025:イグニスの焔

 有人魔航船“フォルトナ”のハッチが開く。鋼鉄の扉が上下に開閉し、目の前には真っ暗な宇宙が広がっていた。引き込まれるようなその暗さは、ハッチの内部までも侵蝕するほどに広く、深い。


《……術式、正常展開。残り活動時間600秒。目の前の宙域から敵性勢力が接近しています、迎撃をお願いします!》


 何処からともなく、“フォルトナ”の声が頭に響く。魔術を使った通信のようで、音や距離に左右されずに指示が聞こえる。目の前には真っ暗な宇宙空間と、蒼く輝くラクシアが見えているが、それだけではない。周囲には何かの魔動機の破片が無数に漂っており、物によっては数mサイズの巨大なものまで浮かんでいた。


「これは……魔動機の破片だよね。なんでこんなところに?」


《ここは、約300年前“ルミエル”が弾道ミサイルと衝突した宙域周辺なんですよ。おそらく、周囲に漂っているのは“ルミエル”の残骸でしょう》


「なるほどな。……それはともかく、敵が接近してきた。目視で確認、数は5」


 イリが指さす方向には、揺らめきながら接近する5つの影が見える。推進器ブースターのようなものを取り付けているのか、その影の後ろからは炎のような輝きがちらちらと垣間見えている。

 5つの影の内、4つは同じ形であった。それはまるで巨大な蟹のような形をしており、二つの鋏を構えながら猛烈な勢いでこちらに接近してきている。そして、残る最後の一つは、円錐形の巨大な物体だ。四機の蟹型魔動機に護衛されるようにして、こちらへと進んでいた。


「来ましたね! 蟹型の魔動機は、“カルディア・グレイス”のデータに登録されていた、『スペースカルキノス』と呼ばれる魔導機でしょう。カルキノスを改造した、宇宙戦仕様のものです」


 その言葉にレイジィも頷く。カルキノスとは、巨大な蟹型の魔導機で、本来は陸地で使用される魔動機だ。メンテナンスのし易さや取り回しの良さ、耐久性などから騎獣としてライダーズギルドで取り扱っていることも多く、比較的ポピュラーな魔動機でもある。


「やっぱ普通のカルキノスとは違いますね……陸戦タイプとは別のカスタマイズされてます。車輪を外す代わりに推進剤をつけて、宇宙空間でも機動性を確保してるのか……」


 レイジィはヒスイの説明にそう付け加える。四機のカルキノスたちは、互いに連携を取りながら4人へと距離を詰めてきていた。


「それと、あの大きな円錐形の物体が弾道ミサイル。攻撃衛星“イグニス”から放たれる、通称『イグニスの焔イグニス・ブレイズ』です!」


 カルキノスたちが護衛する巨大な弾道ミサイル────イグニス・ブレイズは、まっすぐにこちらへと向かって来ている。


「要はあれを破壊すればいい訳だな」

「はい。ですが注意してください、イグニス・ブレイズ自身にも迎撃機能が搭載されています。それに、むやみにダメージを蓄積すると、自爆する可能性も捨てきれません」


 ヒスイは事前に“カルディア・グレイス”から説明されていたことを思い返す。攻撃衛星“イグニス”から放たれる弾道ミサイル“イグニスの焔イグニス・ブレイズ”には、自身の損壊率がある一定値を超えると、強烈な爆発を引き起こすよう設計されているらしい。つまるところ、生半可なダメージを与え続けていると突如大爆発を引き起こす可能性があるのだ。


「ぎりぎりまでダメージを与えた後に、最大火力を叩きつけて自爆する前に完全に破壊する必要がある……ってことね」


 ジェザイルを構えたエクシアはハッチから飛び上がり、宇宙空間へと踏み出した。体はふわふわと浮きつつ、そのままの速度で目の前に進み続ける。


「うわっ、これ凄いね! 宇宙空間じゃまっすぐに進み続けるのか。どうやって止まったり曲がったりできるんだ、これ」


 ハッチを蹴りだし、進み続けるエクシアは目の前の空間を蹴るように足を出す。すると、蹴りに合わせて推進力が生まれるのかエクシアの躰は宙に浮かび、止まった。


《魔術によって、意志を向けた方に進むように推進力を生み出せます。慣れるまではは違和感があるかもしれませんが……》


「なに、それは戦いながら慣れればいい。出るぞ!」


 イリもハッチを蹴りだして宇宙空間へと飛び出していく。前傾姿勢のままイリはまっすぐに進み、体をひねって器用に軌道を変えていく。


「なるほど、これはいい。直感的に移動できる」

「面白そうですね! わたしも出ます!」

「わ、ワタシも! いくよスカーレット!」


 とんっ、とハッチの床を駆けヒスイとスカーレットにまたがるレイジィが出陣する。二人とも最初は動きがぎこちなかったが、すぐにコツをつかんだのか水を得た魚のように動き始めた。

 だが、敵はその不慣れな動きを見逃さない。一気に進行してきた4機のカルキノスは、それぞれ分散して「アルテミス」を包囲するようにして動き始めていた。その動きに気が付いたのはイリだ。


「ほう、なかなか早いな。軽く一戦交えてみるか」


 イリは宙を蹴り、一気に加速する。目の前には包囲を狭めようと動き出した、カルキノスの一機が迫っていた。二人は互いの得物の範囲まで詰め寄り、武器を交わす。巨大なカルキノスの鋏がイリを狙って振り下ろされる。躰をひねってイリはそれを避けるが、もう一振りの鋏が横薙ぎに振り払われた。慣れない宇宙空間での戦闘、反応が一瞬遅れたイリは、その攻撃をまともに受ける。鈍い音と主に、イリの口からうめき声が漏れた。巨大な鋏はイリの躰を強かに打ち殴り、そのままイリを衝撃で大きく吹き飛ばす。


「っ……まだ完璧とはいかないか」


 そんな時だ、カルキノスたちのはるか後方から何かが飛来する。それはイリとスカーレットに向けて飛んできていた。回避しようと宙を蹴り上げるが、その飛翔体はイリとスカーレットに直撃する寸前で爆発し、二人に外傷ダメージを与えた。


「飛翔物……っ、イグニス・ブレイズかっ!」


 後方を見れば、そこには巨大なイグニス・ブレイズの横腹が開いており、小型ミサイルの発射口が見えていた。さらにイグニス・ブレイズは、弾頭部分に設置された光学部品レンズのような物に、光を収束させる。


「やばっ……魔力が溜められてる! 全員備えて!」


 エクシアの声が響いた直後、真っ暗な宇宙空間を切り裂くように、白い閃光が煌めいた。それは、イグニス・ブレイズの弾頭から放たれており、イリを貫きながらそのずっと後ろの空間までを焼き尽す。もはやその攻撃には敵味方の区別なく、あらゆるものを巻き込んでいるようで、護衛についていたカルキノスの一機が巻き込まれていた。


「くっ……囲まれると面倒だが、イグニス・ブレイズも放置するわけにはいかないなっ」


 宇宙に浮かぶ自らの血を眺めつつイリはそう呟き、再び宙を駆ける。目の前のカルキノスの攻撃をかわしながら、隙を見て手斧を勢いよくイグニス・ブレイズへと放った。二つ放たれたそれは見事に弾頭に直撃するものの、装甲にわずかな傷をつけるにとどまる。


「スカーレット、お願いっ!」


 レイジィがそう叫ぶと、真っ暗な闇の中をティルグリススカーレットが猛然と駆けてゆく。その巨体を躍動させながら、口を大きく開けて真っ白に輝く稲妻のブレスを放った。轟雷が、宇宙に煌めく。それは魔動機の装甲を貫通し、カルキノスの内部から焼き尽していく。被弾したカルキノスたちが、次々に異音を立てるが、すぐに立て直して再びこちらへ向かってくる。


「わたしも、カルキノスたちの足を止めます!」


 ヒスイは棒杖を構え、静かに精霊たちへと語り掛ける。


「……しかし、森羅魔法って大地や空の精霊たちに語り掛けて力を発現させるんだよね? こんなところでできるの?」


 エクシアは弾丸を装填し、迫りくるカルキノスたちに照準を合わせながらそう呟く。


「えぇ、普通なら成功しないでしょう。でも、ここはラクシアのどこよりも、精霊たちの声が聞こえてきますよ。……だって、“箱舟プラネテス”がありますから」


 あらゆる生物の種子を集め保管している、生き物たちの箱舟。まさにそれは、精霊たちの宿る祠のような物だ。彼らにとってそれは、大地であり、空である。熟練の導師であるヒスイに、彼らの声が聞きとれないはずはなかった。


『────大地の、空の精霊たちよ。今この時、この場においてわたしに力をお貸しください。古き友を救うため、惑いし者をお導きください』


 その声に、プラネテスの船体を突き抜けて、幾つもの精霊たちが現れる。まるでずっと待っていたかのように、彼らは生き生きとヒスイの呼びかけに応じた。


『我らが敵に、凍える息吹フリージングブレスを────!』


 ヒスイがそう囁くと、周囲に現れた白き獣ディノスたちが口を開き真っ白に凍えるブレスを吹きつけた。直撃したカルキノスたちは急激に熱を奪われ、関節部は凍り付き始める。 


「ワタシだって、全力を尽くしますよ……帰るために!」


 レイジィはヒスイの隣で、祈りの言葉をささやき始める。


『大いなる鉄道神ストラスフォードよ。ワタシの誓願をお聞き入れください……惑いし者を導き、軌道レールのごとく進むべき道を示し給え……』


 聖印を握り、静かに祈りの聖句を呟くレイジィ。その言葉に神が答えたのか、周囲4人の躰に魔力が流れ込む。


『我ら、惑いし者を帰すため。この身に神の祝福を……聖なる祝福ホーリーブレッシング!』


 レイジィの言葉が終わると、4人の周囲には見えない障壁のような物が展開されている。「聖なる祝福ホーリーブレッシング」と呼ばれる、高位の神官が使うことを許される、奇跡の一つだ。悪意や敵意から身を守る、聖なる障壁を展開することができるが、一日に1度しか使えない。


「さぁて、あたしも本気で行きますか!」


 マギスフィアを起動し、魔導銃ジェザイルを引き抜き構えるエクシア。静かに照準器ターゲットサイトを起動して、今も尚進行しているイグニス・ブレイズへと狙いを定める。


『弾丸装填、弾頭は……“致命の弾丸クリティカル・バレット”』


 ふわふわと浮く躰を一点で止めながら、エクシアはトリガーを引く。銃口から放たれた弾丸はまっすぐに飛び、イグニス・ブレイズに着弾するが装甲の一部を穿つにとどまる。


「ちっ、浅いか!」


 続けざまに撃つエクシアだが、弾丸は再び装甲の一部を破壊するにとどまる。巨大な弾道ミサイルイグニス・ブレイズは止まる気配もない。


 その隙に、カルキノスたちが一斉に距離を詰めようと推進剤を吹かして突進する。四機のカルキノスは協同して冒険者たちを追い詰めるようだが……


「これ以上、前には出させん!」


 それを防いだのはイリだ。まず一機と接敵したイリは、敵に牽制の一撃を入れてその足を止める。カルキノスは巨大な鋏を振りかぶりイリを墜とそうとするものの、宙を舞うようなイリの動きを捉えられない。攻撃をよけきったイリは、カルキノスの胴体に足を載せたかと思うと、それを足場に一気にジャンプした。無重力空間の中、反動で蹴られたカルキノスは後方に下がり、イリは反対方向へと進む。その先には、別のカルキノスがいた。それを繰りかえし、イリはたった一人で四機すべてのカルキノスの動きを完全に封じ込める。


「────踊るのには最高の環境だ。叶うなら、また来たいものだな」


 最後のカルキノスの攻撃を寸前で避けつつ、イリはそのカルキノスの胴体を蹴り飛ばして呟いた。


「宇宙でも踊っているなんて…‥流石はイリです!」


 カルキノスたちの間を踊るイリを見たヒスイはそう言った。踊る、という表現はまさにその通りで、イリの動きは一種の舞踊のようにも見えなくない。真っ暗な宇宙を背景に、次から次へと相手を変えて踊り続ける戦士の舞だ。


 そんな彼女たちを襲ったのは、再びイグニス・ブレイズから放たれた小さなミサイルだ。今度は、全員を対象にして襲い掛かる。避けようとするものの、ミサイルたちは直前で爆発を引き起こし、無数の破片を冒険者たちへと放った。

 だが、その破片のすべてはレイジィのかけた「聖なる祝福ホーリーブレッシング」の前に勢いを失い弾かれていく。


「ふぅ……これなら掛けた甲斐もあるってもんです」

「今のは流石に直撃してたらヤバかったかもねぇ。助かったよレイジィ」


 レイジィとエクシアの会話も束の間、再びイグニス・ブレイズの弾頭が輝き、熱線が放たれた。真っ暗な宇宙を照らし出すほどの光が放たれ、イリとスカーレット、そしてカルキノスたちも巻き込まれていく。高熱が体を焼き尽すが、「聖なる祝福ホーリーブレッシング」がそのほとんどを相殺してくれている。


「っ……とはいえ、聖なる祝福ホーリーブレッシングの加護もそろそろ限界か。敵の攻勢も勢いを増している」

「では、さっさと片付けちゃいましょう!」


 ヒスイは棒杖を構え、再び意識を集中する。


『────大地の、空の精霊たちよ。今この時、この場においてわたしに力をお貸しください。迫る敵を討ち払う、獣たちの突進ボアラッシュを!』


 周囲に現れた、幾つものボアたちが一斉にイグニス・ブレイズへと進んでいく。白い牙が、その装甲を打ち砕いていくが、巨大な弾道ミサイルは依然として歩みを止めることはない。


「畳みかけろ! カルキノスたちは後でいい、まずはイグニス・ブレイズを墜とすんだ!」

「もう一度、お願いスカーレット!」


 イリとスカーレットは協同してイグニス・ブレイズへと攻撃を仕掛けていく。スカーレットは宙を駆けだし、凄まじい勢いでイグニス・ブレイズへと突進を仕掛ける。めりめりと装甲がはがれ、内部の魔動機がむき出しになっていった。そこへ、イリが無数の手斧を投げて攻撃を繋ぐ。むき出しの魔導機は、瞬時にずたずたに切り裂かれていった。


「あたしも加勢するよっ!」


 そこに、無数の弾丸が叩き込まれる。はるか後方から、エクシアがジェザイルで破損した部位を狙って次々に弾丸を撃ち込んでいた。魔動機の残骸が宙に舞い、不気味な音を鳴り響かせながらもイグニス・ブレイズは突き進む。


「神様の力っ、お借りしますよ……それっ!」


 レイジィは再び聖印に祈りを籠めながら、その右腕を前へと突き出した。


『大いなる鉄道神ストラスフォードよ。神の力を一時の間、ワタシにお貸しください……ぬぬっ、いきますよ! 神の拳ゴッド・フィスト!』


 次の瞬間、レイジィの伸ばした右腕から衝撃波が放たれる。それは巨大な拳の形を取りながら、突き進むイグニス・ブレイズへと直撃し、轟音を鳴り響かせながら装甲を完全に破壊する。ぐしゃりと破壊された弾頭が分解され、無数の破片となって宇宙に散らばっていく。


「や、やりましたか……!?」

「────いやっ、まだだ! 来るぞっ!」


 レイジィの言葉に、イリはすぐさま事態を把握しそう叫んだ。無数の破片の中から、一回りほど小さくなったイグニス・ブレイズが現れたのだ。それは勢いをさらに増しながら、一気に“プラネテス”の方へと向かって飛んでいく。


「分裂した……!」

「あらら、面倒なことになったね。これは!」


 二つに分裂したイグニス・ブレイズは、奇妙に軌道を変えながら“プラネテス”へと進んでいく。


《着弾まで、およそ残り20秒!》


 鬼気迫る“フォルトナ”の声が聞こえてくる。だが、「アルテミス」の4人は慌てない。


「まぁまぁ、慌てない慌てない。慌てたら、勝てるのも勝てなくなるよー?」


 ジェザイルを放り投げ、腰から二丁のデリンジャーを取り出してエクシアは呟く。それを見た3人は頷いて宙を蹴り、真っ暗な宇宙を駆け出していった。


《なにを落ち着いて……このままでは、貴方たちも危ないんですよ!?》


“フォルトナ”がそう叫んでいるが、4人は慌てることなく着々と攻撃を重ねていく。まるで、最初から打ち合わせていたかのように。


「大丈夫ですよ“フォルトナ”さん。わたしたち、これでも冒険者ですから」


 ヒスイはそう呟き、棒杖を構える。意識を集中させ、再び周囲に無数の精霊体を呼び寄せていた。


『お願いします、皆さん……“イグニス・ブレイズ”には謝ってもらいますよ! 獣たちの突進ボアラッシュ!』


 その言葉に、周囲の精霊たちは勢いよくイグニス・ブレイズへと突っ込んでいく。二つの弾道ミサイルは、獣たちの攻撃を受け次々に傷を重ねていった。


「スカーレット! ワタシも援護します!」


 レイジィはスカーレットに声をかけ、分裂したミサイルに次々と攻撃を仕掛けていく。無数に繰り出した「神の拳ゴッドフィスト」と、スカーレットの繰り出す連続した攻撃は、イグニス・ブレイズの傷を広げさらにダメージを拡大させていった。


「────これで決める、終わりだ“イグニス・ブレイズ”!」


 小さな掛け声と共に、イリはその巨大な尻尾を横一線に振りぬく。鉄をも砕く威力のテイルスイープがイグニス・ブレイズの装甲を破壊し、内部の魔動機をむき出しにしていく。凄まじい破壊の音と、嵐を伴って3人の攻撃がイグニス・ブレイズを破壊しつくしていった。


 ……だが、イグニス・ブレイズの歩みが止まることはない。推進力をさらに増し、3人の猛攻をものともせずに“プラネテス”の元へと飛び去ろうとする。


「あとは任せたぞ────エクシア! お前の弾丸まほう、信用するからな」


 イリはエクシアにそう呼びかける。エクシアは応える代わりに、デリンジャーを2丁構えて見せた。


《一体なにを……》


「────こうするのさ」


 エクシアはまず1発、デリンジャーを構えてトリガーを引き、弾丸を放った。その弾丸は、迫りくるイグニス・ブレイズ……ではなく、周囲に漂う“ルミエル”の残骸を吹き飛ばす。そこに現れたのは無機質な色合いの、巨大な『タンク』だ。


《まさか……貴方たちは》


「そのまさかだよ、これを吹き飛ばす。ね!」


「ヒスイっ!」とエクシアが声をかけると、ヒスイはこくりと頷いて精霊たちに言葉をささやき始めた。


『……再び、わたしたちに力をお貸しください。弾けるほど熱く、燃えるような体を。────燃え盛る躰ファイアプロテクター!』


 すると、4人の躰を真っ赤な魔力が覆う。それは燃えるように暖かく、周囲の熱を吸収し防いでくれているようだった。


「えっと……本当に爆破するんですか?」


 レイジィは怯えた声で、ルミエルの残骸から現れたタンクを見つめる。そう、彼女たちは戦闘が始まる直前、“フォルトナ”から得た情報で、300年前弾道ミサイルと衝突し消滅した、“ルミエル”の残骸があることを知っていた。そして、偶然にもエクシアは推進力を生みだす燃料タンクの一つを見つけていたのだった。


「“ルミエルの遺産こーんなもの”があるなら、使わない手はないでしょ? それに、炎への対策はばっちりだからね!」


 先ほど、ヒスイが全員に向かって掛けた魔法は、森羅魔法の一つ。対象に炎への絶対的な耐性を与える魔術だ。ただし、その効果は10秒程度しか持続しないが、全てを破壊し、爆発に耐えるには十分すぎる時間だ。


「何を言っているレイジィ。そもそもお前ドワーフだろう、元から炎への絶対耐性を持つお前が、何を弱音を吐いているのやら」


 イリは腕を組み、呆れた顔でレイジィに話しかけていた。


「い、痛くないのと怖くないのは別物なんですけどぉ!!」

「はいはい、そこまでにしてね。そろそろ時間だよ」


 イグニス・ブレイズは、一気に距離を詰め燃料タンクの傍まで接近してきていた。勝負はほんの一瞬だ。だがエクシアは不敵に笑い、トリガーを引いた。


「────さぁ、パーティの時間だ!」


 弾丸は燃料タンクを撃ち抜き、込められた魔力が燃料を一気に励起させる。その瞬間、凄まじい光と共に熱が体を覆い、周囲一帯が強烈な爆発に飲み込まれていく。4人は宙を蹴り、浮かんでいた残骸を盾にその衝撃と熱の嵐から身を守る。

 イグニス・ブレイズは突如発生した爆発に呑まれ、その細長い胴体を真っ二つにへし折られていた。搭載されていた無数の小型弾道ミサイルが次々に誘爆を引き起こし、分裂していた二つとも光の嵐の中に消えていったのだった。


 まるで星が爆発したかのような光は、4人を包み、激しく明滅しながら次第にその光を収束させていった。イグニス・ブレイズを護衛していたカルキノスたちも爆発に飲み込まれ、真っ暗な宇宙には初めから4人しかいなかったかのように、静寂が広がっていた。



「や……やりました……! やりましたよ! わたしたち!!」


 嬉しそうなヒスイの声が響き渡る。その隣には呆然とした様子のレイジィが浮かんでいた。


「お……おわったっす……?」

「あぁ、終了だ。かつてのルミエルの遺産ルミエル・レガシィのおかげだな」

「いやぁ、派手だったね! それに、あれだけ激しく戦ってれば、見えてるんじゃない?」


 エクシアはそう呟き、“プラネテス”の方を見やる。船首側の窓には、一人の人影が写っていた。その人物は窓に手を突き、驚きの表情を浮かべながら4人のことを見つめているようだ。その瞳からは涙をこぼし、ただただ呆然とした様子で「アルテミス」のことを見つめていた。


《────攻撃衛星“イグニス”からの追加攻撃は確認されず……やった! 迎撃が成功した! やったんだ!!》


 喜びの声に溢れる“フォルトナ”の声。だが、その声に混ざってもう一つの声が聞こえてくる。初めはノイズが混じり、しばらくすると徐々にその声が鮮明に聞こえてきた。それは、少女の声だった。



《────ど────し、て》


 その声は、驚いていた。信じられないものを見たような声で、信じられないことを知ってしまったような声で。


《────どうして、ここに、ヒトが────》


 昨晩マギスフィアに届いた、音声メッセージ。そこから流れた少女の声と、全く同じ声。


 それは、人々に忘れられ、300年もの間“惑い続けた”少女。────ライカの声だった。

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