024:ソラの果て
“フォルトナ”のその声と共に、4人の身体に急激な負荷がかかる。魔航船“フォルトナ”はその巨大な鉄の躰を宙へと浮かせ、爆音を鳴り響かせながら空へと舞い上がる。
奇妙な浮遊感と、体にのしかかるラクシアの
「────“フォルトナ”発進!!」
躰にかかる重力にも負けず高らかに叫ぶヒスイ。その隣では、歯を食いしばりながらレイジィの叫び声が漏れ出していた。
「ひぃぃぃぃ早いぃぃぃいいいい!!!」
「これはっ……早いな!」
「あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”~~~」
それぞれがそれぞれの悲鳴なのか、歓喜の声なのかわからない音を立てていた。魔航船に備え付けられた窓からは、凄まじい速度で遠ざかる地表が見える。巨大な台地も、いまや点のような大きさになり真っ青な海がどこまでも広がっていた。
轟音と共に、魔航船は高度を勢いよく上げていく。真っ白な雲を突き抜け、抜けるような
《……機体安定化を確認。第二宇宙速度から第一宇宙速度へと減速。ラクシア、衛星軌道上へと軌道を修正中……オールグリーン。今のところ問題ありませんよ》
窓の外から見える風景は様変わりしていた。眼下には蒼い海と白い雲がみえ、“フォルトナ”の往く遥か先には、真っ黒な宇宙が見えている。4人の見る世界は、真っ暗な宇宙と、その中でひときわ美しく輝く、惑星ラクシアの姿だった。
「なんですかこれぇ!」
驚嘆の声を上げるレイジィに、“フォルトナ”は落ち着いた声で語りかける。
《これが、惑星ラクシアと宇宙ですよ。レイジィ》
「ほわー……これが、世界なんですね」
彼女たちは安全ベルトを外し立ち上がろうとする。すると体はふわりと浮き上がり、すでにここがラクシアから遠く離れた別の世界だということを実感する。
《……かつて、たった一人のみがこの領域に足を踏み入れました。そして、今は貴方たち4人が足を踏み入れた領域でもあります》
「綺麗……ですね。お日様は近くにあるはずなのに、こんなにも暗いなんて」
《その通り、ラクシアの大気の影響で、我々の眼に空は青く明るく見えていたにすぎません。本来は、暗くて、全てを飲みこむような深みのある世界。それが、宇宙です》
”フォルトナ”の言葉が機内に静かに響いた。
《……ところで、“プラネテス”ってどういう意味か、ご存じですか?》
唐突な質問に、4人が顔を見合わせる。
「さぁ? あたしは知らないけど」
「いや。魔動機文明語は基本会話しかわからんし、それ以外の言語ともなるとさっぱりだ」
「さっきから、知らない言葉しか出てこない……」
「わたしは人の名前だと思ってましたね」
それぞれ頭をかしげながら思い当たるものはないか考えるが、これといったものは思い浮かばない。その表情を読み取ったのか、“フォルトナ”は答えを告げた。
《人の名前ではないんですよ。……いや、ある意味では“人”を意味する言葉かもしれませんが》
意味深な発言をしつつ、“フォルトナ”は言葉をつづける。
《古い言葉で、“惑うもの”という意味があるそうです。あの子の……ライカの乗った船は、その意味の示す通り、長い間宇宙をさまよい続けた》
《……お願いします、冒険者さん。ライカの旅に────帰るべき道を、示し上げてください》
“フォルトナ”はそう告げる。その声は、誰かによって造られた知能とは思えないほど、真に迫るものがある。
「名付け親は皮肉が好きか、自身がないのか」
そう呟いたのはイリだ。腕を組み、ふわふわと無重力に浮きながらも“フォルトナ”の言葉を聞いていた。
「任せてください。ここまできて、そう簡単にあきらめたりはしませんよ」
「うぅ……帰りたいのはやまやまですけど、仕事しなきゃ帰れませんし」
ぐったりとしたレイジィを気にしてか、
「そこに未知があるのなら、止まらないよ。進み続けるだけさ」
エクシアがそう呟いた直後、機内に警告音が鳴り響いた。切羽詰まった様子で“フォルトナ”が全員に告げる。
《いいニュースです! 前方に対象物“プラネテス”を発見しました。損耗はしていますが、外傷はなし。機能に問題はなさそうです》
“フォルトナ”の船外を移す窓を除けば、目の前に巨大な円柱状の魔動機が姿を現していた。その外装は、あちこち損耗しているようではあるが、目に見えて大きな傷や破損部位はなさそうだった。うっすらと汚れたその白いボディには、いくつかの窓が備えられており、船首と思わしき部分には大きなガラスのようなものがはめ込まれている。そこには、一人の人影が見えた。
明るい髪を束ね、獣耳が見える少女の横顔だ。瞳を閉じ、沈痛な面持ちでうつむいている。それは眠っているようにも、絶望しているようにも、すべてを諦めてしまっているようにも見える。
「あれが“プラネテス”……大きいですね」
「それに、あの船首部分に移る人影。もしかして……ライカなのか?」
窓からその巨影をみるヒスイとイリ。今まさに、目の前に“
《……そしてもう一つ、こっちは悪いニュースです。“カルディア・グレイス”が軌道演算のため、魔導知能“カルディア”を再起動させたところ、想定通り攻撃衛星“イグニス”に攻撃指示が出されたようです》
その言葉に、機内は緊張が走る。“フォルトナ”は努めて冷静な声で、
《当機より6時の方向から、急速に接近する物体を検知しました……数は5。冒険者さん、作戦通り至急迎撃をお願いします!》
「どうやら、ここまで来ても暇にはなりそうもないらしい」
「そうだねぇ。ま、外の世界もどうなってるか気になるし、やろうか」
「宇宙空間での戦闘……普段とは全然違う戦闘ですけど、やることはいつも通りです」
棒杖を取り出したヒスイは、鞄に詰め込んだありったけの魔晶石を覗きながら言う。
「うぅ……今になって本気かどうか疑わしくなってきた。これ、ホントに外にでても大丈夫なんですよねぇ?」
レイジィはスカーレットにしがみつきながらフォルトナに問いかける。“フォルトナ”
は、
《そのまま出れば死は免れませんが、当機の周辺数百mまでは外部環境から影響を受けないよう、“フォルトナ”が断続的に魔術を行使し続けます。大丈夫です……理論上は》
「理論上は!?」
《何分初めてのことですので……だ、大丈夫! シミュレーションの結果では全く問題ないことを保証しますよ!》
「帰りたい……ホントに帰りたいよう!!」
「どんなことにも最初の一歩ってのはあるからね、レイジィ。
エクシアはそう言い、レイジィの首根っこを掴んで機内の床を蹴る。無重力に包まれた二人は、ふわふわとハッチ開口部まで移動する。レイジィの悲鳴に包まれながら、4人は武装を整え、鋼鉄の床の上に立つ。
《外部で活動できるよう、魔術をかけ続けられるのは10分が限界です。それまでには、必ず戻ってきてください。……
「任せてよ、あの子に聞きたいこともあるしね」
「あぁ。祖たちの想い、今ここで成就させよう」
「そうですね、惑うのは今日でおしまいです。帰るべき道を示しましょうか」
「……帰るために、ワタシだってやる時はやるんですよ!」
それぞれの想いを胸に、「アルテミス」は未知の世界へと踏み出した。人族の歴史の中で、いまだ刻まれたことのない宇宙での戦闘が、今幕を開く────!
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