第6話:鬼の寝床

 ぺこりと頭を下げるスイカちゃんだが、どうにも反省しているように見えない。可愛いからって俺は騙されないぞ?


『顔がにやついているけど?』


 いやルナコさん、俺の視界しか見えてないから、俺の顔は見えないはずですよね!?


『君は単純だから見なくても分かる』


 ぐうの音も出ないぜ。しかし俺としても、こんなところで可愛らしい少女と出会ってしまったのだ。紳士的に対応しないとね。ダンジョンに出会いを求めるのは全く間違ってないからな!


 俺は棍棒を下げて仕切り直す。敵というわけではなさそうだし。


 彼女も俺と同じプレイヤーだと仮定しても、彼女のファンタズマが見えないところを見るに、まだレベルも上がってないのだろう。であれば、身体能力はただの少女のそれであり、今の俺を脅かすほどの危険性はない、と思う。


「おほん……まあとにかく礼はいらんよ。助ける気はなかったし。というわけで、オッス、俺シグル。飛びっきりの親しみを込めて、シグリンって呼んでいいよ。ところでスイカちゃんは高校生? なんでこんなところに? その制服どこのやつ?」

「……距離感の詰め方エグいですね。まあ良いですけど! よろしくです、シグルさん。ちなみにこれ、城花高校の制服ですよ。可愛いですよね~」


 スイカちゃんがくるりとその場でターンする。ふわりと広がるスカートから俺は慌てて目を逸らした。視界をルナコと共有していることを忘れると後でめちゃくちゃ怒られるからね。


 しかし城花高校といえば、お嬢様学校として有名なところだ。ということはスイカちゃんは高校生か。


「で、ここに居る理由ですけど、なんかやってたゲームの運営からミッション? っていうのに招待されまして」


 やっぱりか。彼女もまたアルター・テラのプレイヤーだった。そして俺と同じようにこのダンジョンへとやってきたのだろう。お金に安易に釣られやがって。


『君が言うな』


 はい、すみません。


「なあ、シグル、ここはまさかお前らの言う〝地球リアル〟ってところか?」

「ん? ああそうだよ」

「……そうかい」


 ん? ニルさん、何か知っている感じか? しかし、彼女は言葉を続けず口を閉ざした。とりあえず気に留めておこう。


 さてと。事態がややこしくなってきたが、現状整理をしよう。まずはイレギュラーとでも言うべきスイカちゃんについてだ。


「スイカちゃんさ、ファンタズマがないところを見ると、まだレベルは上がってない?」

「はい。シグルさんのレベルは?」

「LV2だよ」

「なるほど……とりあえず、シグルさんがとっても強くてカッコイイということが分かったので! この先も守ってくれるということで良いですよね?」


 ニコリと笑うスイカちゃんに、俺は不覚にもドキリとしたのだった。ううむ、可愛いって得だねほんと!


『イレギュラー要素は排除すべきでは? 今すぐ。その方が生存率が上がると僕の計算に出ているけど』

「媚びてる女見てると虫唾が走る。シグル、一発殴ってこい」


 あ、この子、同性には嫌われるタイプだ。


「そうは言うけどよ……脱出方法も何も分からない以上は協力する方が生存率高くないか?」

「仰る通りです! というか、嫌でもついていきます!」


 力強くそう宣言するスイカちゃん。あの脚力を見る限り、そう簡単に撒けそうにないし、それなら一緒に行動する方がマシだろう。


 別に、女子高生と一緒になってラッキーなんて思ってないぞ。


『どうだかね』

「ふん、怪しいもんだ」


 んー、信用がない。


「とりあえず、二階に戻りません? ここにいても仕方ないですし」

「ん、そうだな。マップが変わる前に戻ろう」


 俺を先頭に、足早に来た道を戻る。オークの棍棒はどうやら手から離さない限り、本体が消えても装備として残るようだ。どうせなら短槍を残せば良かった。


「シグルさん、そのファンタズマ強いですね」


 背後からのスイカちゃんの声に、俺は前方と周囲を警戒しながら答える。


「まあな。自慢の相棒さ。ちとピーキー過ぎるが」

「もっと褒めて良いぜ?」

「へー。でも、さっきP・Tファンタズマ・トリガーすら使ってなかったですよね?」

「あー、使うまでもないってやつだな」


 厳密に言えば、使いたくても使えない、だけどね。俺自身のステータスがゼロのせいで、体力やら耐久力が不足しているのだ。ニルのP・Tファンタズマ・トリガーの起動条件である、一定量以上のダメージや衝撃を溜めるという行為が、とてもじゃないが今の状態では出来ない。


 んなことリアルでしたら起動前に死んじゃうよ!


 つまり、俺は絶賛縛りプレイ中というわけだ。攻撃とスピードに特化した紙装甲キャラで、肝心なP・Tファンタズマ・トリガーは禁止。ゲームによっては最強の一角になり得るビルドではあるが、メインウェポンを封印されているのが痛い。


 とはいえ、生身のままでいるよりはずっとマシだが。


「なるほどー。余裕あってかっけーっすね!」

「まあな!」


 なんて話していると、階段へと辿り着く。上を見ても、セーラー服の少女はいないし、オークの群れもいない。


「上はどんな感じ? オーガがいるって言ってたよな?」


 オーガと言えば、鬼系モンスターの中でも上位種であり中々の強敵だ。ただひとつだけ気になる点がある。


「上もここと一緒ですよ」


 スイカちゃんがそう言いながら階段を上っていく。一緒か……一緒ね。なるほど。


「また迷宮か。めんどくせーな」


 想定の範囲内ではある。俺とスイカちゃんが階段を上りきると、やはりデジャヴのような景色が続いていた。石畳の床に、暗い通路。ゲーム内だと気にならないが、リアルだと若干気が滅入る。


「じゃあ、行きますか」

『気を付けて。背後にもね』

「シグルさん頑張ってください! 陰ながら応援してます!」

「スイカちゃんも手伝ってね……はい、棍棒」


 俺はそう言ってスイカちゃんにオークの棍棒を手渡した。彼女は見た目は女子高生だし中身もそうなのだろうが、アルター・テラのプレイヤーであれば、戦い方はある程度分かっているはずだ。


「棍棒か。って私も戦うんですか?」

「自衛ぐらいはしてくれ。乱戦になったら面倒見きれないし」

「はーい」


 とりあえず次にスケルトンかオークに出会ったら、武器はなるべく奪っておこう。


 なんて思って進んでいると――


「ん? シグル、ストップだ」


 特に敵と出会う事無く進んでいると、突如ニルが鋭い声を出した。


「どうしたニル?」


 そう俺が聞き返すと共にルナコの警告が脳内に響く。

 

『前方、注意して!』

「誰か、いますね」


 スイカちゃんの視線の先――通路の暗がりから、何かがやってくる。


 ひび割れたような声が響く。


「ハア……ハア……くそ! くそ! こんなの聞いてないぞ! 話が違う!!」


 それが纏うのは――濃厚なだ。


 限りなく五感がリアルに近いことが最大の特長であるアルター・テラは、なぜか嗅覚に関してだけはあえてフィルターを何枚も掛けているらしく、中にいる間はあまり感じないが……この独特の臭いは、リアルにしかないものだ。


 人が傷付き、流した血液の臭い。


 それは全身血みどろになった男性だった。元々着ていた白衣らしき服には血がこびりついて赤を通り越して黒ずんでいる。


「あ、あんた大丈夫か!?」


 俺が思わず駆け寄ろうとするも、男はこちらを見て目を見開いた。


「ひっ! くそ!! どこもかしこも!! !!」


 その言葉も、その目も、冷静さはなく狂ったような印象を受ける。


「シグル、気を付けろ! ファンタズマを装備しているぞ」


 ニルの言葉と共にその血塗れの男が、背中からまるで悪魔のような羽を広げた。


 更に男の額から小さな角が生えてくる。


 リアルで見るのは初めてだが、間違いなくそれは――P・Tファンタズマ・トリガーを起動した姿だ。


『――データ照合完了。特徴からして、【OR-324インプ】で間違いない。彼もまたプレイヤーだ!』


 ルナコの声に俺は舌なめずりをする。さて、想定はしていたが、やっぱりこのダンジョンにもあったか対人戦PVP


「シグルさん! 来ます!」


 男がゆらりと揺れたかと思うと、羽ばたくと同時に飛翔――こちらへとそれこそ鬼のような形相で突撃してくる。


「……油断するなよシグル。ここはアルター・テラだが、そうじゃねえ。それを忘れるな。死んだら……おしまいだぜ」

「分かってるさ。スイカちゃんは下がってて、出来れば手伝って!」

「無理です! なのでファイト!」


 俺は深呼吸すると同時に、腰を落としつつ右手の拳を握り、左手を前に出す。


 相手が人間なら――アルター・テラ仕込みの格闘術が通用する。この人、羽とか生えてるけどね!


を――寄こせえええええ!!」


 男の絶叫と共に、戦闘が開始された。

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