第7話:生け贄


『ファンタズマ補正が読めない以上は、正確な軌道予測はできないからね』

「へいへい」


 とルナコは言いつつも、おそらくは男の体型やここまでの動きを見て、それらしい予測を俺の視界に映してくれた。これまでと違ってブレブレだが、見えるだけでもありがたい。


 その動きを見るかぎり、なぜか男は俺ではなく後ろのスイカちゃんを狙っているように見える。


「弱い方から狙うとは、外道め……成敗いたす!」


 目の前に迫る男が、羽を動かし姿勢を変え上へと飛翔。俺を飛び越していく算段だろうが無駄だ。


「破っ!」


 上を飛び越えようとする男へ向かって飛翔。アッパーを腹にブチ込んで、更に蹴りへと繋げる。


「まだまだぁ!」 


 男の横腹にめり込んだ足先に更に力を入れて――横の壁へと叩きつけた。


「がはっ!」


 衝撃音と男の苦悶の声が響く。


 これこそアルター・テラ内で会得したファンタズマ格闘術の一つ、〝武竜術ドラゴン・アーツ〟の対空連撃コンボ〝飛竜撃〟なのだが、リアルで使う日が来るとは思わなかったね。


 俺が着地すると同時に、壁に叩き付けられた男が床へと落ちていく。


 インプは所詮、三百番台の雑魚ファンタズマ。ステータス補正はさほど高くないし、特性も魔術に上昇補正が掛かるのと、飛行能力を得るといったものぐらいだ。


 ゆえに、ニルの補正を得た俺の連撃を、生身で耐えられるわけがない。


「俺にPVPを挑むなんて五百万年早まっちゃったね!」

「おー、すごいです!」


 パチパチと手を叩くスイカちゃんの言葉を背で受け、俺は壁際に倒れている男へと歩み寄る。流石に、ゲームみたいにゲームオーバーまで追い込むわけにはいかない。


「うう……なぜ……」


 男が呻きながら、まるで裏切られたかのような目で俺を見つめてくる。


「いやいや……襲ってきたのはお前の方だろうが」

「お前は……プレイヤーだろ……?」

「へ? そうだけど」

「だったら……なぜ……――」


 俺がその言葉を聞くと同時に、悪寒。


『先輩! 横に避けろ!!』

「っ!! 」


 パンッ! という破裂音が通路に響き、俺はルナコの言うままに横へと飛ぶ。俺の顔の横を何かが通り過ぎ――男の頭部へと命中した。


「あがっ――」


 俺のすぐ横で男の頭部が――


 男の血と脳漿がまるで花のように飛び散っていく。


 床を転がってすぐに体勢を立て直し、俺はそれが飛んできた方向――背後へと顔を向けた。


「あかんなあ。君ら、全然あかん。何しに来たんや? きっちりトドメ、刺さなあかんやろ」


 俺の視線の先――スイカちゃんの背後に、一人の青年が立っていた。長い金髪に、ピアス。一見すると、どこかのホストにでも見えるが、その手には


「しかし、ダブルヘッドショット狙ろうたのに、よう避けたなあ自分。そのファンタズマ、見た目によらずにまあまあな補正を持ってるんか?」


 その金髪野郎がヘラヘラ笑いながら、スイカちゃんの横を通り過ぎ、俺へと向かってくる。スイカちゃんは呆気にとられているのか、棒立ちのままだ。


 待て待て。次々に変な奴が出てきて、俺のキャパをすでにオーバーしているんだが!?


 何より、俺の横に倒れている頭部が吹っ飛んだ男の死体が、俺の焦燥を掻き立てた。


 この人死んだぞ。間違いなく死んだ。


『先輩――逃げろ! あいつが何者で、何を撃ったかなんてどうでもいい! ! すぐに逃げるべきだ!』


 そう。ここはゲームじゃない。頭が吹っ飛べば当然、人は死ぬ。


 なのに、あいつは――


「まあ、これでソウルは三つ揃ったし君らと争う必要はあらへんのやけど――どうする?」


 金髪野郎がそう言ったと同時に、俺の横の死体から青い光の玉が飛び出た。

 

 それはまるで導かれるように金髪野郎へと飛んでいき、そしてその身体の中へと吸いこまれていく。


「なんだ今の」


 ニルの訝しげな声に、金髪野郎が答えた。


「あん? なんや知らんのかいな。いや、というか自分、プレイヤーやないんか? プレイヤーやったら達成条件が出とるやろ」


 その言葉で俺は、視界の端に映る文字列を確認する。


 ~生け贄の塔を攻略せよ~

・ソウルを三個収集

・ソウルキーを作成

・最上階の大扉を開く

・ボスを倒す


 そういえば死んだ男も、こいつも言っていたな……ソウルって。


「ソウルを三個……収集、ってやつか」

「それや! それを三つ集めて、この上の三階で鍵にして、やっと四階にいるボスへの階段の扉を開けられるんやで」


 そこまで言われれば俺でも分かる。このミッションの意図が、プレイヤーの成すべき事が。


 という名の意味が。


『ソウル……日本語にすれば――魂。まさか……』

「ほんま、趣味悪いよなあ……ミッション達成でけへんなんて。ワイかて好きで殺したんとちゃうで? プレイヤーを三人ぶっ殺さな、ここから出られへんのやからしゃあない。どうせ、運営が綺麗に処理してくれるんやろうし、罪にも問われへんやろ」


 ペラペラと金髪野郎が喋り続ける。


「というわけで、そこのおっさんのソウルでワイは三つ揃ったんや。君らのは別にいらんのやけど、どうする? 因みに、君がワイを殺せば――四人分のソウルが手に入るし、何もしなければここで野垂れ死ぬだけや。あの女の子殺しても数足らんしな」


 そう言って金髪野郎は顔を歪めた。悪意に、塗れた表情だった。


『奴の言っている事が真実であるという確証は何もないぞ先輩!』

「分かってるよ……分かってる」


 どうすべきか。俺は、どうしたらいいんだ。


 そんなゲームだなんて聞いていない。ミスしたら、死ぬ。そこまでは良い。ミスしなければ良いだけだ。


 だけど、誰かを犠牲にしないと脱出できないなんて――そんな事は聞いていないし、許容できない。


 ソウルを三つ。この塔には、ルナコが言うには俺を除いて五~六人いたという。


 奴が今殺した分と合わせて三人殺したと仮定する。そしてその人数にスイカちゃんと俺を入れると、この塔にはプレイヤーが六人いたことになり、ピタリと当てはまる。


 つまりそう考えると、この塔で生き残っているのは――この三人だけの可能性が高い。


 プレイヤーが六人しかいないのに、三人殺さないといけないという条件。どう足掻いても――六人の内、一人しか達成条件を満たせないことになる。


 それから考えると、この六という数字は間違いないように思える。そういう悪意ある人数設定なのだ。


「クソだな。くそったれだ」


 つまり、俺がここでこいつをスルーすると、一生ここから出られないのかもしれない。ルナコは警察や自衛隊やらを呼んでいるそうだが、この状況でそれがどこまで頼りになるかは不明だ。


『冷静になってくれ! 君は絶対に人殺しなんてしてはいけない!』


 ルナコが脳内で俺の良心と同じ言葉を叫ぶ。


 分かってる。ここは、アルター・テラではない。


 リアルなのだ。簡単に殺すだの死ぬだの、そういうのをやってはいけないのだ。


「ワイかて無駄な殺生は好まへんから、君と戦う必要はないんやけど」


 まるで俺の心中を察したかのようなその言葉に、俺は口を開く。


「……その鍵ってのは、共有できないのか? あんたがボス部屋の扉を開けて一緒に入るとか。全面協力するし、金なら全部あんたにやる」


 俺が思い付く方法はそれしかない。このミッションの目的は、プレイヤー同士の殺し合いだけではないと踏んだからだ。


 きっとどこかに協力プレイという選択肢を残しているはず、という希望的観測でしかないが。


「あー、どうなんやろなあ。そこまでは分からんけど……君らが裏切らない保証がどこにもあらへんからなあ」

「ここで無駄に争って怪我を負いでもしたら、ボスが倒せないんじゃないか? 一応、二対一になるし。それよりも、俺らを従えてボスを倒したあとに始末した方がスマートだが? 俺ならそうする」


 俺はそう言いつつ、スイカちゃんに目線を送る。彼女はゆっくりと頷いた。


「はん、君ら程度なら余裕やが……」


 金髪野郎はそう言いつつ銃を下ろし、手の中で弄びはじめた。まるで、下げたところで何の問題もないとばかりに。


 せめて奴のファンタズマが見えれば、対策のしようもあるが……。今はこいつと戦わない方が良い。


 なんとか説得して、ここは行動を共にするべきだ。それにここまでの言動からして、こいつはどこから享楽的なところがある。でなければこんな悠長に会話せず、俺とスイカちゃんを殺していただろう。


 三人殺したのだ。ああは言うが、きっとそれが五人になったところで気にはすまい。


「――まあ、ええやろ。いい加減一人で攻略するのも飽き飽きしてたとこやし、その話乗ったろ」


 結果として、俺は賭けに勝った。


「ワイは〝ウテル〟や。銃を撃てるからウテル、ちゃうで?」


 そう言って、金髪野郎――ウテルは軽薄な笑みを浮かべながら俺へと手を差し出したのだった。

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