第9話:逆転する関係

「ほれほれ!」


 俺が地面を蹴ってウテルに疾走すると同時に奴が発砲。頭を下げ、弾を回避。この期に及んでまだ頭部を狙うとは舐めプが過ぎる!


 どういう方法で、何をリロードしているか知らないが、連射出来ないのは予測済みだ。


 ウテルの手が再び透明な液体に包まれるのを見つつ、接近。


「まあ、そう来るわな」


 懐に飛び込もうとする俺に、まるでそれを予期していたかのようにウテルがカウンター気味に膝蹴りを放つ。


「あかんで自分。銃を撃つ遠距離タイプが接近戦に弱いなんて道理はリアルでは通じひんで?」


 ウテルの膝を辛うじて腕を上げてガードするが、後頭部に衝撃。くそ、安易に飛び込みすぎたか!


「っ!!」


 銃で殴られたのか、その衝撃と痛みで視界がチカチカする。このままではマズイと後退するも、また発砲音。勘で左に避けると弾が右耳を掠っていく。


「ほれほれ、踊れや!」


 笑いながら放たれる弾丸を何とか避けるも、どれもギリギリだ。


『速度、軌道、予測完了! 水より重く粘性が高い泥状の物体を射出していると予想されるけど、いずれにせよ当たったらタダでは済まないから絶対に避けて!』


 ルナコの声と共に、視界に弾丸が飛来するであろう予測線が赤く表示される。これがあるだけで全然違う。


「ん? 急に動きが良くなったな。自分、なんか使こてるな」


 その言葉を無視して俺は再び接近。


「無駄や!」


 俺を迎撃せんとウテルが蹴りを放つ。悪いがその軌道も予測済み――のはずだった。


「はあ!?」


 ウテルの脚が軌道予測から大幅に外れて俺に迫る。具体的に言えば、奴の足が――


「予想外の動きにはついてこれへんのか? しょぼいやっちゃなあ」


 ウテルの爪先が綺麗に俺の顎にヒット。一瞬視界が白く染まり、痛みと衝撃が脳を揺らす。


『馬鹿な。明らかに足が長くなってる』

「ほな、さいなら」


 蹴り上げられて、ウテルの目の前にまで上がった俺の頭に銃口が突きつけられた。


「やら……せるかよっ!!」


 俺は意識が飛びそうになりながらも、意地で右手を突き上げてウテルの銃を弾く。間一髪、銃口が逸れたおかげで弾丸が俺の頭をかすめながら天井へと飛んでいった。


「まだ動けるんかいな!」


 俺の体力も耐久性も、生身のままだ。普通の奴なら意識を失っていたかもしれない。だけど、ニルの特性のおかげで、攻撃を受けるということに関してだけは人一倍してきたのだ。


 ゆえに、攻撃を食らっても反射的にそれをことが身に染みていた。そのおかげでギリギリだが、意識を残せた。


「うらああああ!!」


 俺は叫びながら振り上げた手を手刀にして、ウテルの銃を持つ右手へと振り下ろす。


「ギャッ! 嘘やろ!」


 鈍い音と共に、ウテルの骨が折れる音が響く。その手から滑り落ちた銃に、俺は蹴りをブチ込み、反対側の壁へと蹴飛ばした。


「はあ……はあ……そこまで言うなら……ガチンコファイトしようぜ。――正々堂々、拳でな」


 俺は笑いながらそう言って、ウテルを挑発する。


「お前、こらボケぇ……楽には死なさんぞ!!」


 ゴキリ、という骨を無理矢理、元の位置に戻す音と共に、ウテルが怒りの形相で俺を睨む。そう、それでいい。


 その後は一方的だった。


 ウテルは予測を上回る攻撃を何度も仕掛けてきて、俺はそれを防御し続けた。軌道は読めずとも、打ってくる部位は限られてくる。そこさえ守れば、死にはしない。


 そうやって冷静に相手の攻撃を見ていれば、そのタネも分かってくる。


『間接を外して攻撃してる? いやでもそんな動きをしたら自分にもダメージが……』


 ルナコの言うように、ウテルは肩や各部の間接、更に股関節を外して、まるで鞭のように手足をしならせてこちらを攻撃しているように見える。本来そんなことをすれば激痛が走り、まともに立っていられないはずだが、奴は平然としていた。


「それはちょっと違うな。あれは多分ファンタズマを使ってる。銃による遠隔攻撃に、この独特のスタイル……アルター・テラ内でこんな使い方をしているやつは見たことないが、推測はできる」

『ああ……僕としたことが失念していた。相手のファンタズマの強さを!』


 ルナコがようやく気付いたのか声を張り上げると同時に、ウテルの蹴りが俺の横腹に入り、ガードの上から俺を吹っ飛ばす。


 ガードしてるのに、めちゃくちゃ痛てえ!


「さっきから反撃せんとどないしたんや!? 自分、マゾなんか!?」


 ウテルが嬉しそうに倒れた俺に蹴りを入れ続ける。


「そろそろだろ!?」

「……まだだ」


 ニルの無情な声に俺は、舌打ちをする。やはり、生身で耐えられる程度の打撃ではらしい。


 すると、唐突に蹴りが止んだ。


「ん? なんやこれ? は? あ、ちょ……お前、何す……裏切――ゴボボゴボッ!!」


 ウテルの驚くような声のあとに続くのは――まるで水中で溺れるような音だ。


 俺は悪寒と共に飛び起きて、距離を取り。


『あれは……なんだ?』

「……やっぱりか」


 ルナコとニルの言葉を聞きつつ、ウテルの方を見ると――奴は何やらゲル状の液体に覆われており、その中でもがき苦しんでいた。


「なんだあれ……」


 俺が呆気にとられていると、ウテルがその場に倒れた。どう見ても、明らかに――彼は溺死していた。


「何が……どうなってる」


 相手のファンタズマの正体は分かった。だが、あれはなんだ? まさかスイカちゃんの攻撃かと思い、そっちを見るも、壁際に避難したスイカちゃんにそんなことをしている様子はない。


 むしろ、冷静にその様子を見つめていた。


「なんか知らんが……勝ったってことで良い……のか?」


 俺が動かなくなったウテルを見て勝利宣言をしようか迷っていると、ここまで終始無言だったスイカちゃんが口を開いた。


「――まだだよ」


 その言葉と共にウテルの身体がビクンッと跳ね上がり、不自然な動きで立ち上がった。それはまるで、中から何かによって操作されているような――そんな動きだ。


 ウテルという皮を被った何かが、光を失ったウテルの目を通して俺を見つめてくる。


「あはは……これがニンゲンの身体かあ……不定形じゃないから動かし辛いや」


 パクパクと動くウテルの口とは別の場所から発せられたような声が響く。それはまるで、少年のような声だった。


『ありえない……だ。そんなことがリアルで起こるはずがない……いや、そうか……この塔と同じなのか! 現実再現から改変……そして


 ルナコが何やらわけの分からない言葉を発しているが、俺は、眼前の化け物から目を離せない。


 あれは……絶対に人間じゃない。


 そして俺は自身の推測と、この状況を照らし合わせて導き出した答えを口にする。


「……奴のファンタズマの正体。そしてあの死に方。その後の謎の復活。つまりアレは――」


 俺がそれを口にする前に――目の前の化け物が、それが真であることが証明してくれた。


「――こんにちは、地球リアル、そして人類。僕は――


 そう言って、ウテル――いや、ウテルの装備ファンタズマであったはずの――【AM-545スライム】が不気味に笑ったのだった。

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