第39話 え?何事?

 「ふぉ?」

 それはある日の午後の出来事。

 一斉討伐の前にコロッケの屋台を済ませ、色々な人に討伐祭に屋台を出さない事を残念がられた数日後の事。

 一斉討伐の始まりをわくわくしながら待つ私は、家庭菜園の手入れを終え冷えた麦茶を飲みながらモニターを切り替えていた。


 いや、うん。

 フーさんがダンジョンの中を気ままに散歩しているのは知っていたんだけど、今日は朝から83階層へ行ったきり昼ごはんの時間になっても帰ってこなかったのよね。

 いや、心配はしていないよ?

 80階層から下が激ヤバだとしても、サブマスターのフーさんに魔物は襲いかからない。

 それにフーさんの正体は負龍だし、今の体は写し身でしかない。

 写し身に何があったところで、本体には何の影響もないもの。


 「フーさんってば、何しゆうがやろう」

 83階層にずっといるし、同じ場所から動いていない。

 だから好奇心にかられて、覗き見てみた。

 あ、因みに83階層は所々に小島の浮かぶ大海原な階層です。

 大型の海の魔物がゴロゴロいるから、泳いでも船でも食われて終わる階層になっております。

 飛べば良いじゃんって?

 飛行魔法って一応あるけど、とんでもない魔力食いなの。

 小島を見つける前に魔力が無くなって落ちるから、結局食われて終わるのよ。


 それで83階層にいるフーさんの様子を見ようとモニターに写し出したんだけど、思わず二度見、三度見をした上に我が目を疑ってしまった。

 フーさんがマグロ釣り用の大きな竿で、大型バス程の巨大なタコを釣り上げようと格闘していた。

 しかも格好が胴長にポケットが沢山付いたベストとつばの広い帽子。

 何処の釣り師ですか?

 

 “あの、フーさん?”

 「取り込み中だっ。後にしてくれ!」 

 “あ、はい”

 すみませんでした。

 何をしているのか聞きたかったのだけど、すげなく返されて引き下がる。


 「我が釣りたいのは、貴様ではないっ!!」

 どうやって釣り上げるのかと見守っていたら、何処からともなく攻撃力の高そうな槍を取り出して投げつけた。


 きゅぼっ


 槍を投げつけただけとは思えない音がして、タコの眉間を貫通。

 タコ、死亡。

 ドロップアイテムは海に沈み、投げた筈の槍はいつの間にかフーさんの手に戻ってきており、また何処かへ仕舞われる。


 フーさんは此処のダンジョンのサブマスターだから、負の魔力は好きに使える。

 多分、それで手に入れた槍だと思う。

 投げても戻ってくる投げ槍だなんて、便利たねぇ。


 「あー、もう大丈夫?」

 「構わん。何の用だ」

 「なにしてんの?」

 「釣りだ」

 「タコを?」

 タコって、壺沈めたら採れん?

 態々釣るようなものじゃなくない?

 「我が釣りたいのは、魚だ」

 「魚かぁ」


 残念だけど、この階層には魔魚しかいない。

 そもそも、倒しても切り身しか出てこない。

 「何故だ」

 「そういう設定にしてないき」

 魚が丸ごと欲しいのなら、ドロップ品ではなく丸のままで残るように階層の設定を変える必要がある。

 「変えようか?」

 「魔魚はいらん」

 「そう?」

 「ああ」 

 フーさんは肩を落として溜め息を吐き、83階層から100階層へ転移して来た。


 「お帰りー」

 「ただいま」

 何だか磯臭いフーさんに浄化をかけ、ぬくい緑茶を出す。

 お茶請けは、自分で好きに選んでください。


 「魚のお取り寄せする?」

 「我は、釣りたての新鮮びっちびちな刺身が食いたいのだ」

 「なるほど?」

 まあ、お取り寄せよりも釣りたての方が新鮮なのは確かだ。

 「でも、何で83階層?」

 「余計な者がおらんからな」

 フーさんは熱々のお茶を、ふうふうしながらずずっと啜る。

 「まあ、83階層やきね」 

 うちのダンジョンの最高到達点は41階層です。

 なので83階層に居るのは魔物だけです。


 「何とかならんか?」

 「何が?」

 「魚だ」

 「魚かぁ。よっぽど釣りがしたいがやね」 

 「普通の魚がな」

 そうみたいね。

 うん、分かるよ。

 竿はもう持っていないけど、格好が釣り師のままだもの。


 「83階層に普通の魚を放しても、魔魚の餌になるだけやしねぇ」

 それは83階層じゃなくても、他の海階層に放っても同じ事だろう。

 「いっそのこと、新しい階層を作る?」

 「なに?」


 あ、案外良いかも。

 新しい階層を作ったら1日に必要な負の魔力も増える。

 フーさんの新鮮な魚を食べたいという欲求にも応える事が出来る。

 「あ、でもまた龍が来るかな?」

 対策は万全だと思うけど、ダンジョンを荒らされるのは嫌だなぁ。


 「ダンジョンが広がったとかなら兎も角、階層の増減は奴等には分からんぞ」

 「そうなが?」

 「ああ」

 そうなんだ、良かった。

 龍が来ないのなら、遠慮なく階層を増やせるよ。

 100階層の上にまっさらな階層を作り、タブレットをフーさんに差し出す。

 既に出来上がっている階層はフーさんも自由に出来るのだけど、階層を増やすのは私しか出来ないからね。

 うん、まあ兎に角これで終わりのダンジョンは全101階層になりましたっと。


 「フーさんの好きに作ってみん?」

 「良いのか!?」

 「うん」

 私、釣りしないし。

 そんな私よりも、釣りに興味津々なフーさんが階層を作ったら方が良いものが出来そうな気がする。

 「任せよ」

 「うんうん、お任せするよぉ」


 その日から、フーさんは三日三晩不眠不休で理想の釣り環境を作り上げた。

 ありとあらゆる釣りに適した環境を備えた釣りの為だけに存在する釣り師の為の階層。

 フーさんは素人同然な釣り師ビギナーなのに、張り切り過ぎではないだろうか。


 「おおー!」

 そして、私は今100階層にいる。

 フーさんが三日三晩かけて整えた階層を、彼に案内してもらいながら見学中。


 大小の岩がごろごろと転がる急峻な渓流。

 広さや深さ、流れの異なる無数の川。

 澄んだ水を湛える広大な湖。

 磯や桟橋、岩場、沖に浮かべた船まである海。

 勿論、魔物は一匹もいない。


 「すっごいねぇ、釣りし放題やないの?」

 ここ、桟橋。

 海を覗くと大小の魚影が無数に見える。

 岩に珊瑚が張り付き、とても美しい。

 これは、元の世界の有名ダイビングスポットに勝るとも劣らないのではないだろうか。

 「し放題なのだが、我がここに費やした負の魔力を聞いてもそう言えるかな?」

 何だかフーさんが神妙な顔をしている。

 ははん、さては負の魔力を使いすぎたとか思っているね?

 「フーさん。うちは負の魔力を無駄遣いしてなんぼのダンジョンで?」

 「・・・・そうであったな」


 ほら、正解。

 分かるけどさ、忘れないでよ。

 うちのダンジョンの負の魔力の大半を集めているの、貴方よ?フーさん。

 じゃんじゃん負の魔力の無駄遣いをしないと、負の魔力が溢れて世界が終わっちゃうよ?


 「それで?どんだけ負の魔力を使ったの?」

 「耳をかせ」

 「はいはい」

 此処には私達しか居ないのだけど、フーさんは声を潜めてそっと私の耳元へ囁く。

 「え?」

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