第15話 改心の一撃をくらいました

 と言う事で、ちょっと急な展開だが写し身に宿った負龍がダンジョンのサブマスターに就任した。

 まあ、サブマスターとは言っても彼も私と一緒でのんびり好きな事をしている。

 負龍ってば、何故か料理にはまったのよね。


 いや、私は作るよりも食べる方が好きなんでどんと来いって感じなんだけど、面白いくらいどはまりした。

 料理をするために、人化までしちゃった事には驚いたよ。

 写し身の形は使う者次第とはこう言うことかと、しみじみ思った。


 多分、負龍は人に換算するとおっさんなんだろうね。

 人化した負龍は、黒髪を刈り上げた超ダンディーなおじ様の姿になった。

 年の頃は40代半ばの筋肉質な巨体が、台所で鼻歌を歌いながらチマチマと料理している姿は、何とも言えずシュールで笑いを誘う。

 いやぁ、彼は世界を滅亡の危機にさらしている原因の一つだったりするんだけどなぁ。


 ああ、そうそう。

 そんなこんなしている中で、今更な事に気付かされたのよ。

 私、名前が無い。

 ほら、私一度死んじゃったから、生前の名前は無くなっちゃたんだよね。

 ついでに負龍も名前が無い。


 「うん、もうナナでえいや」

 名無しのナナ。

 分かり易くてイイネ。

 「そなた、それで良いのか?」

 負龍には呆れ顔で見られたけど、これで良いんです。

 「良いの良いの。で、負龍さんは?」


 名前が無いのは負龍も同じ。

 私が呼び名を決めたのなら、負龍だって呼び名を決めたって良いじゃないか。

 「我か?」

 フライパンを振りながら、首を傾げている。

 あ、今彼が作っているのはペペロンチーノ。

 ニンニク強めが、私は好きです。


 「負龍さんも名前無いやん」

 私の呼び名は決めたんだし、次は負龍の番だ。

 「我の名か?」

 「そうそう」

 あ、いや、知っているよ?

 龍はそれぞれの属性に一人しかいないから、名前が必要無い事は知っている。

 けど、負龍さん負龍さんって呼ぶの、なんか変な感じがして嫌なの!

 名前を呼んでいる気がしないのだ。


 「名?」

 「名前」

 負龍は眉間に深いシワをぐっと刻み、悩み始めた。

 うんうん唸りながらも、パスタを皿に盛っている手際は感動を覚える程良い。  


 出来上がりですね。

 いつもありがとうございます。

 今日も大変美味しそうです。

 座卓の上を綺麗に片付け、2人分のお茶を入れる。

 パスタの皿とフォークを負龍が持ってきてくれたら、お昼ご飯だ。


 うん、辛さ控えめニンニク増し増しが美味しい。

 間違いなく、私よりも負龍の方が料理が上手だ。

 私の料理レパートリーって、手抜き万歳な簡単なものばかりだからね。

 

 「で、決まった?」

 ペペロンチーノを食べ終わり、皿を洗いながら聞いてみた。

 二人とも息がニンニク臭いが、他に誰もいないので気にしない。

 「ぬぅ」

 どうやら、呼び名はまだ決めることが出来ていないようだ。

 「そなた、何か思い付かんか?」

 「えー」


 私、そういうセンス無いんですけど。

 私の名前も名無しのナナだし。


 「名と言われても、我には無くて当然のもの故、何も思い付かん」

 「じゃあ、フーさん」

 負龍のフーさん。

 「そのままだな」

 「分かり易くてえいやろ」

 私の名付けの基本は、見たまんま、感じたまんまである。

 単純で謂れの全く無い呼び名に、負龍は不満そうだ。


 「それやったら、何か思い付くが?」

 「・・・つかんが」

 「じゃ、負龍さんの呼び名はフーに決定。よろしくね、フーさん」

 「・・・うむ」

 不満そうではあるが、他に案の無い負龍は渋々フーと言う呼び名を受け入れた。 

 今日から、この人はフーさんだ。

 

 ナナとフー、なかなか良い取り合わせじゃない?


 自己満足で、にやにやしながら最後の皿を篭にふせる。

 一仕事が終わり、モニターを見ながら2人して畳の上でごろごろ。

 勿論、歯磨きはしている。

 いつの間にか寝ているのは、仕方ないよね。



 「増えたな」

 「増えたねー」

 何がって?

 勿論、冒険者がです。

 討伐イベントの間に宝箱を大盤振る舞いしたからね。

 その甲斐あって、ダンジョンにやってくる冒険者が増えた。


 「でもねー」

 「不満か?」

 「不満です」


 何故なら、冒険者が増えたのはほぼほぼ1階層。

 それも、ほんの表面。

 まあねぇ、1階層の表面なら出てくる魔物はスライムや角兎といった弱い魔物だけだからね。

 それなりに動ければ子供でも狩れるので小遣い稼ぎに、にわか冒険者が増えているんですよ。

 弱い魔物は、幾ら狩っても負の魔力の昇華率が良く無いのよ。

 私は、1階層の表面で働く冒険者よりも、ダンジョンの下層に行ってくれる冒険者に増えて欲しいの。


 「塵も積もれば、と言うだろう」

 「そうながやけどねー」

 「そもそも、そなたの目的は食の革命であろう。にわかでも何でも、来てくれたらそれで良いではないか」

 「!?」

 フーさんの言葉に、衝撃が走った。


 そう、そうよね! 

 負の魔力を減らす事も大事やけど、私の一番の目的は食の革命。

 この世界の食のレパートリーを増やす事!

 このダンジョン産の食べ物を持ち帰ってくれるなら、それで良いじゃないか。


 「フーさん、私の考えが間違っちょった!此処に来てくれる人に、貴賤は無い!」  

 「そうか。だが、我は思うのだが」

 「うん」

 「単純な料理しか知らない者に、そなたの世界の味を再現出来るのか?」

 「転生者がおったら何とかいけると思いゆう」

 「そんな不確かなものに頼るのか?」

 「・・・・・」


 痛い所を、ぶっさり刺された。

 私の目的とか言いながら、私の計画は基本他力本願なのだ。

 でも、これ以外に方法を思いつけなかった。

 もっと積極的にって、どうすれば良いのだろう。


 「フーさんは、どうすればえいと思うが?」

 「そなたがダンジョンの外に出れば良い」

 いや、ダンジョンマスターはダンジョンから出れないんっすけど。

 「我のこの体は何か言ってみよ」

 「何って、写し身。・・・・・あーっ!!」


 そうか、その手があった!

 フーさんに使って、それで満足して全く気にして無かった。

 「写し身、私でも使えるやん!」

 「うむ。写し身を使ってダンジョンの外へ出て、屋台でも出せば良いのだ。勿論、料理人は我でそなたは売り子だ」

 「・・・・・」


 いや、フーさん。

 それってさ、ただ単にフーさんが思いっきり料理したかっただけやない!?

 私の感動を返して!

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