第31話 焼き鳥屋2日目

 「起きろー」

 「!?」

 朝、フーさんの声と共に私はベッドから床へ落とされた。

 「・・・なんで?」

 なんで床に落とされて、起こされなければならないのか。

 手荒すぎじゃない?

 納得出来ないんですけど!


 「俺は、何度も起こしたが?」

 「え?そうなが?」

 「ああ」

 そう言われて見ると、フーさんはすっかり身支度を終えている。

 対して、私はパジャマ。

 「すぐ、すぐ着替えるき!」

 

 やばい、寝過ごしてるよ


 大急ぎでパジャマから普段着に着替え、魔法で出した水で顔を洗う。

 「飯だぞー」

 「はーい」

 私がもだもだしているあいだに、フーさんは朝ごはんの支度まで済ませてくれていた。

 中身の具に拘った、フーさんお手製サンドイッチ。

 お昼ごはんのサンドイッチも既に出来上がっていて、一緒に手渡してくれた。

 ああ、至れり尽くせりで駄目人間になりそう。


 「肉、よろしく」

 「はーい」

 屋台の開店時間が近くなるまで、フーさんは宿の裏庭で肉を串に刺しながら焼き鳥を焼き、私はその横で鶏肉を切る。

 肉を串に刺す作業は、フーさんに禁止されているからね。

 いや、本当は串に鶏肉を切る作業は、共用の厨房でやろうとしていたのよ。

 でも、同じ宿に泊まっている冒険者達に集られて逃げて来たのよ。

 ま、私以上に集られていたのはフーさんなんだけどさ。

 フーさんは、焼き鳥の良い匂いを辺りに撒き散らしているから、当然の事なんだけどねぇ。

 フーさんってば、集ってくる人を蹴散らす事に躊躇が無い人なの。

 焼き鳥を狙う者には容赦なく石を投げつけ、近づく者は居なくなった。

 お陰で私は安心して肉を切れるんだけど、石でへッドショットを決め続けるのは流石にどうかと思う。


 最初の1人なんて、油断していたものだから眉間に一撃くらって撃沈していたよ?

 逃亡しようとした人の後頭部を背後から狙い打ちするのも、多分相当酷いよ?

 むっちゃ引かれてたじゃん。

 まあ、摘まみ食いしようとした連中もいたから、仕方ないとは思うけどさ。


 「ナナ」

 「なにー?」

 「何か言いたい事でも?」

 「ないよー」

 「そうか」

 「うん」

 

 ないない。

 いや、流石に何にもしてない人に石を投げつけるのはどうかと思うけど、摘まみ食いは撃退しないとと売り上げに影響しちゃうもの。

 巻き込まれた人には悪いけど、諦めてほしい。


 「旨そうな匂いをふりまいているな」

 「あ、グレイさん」

 匂いに釣られて、グレイがやって来た。

 「1本どうだ?」

 彼には世話になっているので、フーさんの反応もまろやかだ。 

 焼き上がったばかりの焼き鳥を差し出している。

 「お、悪いな。ほれ、鉄貨2枚」

 グレイは普通に受け取って、鉄貨を渡してくれた。


 「タダで良いんだが。なあ?」

 「うんうん」

 「これは売り物だろう。大人しく受け取っとけ」

 なんて大人な対応をしてくれるから、フーさんもグレイを受け入れているんだと思う。

 「やっぱうめぇなぁ。昼飯に何本か売ってくれ」

 「あー、今日から本数制限をする事にしたから、10本までならタダで提供するぞ」

 「グレイさんには世話にのってるからね」

 「アホか。商人が只働きするんじゃねえ」

 怒られてしまった。

 「10本分な」

 「・・・まいどあり。ナナ」

 「はーい」


 グレイから代金の2000ギルを受け取り、スライムのトレーと包む用のサーの葉をスタンバイ。

 フーさんがささっと焼きたてを乗せたら、サーの葉で包んでグレイのお手元へ。

 「わりぃな、ありがとうよ」

 「ありがとうはこちらのセリフですよ」

 私達を応援し、去っていったグレイは知らない。

 フーさんがトレーに乗せた焼き鳥は、13本。

 世話になっている人には、サービスする事はありです。


 「ナナ」

 「んー?」

 「あと、500本分は切ってくれ」

 「あ、うん。分かった」


 つまり、あれですね。

 最低でも500本は焼くと、そう言うことですね?

 フーさんの後ろに設置している盥の中の氷を新しい物に取り替える。

 「10時半までは焼き続けるぞ」

 「はーい」

 

 で、10時半まで私は肉を切り続け、フーさんは当然500本以上串に肉を刺して焼いた。

 「よし、行くぞ」

 「おー!」

 出していた道具を片付け、2人の全身に浄化魔法をかかて綺麗にして気合いを入れる。 「「いってきまーす」」

 「おい、風呂札!」

 「「あっ」」

 見送ってくれたグレイから風呂札を受け取る。

 うん、すっかり忘れていたけど、風呂札は持って行った方が後で楽。

 働いて煙まみれ汗まみれになった後は、風呂に入りたいよね。


 「「ありがとう!」」

 「稼いで来いよ」

 「頑張るー」

 「おう」


 今日も稼ぐよ。

 ということで、昨日と同じ場所に屋台を設置。

 フーさんが準備をしている間に、昨日の反省を生かす為の小細工。


 まず、小さな黒板を用意します。

 営業時間を書きます。

 本日は11時半から17時まで。

 なお、17時以降に並んだ方には販売しかねます。

 大きく赤字でお一人様10本まで、と本数制限を猛アピール。

 イーゼルに乗せて、見易い場所に設置。


 「よし」

 これで、説明し忘れても良い感じに言い逃れが出来る。

 そうですか?でも、其方に書いてありますよって。


 「ナナー」

 「なにー?」

 「火ぃ」

 「はーい」

 

 魔法は私の担当なので。

 焼き台の炭に着火。

 ついでに自分とフーさん、屋台をまとめて浄化する。

 勿論、盥と氷を設置してそよ風を起こせば暑さ対策もバッチリだ。

 

 フーさんが焼き鳥のタレの匂いが漂い始めると、そこらを歩く人の注目を集めるようになる。

 前に出した黒板の営業開始時間を見て去る人が居れば、並んでくれる人も居る。


 あ、あの人、私が作った雑なサービス券持ってる。

 昨日並んでたけど、買えなかった人だ。

 早速来て並んでくれるとか、有難いねぇ。


 さて、そろそろ時間だ。

 最初のお客さんを迎えないとね。

 「お待たせ致しました。気まぐれ屋、開店しまーす。ただし、申し訳ありません。皆さんに買って頂けるように、お1人様10本までとさせて頂きます」

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