第13話 転機は突然に

 冒険者と軍人の一大合同イベントは、多少の戸惑いを彼らに与えながら無事終わった。 

 何しろ、期間中宝箱の出現率はほぼ100%だった上に、普段1階層には出てこない物がごろごろ出たからね。

 でも、稼げたでしょ?

 皆、懐が温まってほくほくしていたの知っているんだから。


 私も、ほくほくしている。

 たった2週間足らずで、3個もダンジョン核の欠片を消費出来た。

 ・・・・え?

 残りは何個かって?

 ふふふふふ、数えたら色々嫌になりそうだから絶対に数えないよ。

 そもそも、一度も数えたことは無いよ。

 数えようとも思わないよ。

 また来年のイベントに期待だね。

 来年のイベントでは、いったい何個消費出来るだろうか。

 その前に、これ以上増えなければ一番良いんだけど。

 

 「ね、負龍さん」

 そうそう、負龍のいる101階層は、この半年で大分変わっている。

 

 101階層にばら蒔いた負の魔力を吸って成長する植物があちこちの壁にしっかりと根を張り、ぼんやりと光を放つ花が辺りを薄く照らす。

 1cm先すら見えなかったが、植物が直接負の魔力を吸い続けた事で40m程の視界が確保されている。

 ああ、努力が目に見えるってイイ!

 なお、床一面に積もるダンジョン核の欠片は視界に入っても認識してはいけない。


 私には何も見えないんだけどね、知ってる?

 前も言ったっけ?

 ダンジョン核の欠片って、元々は真っ白なの。

 負の魔力を吸い込む事で、ダンジョン核と同じ様に色を濃く、黒くしていくんだけど、此処に転がっているダンジョン核の欠片はねぇ。

 真っ黒なの。

 混じりっけのない黒。

 察しのいい人は分かるよね?

 そう、負龍の放つ負の魔力を、しこたま、もうこれ以上ない程溜め込んでいるの!


 まだまだ、先は長いのよねー。


 「しっかし、おっきいわぁ」

 何がって?

 負龍さんが、だよ。


 私は今、101階層にいます。

 視界がゼロの時は怖くて、行く気になんて全くならなかったんだけど、ある程度見えているので今なら行けるの。

 ダンジョン核の欠片を砂利のように踏みしめるのはなんだか心が痛いけど、来てみると案外何ともない。


 負龍は静かに眠っていて、私が動かなければ音は彼の低い呼吸音だけ。

 「これ、顔はどっちながやろ」

 不龍が大きすぎて、全く見当がつかない。


 「うっわ」

 なので、小型モニターに階層全体を写し出してみた。

 私と不龍の大きさが違いすぎて、私が何処にいるのか良く分からない。

 そもそもなのだが、彼は緩く蜷局とぐろを巻いている。

 頭は中央にあると思われるので、どうやっても見えない。

 「・・・・無理やわぁ」

 私は、負龍の顔を見ることを諦めた。


 「やー、大きいねぇ」

 全長が、2km越えているんでしょ?

 胴回りも、当然太い。

 そんなのが蜷局を巻いているんだもの。

 ほぼ山。

 鱗の1枚1枚も、車の窓ガラスより大きいんじゃないだろうか。


 「スケールが違いすぎるわぁ。おお、先はむっちゃ尖っちゅうけど、流れにそって触ったら引っ掛からんわ。・・・・・あれ?ひんやりじゃない!?」

 ぺとっと、鱗に触れてみて、流れにそって撫でてみて、予想外の温かさに驚いた。

 いや、鱗は思った通りとんでもなく硬かったんだけど鱗から伝わってくる体温が想定外に温かい。

 私は蜥蜴や蛇のようなひんやりとした体温を予想していたのだけど、負龍はほんのり温かかった。

 「・・・龍って、変温動物じゃのうて恒温動物やったがや」


 “我を蜥蜴と一緒にしてほしくないのだが?”


 「ふあーっ!?」


 えっ!?

 何?何なの!?

 やけに腰に来る低くて良い声が耳元でしたんですけど!?


 思わず手を引っ込め、1m程後ずさる。

 辺りを見回しても、誰も居ない。

 あるのは40センチ先の闇だけ。

 そもそも、101階層に来ることが出来るのは、ダンジョンマスターである私しかいない。

 例外は、元々居る負龍だけ。


 「え?もしかして負龍さん!?さっきのやけに良い囁き声って、負龍さん!?」

 期待度を持って巨体を見上げるが、答えは無い。

 「あれ?」

 さっきの声は不龍の声じゃなかったのだろうか。

 幻聴?

 それともお化け?

 いやいや、幻聴もお化けもあり得ない。

 幻聴が聞こえるような柔な精神を私はしていないし、魔物は此処へは来れない。

 だから、あの声は負龍だと思ったんだけどなぁ。

 声が聞こえた時と、今ではいったい何が違うのか。

 じっと、手を見る。


 「・・・・あっ」

 そうよ、あの声が聞こえた時、私は負龍に触れていた。

 これはもう、おさわりをするしかない。

 掌だけでなく、鱗の尖った先っちょに引っ掛からないよう注意しながら全身でへばりつく。


 “先程のように、触れるだけで良いのだがな”


 呆れられてしまった。

 どうやら抱きつく必要はなく、掌で触れる程度で良かったようだ。

 仕方がないので体を離し、掌だけで負龍に触れなおす。

 

 「あの、貴方は負龍さんですか?」

 “うむ。そなたはダンジョンマスターか?”

 「はい、ダンジョンマスターです。負龍さん、貴方封印は?」

 “その事か”


 負龍の言う事には、封印されて数万年で少しずつ封印が緩み、此処数百年眠りが浅くなる事が多くなっていたそうだ。

 以前龍達が来た時に目覚めかけ、今日私が触れた刺激で目が覚めたと。

 負龍が目覚めた事と、封印が緩んでいる事で、触れている間だけ意志疎通が出来ると。


 「封印が緩んだって、それ大丈夫なが!?」

 意志疎通が出来るのは有難いけど、結界が緩んじゃうのはダメでしょ!

 “勿論、大丈夫では無いとも”

 「ですよね!」

 負龍の封印がこのまま緩み続けて、完全に封印が解けてしまえば、負の魔力は抑えを失い垂れ流される。

 魔物の発生はダンジョンマスターである私の管理を離れ、際限無く魔物が生まれやがて溢れるだろう。


 魔物の氾濫。

 

 終わりのダンジョンが魔物の氾濫を起こせば、人の生活は尽く破壊されるだろう。

 世界が滅びるかもね!


 “世界の命運はそなた次第だ”

 「貴方が世界を滅ぼすかもしれないのに、他人事過ぎません?」

 “我が直接滅ぼす訳ではないからな”

 確かにその通りなんだけどさあ。

 “まあ、このままそなたがダンジョンの管理をし続ければ問題はない”

 「そうなが?」

 “うむ”

 負龍の封印が緩んだ一番の理由は、ダンジョンマスターの不在なのだそうだ。

 昔はダンジョンマスターが居なくても何とかなっていたらしいんだけど、人が増え続けた事でダンジョンマスターが必須になった。


 適正な難易度、程良く狩られる魔物。

 人を呼び込む魅力的な報酬。

 それらは、ダンジョンマスターが居なければ維持出来ない。

 なのにも関わらず、此処のダンジョンは先代から私に代替わりするまで500年もダンジョンマスターが不在。

 溢れる負の魔力に封印が膨らみ、綻びが出来たと。


 「もしかして、私って結構危ないタイミングで来ました?」

 “後100年、ダンジョンマスターが居なければ我の封印は消滅していた”

 「・・・・・」

 100年かー。

 長くね?とは言っちゃいけないんだろうなぁ。


 世界の誕生に関わる龍と、元人間のダンジョンマスターとの時間に対する感覚の違いを感じた一言だった。

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