第2話 隣人家族
「レオ、そろそろ起きなさいよー」
と母アデライドが部屋のドアを叩いて起こしに来る。
かなりな汗をかいたこともあり、内庭の井戸で洗顔ついでに絞った布で体を拭いた後、食堂に朝御飯を食べに行く。料理店付き宿屋を営んでいるが、家族用の食堂は住居側に別に存在する。
いつものように既に母だけでなく父ディオノレと兄クロヴァンも食事は終わって仕事を始めているようであるが、これまたいつものように別の人物が食事を取っていた。
「アン、いつもながらうまいなぁ。ありがとうな」
と母を愛称で呼ぶ人物、これが隣接の寺小屋の先生をしているロドリックである。本業は薬剤師で薬屋であるが、知識階級のため寺小屋も運営している。父ディオノレ、母アデライド、ロドリック、ロドリックの妻になったエリザンナの4人はもともと仲良しであった。エリザンナが7年前に死亡した後は一人娘ルネリーカを連れてアンに食事の世話になっていた。ルネリーカはレオと同い年であり、今は住み込みで皮革職人のところに職業訓練に行っている。
「ロドも冗談言っていないで、さっさと食べてレオを連れて行って」
「レオ、おはよう。食べたら隣に来るんだよ」
「……おはようございます……」
「そうだ、今日はルネが帰って来るって言っていた。また晩御飯をお願いしていいかな?」
「あら珍しい。楽しみに待っているわ」
とアンは楽しそうに返事をするが、レオは逃げ出したくなるのであった。
その日の昼間はいつものように屋内にも関わらずローブのフードをおろした格好で、寺小屋の小さな子供たちの教材の準備や後片付けなどの手伝いを行う。レオは記憶力が良いのもあり早い段階から文字も覚えただけでなく、見本にそっくりに筆写することができた。その技能を活かして、合間時間で子供たち用の教科書を複製するのも日課であった。
いよいよ恐れていた夕食会になる。ロドに連れられて実家の食堂に向かったレオは既に席についていた兄クロヴァンと、幼馴染ルネの姿を見つける。
「ただいま、父さん」
「久しぶりだな、ルネ」
「そうなのよ、職業訓練と言っても同じ街内なんだからレオみたいに実家から通わせて貰っても良いのに」
「まぁ師匠の方針だろう」
「レオ、久しぶりね」
「うん……」
「ルネ、可愛くなったよな」
「クロも口が上手くなったわね。さすが接客業!私もクロみたいに実家で職業訓練が良かったわ」
「俺も一応聞いてみたのに、お前が自分の頭では無理と言ったんだろうが」
「そうだったわね」
15歳で成人する前に自分に向いた職業を探すため、早ければ8歳から職業訓練をするのが普通である。もし見込みが無かったら変更がきく歳としてである。ふたつ年上のクロは都合4年訓練していることになる。本人も両親も彼が実家を継ぐつもりでいるので、レオは自分の生活の糧を見つける必要がある。今のままでは寺小屋の子供たちともまともに話せないので、寺小屋の先生になることもできない。
料理屋の繁忙時間でもあるため、両親はときどきしか顔を出せない。
「ディオおじさん、アンおばさん、お久しぶりです」
「おう、ゆっくりして行ってな」
「それでルネちゃん、今日はどうしたの?」
とアンが尋ねる。
「そうだった。レオ、明日は草原に行くからね!」
「え!?」
これである。レオの人付き合いが苦手、対人恐怖症になった原因は。隣家の同い年であるルネが女ガキ大将であり逆らうことができず、誰に対しても怖いと思うようになってしまったのである。
「いきなり何なんだ?ちゃんと説明しろよ」
とロドが聞くとようやく説明する。
「皮革処理を練習するために、角兎(ホーンラビット)の毛皮を自前で入手してくるように言われたの。ちょうどレオも冒険者を始めるって聞いたし。私は遠くから弓で射るから、男のあなたは前に出てね。荷物持ちもしてね」
「いや待て。レオに冒険者に成れとは言ったが、冒険者登録もしていないどころか、まだ武器の扱いの訓練もしていないぞ」
「えー。じゃあ、解体にも使えるから短剣を練習してね。大きな剣よりも安いでしょ。決まりね!」
「待て待て。ホーンラビットがいくらE級下位とは言っても、何の練習もしていない子供に討伐できるわけないだろう」
「じゃあ父さんも付いて来てよ」
「わかった。ただし1日準備させろ。すまんな、レオ」
「……」
ここで口を開くともっと酷いことになると思って発言できないレオであった。
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