『お持ち帰り』って、どういうこと!?
どうしてここに、はこちらのセリフだった。
……いや、やっぱりどう考えてもルナのセリフだろうそれは。
なにがどうなれば、昨日殺しかけた相手を守るために街に忍び込んで、そこでその当人とばったり再会するんだ。
わけが分からない。分からない心底。
どうしてビアンカはこんなところにいる?
あんな騒ぎがあった翌日に、なんで寮なり学園なりに引っ込んでないで白昼堂々街に出てきてるんだ――
「ビアンカ嬢! どうかされましたか――っと。そちらの少女は……?」
その理由の代わりではあるまいが、訊ねたのはビアンカの後ろから駆けつけてきた男のひとりだった。
見るからに騎士って感じの6人組の男。
ビアンカにつけられた護衛だろう、とはルナもすぐに察した。
大柄で屈強な体躯に鎧姿、帯剣していて顔つきも
それがぞろぞろと6人も連れ立って歩いてくれば、見た目の威圧感だけでも相当なものだった。
言うまでもないが。彼らの任務は。
ビアンカに近づく
(ぎゃあああああ!?)
まさに不審者、というかルナは心の中で悲鳴をあげた。
事がスムーズに進んでたと思ったら、いきなり絶体絶命の事態に陥ってしまった。
後ろは路地裏の袋小路。
逃げ場はないのに、目の前には訓練された本物の甲冑騎士たちである。
不意をつくならともかく、なんの準備もなしの出会い頭にやり合えばルナなんかひとたまりもない。
ていうか逃げる猶予すらなかった。
ビアンカが口を開いて、悲鳴をあげたら即ゲームオーバーだ。
彼女が丸い瞳を大きく見開いて、まさに悲鳴の形に口を動かすのを、呆然と固まったままルナは見ているほかなく――
「わ、わぁー! 久しぶり! どうしてあなた、こんなところにいるのー!?」
棒みたいな声でビアンカが叫んだ。
ルナはもちろん、後ろの騎士たちもピタリと動きを止めた。
……なんだ?
なにが起きてる?
ビアンカはいったい、なにを言った?
ルナのはてなマークはそのまま、護衛騎士たちの疑問符でもあった。
とりあえず先頭の男が隊長なのか、彼がビアンカに訊ねかけた。
「え、えーと……その。お知り合いで?」
「はい。故郷の村の友人なんです」
「名前は?」
「ころし――いえ、こ、こっころころころ、ころ」
何度かドモってから、ビアンカは言った。
「……コロナです」
微妙に惜しい名前だった。
ていうかそういえば、ルナはビアンカに名乗ってもいなかったか。
どういうわけだか分からない。
分からないがしかし、騎士たちの目が今度はこっちに向いた。
当たり前だが、それはいかにも怪しげな眼差しで。
ビアンカがこっそり、騎士たちに隠れてルナに目配せしてきていた。
なんの合図なんだか分からないジェスチャーだが、さすがにうっすらと理解した。
(かばおうとしてくれてる……?)
理由は分からないが、乗るしかなかった。
騎士たちに
「あ、あのっ、はじめまして! コロナ・クロックっていいます。ビアンカとはタート村の幼なじみで、同い年で。えっと、皆さんは、騎士様?」
「ああ、見ての通りだよ。そうだ」
「ビアンカ。あなたって、騎士様たちが付いてきてくれるみたいな凄い子になっちゃったの?」
心臓バクバクで、それでもとぼけてそれっぽく驚いてみせる。
ちなみに『タート村』は実在するし、ちゃんと
ビアンカが答えた。
「ううん。実はねコロナ、昨日この近くで事件が起きて。騒ぎを聞かなかった?」
「今朝の乗り合い馬車で街についたばかりだから――え、じゃあなに? そんな事件かなにかあったのに、そんな時になんで街に? 遊びにでも出てきたの?」
即興で芝居しながら、さりげなく情報も探る。
心にはそんな余裕ないが、ボロを出さないためにはなるべく多くを知っておいて損はないと考えた。
演技と計算の並走処理で、頭の中の『私』は大忙しだ。
今度は騎士のひとりが答えてきた。
いかにも人の良さそうな若者。
「学校の帰り道の護衛なんだ。実はその事件っていうの、ビアンカちゃんも巻き込まれかけてね。危ないからって魔法学園が護衛をつけてくれたのさ」
「そうなの!? あっ、じゃなくて、そうなんですか?」
「ははは。いいよ、無理に敬語使わなくて。ぼくら騎士っていっても、平民上がりの下級騎士だから」
「そうなんですか。私とかビアンカと同じ身分から? すごいです」
感心したふりしながら相槌を打つと、彼はへへへと鼻の頭を掻いたりする。
と、また別の騎士が若者の頭をペチンとはたいた。
「こら、馬鹿。むやみに人にそういうことを話すなよ、新米」
「いいじゃないですか。例の犯人って指示と証言によれば『口元に切り傷の男』なんでしょ? こんな可愛い子まで疑ってたらキリないでしょう」
「まあそうなんだがな。まったく、俺は規則と規範の話をしてるんだよ」
と、各々緊張していた面持ちが解けていく。
……なんだか、うまい具合に疑いが逸れてくれたようだった。
いや、当の暗殺者像については大いに誤解されてる部分があるみたいだけれど、今はそこを突っ込んでる場合じゃない。
口裏合わせなら『コロナ』からも話しかけないと不自然かもしれない。
畳み掛けるようにビアンカに言った。
『ハーモニック・ラバーズ』でのビアンカは、時折、故郷の村宛ての手紙をしたためていた描写があったから――
「――手紙にも書いたはずなんだけどね。今度、街におつかいに行くから会おうねって。私が手紙を追い越しちゃったかな」
「ううん、読んだよその手紙。でもコロナ、きっとあなた、その返事を読む前に家を出ちゃったんでしょ。私が手紙を書いて返したの、ほんの4日前だもの」
「あ。そっか、それはそうよね」
「そういうところよ」
いかにも『私たち仲良しツーカーです』みたいなやりとりをしてると、騎士たちは疑う気もなくなったらしい。
職業軍人としてはどうかと思うが、そもそも根がおひとよしな人たちなのだろう。
それからビアンカが言った。
「ねえコロナ。時間があるなら私の部屋に来ない? あなたの好きだった手作りクッキー、ちょうど作りすぎちゃったから余ってて」
(か、勘弁してー!)
なにを言うかと思えば、一緒に帰ろうよ、というお誘いだ。
つまり、この騎士たちと同行して。
仲良しごっこは結構だが、ルナから見ればその絵面はもう、容疑者確保からの連行でしかない。
助けてくれたのはありがたいけど、それならお願いだから早く解放してくれ――
ぐうぅぅーーーー
と、なにやら間の抜けた音が響く。
今度はなんだっ!? とルナが気を立たせていると、不意に周囲の騎士たちと、ビアンカが笑い出した。
それで気づいた。今のはルナ自身の腹の虫だ。
考えてみれば昨日のロッソとの対決の前から、1日近くなにも食べてなかった。
騎士の隊長が笑って告げた。
「決まりですな。了解でありますビアンカ嬢。みんな喜べ。美女ふたりを一度にエスコートできるなんて、他の隊の連中が聞いたら歯ぎしりするほど名誉な任務だぞ!」
「違いないですねえ! ツイてますよ先輩方、イエーイ!」
若いのがはしゃぐ。全員の声がそれに続いた。
ルナは――というかコロナ?は――引きつった顔をうつむかせることしかできなかった。
恥ずかしそうにしていると、せめてそう見えることを祈る。
「行こう、コロナ。この街を紹介してあげる。それから」
と、ビアンカはちょっといたずらっぽく笑ってみせて、
「ふたりでいっぱいお話しよう? あなたの
「は、はは……」
ルナはただ、乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
――首の皮一枚で命は繋いだが、次に待っていたのはまな板の
ルナとビアンカと、そして騎士たち6人の帰り道は、少なくとも和やかな空気に包まれていた。
ただし水面下では、ルナはひとりだけ必死のバタ足で付いていってる心地だったが。
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