第5話:ファンタズマ装填
「ど、どいてええええ! そして逃げてええええええ」
そう叫ぶのは、見慣れないどこかの学校の制服とおぼしきセーラー服を纏う、黒髪ロングの少女だった。可愛らしい顔をしているが、オークの群れに追われている恐怖からか表情は歪み、涙目になっている。
少女のその金切り声を聞くまでもなく、俺はくるりと階段へと背を向けて駆け出した。
『流石にあの数を同時に軌道予測するのは無理だけど』
後ろから迫ってくる少女と五~六体はいるであろうオーク達の足音を聞きながら、やけに冷静なルナコの言葉に俺は怒鳴り返す。
「分かってるよ! 女の子はともかくなんでオークが! 階層間を繋ぐ階段はレストエリアって約束だろ!?」
『その辺りはリアル準拠なんだろうね。あの子がオークの群れを釣って階段を降りてきたせいだと推測するよ』
初心者がエンカウントしたモンスターの群れから逃げようとして結果、〝トレイン〟と呼ばれる、モンスター大行進を起こしてしまうのはMMORPGあるあるだけどさ!
「流石にまともな武装なしであの数は無理! ルナコ、なんとかあいつらを撒くためのルート構築プリーズ!」
『もうやってるよ、ほいっと』
ここまでの道筋をルナコがマッピングしてくれていたおかげか、俺の視界に、簡易のマップとルートがすぐに表示される。
「お、置いていかないでええええ!!」
後ろから聞こえる少女の声は無視すべきなのだろうが……か弱い少女がオークの群れに襲われているのを看過できるほど、俺は人間を辞めていない!
――それがゲームの中、だったらね!! リアルで命かかってるのに、他人のことなんざ気にしていられるか!!
「ふざけんな! ついてくんなよ!!」
俺は背後へとそう声を荒げる。
「そんなこと言わず助けてええええええ!!」
意外とその子は足が速いのか、そこそこの脚力を持つ俺でも中々突き放せない。陸上部かな?
『次、右!』
ルナ子の指示通り通路曲がると、やはりその少女はついてくる。そうすると当然オークの群れも追随してくる。
『その先の通路をもう一度右に曲がって道なりに進めばさっきの通路に戻れる』
「なるほど、それで階段を上がってしまえ……ば……あれ?」
『っ!? 馬鹿な!?』
俺の目の前には――
それが示すことは――
『ダンジョンの形がリアルタイムで変化するタイプか! しまった、僕としたことがその可能性に気付いていなかった!』
「あー、これもしかして詰んでないか?」
「袋小路じゃないですかあああ!!」
少女が壁を見て、叫ぶ。元来た道に戻ろうとするも、時既に遅し。
「ブヒィィ……」
オーク達が、追い詰めたぞと言わんばかりの笑みを浮かべ、佇んでいた。背丈は成人女性ほどしかないが、それぞれの手には棍棒や手斧、短槍が握られており、殺意マックスだ。スケルトンと違って松明で勝てる相手ではない。
「どうするんですか! 逃げ場ないですよ!」
少女が、俺の背中に隠れながらそう怒鳴るも、それを言いたいのはこっちの方だ。
「お前が連れてきたんだろうが! さっさと襲われてオーク共にR18されてこいや! その間に俺は逃げる!」
「初対面の女子に言うセリフじゃないですよねそれ!?」
『馬鹿なこと言ってないで、どうする気? 武器は松明しかないよ』
そう。武器は壁にある松明しかない。だが、あれはあくまで炎が有効なスケルトン相手だからこそ使えた手で、オーク相手に振ったところで、一発で壊れるのは目に見えている。
「ファンタズマでもなんでも使ってなんとかしてください!」
少女の叫びと同時に、オークがこちらへと殺到する。
ファンタズマ……? ああ、そういえば解放されたってさっき出ていたな。
そうか、ファンタズマか! なんでそんなことを失念していたんだ!! VR空間にいるという感覚がないせいで気付かなかった!
武装なんてなくたって――
『くっ、やはり計算が間に合わない! 数体の動きは予測演算できるけど、それ以上は不可能だ!』
ルナコの焦る声を聞きながら、俺はすーっと息を吸いこんだ。
迫るオーク達。
俺はゆっくりと右腕を上げた。
「ファンタズマ――
俺の言葉と共に、赤い光が右腕から放たれた。
そして俺の身体の中からいつものあの感覚が蘇る。
「いきなりピンチじゃねえか――シグル」
聞き慣れた男っぽい口調と、肩に掛かる僅かな重みに俺は安堵する。黒い小さな竜が俺の肩に止まる。
「悪ぃけど、ちと力を借りるぜ――ニル」
アルター・テラをアルター・テラたらしめる要素――
ここの塔がアルター・テラ準拠ならば、当然それも使えるだろうし、そして性能も同じなのだろう。
俺は目の前で棍棒を振りかぶるオークの動きを見ると同時に、地面を蹴った。世界が途端に――
いや違う。俺が……速すぎるんだ。
「へ?」
『ははっ! 流石先輩だ! 闇大会を優秀するだけはある!』
すれ違い様に棍棒を持つオークの手に掌打をブチ込み、棍棒をその手から吹き飛ばす。同時に跳躍し、オークを蹴飛ばしながら空中の棍棒をキャッチしつつ更に飛翔――
「装備するだけでステータス上がるって素晴らしいな」
ファンタズマは、装備して初めてその効果が得られるのだ。そしてファンタズマとプレイヤーにはそれぞれステータスがあり、特殊なアイテムを使うことでそれを強化できる。
ファンタズマのステータスは装備するとそのままプレイヤーのステータスに上乗せされるので、例えばスピード型のプレイヤーならば、長所を伸ばす為に装備するファンタズマもスピード系のステータスを上げたりする。
逆に全く振っていないステータスをファンタズマで底上げするというやり方もあり、俺はどちらかというとそっちタイプだ。
だから俺はニルを手に入れた時点で、ステータスは体力と頑強にマックス振りした。理由は、耐久力がないとそもそもニルの
俺の相棒ニルは、とある二つの要素に特化したファンタズマだ。
一つ目は――スピード。
俺は天井を蹴って、そのままオークの群れへと頭上から強襲。人間離れしたその動きは、ニルのスピード特化のステータス補正が入っているおかげだ。さて、上から見れば分かる。オークは五体しかいない。
「はん、五秒もいらないねこりゃ」
そして二つ目の特化されている要素は――攻撃力。
さっき俺に蹴飛ばされ、空中でまだ身動きの取れないオークの脳天を、持っていた棍棒でかち割る。俺の着地と共に、オークがスケルトンと同じように消失する。
補正ゼロの成人男性の筋力では、例え棍棒を使ってクリティカルヒットを食らわせたとしても、オークを一撃で倒すのは不可能だ。
だが、俺には今、ニルの馬鹿みたいな攻撃力補正が掛かっているおかげか、オークを一撃で倒すことができた。
『凄いな。現実で見ると、信じられない動きだ』
ルナコの驚嘆する声と同時に俺は右にいたオークの手を棍棒で殴打。
「ピギャ!」
オークの腕があらぬ方向に曲がり、手から短槍がこぼれる。俺はそれを掴むと、そのままその奥にいたオークの頭部へと突き刺し、持っていた棍棒をようやく俺の存在に気付いた左側のオークの顔へと叩き込む。
それぞれのオークが一撃で死亡する。さて、これで残り二体。
「……強い」
少女の独り言を聞きながら、腕が折れ、床へと倒れたオークの頭部へと棍棒を振り下ろし、同時に短槍を投擲。
逃げようとする一番奥のオークの後頭部に短槍が刺さり、オーク達の憐れな悲鳴と共に最後の二体が消失。
「はい、終了」
オークの群れ、討ち取ったり~ってやつだ。レトロゲーも俺は結構やるクチでね。
「準備運動にもならなかったな。しかし、どこだここ? 新しいダンジョンか?」
どうやらニルもこのダンジョンについては何も知らないのか、その小さな瞳でキョロキョロと周囲を見渡している。
「俺が聞きたいぐらいだよ。とにかくここを脱出しないといけない上に、俺自身のステータスはゼロときてる」
「ああ、道理で動きが悪ぃと思った。つか、ステータスがそもそも見えないな。どうなってるんだここ?」
「ここは――生け贄の塔だよ」
少女が、俺とニルに応えるようにそう声を発した。おっと、忘れた。そういえばこの子がまだいたな。
『僕もいるぞ』
「へいへい、分かってるよ」
俺はルナコに答えながら、行き止まりに立っている少女へと目を向けた。
「生け贄の塔ね……そう表示されてるなそういや。で、あんたは誰さんよ」
俺はそう言って、持っていた棍棒を少女へと向けた。
「えっと……私、
そう言って、彼女は笑みを浮かべる。
これが俺とスイカちゃんの出会いだった
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