第3話 田舎と幸せな暴飲暴食
先ほどまでいた空間と同じ、
僅かな違いは私の目の前に浮かぶ、艶の無い黒い玉。
大きさは、バスケットボールくらい。
取り敢えず、黒すぎる程黒い。
私の、ダンジョンマスターとしての本能が行っている。
これが、私のダンジョンのコア。
これに触れて初めて、私はこの世界に市民権を得る。
得るのだが、このコアは負の魔力を溜め込みすぎだ。
子供に言われているし、元々分かってはいる事なのだけど、実際に目にするとつくづくこのダンジョンの不味さが分かる。
負の魔力を消費しても消費しても増え続け、今にもはち切れんばかり。
世界を浸食しているのも当然ですわ。
浸食にはより多くの負の魔力が必要なので、ある意味とても使用効率が良いのだが、それで世界が滅びるなんて本末転倒だよね。
「あの子供とかは、浸食以外で効率良く負の魔力を消費させて、浸食を止めたいがやろうねぇ」
一歩ダンジョンコアに近づき、両の掌で触れる。
コアがしゅるりと私と一体化し、気が付いたらまた知らない場所にいた。
広く開けた、外のような場所。
「あー、なるほど。やき、ダンジョンマスターはダンジョンの外に出れんがやねぇ」
今の私はダンジョンマスターであり、ダンジョンコア。
このダンジョンそのもの。
ダンジョンがダンジョンから出るだなんて、出来るわけがない。
「ま、ぼちぼちやっていくかねぇ」
せっかくの第2の人生なのだから楽しまなきゃね。
「此処は100階層目か」
負龍が封じられているのは、何処からも繋がっていない101階層目。
なので、今私のいる此処が実質の終わりのダンジョンの最下層。
先代ダンジョンマスターが作った、ダンジョンマスターの為の階層。
別名、生活空間。
「何処の田舎がモチーフながやろ」
恐らく、時代設定は昭和初期頃だと思う。
場所設定は、農村。
農民の格好をした人形達がやけに体の大きな牛を使って畑を耕し、勤勉に働いている。
ダンジョンマスターは村の庄屋的な位置付けなのだろうか。
一軒だけ、丘の上にポツンと離れて建っている家が私の家。
庭の大きな一本桜は素敵だが、何だか寂しい立地だ。
「面倒が無くてえいけど、先代は人嫌いやったがやろうか」
気を取り直して玄関を開ける。
この家、玄関は引き戸で田舎っぽいんだけど、見た目は現代的な造りの平屋建て。
村を昭和初期にしたのなら、家もそうすれば統一感があっていいのに、先代は田舎を知らない都会っ子なのだろうか。
まあ、家は現代的な方が住みやすいので、文句は無い。
家はちょっと太めなL字型。
玄関を入ると広い土間、正面は板の間の台所で直ぐ左側には風呂とトイレ。
左側の奥は畳敷きの広い和室があるだけだが、縁側もある家具付き、一戸建て。
なかなか良い物件なのではないだろうか。
「そんな事よりも、」
お家探訪をしている場合では無い。
今はまず、食だ。
好きな物を好きなだけ食べて飲む。
暴飲暴食。
なんて素晴らしい言葉なのだろうか!
ただいまと言うのも、お邪魔しますと言うのも何かおかしな感じなので黙って家へ上がる。
食器棚にあった箸とコップだけを持って立派な座卓の前に座ってみた。
・・・座布団が欲しい。
「タブレット」
私の掌に現れたこのタブレット、ダンジョンコアに繋がった管理用の端末。
私が使いやすいように形を変えてくれる優れもので、ダンジョンに関する操作はこれで行う。
私が使い易いように、ダンジョンの各機能はそれぞれアプリで表示。
ネット通販で、座布団をぽちり。
記念すべき負の魔力を使った初のお取り寄せは、座布団になった。
恐らく、日本円に換算すればぼったくり価格なのだろうが、負の魔力は9が沢山並んだ状態で全く減らなかった。
表示出来ないほど貯まった負の魔力が恐ろしい。
けど使いたい放題で、正直嬉しい。
座布団を尻の下に敷き、改めてお取り寄せ。
取り敢えず、イ○ンの惣菜の唐揚げとビール。ビールの銘柄は、伝説の獣マークが特徴の会社の人気商品。
「ああ、この油。たまらん」
外側の衣のさくさく感を楽しみ、中から溢れ出す鶏の旨味たっぷりの油を無駄にしないようにかぶり付いてすすり、油をビールで洗い流す。
「がふっ」
おっと、炭酸でゲップが・・・。
だいぶ行儀は悪いけど、此処にいるのは私だけ。
誰にも気を使う必要がないって素敵。
「ビールも良いけど、ご飯も食べたいよねぇ」
とは言え、ご飯が炊けるのを待ってはいられない。
こんな時は、レンジでチンなサ○ウのご飯。
味に満足は出来ないのだけど、便利。
ご飯があるなら、おかずはそれに合った物が良い。
焼肉は自家製のタレを作らないといけないから後にするとして、酢の刺激が強めな鯵の南蛮漬け、ニラとニンニクたっぷりの餃子、鰻の白焼き、焼き鳥。
あ、野菜も食べなきゃね。
温玉の乗ったチーズたっぷりシーザーサラダ、黒胡椒と生玉ねぎの刺激が美味しいポテトサラダ、汁物には根菜のたっぷり入った豚汁。
ああ、食欲が止まらない。
「本当に止まらん。満腹にもならん、腹が苦しくもならん」
食べた物は、即魔力になってコアに蓄えられる。
せっかく使った魔力が元の鞘に戻るなんて、ちょっと悲しい。
でもまあ、全部が戻る訳でもないし、私も食べたい。
なので、気にしないことにする。
人のままでは腹がはち切れていただろう量を食べ尽くし、飲み物をビールから梅酒へチェンジ。
「ああ、良い音」
からん、とグラスの中で音を立てる氷に目を細め、座卓の上のゴミをダンジョンに吸収させ、壁に掛かったモニターの電源を入れる。
「・・・・・」
モニターに写し出されたのは、私がいる100階層目。
「つくづく、イメージ通りの田舎やねぇ」
大分、昔の田舎のイメージだけど。
今時、もんぺを履いて農作業なんてしない。
観賞するだけなら問題無いし、一々変えるのも面倒なのでこのまま放置。
「ん?何このちかちかしゆうやつ」
タブレットの画面で、ダンジョン管理がちかちか光って激しく自己主張をしている。
ぽちっとダンジョン管理をタップすると、更にちかちかする項目を発見。
「倉庫?」
私が子供から付けてもらった、収納と言うスキルとほぼ変わらない機能のようだ。
容量無限大、時間停止、更にソート可能付き。
「野菜と、砂糖?」
なんで?
あ、人形達からの年貢?
年貢とかいつの時代よ。
時代錯誤も良い所じゃないの。
「何このとんでもない量!?」
どの野菜も果物も、砂糖まで数千t単位である。
多すぎでしょ!
え?先代が亡くなってからもずっと納めていた?
どんだけ命令に忠実なの!?
「は?全量年貢として納めちゅうが?どんだけやし!」
人形は飲食しないからってさぁ。
どうやって消費しろと?
無理無理。
「酔いがどっか行きそう」
それだけ、驚いた。
「魔物の餌にでもするか?」
うん、最悪そうしよう。
砂糖は勿体ないから、宝箱にでも入れてみようかな。
「他の階層も見てみるかな?」
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