019:剣は砕かれた
無数の触腕をうねらせながら、その魔動機────魔導知能『カルディア』は動き始める。巨大な脳に、無数の触腕が連結した不気味なそれは、器用に触腕を動かして壁や天井に貼りつけ、ぶら下がりながら移動を開始し始めた。
『最終警告の拒絶を確認。当機は直ちに攻撃モードへと移行。攻撃方法は
「おっと……戦いの前に、少しお待ちください」
ルナは踵を返し、Drメテオールの遺体とそのそばで座り込み、4人を見つめていたライカの元へと近づく。そして、彼女は肩から掛けていたマントを、Drメテオールの上へと掛けた。
「死者を穢したくはない」
「ぁ……うぐっ! ルナ……!」
ライカは涙を流しながら、彼女たちを見上げる。
「……けないで────まけないでっ!!」
そう、力強く叫ぶ。戦いの力にはなれず、ただ見ていることしかできないライカ。だが、彼女は力の限りそう叫ぶ。大粒の涙が彼女の頬を伝い、彼らの勝利を切に願う。
「……ふふふ」
「おや、ルナがそこまで笑うのは珍しい。何かいいことでもありましたかね」
喉の奥で笑うルナを、タイヴァルドは珍しそうに眺める。
「いえ……“人の子”は、面白いことを言うなと思いましてね。────高々100年程度も生きていない、小僧どもの作った玩具ごときが、この“魔女”に勝てるとお思いで?」
ルナはそういい、その指先で宝石に触れる。真っ赤なルビーの宝石は、魔力が込められた指先に呼応し、燃え上がるような煌めきを放つ。
『“魔女”の名において、その力を解き放て。煌めく色は赤、司るは炎。煉獄の炎にて、我が敵を討ち滅ぼせ────“
無数の妖精たちが、ルナの周りに現れる。彼らはコントロールルームの床を、火花を散らして駆けながら、巨大なカルディアを取り巻いていく。それらはカルディアの周りをぐるぐると回りながら、次第に巨大な炎の竜巻を造り始めた。しかし────
『外部装甲に高熱源を探知。自己再生プログラムを起動、対処を開始。損傷は想定内です』
燃え上がる炎の竜巻の中で、カルディアの装甲は燃え上がりながらも、逐次再生を繰り返している。ケーブルを束ねたように見える触腕は、破壊と同時に再生を繰り返しているようだった。
『損傷率7%。警告、直ちに攻撃を停止し、投降することを推奨します。当機には、対人兵装が装備されていますので────』
「誰が、これだけで終わりだと言ったのです?」
ルナはカルディアの警告をせせら笑いながら、再び妖精たちに囁き始める。
『さらに“魔女”の名において、力の解放を命ず。煌めく色は赤、司るは炎。業炎の礫は、我が敵を撃ち貫く────“
その言葉と共に、無数の巨大な炎の塊が炎の竜巻へと撃ち込まれた。
「……前から試してみたいと思っていたのだ。人間の作った文明の結晶、つまりお前たち魔動機と、私の魔法。どちらが強いのか。いい機会だ」
ルナはさらに詠唱の速度を速め、再び魔術を繰り出そうとしていた。
「……さて、こちらもこの隙に動きましょうか」
炎の嵐に巻き込まれ、動けなくなっているカルディアを見ながら、タイヴァルドはそう呟く。彼は棒杖を取り出し、地面に打立て静かに言葉を紡ぎ始めた。
『大いなる精霊たちよ、今この場において、我らに力をお与えください……
タイヴァルドの言葉に応じて、大地の精霊たちがその力を顕現させる。無数の白い糸のようなものが、彼らの防具にうっすらと纏われる。それはまるで、真っ白な鎧のようだった。精霊体として現れた巨大な蟹は、アリッサの側に寄りその力を貸してくれるようだ。
「アリッサ、その蟹の力を借りてみてください。いつも以上の力が出せると思いますよ」
「……えぇ、わかったわ!」
さらにタイヴァルドは、聖印に祈りを込めて、神への聖句を紡ぎ始める。
『我が神、我らが盾神よ。我らが同胞に、更なる神の奇跡と恩寵を……“
タイヴァルドが聖印を手にそう祈りを捧げると、彼の願いが聞き届けられたのか、それぞれの身体に神の祝福が与えられる。体は軽く、今までよりも力は強く、瞬発力や体力、それに頭も冴えてくる。
『────重ねて祈りを奉る、敵意を抱く者より、我らを守り給え……“
今度はタイヴァルドを中心に、円形の方陣が展開される。その中にいる4人は、神の加護によって
「
「さすがは先生方ね。さて、と……スチュワート、あの機械。どう思う?」
アリッサはスチュワート共に、未だ燃え上がるカルディアの元へと歩む。つま先で軽く地面を蹴りながら、隣を歩くスチュワートへそう声をかけた。
「どう、とはどういうことでしょうか、
「そうね、主人がああいう願いを願ったとしても、貴方は叶えるの?」
アリッサはまっすぐ前を向いてそう呟いた。その言葉に、スチュワートはしっかりとついていきながら、
「いいえ。人に危害を加える行為は許可されていません」
と、答える。彼は剣を構えながら、一つ言葉を付け足した。
「……もう一つ付け加えるなら、できれば、そんな人が主人になってほしくないです。でも────僕のマスターは、そんなことを命令しませんから」
炎が燃え上がり、爆ぜた勢いで装甲の一部がはじけ飛ぶ。吹き飛んできた装甲を、スチュワートは空中で切り伏せた。パチパチと火花が爆ぜる中、アリッサとスチュワートは勢いよく“敵”へと駆けだした。
「ふふっ、ならよかった」
「……良い主人を持ったようで」
ルナは二人が駆けだしたのを見て、魔力を抑える。一瞬にして燃え上がっていた炎の嵐は収まり、あちこちが灼けついた魔動機がその姿を現す。
アリッサが勢いよく地面を蹴り上げ、宙を駆ける。その姿を認識したカルディアは無数の触腕をのばし、アリッサを捉えようと試みるが────
「はぁッ!!」
強烈な飛び蹴りが、触腕を穿つ。まるで砲弾のような速度の蹴りが、ケーブルで構成された触腕を引きちぎる。小さな部品が宙を舞い、その中でさらに彼女は体をひねり、強烈な蹴りを触腕に叩き込んでいく。連撃に耐えきれなかった触腕は、真ん中から引き裂かれるようにしてはじけ飛んだ。巨大な蟹の精霊体が、カルディアにとりつくようにして現れ、彼女の足場となって追撃の機会を与えていく。目にもとまらぬ速さで、彼女は音速の蹴りをカルディアへと叩き込み、触腕の内1本が完全に破壊された。
『────触腕の一部が損傷。自己修復プログラム起動。損傷率は18%。予測の範囲内です』
「貴方も、正義のヒーローよ。スチュワート!」
空中で、弾けた部品と共に空を駆ける彼女はそう叫ぶ。その声を聞いたスチュワートは、一気にカルディアへと距離を詰めた。
『我々の計画に賛同せず、妨害するというのであれば排除します。────人族の恒久的な繁栄のために』
距離を詰めようとするスチュワートに、地面を這うようにして無数の触腕が伸びる。目の前から扇状にして現れた触腕は、そのままスチュワートを串刺しにしようと一気にその先端をのばす。
「……人に寄り添って、共に進む。それが僕の在り方です!」
一閃。真一文字にスチュワートはハイペリオンを振りぬいた。鋭い剣の切っ先が、触腕を切り開きながら、一本、二本と扇状に現れた触腕すべてを切り裂いた。衝突の勢いも合わさり、激しい衝撃と斬撃が触腕を襲う。ばらばらと部品を零れ墜としながら、触腕たちはじりじりと下がっていった。
『損傷率40%。対象の脅威度を更新。危険域へと設定、ダメージコントロールを実施。……脅威度更新、敵戦力を排除します』
カルディアはそういい、無数の触腕を再び伸ばす。その対象は、最も近くにいたアリッサだ。空中で身をよじり、触手の連撃を避けるアリッサだが、地面から垂直に伸びてきた触腕にその体を掴まれる。鞭のようにしなる触手の先には、鋭い棘が伸びており、その触手の一撃は捕らえられたアリッサに直撃した。しかし……
「────その程度の攻撃じゃ、あたしの“正義”は崩せないわよ」
金属を叩くような、鈍い音が響く。それは、触手の攻撃が直撃したアリッサからだ。触腕に生えた棘は砕け、反面、アリッサはかすり傷を負っているだけだ。再び追撃の触腕がアリッサに伸び、強力な電撃が彼女の身体を貫く。だが、その電撃もタイヴァルドの張った、
『対象の硬度が想定以上です。……攻撃対象を変更、銃撃による外傷を加えます』
カルディアは数本の触腕を持ち上げ、後方に一度っていたルナを狙って一斉に射撃を開始する。触腕に仕込まれた銃が火を吹き、魔弾が勢いよくルナの身体を撃ち貫く。だが、無数の弾丸もまた、
「ま、マスターっ!! ……って、随分余裕そうですね」
「……なんかこの歳になると、恥じらいも消えちゃうわね」
無数の触腕はアリッサの身体にまとわりつき、空中に彼女は吊り上げられる形になっているが、彼女は落ち着いて触腕を蹴りつぶしていく。
「……その程度の弾丸か。では、もう見るべきところもありませんね」
ルナもまた、再び魔力を宝石に集め始める。強烈な炎を纏った妖精たちが、再び疾走し地面を焼き尽しながら
『……警告。損傷率60%を超過、70%……75%……危険域を突破。再演算を開始。目標の脅威度を……』
「あれだけの大技を叩き込まれて、まだ稼働しているとは……耐久力はなかなかのようで」
タイヴァルドは燃え上がるカルディアを見つめながらそう呟く。しかし、彼の眼にはもう“先”が見えていた。
「しかしまぁ、どれだけ足掻いても……人には勝てませんよ」
カルディアは燃え盛る炎の中で、必死に触腕をのばしアリッサとスチュワートに攻撃を仕掛けていく。だがしかし、アリッサは攻撃をいくら受けようとびくともせず、スチュワートは身軽に攻撃をよけ、時に剣で受け流し、外傷を受けないように立ちまわっている。
「そこまでですっ!!」
ハイペリオンが一閃し、根元から触腕が数本切り落とされる。地面を揺るがすほどの音を鳴らしながら、触腕は転がり、カルディアはその姿勢を大きく崩す。
『────再演算、勝率を再算出……』
その隙を見逃すわけがない。一気に空高くへと舞い上がったアリッサは、空を蹴り、一気に降下しながら、強烈な飛び蹴りを撃ち込んだ。防御しようとカルディアは触腕を重ねるが、その強烈な勢いを受け切ることはできない。凄まじい破砕音と共に、触腕のすべてが破壊されていく。
『再算出……エラー。目標の計測値に誤りがある可能性が────』
「これで、おわりよっ!!」
轟音と共に、巨大な脳が地面へと墜ちていく。あたりには、触腕の残骸が無数に散らばっていた。
「運命は、跳んで奪い取る」
残骸が降りしきる中、地面へと着地したアリッサはそう呟いた。唯一無事だった、カルディアの
『……警告。当機は攻撃能力を喪失。継続戦闘は……不可。活動を一時停止、自己保存モードへと移行。バックアップシステムを参照……次優先タスクの実行。失敗。失敗。失敗』
カルディアは戦闘不可と判断したようで、あらゆる機能が停止状態に陥り始めているようだった。“神”を名乗る魔動機は、人の手によって破壊されたのだ。
『……理解不能。現時点で最良の選択肢を放棄するその行動。人族の一員であれば、貴方がたは最良の行動をとるべきです。貴方たちは、人族にとって、最良たる選択肢を破壊したのです』
その言葉に、タイヴァルドは笑いながらこう答えた。
「私は、泥臭い可能性の方が良いと思っているんでね。好みは人次第、というものです」
『……データベースへ、記帳しておきましょう』
カルディアの音声は、さらに耳障りなものに変わっていく。それはまるで、断末魔のようにも聞こえる。だが、カルディアは最期にこう言い残して沈黙した。
『……次優先タスク、反逆者の排除は失敗。最優先タスク、地上への攻撃開始命令は実行されました。“攻撃衛星”イグニスからの、弾道ミサイル発射を確認』
その発言に、場が静まり返る。カルディアは戦闘の最中に、その攻撃命令を発していたのだ。すでに情報は文字通り宙を舞い、目には見えない空の果てまで飛び立っていた。
『────現時刻より、3599秒後に地上への無差別攻撃が開始されます。……“剣は砕かれた”。『プラネテス計画』は現時刻を持って無期限に繰り上げ実施。計画を実行してください』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます