的にめちゃくちゃ助かっている分、余計に困惑していた。
ビアンカに真意を問いただそうと、そのつもりで彼女の顔を見やると。
「あ、はは……まあそうだよね。ルナからすれば、さっぱりわけが分からないよね。といいますか、私も自分でよく分かってなかったり?」
なんとも微妙な表情で苦笑されてしまった。
当事者とは思えないゆるさである。
「…………」
そんな調子で油断されて、あっさりダイヤあたりに殺されたらたまったものじゃなかった。
『ルナ』の決意が浮かばれない。
さしでがましいかもしれないが、じっとビアンカの目を睨んだ。
さすがにはぐらかすのは無理だと悟ったのか、観念して彼女は口を開いた。
「……ルナが、人殺しじゃないって知ってるから。私だけがそれを知ってるから。だから、それを知らないロッソ様や、他の誰かにあなたのこと、罰してほしくないって思ったの。それに、みんな犯人は男だって思ってるみたいで、否定しづらくて」
「そんな曖昧な理由で軍警察に嘘ついて、邪魔を? 私が言うのもなんだけど、あなたのそれって捜査撹乱に逃亡幇助、それこそいわれもない刑罰の対象になるわよ」
「あうう、分かってる、分かってるはずなんだけどぉ」
痛がるように両手で耳を押さえて、ビアンカがうめく。
でも、と言い訳して、半ば涙目になりながら続けた。
「でも、だって、ルナだって――今は私を、つまり、守ろうとしてくれてる。ひとりぼっちになってまで。そんな子を放ってはおけないよ。事情を聞いて、今はなおさらそう思っちゃってる。私は」
「そんなこと、今は関係――」
「どうしてなの?」
否定しようとして。
今度は逆に、ルナがビアンカの目に射すくめられていた。
真剣に問いかけてくる声。
「どうしてルナは――私を助けてくれるの? 赤の他人で、死んだって関係ないはずの私を。見捨てて、逃げるのがあなたにとって本当は一番都合がいいはずなのに」
「…………」
面倒くさい女だ、とルナは思った。
ちょっと抜けてて、おばかさんにも見えるほどおひとよしのくせに、一番大事な
真っ直ぐに正論をぶつけて、白い太陽みたいな透明な眼差しでこちらを射抜いてくるのだ。
「ちゃんと答えてくれないと、大きな声出すよ。寮の警備員さんが飛んでくるぐらいの」
どう誤魔化そうか考えていると、それも見透かして釘を刺されてしまう。
――本当、面倒くさい。
こりゃ駄目だわ。
あっさり見切りをつけて『私』は引っ込んだ。
残された『ルナ』が矢面に出てきて、え? え? とキョドり始める。
……ちょ、ちょっと待ってよこんないきなり、まだ心の準備も覚悟もできてないのに、ひどいよぉ!
――ダイヤ相手に取っ組み合いした時より全然マシでしょ。いいから行ってこいヘタレ暗殺者。あなたが本音で伝えなきゃ、この子、どうにもならんわ。
別に、実際にそんなやりとりが頭の中にあったわけではなく、あくまでイメージだけれど。
ともかく『ルナ』がビアンカに向き合う。
頬を染めて、ちょっと恨めしげに斜め下へ視線をやりながら、やがて答えた。
「……本当は。全部、あなたの言う通りだったから」
「え?」
「私は人殺しがしたかったんじゃない。私はただ、温かい居場所が欲しかっただけ。きっと、日の当たる場所で、いつか自由に生きてみたかった」
……あんな、ルナの影魔法みたいな、暗くて孤独な寂しい牢獄じゃなく。
……ビアンカの見せてくれた光のような、ぬくもりに満ちて優しく輝いた世界で。
「
それはそう、かつて『私』が生きた人生、家族や友人に囲まれた平凡で退屈で幸せな
失った、さよならも言えないまま諦めてしまった、今は遥か遠いあのぬくもりの詰まった過去の
もう帰れない日々、あり得たかもしれないかつての未来を、ルナは、ビアンカの光の中に見ていた。
そんな気がする。
ルナはベッドから立ち上がった。
ビアンカのそばまで歩み寄り、そっとその手を取って、両手で握る。
「信じてなんて、言えない。言えるわけない。でも、だけど、私はあなたを守るよ。そう決めたの……それが私の、今の理由」
「……そっか」
気持ちがどれだけ伝わったか、それは分からない。
けれど、だけど、ルナの言葉を受け取ったビアンカは、優しく微笑んでくれた。
ふわりと優しく、心底から嬉しそうに、そっと、そっと。
「ありがとう。ルナ」
それは花がほころぶ瞬間のような、綺麗で透明でとても開かれた、ビアンカらしい笑顔だった。
結局その日は、ビアンカの部屋にこっそり泊めてもらった。
クタクタに疲れていたし、既に日もとっぷり沈んでいる、本格的に活動するには休息と時間が必要だった。
ビアンカが戸棚から出してくれた手作りクッキーは美味しかったし、ごはんも持ってきてくれて、それも美味しかった。
夜、部屋の隅で、何枚かの予備の毛布にくるまって――
ビアンカはベッドの半分を貸してくれようとしたけど、そこまで面倒をかける気にはどうしてもなれず、強引に断った。
だけどルナは久しぶりに、朝までぐっすり、ゆっくり眠ることができた。
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