第41話 始まりました

 「あ、始まった」

 何がって?

 一斉討伐が始まったの。


 “始まったでー” 

 “ん、そうか”

 まだ100階層にあるお魚階層で釣りをし続けているフーさんに念話でお知らせして、お目当てのパーティーを探す。

 うん、フーさんってば釣りにはまったと言うか、まともな魚を釣り上げるって意地になっている。

 フーさんってば最初の釣りから結構な頻度で釣りをしているのだけど、何故かいつも釣り上げるのはビミョーな生き物ばかり。

 食べれる物はいつも美味しく食べているんだけど、鯨を釣り上げた時にはちょっと気が遠くなったよ。

 釣り上げたその後は美味しくいただいたけどね。


 “美味しいの期待しちゅうき”

 “うむ”

 え?私?

 私はお魚が食べたくなったらお取り寄せすれば良いと思っています。

 美味しければ鮮度なんて気にしません。

 鮮度で味が違うとか言われても、それが分かるような繊細な舌をしていないからね。

 なので、最初の一回以来やってません。

 新鮮びちびちは、フーさんに期待です。


 「お、いたいた」

 私のお気に入りパーティー、緑の盾の皆さん。

 今回もばっさばっさと魔物を倒している。

 ま、彼らは冒険者達の中でも上位のパーティーなので、1階層の魔物に遅れを取る事はまずない。


 1階層の魔物の数を全体的に増やして冒険者一人辺りの討伐数を増加。

 ドロップする宝箱の中身をちょっぴり割り増し。

 いつもは1階層の宝箱には入れていない物をin。

 そして、お気に入りのパーティーには気のせいに思える程度のサービスを。

 

 「あ、上位のパーティーには上位種をプレゼントするのもありかな?・・・なしやね」

 魔物にはおおざっぱな指示しか出せないし、魔物は弱い獲物から襲う。

 なので、見習いや駆け出しがまず狙われる。

 成長すれば沢山魔物を狩って負の魔力を昇華してくれる彼らを無駄に死なせるなんてあり得ない。

 よって、この思い付きは実行不可。


 「あ、うっわぁ」

 スライムに顔面から突っ込んだ間抜けがいた。

 直ぐに仲間に助けられて酷い事にはなっていないけど、所々火傷したみたいに赤くなっていて痛そうだ。

 「パーティー組み立てかな?連携がいまいちやねぇ。ん?あ、このお間抜けさんってばアントニーじゃないの」

 宿代替わりにグレイの宿を手伝っていた冒険者見習い。

 彼はソロだったはずだけど、パーティーを組んだようだ。

 「あらぁ、手荒な手当てやねぇ」

 じゃばっとポーションを顔にぶっかけられてる。

 

 まあ、そうよね。

 この世界、攻撃魔法と回復魔法の相性が悪すぎてどちらかしか使えないうえに、回復魔法の使い手はほぼほぼ教会所属で荒事には出てこない。

 回復手段はポーションか回復魔法のスクロールしかない。

 なので、ポーションをぶっかけるという手荒な手当てでも手当てをしてくれる彼らは良い仲間なのだろう。

 「良かったねぇ、アントニー」

 さーてと、次は誰を見ようかね。


 「ただいま」

 あ、フーさんが帰って来た。

 「おかえりい」

 フーさんが真っ先に向かうのは勿論台所。

 「フーさん。美味しいの釣れた?」

 「分からん」

 「?」

 モニターを見るのを止めて、台所を覗きに行く。

 まな板の上には真っ白な穴だらけの物体X。

 そして、フーさんの右手には良く研いだ包丁が握られている。


 「え”っ。ちょっ、ぴくぴくしよる!?きっしょっ。それきっしょっ。待って!?りょうろうとせんとって!?そんな物体X食べとうないっ。早まらんでぇっ」

 私は思わずフーさんの腹にしがみついた。

 「止めるな、ナナ。これが、唯一食べれそうな物体なのだ」

 「い”や”ぁっ。絶対にいやーっ。そんな白いもん食べるもん違うってぇっ!食べるんやったら、もっと美味しそうなもん食べようやっ」

 「美味いかもしれんだろう。食わず嫌いはやめよ」

 「こんなん食べたくないわいっ」

 「ええい、止めるな」

 「止めるわぁっ」


 やばい、フーさん食べる気満々。

 止まるつもりが全くない。

 ダメだわ、私ではフーさんを止める事は出来ない。

 ただ絶対食べたくない私には奥の手がある。

 何故なら私はダンジョンマスター。

 ダンジョンの中は私の思うがままなのだから。

 

 「ボッシュートッ」

 「おいっ」

 そう、ダンジョンに取り込んでしまえば食べずに済むのだ。

 「アレ。絶対、食べ物違うし!てか、アレ何よっ!?」

 「知らん。だが我は、食えん物を出したつもりはない」

 「アレ、絶対食べ物違うって」

 「だが、あれはそなたの世界の物だ」

 「みたいね。ちょーびっくりよねぇ」

 あんな白くて気色の悪い物体が居るなんて。

 いや、まあ、浅い近海は兎も角、深海は分からない事ばかりだから絶対居ないだなんて言えないけどさぁ。

 

 「あ、」

 「どうした」

 「アレ、やっぱ食べ物違ったわ」

 「何っ!?」

 「海綿やって」

 海綿、つまり天然のスポンジ。

 「・・・食べ物ではなかったか」

 「食べんくて、良かったね」

 「そうだな」

 「食べれんもんは出さんようにしたら?」

 「食べれん物が釣れるのも醍醐味の一つだろう」


 そうかな?

 私は、どうせなら美味しく食べれる物が良いけど。

 いや、でもこの階層はフーさんのだから、フーさんが良いのなら良いのだろう。

 「ナナ、鮪」

 「ん?ああ、はいはい」

 あの白い物体が無いとなるとフーさんの今日の釣果はゼロだものね。


 「柵でえい?」

 「厨房に、丸で頼む」

 解体ショーですか!?

 「見たい!」

 フーさんの鮪の解体ショーをかぶりつきで見学し、鮪各部位を堪能した。


 これは蛇足なのだが、この日風呂場に真っ白な天然スポンジを2個追加してみた。

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