第3話 レモン頭
緻密な装飾の施された山車を引き回し、雄叫びを上げる男たち。
南国を思わせる色鮮やかな着物に身を包み、舞いを披露する白塗りの女たち。
歓声を上げる観客と、厳かに祈りを捧げる神主や巫女たち。
その場にいる誰も彼もがこのハレの日を、祭りという一瞬の非日常を祝福しているようだった。
せっかく
そう思った私は、路面電車の線路沿いを歩いて山明大社を目指していた。しかし観音町を過ぎた辺りから人の数が増え、神社に近づく頃には人混みにもみくちゃにされていた。
祭り会場へと続く
あれだけ長い間東京に通勤していたにも関わらず、私は元々人酔いする質だった。私は性懲りもなく思いつきで行動してしまったことをまた後悔した。
「これどこまで続いているんだよ……」
私は一人ぼやきながら、身動きがとれないまま流れていく人波に身を任せていた。
二十分ほど歩いただろうか。たくさんの人が立派な鳥居の前で長蛇の列を作っているのが見えた。鳥居の脇には「山明大社」と書かれた石碑が立っていて、そこから着物を着た人々が石段を登っていた。彼らはまるで非常にゆっくりしたスピードのエスカレーターに乗っているかのようだった。
どうやら山明大社はこの小高い丘の山頂にあるらしい。
この時点でもう疲れてはいたが、私は気合を入れなおして階段を上った。
老体に鞭打ち、スーツケースを抱えたまま階段を登り切った私はひどく息切れしていた。私は人目も気にせず、スーツケースの取っ手をつかんだまま地面にへたり込んでいた。
「……これじゃ老後が思いやられるな」
まだ三十歳になったばかりなのに、普段オフィスワークをしているせいで体が鈍ってしまったようだ。
私は体のあちこちから吹きだした汗をハンカチで拭った。すると徐々に落ち着いてきて、私はクールダウンしながら周囲の状況を確認した。
石段から続く参道の先には山明大社の本殿があり、その手前の境内中央にあるステージを取り囲むように客席が設けられていた。先ほどまでここで踊りの奉納が行われていたようで、辺りはまだ人々の熱気に包まれていた。
ステージ上にはちょうど出番が終わった踊り子たちがいた。艶やかな晴れ姿の彼女らはその場にとどまって、写真撮影に応じていた。そのきらびやかな佇まいはまるで夢の中の景色のようで、私はしばしその美しさに見とれた。
「えー、
ステージ脇に設置された古びたスピーカーから司会のアナウンスが流れ、彼女らはスタッフに導かれステージから捌けて行った。
一足遅かったか。
私は悔しい気持ちで、彼女らが降壇していくのを見送った。ほどなくして、司会者が観客席に向かって呼びかけた。
「さて、
すると観客席から次々と「紅蓮団!」や「
「すれぜぁ、『
司会者の掛け声と共に辺りがざわめき出し、見物客たちの「まーっちゅっ、まーっちゅっ!」という合いの手とともに待機していた男たちが再びステージに躍り出た。彼らは頭に手ぬぐいを巻いていて、祭り半纏を身に纏っていた。
「ヤッセー! ヤッセー!」
男たちは達磨を担いでステージの上から何やら興奮気味に大声で叫び、しばらくの間笛と太鼓の伴奏に合わせて荒々しい練りを披露した。すると観客たちは拍手でこれに答えた。
しかし突然、隣で待機していたもう一つのグループが彼らにブーイングを浴びせた。これが聞き捨てならなかったのか、男たちの一人がステージを降り、罵声を浴びせながらブーイングを上げた男の胸を突き飛ばした。双方から怒号が飛び交い、やがてヒートアップした男たちはど突き合いを始め、いよいよ本格的な乱闘騒ぎに発展してきた。会場は一時騒然とし、悲鳴が上がった。
「なんだなんだ、なんかすごいことになってきたぞ……」
急に殺伐とした雰囲気になって私は気が気でなかったが、周囲の観客たちの中にはむしろけしかけるように彼らに声援を送るものもいた。
そんな時だった。
「うめえら、かちあいはいかんて! かちあいする
シュワッ、という掛け声とともに、ステージに着ぐるみ姿の男が乱入してきた。その男は頭に大きなレモンの被り物をして、マントを羽織っていた。
レモン頭の男は悠然とケンカをしている男たちに歩み寄ると、彼らの間に割って入った。
私は一瞬何が起こったのか分からず、狐につままれた気分になった。
「ああー! みんなんヒーロー、『レモン戦士シュワッチャー』が
先ほどのスピーカーから若い女性の声が聞こえた。シュワッチャーと呼ばれたレモン頭の男は腕を組んだまま、その場でうんうん、と頷いた。作りものの頭では表情までは分からないが、彼の青い目は嫌にリアルで不気味だった。しかし観客席からは「レムン頭ざー」という笑い声が漏れ聞こえ、子供たちは大盛り上がりだった。
どうやらこのレモン頭はここでは人気者らしい。
その女性は続けてマイク越しにレモン頭を励ました。
「シュワッチャーが
彼女はまるで児童番組の歌のお姉さんのように声を張り上げた。すると観客席にいた子供たちも一斉に「気ばりー!」と声を上げた。
するとレモン頭はその場で大きく腕を広げ、男たちを通せんぼした。ここで照明係が気を利かせたのか、周囲のステージライトがレモン頭に集中し、彼の黄色い頭が光沢を帯びて光り輝いた。
仲裁しているつもりなのだろうか。
謎のヒーローが登場してさすがに根負けしたのか、囃したてる子供たちを前に男たちは殴り合いの手を止めた。こうして一時はどうなるかと思われたが、一旦ケンカは静まった。
「
レモン頭は天高く拳を振り上げてそう宣言すると、シュワッ、と叫びながら風のように去っていた。
あまりに妙な出来事に、私は近くにいた地元の人を捕まえて尋ねてしまった。
「……さっきのアレ、何すか?」
その年配の男性は私の顔を見て、なんだか不思議そうに聞き返した。
「あれて?」
私はレモン頭の男が去っていった方向を指さし、手を丸く動かして顔の周りでレモンの形を作ってみた。するとその男性は別段驚いた様子もなくただ笑って答えた。
「あぁ、あんレムン頭は
「……マスカラ?」
すると男性の隣にいた年配の女性も答えた。
「ありゃ
なんと
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