023:フォルトナ

 カルディア・グレイスから依頼された、“プラネテス”────ライカの救出ミッション。カルディア・グレイス曰く、最接近するまでは残り丸一日近くあるらしい。それまでは、英気を養い、コンディションを整えておくようにと指示があった。


 ひとまずは解散し、遺跡入り口のベース・キャンプまでアルテミスのメンバーは戻る。それぞれ明日の準備を整え、装備品を確認し、食事をとって休息ムードが漂っている。時が経ち、太陽は水平線の向こう側に沈み、海から吹く潮風は少し冷たい。

 空は深紫から、徐々に闇夜の黒へと色を変えていき、星々の輝きが空に煌めき始めた。あの天高く輝く星々の中に、ライカという少女を乗せた箱舟プラネテスは浮かんでいるのだ。いくつもの証拠を見た後だが、にわかには信じられない出来事だった。


 不意に、エクシアの持っているマギスフィアが起動する。何かを受信したようで、カチカチと点灯を繰り返しながら、そのことを伝えていた。


「おっと、またなんか来てるね」


 エクシアのその声に、全員が振り向き反応した。彼女はマギスフィアの操作を進めていくと、どうやらそれは“プラネテス”から送られてきたメッセージのようだ。“カルディア・グレイス”と接続したおかげか、マギスフィアは本来の機能を取り戻したようで、そのメッセージを解読することができた。


「エクシア、何かまた受信したのですか?」


 ヒスイの問いかけに、エクシアは応える。


「んーそうっぽいね。どうやら今回は数列、じゃなくて音声メッセージが送られてきたみたいだけど」


 そういい、彼女は音声メッセージを再生する。マギスフィアからはノイズのような雑音が響き、しばらくすると小さく人の声が聞こえ始めた。


《……っ……ヵ、あ……》


 それは、ひどく掠れた声だ。消え入るように細く、聞き取りにくい小さな声は、次第に声量を取り戻していった。


《……し、もし、もしもし……聞こえ、ますか?》


《だれか……ボクの声、聞こえてますか……?》


 初めて耳にする、少女の声。その声は、なんども、なんども呼びかけ震えながら言葉を紡いでいく。


《……は、はは……ホントに、時間、経ってるんだね。手元の計器、みたら……312年だって………嘘みたい……》


 少女の声は、無理に明るく振る舞おうとしているようで、そのかすれた笑い声は酷く痛ましく聞こえる。


《……ねぇ。もうみんな、いなくなっちゃったのかな。アリッサ……ルナ……タイヴァルド……スチュワート……っ!》


 震える少女の声は、“誰か”の名前を呼んでいた。4人にとっては、遥か過去。歴史の闇に消えていった人たちの名前だ。その名を、いとおしく、恋しく思いながら小さく叫ぶ少女がマギスフィアの向こうにいる。


《……ボク、わすれなかったよ。みんなのこと。忘れなかったけど────さみ、しいよ……》


《────さみ、しいよ……ドクター……》


 小さくすすり泣く声。姿の見えない少女は、遥か空の果てで泣いている。マギスフィアからは、今にも消え入りそうな幼い少女の声がこだましていた。


《……ボクも、約束を果たすよ。みんな……》


《誰からも忘れられても……ボク、独りになったとしても。みんなのことは、忘れない、から……》


 その声を最後に、マギスフィアは再生を止めた。


「話によれば、312年も前のことです……4人とも、きっと亡くなっているでしょう……」


 ヒスイはマギスフィアをみつめながらそう呟いた。


「“カルディア・グレイスあれ”に教えられるまでは、名前に聞き覚えなかったしなぁ。エルフなら生きてる可能性はあるけど……まぁ、まず死亡済みだろうねえ」


 エクシアは腕を組み思案顔でそう言う。かつて大破局を生き残り、あの研究所にたどり着いた4人の名前は、今の今まで彼女も聞いたことはなかった。


「それに、もし生きているとしたら、彼女ライカが降りてくる今、この場に来て待っているでしょうし」

「確かに、もう待ってそうですよねぇ」


 ヒスイとレイジィはエクシアの言葉に同意しつつ、言葉をつづけた。今この地域には、「アルテミス」のメンバー以外には訪れてはいない。少なくとも、彼女たちが周囲を確認した限りそういった来訪者の陰は無かった。


「だろーね。大破局の時点で多少なり抵抗した拠点ってことはさ、まぁまず相当な実力者だったわけでしょ。少なくとも、今のあたしらより絶対に。で、それが迎えに来てないんだから……」

「地下の映像に、あの戦いの跡だ……ほぼ戦死しているだろう。それに、大破局を戦い抜いて今でも生き残っているとしたら、それだけでも有名人だ」


 あれだけの戦闘を行えたものたちが、名前も刻まれずに消えていく時代の終わり目ディアボリックトライアンフ。その事実に、うっすらと戦慄を覚える。だが……


「……では彼らの分以上に、私たちが歓迎してあげましょうか!」


 ヒスイは楽しげな声でそう宣言する。


「まーね。面白そうだから引き受けたし、そのことに後悔もないけど……昔の英雄ができなかったことをやらなきゃいけないわけで。ハードル高いよねえ」

「ハードルが100㎞くらいはありそうだ。だが、99㎞と990mは“フォルトナ”とやらが飛んでくれる。我々は、あと10mを飛べばいい」


 エクシアの言葉に、イリは静かにそう言う。リルドラケンらしい彼女の言葉に、レイジィはへにょへにょと萎れながらに口を開いた。


「そもそも宇宙て……ミサイル迎撃って……ミサイルってあれですよね、魔動機とかに装備されてたりする、誘導弾ですよね? あの魔導知能カルディア・グレイスは一体何を期待してるんだろう……うぅぅ帰りたい」


 頭を抱え込むレイジィをみて、3人は笑いながらも、


「お前はお嬢様で引き籠り研究員だからな……冒険者というのは、泊った村に妖魔が現れれば、即仕事をするものだ。出くわした急ぎの依頼には、とりあえず首を突っ込むんだよ」


 イリはそういい、レイジィの肩を叩く。


「つまり……派手にパーティーをしよう! ってことだね、うんうん」


 エクシアは何故か一人で納得しつつ、深く頷いていた。その姿に苦笑しつつ、ヒスイは呟く。


「……きっとうまくいきますよ。命の危険があるのは百も承知ですが、わたしは今、不思議と燃えています」


 にこりとほほ笑んだヒスイは静かに、しかし力強くこう言った。


「312年前の人を迎えに“ソラ”を飛ぶ────これって、とても素敵でおとぎ話みたいじゃないですか」


 純粋な想い、まだどこか幼さの残る顔立ちのヒスイはそう答えた。流石のレイジィもこれにはため息をつきながらあきらめざるを得ない。


「……まぁ、ライカさんに対して思うところがない……ってわけじゃないですけど、怖いものは怖い~……! スカーレットだってきっとそう思ってますよう」


 レイジィは騎獣を縮小した小さな駒を触りながらそう呟く。


「がうがうとしか言わないだろう」

「レイジィに働け~~! といっていることでしょう」

「そう、やる気! 元気! 一番!」


 と、イリ、ヒスイ、エクシアの声。彼女たちの笑い声は、満点の星空の元、どこまでも響いていったのだった。



    **



 翌日。“カルディア・グレイス”に指定された時間に、再び倉庫へと集まる「アルテミス」のメンバーたち。全員がそろったことを確認すると、“カルディア・グレイス”は変わらぬ口調で語りだす。


『全員集合を確認。これより、“ライカ救出ミッション”を開始します。総員、本施設最下層の連絡路を進み、発射台まで移動を開始してください』


 そういうと、“カルディア・グレイス”は目的地である発射台までをナビゲートし始めた。


「……はぁ、帰りたい」


 レイジィは、巨大なティルグリスに捕まりながらそう呟く。彼女の従える、もう一人の“スカーレット”だ。ドンダウレスとは異なり、その見た目は巨大なトラによく似ており、尻尾の先は鋭い剣のようにとがっている。非常に力が強く、また知能も高い“幻獣”と呼ばれる生き物の一つで、ティルグリスを従えることのできる騎手ライダーはそう滅多にはいない。

 そんなティルグリススカーレットにひしっとしがみついたレイジィは、そのままスカーレットに運ばれていく。スカーレットは威風堂々と通路を歩いている。


「まったく、やる気一杯のスカーレットに謝ってください!」

「うぅぅ……スカーレット、ごめんなさい……ごめんなさいだから、貴方だけで行ってきて……?」


 その光景に肩をすくめながら、4人は通路を進んでいった。最下層へと続く通路は、300年の時が経っているとは思えないほどに整備されており、今もなおその役目を十全に果たしている。そのことに4人が驚いていると、魔動機スピーカーを通して“カルディア・グレイス”が声をかけてくる。


《……このように、危険度の高いミッションに参加していただいたこと。過去、この件に関わった者たちすべてを代表して、お礼申し上げます》


 4人の足音と、“カルディア・グレイス”の声だけが通路に響く。


《……当機“カルディア・グレイス”の役目も、無事に達成できると推測されます。本当にありがとうございました。貴方方という、冒険者の助力を得られたことは、想定外のことでした。もし差し支えなければ、貴方方が見も知らぬ少女を、命を賭してまで助けたいと思った理由を聞いてもよいでしょうか?》


 その言葉に、4人は一瞬顔を見合わせる。


「わたしは……かつて、命を懸けて戦った英雄たちと、彼女にお礼を言いたいのです。“謝罪”と“感謝”は表裏一体ですから」


 ヒスイは真剣なまなざしでそう答えた。生真面目な彼女らしい、芯のある答えだった。


「冒険者は誰かの困りごとが仕事になる。遺跡で明日、空から降ってくる少女を砲弾から守ってほしいと言われたら、やはりそれが仕事になるだろう」


 イリは堂々とそう答え、言葉をつづける。


「……それに、私の先祖と思わしき戦士たちへ。私も戦士であることを誇りとしての……これは、鎮魂歌だ」


 その言葉をきき、うんうんと頷くエクシアは元気よく、一言だけこう答えた。


「────面白そうだから!」


 その言葉に、3人は頭を振る。だが、“未知”を求めるその少女の横顔は、誰よりも純粋に興奮と、興味と、楽しさを含んだ表情だ。彼女にとってのすべての原動力は、未だ知り得ぬものを解き明かすこと。その一つに収束しているようだった。


「……そんな上司と、同僚の無茶ぶりを断り切れず……」


 一転して、この世の終わりのような表情でぽつりぽつりと言葉を零すのはレイジィだ。だが……


「……でも、私がもし同じ境遇になったら、やっぱり助けてほしいし。助けてもらうためには、まず助けるところから、だからかなぁ」


 素直に自身の心を吐露するレイジィ。そんな心を知ってか知らずか、主人を乗せたティルグリススカーレットはのしのしと進んでいく。最後に小さく「帰りたい……」とつぶやくところまで、レイジィらしい回答だ。


《……本当に、人族というのは予想のつかない生物です。人の可能性、当機にとっては演算も予測も不可能なもの》


 それぞれの回答を聞き、そう呟いた“カルディア・グレイス”はこう告げる。


《貴方方に、全てを託しましょう。魔航船“フォルトナ”────神をも殺し、運命を司るとされる剣の名を冠する、最後の希望を》


 その言葉が通路に響くと、通路の最奥の扉が音もなく開く。4人は通路を渡り切り、その扉を抜ける。

 その先は巨大な筒状の空間が広がっており、壁一面には無数の魔動機が設置され、4人が眺める前でせわしなく稼働を続けていた。今も尚、施設の機能を維持し、これから始まる大一番に向けて準備をつづけているようだ。

 だが何より目を引くのは、この空間の中央に設置された巨大な魔動機だ。真っ白な船体をした、円錐形の魔動機。ボディは磨き上げられ、空気抵抗をなくすためか、なめらかな流線型の形に鋳造されている。側面にはいくつか鋼鉄の翼が着いており、それは巨大な発射台の上に乗せられていた。


《これが、300年前から建造されていたアル・メナス文明の誇る最先端魔動機の一つ。遥かなる宇宙を目指す、有人魔航船“フォルトナ”です》


「かっこいい……!」

「ほえー……」


 その巨大さに圧倒される4人。つい感嘆の言葉が漏れたヒスイは“フォルトナ”を見上げており、その隣ではエクシアが好奇心を抑えきれない瞳を魔動機たちに向けていた。


「エクシア! わたし、これを持ち帰りたいです!」


 きらきらと輝く眼を向けながら、フォルトナに駆け寄ったヒスイはその巨大さに圧倒されつつも、一枚札を取り出して「アルテミス」と書き、フォルトナのボディへと貼りつけていた。


「いや、これ用を果たしたら燃え尽きるんじゃない……? ま、いっか。乗ろう乗ろー」

「燃え残った装甲くらいは持ち帰れるだろう、それで我慢しておけ。最悪我々が燃えカスになったとしても、ドワーフのレイジィだけはそうはならんしな」

「あの、燃えカスにならないとしても、ワタシ着地のショックで死ぬんじゃないですかね……」


 4人はいつも通り、わいわいと雑談を交わしながら発射台を上っていく。無骨な鋼鉄の階段を上るにつれて、日常から非日常へと変わっていくが、彼女たちは物怖じすることもなく、いつものように歩みを進める。

 最上階へとたどり着くと、そこには魔航船への入り口が開かれていた。彼女たちがそのやや狭い入り口をくぐり中に入れば、そこは思ったよりも広く、複数人分のシートが設置されていた。着座と同時に、発射のカウントが始まるだろう。


「さぁ、もう戻れませんよ! レイジィももっとプラス思考で行きましょう、わたしは帰ったら美味しい物をたくさん食べますよ」

「もう帰れたらなんでもいいですよぉ……!」


 相変わらず騒ぎながら、何とかシートに座る4人。スカーレットも、貨物用の安全ベルトで体を固定し万全の態勢だ。そんなとき、機内に声が響き渡る。それはどこか頼りなさげな男性の声だった。



《────あー……てすてす。こちら、魔航船操縦用の魔導知能“フォルトナ”》

「男性の……声? “カルディア・グレイス”と同じ魔導知能にしては、フランクな感じですが」


 ヒスイの声にその男性の声は慌てて答える。


《あっ、すいません驚かせてしまいましたか。有人魔航船“フォルトナ”は、複数人を宇宙へ輸送するために設計された魔航船。人と触れ合うことを前提に造られてまして、魔導知能である私も実在する人物の思考や言語パターンを元に作成されているんです》


「まぁ、開発が間に合わなくて試作版なんですけどね。」と、“フォルトナ”は頼りない声で笑っている。


《えーとそれで、貴方たちがこの船に乗る、搭乗者……でいいんですかね?》


「そうだよー!」

 間髪入れずに答えたのはエクシアだ。未知の魔動機に未知の技術。そんなものに包まれている状態の彼女は、どこか興奮気味だ。  


《了解しました。今回、貴方たちの旅路をサポートさせていただきます。短い間ですが、どうぞよろしく。簡単な自己紹介も済みましたし、さっそく発射体制へと移行しましょう》


“フォルトナ”はそういうと、外へとつながる扉を閉じ厳重にロックをかける。


《準備はいいですね? もうここから先は、望んでも戻ることは叶いません》


 その言葉に、4人は頷く。


「我々の意志は固まっている。頼んだぞ」

「えぇ、構いません。行きますよ“アルテミス号”」

(ここまでずっと望んでも戻れなかったんですけど……)


 そんな言葉と表情を、「覚悟を決めた」と判断したのか、“フォルトナ”は炉に火をくべ始めたようだ。響くような重低音が機内全体を包み始めた。



《えーっと一応“フォルトナ”号なんですけど……まぁいいでしょう。それでは、空の世界へと貴方方をお連れします》


“フォルトナ”はそう言い、全力稼働を開始する。「アルテミス」を乗せた魔航船は、文字通り最後の希望となって“ソラ”へ向かって放たれた────

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