第8話:鍵の錬成と悪意
道中は無言だった。
「ほれ、雑魚でたし、自分倒してきいや」
ウテルの言葉に渋々俺は出現するオークやインプ、ゴブリンといったモンスターを倒していく。どうやらこの階層は鬼系モンスターがメインのようだ。ウテルはというと、背後からいつでもこちらを撃てるぞとばかりに銃をちらつかせていて、鬱陶しい。
『現状、最もベターな選択だったとはいえ……この状況はあまり良くないぞ先輩』
分かってるさ。だがこうなってしまっては仕方ない。
今俺が持つアドバンテージといえば、ニルの正体とルナコのサポートを得ていることをまだウテルに知られていないことぐらいだ。
スイカちゃんは俺とウテルの間を邪魔にならないように歩いているが、終始黙り込んでいる。その顔は何か考え込んでいるように見えるし、何も考えていないのかもしれない。
「自分、
戦闘後、俺の動きを見たウテルが疑問に思ったのかそう聞いてきた。
「使わないのではなく、使えないのさ。三百番台のドラゴン系ファンタズマは補正はそこそこだけど、色々デメリットがあるんだよ」
「あー、なんか聞いたことあるなぁそれ。難儀なファンタズマやな」
しれっと嘘を混ぜるが、バレていないようだ。とはいえ、全てが嘘なわけではない。三百番台のドラゴン系――例えば【DR-344レッサードラゴン】なんかはまさに俺が言ったような特徴があり、高ステータスと補正があるが、ファンタズマなのに
それに俺は自分のファンタズマがそうであるとは一言も言っていない。嘘は事実を含ませると、途端にそれは真実に見えてくるものなのだ。
「そういえば、ウテルさんのファンタズマは何系なんだ?」
「教えるかいなそんなこと」
ちっ。会話の流れで教えてくれるかなあと思ったら、意外と用心深い。
ファンタズマバトルの基本ではあるが、相手の装備ファンタズマを見て、どんなスキルや行動を取るかを判断できなければ勝てる勝負にも負けてしまう。そして、有名で強力なファンタズマ――例えばクラーケンとか――ほど、そういった情報が知られているので不利になるのだ。
だからこそ、ファンタズマについてなるべく隠そうとするのは当然だった。
『あの銃を使った攻撃を急いで解析してるけど……おそらくあれは実銃ではないね。音が明らかに銃のそれではなかったし、音の発生から着弾までのラグを考えると、銃弾よりもかなり遅い速度だ。あの銃も上手く本物に模造した水鉄砲みたいな代物だろうね。銃弾よりも遅いとはいえ、あの速度で飛来し、人間の頭をあそこまで砕ける衝撃力を持った物をあの玩具みたいな銃で飛ばす方法は存在しない。よって、何かしらの超常……つまりファンタズマを使った攻撃と断定して間違いないよ』
ルナコの言葉が頼もしい。たった零コンマ数秒のことを解析してそこまで割り出せるなんて大したもんだ。
『それと……ウテルをアルター・テラ内のプレイヤー検索で探しても――誰もヒットしない。容姿や特徴で調べると、不自然な消去が見られるから意図的に運営によってデータが消されている可能性が高い。ちなみに、君のデータも見かけ上は同じように消されているので、参加者は皆そうなのかもしれないけどね。なので能力やバトルスタイルを予測するのは今の時点では難しい』
データが消えてる……か。俺のも消されているということはルナコの言う通り、このミッションの参加者はこのミッション中は相手のことを調べられないようにしているのかもしれない。
『だけどね、甘い。甘すぎる。運営本部はこれでいけると踏んだのだろうけど、僕からすれば不十分だ。確かにアルター・テラ内におけるデータは見えないけども、それだったら、それ以外を見れば良いだけだ。容姿と口調、歩き方などから推測して……この廃ビルまで移動しているとなるとその考えられるルート上の防犯カメラを……』
おや、ルナコさんが燃えていらっしゃる。ブツブツと何やら言っているが、いつぞや某国のサイバーチームに喧嘩を売ってた時のことを思い出すね。あの時、俺が力尽くで止めなければ、危うく某国の特殊部隊が京都に派遣されるところだった。
「ほどほどにしてくれよ……」
まあこうなってしまった以上は無意味な言葉ではある。ルナコはああ見えて、困難な状況ほど喜ぶバーサーカータイプの人間なのだ。
「お、階段や」
「やっとかよ」
そんなこんなで進んでいると、俺達三人の前に階段が現れた。
階段を上がっていく、その先には広い空間があった。そしてその中央には、何やら宗教めいた祭壇が設置されている。
何より――その祭壇の手前には頭部のない死体が二つ、転がっていた。まだ乾いていない血の池が、その二人が殺されてまださほど時間が経っていないことを物語っていた。
頭部の損傷具合を見るに、きっとウテルによって殺されたのだろう。
「あそこで、ソウルを材料に鍵を錬成するんや」
ウテルがそう言って、死体なぞ眼中にないとばかりに祭壇へと進んでいく。俺とスイカちゃんもその後についていく。
祭壇には金色の杯が置いてあり、そこへウテルが手を
すると青い光の玉が三つその手からこぼれ落ちてその杯を満たし、それは鍵の形へゆっくりと変化していく。
「嫌らしいなあ……ほんま。自分ら、ちょっと後ろ下がろか」
そう言って、ウテルが脅すように銃を俺らに突きつけた。
今は従うしかない。俺とスイカちゃんはゆっくりと後ろに下がっていく。
「なんだよ。鍵は出来たのか?」
「どうも鍵が出来るまで十分かかるらしいわ。ワイの視界ではカウントダウンが始まってる」
「結構かかるな」
「せやろ、まるで……
ウテルがそう言って、顔を歪めた。
それはつまり、こういうことだろう。
ボス――いやこう言い換えよう、百万円、と――を目前にして、手持ち無沙汰なこの十分という時間。
人は何を考えるだろうか?
既に鍵は錬成され始めている。ここで裏切って全員殺せば……賞金を総取り出来るのではないか。そう考える奴がいてもおかしくないし、今回のように鍵を作る望みがなかった俺達みたいな奴ならば――鍵を奪おうと考えるのは必然だろう。
ま、素人ならそう考える。
「さて……どないしよか? そっちも黙って待ってるつもりはないやろ?」
「黙っているかはともかく、あんたと敵対する気はないよ。ボスがどういう存在か分からない以上、ここで怪我を負うリスクは取れないし、ソロで行くのは危険だ」
そう。俺はこの塔に来てからというものの、アルター・テラ運営の悪意をひしひしと感じていた。おそらく、ここで仲間割れをさせようとしたいのだろうが、それは引っかけだ。
俺なら、ボスをソロで倒せないような仕様にするね。
仲間を殺し、意気揚々と独りでボスを倒そうとするプレイヤーを絶望に叩き込む。そんな事をしかねない。
「せやな。ワイもそう思うや。でも、そっちは二人やろ? 俺さえ排除できれば、安全に攻略できる可能性が高こなる……かもしれん。それはここでリスクを取ってでもやる価値があると判断しても不思議やない」
……ですよね!
「それに自分、意図的に情報を隠してる節があるしな。そのファンタズマもフェイクっぽく感じるわ」
ですよね!! んー、ウテルは想定以上に目敏いというか、賢いな。
そんな時に、脳内にルナコの声が響く。
『先輩、バッドニュースだ……ウテルの正体が分かった。奴の本名は
……ガチの犯罪者かよ。道理で人を殺すのに抵抗ないわけだ。
さて、そうなると話が変わってくる。奴は間違いなく俺達を殺す。なんせ顔を見られているわけだからね。となると、あとはタイミングだけだ。今なのか、ボスとの戦闘中なのか、戦闘後なのか……。
俺がそんな風に思考していると、ウテルが俺を見て、にやりと笑った。
「……冗談や。そない怖い顔をすんなや。心配せんでも、そっちが襲ってこうへん限りは一緒にボス倒そうとは思ってるんやで? 賞金かて、なんなら少しだけでも山分けしたるから。な? やし、ここらで正式に手を組――」
パン! というあの乾いた音が、ウテルの言葉の途中で鳴る。
『先輩っ!』
迫り来るそれを――俺が避けられたのには、いくつか要因があった。
まず一つ。ルナコの忠告のおかげで、いつ奴に襲われても動けるように身構えていたこと。
次に、奴が狙うなら間違いなくスイカちゃんではなく俺で、しかも頭部狙いであることが予測できていたこと。ここまでの奴の言動を省みれば分かる。奴は一番俺を警戒していたし、なぜかヘッドショットに固執していた。その証拠に、ここまでの死体――おそらく奴が殺したプレイヤー――は全て頭部が破壊されているからだ。
そして最後に、前回と違い今回はその攻撃を真正面から捉えられたこと。
撃つタイミング、狙ってくる箇所、そしてそれが正面から来ることを事前に把握さえしていれば――例えそれが銃弾であろうと
俺は僅かに首を振って、風を切りながら飛来するそれを躱した。背後の壁から、まるで泥か何かを投げつけたような湿った音が響く。
「今の不意打ち避けるとか、自分、おもろいな!」
ウテルがそう言って笑った。しかし俺は見逃さない。ウテルの銃を持つ手が一瞬、透明な謎の液体に包まれたことを。
「さあ、ほな、始めよか!! 鍵の奪い合いや!!」
その言葉を皮切りに、俺とウテルのファンタズマバトルが始まった。
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