第7話 初めての魔導書

「ここで秘密の魔導書だ!」

と水色の書物を取り出してレオに渡すロド。

 めくってみると、分厚めの羊皮紙を水色に染めた物が表紙と背表紙に、中には文字や絵文字のようなものと魔法陣らしきものがかかれた物が5枚挟まれていた。

「≪水生成≫の魔導書だ。表紙の文字はaqua(アクア)-generate(ジェネラテ)という水生成の魔術語。最初の1枚目に水生成がいかに良い物かとその発動イメージを現代語で。3枚目にさっき教えた発動の3工程の魔術語、「dedicare(デディカーレ)-decem(ディチャム)」「conversion(コンバールショナ)-attribute(アッテリブート)-aqua(アクア)」「aqua(アクア)-generate(ジェネラテ)」。4枚目にその魔術語を含んだ魔法陣。2枚目は、その3枚目や4枚目に使われている魔術語の文字や魔法陣の幾何学模様の解説。5枚目には元々の著者名と写本をした人物の名前。写本は2回繰り返したみたいだから3人の名前がある。これは最近になって丁寧に作られた魔導書だが、発動のための魔術語と魔法陣だけの物や、解説が古代語としての魔術語のものもあるらしいぞ」


 そう言われて再度見てみると、やはり初めて見る魔術語は絵文字のように見えないこともない。非常に興味深く見返しているとロドが声をかける。

「貸してやるから写本をしてみないか?俺はレオみたいに正確な筆写できる自信が無かったが、お前ならできるだろう」

と、いつもの子供の教科書の複製をつくるかのように、新しい羊皮紙と羽根ペンとインクを用意される。


「砕いた魔石を混ぜたインクで魔法陣を羊皮紙に書くと、未習得の魔法でも魔力を込めたら発動できる使い捨ての魔道具であるスクロールになるらしい。当然、正確に記載できないと発動できないから、その魔法を習得済みで魔法陣も使いこなせる者が作成しないとダメらしい。ま、俺には縁のない話だがな」

とロドの講義はいったん終了となる。


 レオはいつもの教科書と違い、自身が知らないことなので非常に丁寧に、超記憶も活かしながら写本の作成に入る。≪水生成≫魔法の習得の近道になるかもという思いもありかなり集中して写本を行う。絵文字に見える魔術語や、幾何学模様も組み合わされた魔法陣は、日頃の教科書では縁のない羽根ペンの動きとなるため、練習用と決めた羊皮紙で何度も繰り返し書くことで運筆(うんぴつ)を習得する。

 寺小屋や薬屋の住み込み見習いの業務の合間で行っているので、5日ほどで完成する。最後のページに写本者の3人目として自分の名前レオナルドも入れる。


 また、この工程で4枚目にあった魔法陣の幾何学模様の意味も理解できた気がする。魔法陣の中に魔術語で記載されている発動工程の3段階をイメージしやすく図示化しているのである。魔力の集約、変換、水の生成などである。そうなると他の魔術語、魔法陣、魔導書をますます調べてみたくなるのだが、レオに心当たりはない。その旨をロドに相談すると

「何?俺は魔法陣を諦めていたのだが、レオは理解できたかもしれないのか?うーん。上級魔法になるほど魔法陣の活用が有効になるらしい。英雄譚でも、魔力で目の前に魔法陣を描いてから発動する話もあるだろう?」

と考え込む。

「よし、この写本を何冊か作ってくれ。上手くすると他の魔導書も見られるかもしれない」

と言われるので、今度は5日もかけずに追加で3冊を完成させ、ロドに渡す。


 ロドはルネの訓練先である皮革職人のところに行き、その3冊に立派な表紙を作って貰った後、表紙に魔術語をレオに記載させる。そのうちの1冊を持ってどこかに出かけて行ったが、帰って来るなり

「交渉は成功だ。今からでもでかけるか?」

と聞いてくる。否定できる雰囲気でも無かったが、もちろん興味があるので頷いて付いて行くと、行先は冒険者ギルドであった。

「写本の1冊を提供することで他の魔導書の閲覧資格を、俺とその弟子には許可するように取り付けた」

と言うのである。そもそも書物自体が手書きなので高価な上に、魔導書になると正確な写本が難しいことからますます高価であるので、金持ちの蒐集道楽でもない限り、魔導書が使用可能な人のところに集まるのは理屈であった。その意味では魔法使いも所属する冒険者ギルドの図書室と言うのは確かに理解できる。

 職員に従い案内された図書室は、本棚に書物が詰まっているわけではなく、少しの本棚と閲覧するためのテーブルがあるだけの部屋であった。この規模の街のギルドではこんなものです、とのことであった。その中で魔導書関係と案内されたところにあったのは10冊ほどの本が、1冊ずつ横置きで並べられていた。そのうちの1冊はロドが持ち込んだレオの写本である。


 喜び勇んで端から順に読むレオ。残念ながら魔術語と魔法陣がかかれている狭義の魔導書は4冊しかなく、残りは先日もロドからおさらいと習ったような魔法の基礎などが現代語で記載されたものであった。限られた4冊は、ロドが持っていた本ほど丁寧な解説は無くあっさりした内容の書ばかりであったが、水魔法の初級≪水生成≫≪水球≫、火魔法の初級≪種火≫≪火球≫であり、≪水生成≫はロドに見せて貰った物とはまた違った著者のものであった。

 このテーブルではメモを取るぐらいは許可するが写本を取るのは不可と言われ、盗難防止のためにも職員が立ち会っている。超記憶はあるが、念のためそれぞれの魔術語だけ、立会を横にして焦りながらもメモをする。

「どうだ、覚えられたか?」

とロドに問われて、滅多にない笑顔で頷いて、ずっとホクホクした顔で自宅に早足で帰る。記憶の中身を書き出して、しっかりと理解したいと気が焦る。

 なかなか好感情を表に見せないレオのこの姿を見て満足するロドは、翌日は休暇日にするから自由に書き出すようにと羊皮紙も大量に与えてくれた。


 まずは魔法の基礎などの現代語だけであった書物から再現を始める。本来ロドのような師匠が居ない場合、これも貴重な物のはずである。いつも写本をするときは横に見本があるのだが、今回は記憶のみからの再現となり最初は戸惑ったので良い訓練になった。

 いよいよ本番の魔導書に取り掛かるが、まずは既に別著者で経験済みの≪水生成≫に挑戦する。基本的な魔術語と魔法陣は運筆も練習済みで問題なく再現できたが、魔力量のところがquinque(クウィンクエ)とあり、解説を見ているとロドの≪水生成≫でのdecem(ディチャム)の10のかわりに数字の5であるようであった。

 あと3冊も、特に火属性は水属性と魔術語の系統が異なるのか運筆もかなり違ったので、練習をしてから本番用の羊皮紙に書き出していく。

 翌日に成果を見たロドは、想定はしていたもののレオの能力に驚き、

「王都にでも行けばもっと多くの魔導書が見られるかもしれないが、人付き合いが苦手なままだと、その能力を我が物にするためにどこかで監禁されて飼い殺しにされるかも」

との懸念をレオに伝える。

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