『再会は突然に』って、どういうこと!?
考える。
行動する時は、まず考えることからだ――生前からの『私』の持論だった。
計画を立てる。まずはその土台を。プロットでも叩き台でも、呼び方はなんでもいいが。要するに方針を決めて、課題をリストアップすること。
ちょっとしたジンクスだが、計画を立てるとだいたい、障害になる課題は3つになる。絶対ではないが、そうなることが多い。
今のルナの目的、公爵令嬢ネーロ・オルニティアと接触するのにも、3つの障害があった。
1つは、なんとかして街へ戻らなければならないこと。
2つ目、街に潜入した後、拠点もなしに憲兵隊の目をかわす手段が必要だ。
そして最後、3つ目には当然、どうやってネーロに近づくかというのが問題になってくる。
これを順番にやっつけていけば、ステージクリアだ。
問題を言語化して可視化することの利点は、なんとなくそれが簡単に思えてくることだった。
というより、自分が直面した問題をいかに簡単なものにすり替えていくかというのが、事前の行動計画を立てる時のコツとも言える。
「できる」と自分が思える事実は、モチベーションに大きく影響する。
ひいては結果に影響する。
つまり、行動する前に計画を考えるのは実に合理的な作業と言えた。
1つ目の課題はあっさりクリアできた。
都市の城壁を抜け出して一晩走って逃げたわけだが、取って返すとなればそれなりの手間と時間が必要である。
ダイヤの目こぼしがいつまで続くか分からない以上、時間の消耗は避けたい。
そんなところに渡りに船で、運良く街へ向かう荷馬車と出くわした。
無論、こんな全身黒ローブ姿で身分証もないルナが乗せてもらえるわけないが、そこは“抜け道”影魔法の出番だ。
木陰に隠れて馬車を待ち、隙を見て荷台の“影”に飛び込んで潜る。
不思議なもので、移動する物体の影に入り込むと、影の世界も引っ張られてルナごと地中を移動させてくれるらしい。
こっそり荷台に乗り込み、御者が勘付きそうになったら“影”に隠れてやり過ごす、その繰り返しで昼下がりの頃には街のほとんど中心まで潜り込めた。
着るものも調達できればなお良かったのだが、あいにくと馬車の積み荷は剣や槍、弓といった武器ばかりだった。
甲冑みたいな鎧もあったが、さすがにサイズが合わないし無意味に目立つだけなので遠慮した。
服があったら盗んだのか? といえば、まあこっそり盗らせてもらっただろう。
ルナはあくまで殺人を自戒したのであって、清廉潔白であろうとまで考えてない。
物陰の“影”を伝って、適当な路地裏に降ろさせてもらった。
さっきも言ったが、こんな格好では表通りは歩けない。
手配書が出回っている可能性も考えて――いや、と思い直す。
(ビアンカ暗殺の――暗殺未遂の現場では、私はフードを被ったままでいた。ゲームだと
ついでに『男』だとでも誤解されていれば、なおさら逃げやすいのだが。
いくらなんでもそこまでうまく行くわけあるまい。
ビアンカには素顔だって見られているのだし。
人相書きなんて町人はいちいち見てないだろうけれど、黒いローブなんて特徴丸出しはさすがにまずい。
ビアンカと別れた隠れ家に着替えぐらいなかったかな……と頭によぎるが、当然あそこは憲兵が見張っているだろうから駄目だ。
活動拠点があればなにかと便利だったのだが、贅沢を言える立場でもない。
どうしたものかなと考えながら歩いていると、路地裏の行き止まりに突き当たってしまった。
引き返さないと、と思ってから、視界の端に映ったものにピンと来る。
こういう区画にはありがちなことに(前世でもそうだった)路地の角はちょっとしたゴミ溜めになっていて、秩序なく物が積み上げられている。
ゴミ山の一角、袋詰めになった廃棄物の中に布の切れ端が見えたのだ。
運に任せてそれを引っ張り出すと、どうやら当たりを引いたらしい。
袋のひとつに女物の古着が詰められていた。
無論、こんな路地裏に廃棄されたゴミだ、だいぶ汚れているしちょっと臭う。
それでもサイズ的にはピッタリのものがあった。
洗えば使えるかな……でも乾かす手間を考えたら次を当たるべきか、しかし時間が惜しい……
と逡巡するうち、ふと『私』が閃いた。
「影魔法!」
ダメ元で試すことにした。
“影”の沼に自分でなく汚れた服を沈め、ジャブジャブ手洗いする。
影は水ではないが泥でもない、自分が潜って上がってきても服は濡れず、しかし移動する時は泳ぐようにかき分ける。
もしかしたらと思ったが――これが予想外にうまく行ってしまった。
なんだか分からないもので茶色く汚れていたワンピースが、新品とまで行かないまでも、服として使えるくらいに洗浄できた。
若干漂白されて色が薄くなっていたが、かえって落ち着いた淡い水色になったようで、目立ちたくない今のルナには好都合だ。
バサリと振って影の残りをふるい落とせば、水滴ひとつついてない
汚れが落ちれば臭いもだいぶマシになって、街の人いきれに紛れるには十分な仕上がりである。
服ゲット!
――ガッツポーズしてから、がっくり凹んだ。
「……元・華の女子大生が、今やゴミ漁りして喜ぶ有り様よ。世知辛いわねえ」
あと、せっかくの魔法がこんな無賃乗車や洗濯板代わりに使われてるのも泣ける。
とはいえ魔法を行使するには相当程度の集中が必要であり、端的に言うと時間がかかる。
それは戦闘のような逼迫した状況では命取りになるし、今のままではとても、そっち方面にまで応用できるものではないが。
ダイヤとの戦いでも使えなかったし、逃げる余裕も隙もなかった。
まあ便利だからいいかと適当に考えて、ルナは頭を切り替えた。
さっと周囲を確認してから、手早くローブを脱いでワンピースに着替える。
着心地は――悪くない。胸元がちょっと緩いくらいか。
同じ要領で、なんとか使えそうなカバンと布切れをいくつか、影魔法の中で洗って使えるようにした。
カバンに元のローブを詰めて肩にかけ、愛用の短剣には厚手の生地を巻いて即席の鞘を作った。
服の内側に鞘に収めたナイフを引っ掛け、これで――
「課題2もクリアね!」
この調子で街に紛れられれば、憲兵隊もそうそうルナを見つけられまい。
着替えただけだが、顔を見られてないアドバンテージがこんな形で活きるとは。
ちょっと楽勝ムードになってきた。
一日仕事を覚悟していた過程2つを、せいぜい半日足らずで片付けられるとは。
まあ最後の課題、3つ目の『ネーロに近づく方法』については、簡単には行くまいが。
それに注力するためにも前段階2つを早めにクリアできた有利は大きい。
(これはツキが回ってきたかしら?)
なんて、鼻歌でも歌いたくなる気分。
まだ油断はできないが、それでもゴールが見えてきた。
ネーロの居場所、住んでいるところも『私』がゲーム知識で知っているからだ。
彼女はハーモニア魔法学園に在籍していて、その学園生用の女子寮から学校に通っている――
「きゃっ」
「あ、っと。すいません」
意気揚々とルナが歩き出し、表通りに出た時だった。
すっと横切った小柄な人影とぶつかって、相手が小さく悲鳴をあげた。
お互い転倒まではしなかったが、弾かれたように後ろに数歩下がる。
小柄な、といっても、背はルナと変わらない程度だけど。
見るとちょうど、相手はこちらと同い年くらいの少女で――
「――え?」
「あ」
お互いに相手の顔を見て、固まってしまった。
広い国の大きな街で、そうそう知り合いと出くわすわけなかったのだが。
ちょっと待て。こんな偶然あるか? あり得るのか、おい!?
――これもジンクスだけれど。
物事がうまく行く、行き過ぎている時は、大抵なにか大きな落とし穴が待っているものだ。
好事魔多し。
合理的で完璧だった計画は、理不尽なぐらい一瞬で非合理に台無しになった。
「あなた――どうしてここに?」
街角でばったりぶつかったその人物は、誰あろう渦中の少女、ビアンカ・サマサだった。
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