013:終末戦線

 ────無数の妖魔ゴブリンたちが、一斉に研究所の方へと駆けだす。先ほどと同じように、だがその狙いは研究所の入り口にいる人々だ。ゴブリンたちは薄汚い刃物を振り回しながら一気に詰め寄る、が。


「そう簡単にここを通すわけにはいきませんね」


 その前に立ちふさがったのはタイヴァルドだ。研究所へと続く門の中央に位置取り、小さく祈りの言葉を紡ぎ始めた。


『我らが盾神イーヴ、守りの神に奉る。悪しきものに神の裁きを────“放つ力フォース”』


 そう短くつぶやくと、彼の身体から見えない衝撃波が放たれる。それは無数に分裂し、一直線に向かってきたゴブリンたちへと直撃した。直後、ゴブリンたちの小さな体は宙を舞い、ぐしゃりと潰れるようにして地面へと叩き落される。


『────重ねて祈りを奉る、穢れし者らと戦うために“我らが武器に祝福セイクリッド・ウェポン”を』


 そうタイヴァルドが祈ると、アリッサとスチュワートの武器がうっすらと輝きを放つ。武器に祝福を与え、蛮族やアンデッドけがれをもつものに対して、効果を高める神の奇跡の一つだ。


「助かるわ、タイヴァルドさん!」

「武器が軽い……これが神聖魔法の力!」


 アリッサは軽くつま先で地面を蹴る。彼女の履いているスカイブーツはまるで羽のような軽さに変わっていた。スチュワートの握る両手剣、ハイペリオンもまた随分と軽くなり、その鋭さはいつもよりも増しているように見える。


 妖魔の軍勢を吹き飛ばした彼らだが、廃墟と化した市街からはぞくぞくと蛮族たちが研究所へ向けて進んできている。地面に落ちたゴブリンの死体を踏みつけて現れたのは、全身獣のような人型の蛮族たちだ。


「あれは……ワーウルフ、ですね。まさか妖魔だけでなく、白兵戦に特化した蛮族まで市街に侵入していたとは」


 タイヴァルドは新手に気が付き、注意をうながす。


「あれらの毛皮は特別です。魔法や特別な加護を受けた武器でなければ通用しませんので、注意してください!」


 その言葉に、表情を変えることなくルナがつぶやく。


「では、魔法であればあれらを排除できるのですね」


 彼女は身に着けている、一つの宝石を指でなぞる。真っ赤に燃えるようなルビーは、それに答えるように小さくきらめいた。


『……さぁ、契約に従いその力を解き放ちなさい。煌めく色は赤、司るは炎。燎原の火の如く、敵対者を焼き払え。────“炎の嵐ファイアストーム”』


 詩でも歌うかのように、ルナはすらすらと妖精語で語り掛ける。その呼びかけに応じ、小さな宝石から現れた燃えるような妖精たちが、魔力マナを収束し解き放つ。

 直後、ワーウルフたちの足元に巨大な炎の渦が形成される。周囲の空気を激しく喰らいながら、ワーウルフたちを飲みこみ、瞬く間に巨大な炎の竜巻を生み出した。数人があわてて逃げ出そうとするものの、まるで炎は生きているかのようにワーウルフたちを飲みこみ、真っ黒な炭へと変えていく。


『さぁ、お逃げなさい。でなければ、炎はすべてを飲み込むでしょう。……もっとも、逃げ道はどこにもないのですけれど』


 ルナは妖精語でつぶやきながら、さらに宝石に魔力を籠めていく。それに呼応して、妖精たちはさらに強い力を発揮する。彼女の扱う妖精魔法フェアリーテイマーとは、宝石を依り代に妖精たちと契約を結び、その力の一端を使役する魔法だ。妖精たちは自然の一部分だ。そのため、彼らの扱う魔法は原始的であるが、それゆえに強力である。だがそのぶん制限も多い。妖精たちは金属を嫌い、彼らの話す言葉を理解する必要がある。何より、自由気ままな妖精たちを使役するのは、簡単なことではない。


 次々とワーウルフを飲み込んでいく炎は、凄まじい火力で周囲を焼き尽していく。炎の嵐が通り過ぎた部分は焦げ付き、一部は高温のあまりどろりと融解していた。


「し……信じられない……。まだこの時代に、これほどまでの魔力を持つ人たちがいたなんて」


 ルナの背後で、白衣の男性はタブレットを握りながら驚愕の表情でその景色を見つめている。


「神聖魔法に妖精魔法……それも、ここまで強力な魔力をもつ術者が二人もいるとは……!」

「いやぁ、しかしルナのこれはいつ見ても驚かされます。やっぱりこれは、ホンモノですねぇ」


 タイヴァルドは炎の嵐を見つめつつそうぼやく。“神聖学老大家ハロウズマスター”と“薄闇の魔女ウィステリア”とも呼ばれる二人の魔法の遣い手は、その通り名に違わぬ実力を見せつける。


「そうでしょうか? ……昔は、妖精たちと共に歩む魔女たちも多かったのですが」


 ルナはそういいながら、自身の隣に妖精を召喚する。輝く光と共に、彼女の宝石から現れたのは人間の少女のような妖精だ。軽装の鎧姿をし、美しい長い髪をたなびかせながらルナの方を見上げている。


『“フィルギャ”、私たちに加護を』


 ルナがそういうと、フィルギャと呼ばれた少女はこくりと頷き、全員に手をかざして魔法をかける。光の妖精魔法の一つである、仮初の命ヴァーチャルタフネスだ。魔力によって、一時的に体力を強化する魔法である。

 このように、妖精魔法は妖精たちの力を使役し、様々な事象を引き起こす戦い方と、妖精そのものを召喚し、共に戦う戦い方の二つが取れる。もっとも、ここまで高位の魔法を連続して使えるのは、類まれな技量と魔力を誇る彼女だからこそだが。


「すこし……やりすぎましたかね。まぁこの期に及んで、施設も街の保護もないでしょうけど」


 ルナが魔力を抑えると、巻き起こっていた炎の嵐は瞬時に消え去る。あとに残されたのは、無数の焦げ跡と融解した街の一部だ。


「お……おねえさんたちは、“まほうつかい”なの?」


 白衣の男性の側で、ぎゅっと袖を握りしめたまま4人を見つめている、ライカと呼ばれた獣耳の少女はそう尋ねた。


「さて。私は自身を“魔女”として認識していますが。広義には“魔法使い”で問題ないでしょうね。学術的な話ではありますが」

「私は大学の……学校の先生です。神官でもありますが、本業は教師ですよ」


 ルナとタイヴァルドの言葉に、ライカは


「“まじょ”……それに“せんせい”、ドクターと一緒なのかな」


「ドクター? さて、それは分かりませんが……まぁ、今の世には珍しいというのは、そうかもしれませんね」


 タイヴァルドは、ライカの言葉を聞きちらりと白衣の男性を見やる。ライカのいう、“ドクター”とはこの男性のことのようだが、見たところ“魔法使い”という見た目ではない。


「そうですね。私の力は魔動機術マギテックではありませんし、タイヴァルドは神官プリーストですし。……まぁ、人の世では絶えて久しいかもしれませんね、妖精魔法フェアリーテイマーは」

「都会で妖精と出会うことはありませんからね」


 二人の魔法使いはそう語る。魔動機が全盛のこの時代において、習得に長い年月のかかる真語魔法ソーサラー操霊魔法コンジャラー妖精魔法フェアリーテイマーを習得するのはまれなことだ。誰にでも、平等に、簡単に扱える。それが魔動機術マギテックの最大の利点であり、この世界をここまで発展させた最大の要因でもあった。この二人ほどに卓越した技量を持つ魔法の遣い手は、今はもう世界でも数えるほどしかいないのかもしれない。


「……“まほうつかい”、じゃああっちのおねえさんと、おにいさんは……? あれも“まほう”なの?」


 と、ライカは指をさす。その指さす先には、巨大なダークトロールたちを相手に、たった二人で戦いを挑んでいたアリッサとスチュワートがいた。


「……あれは“ぶつり”ですね」

「そうね、ただひたすら殴ってるだけです」



 タイヴァルドとルナが迫りくるゴブリンやワーウルフを焼き払っていた間。二人はやや離れたところで、もう一方の敵と相対していた。その敵は、巨大な躰とその躰に見合う武器を持ったダークトロールたちだった。皮膚は岩のように固く、蛮族の中でも特に戦いを好み、戦いを神聖視している者たち。蛮族の中の戦士といったものたちだ。


「はぁっ!!」


 アリッサは小さく息を吐くと、地面を蹴り上げるようにして宙へと舞う。独特の呼吸法を使い、自身の肉体変化させる《錬技》と呼ばれる技。その中でも、翼を与える《ワイドウィング》を用いて空を飛び、宙を蹴り上げながらダークトロールへと突っ込んでいった。

 迫りくるアリッサに気が付いたダークトロールは、武器を前に構え防御の姿勢を取る。だが、アリッサはためらうことなく自らの「脚」に力を込めた。空中に飛びあがったまま、アリッサは相手の武器を蹴り上げる。


『ぬ────ぐっ……!?』


 その小さな躰から放たれた蹴りとは思えないほどの強烈な衝撃が、ダークトロールを襲う。一瞬のうちに武器は宙を舞い、ダークトロールの防御が解ける。アリッサは、蹴り上げた足で再び空を蹴り、今度はかかと落としの要領で無防備なダークトロールの頭を蹴りつける。鈍い音が鳴り響き、ダークトロールはぐらりとその巨体をふらつかせた。

これが、まさに“空飛ぶ少女ホッパーガール”といわれる由来だ。空を自由に駆け、その小さな躰から放たれる驚異的な蹴りによって、多くの人々を魅了してきた、“正義のヒーロー”なのだから。


『小娘がっ……調子に乗りおって!』


 だが、ダークトロールもただでは倒れない。ふらつきながらも、宙を舞うアリッサにつかみかかろうと、その巨大な手を伸ばす。


「これを喰らってまだ倒れないなんて、やるわね! ────でも、正義を執行するわ!」


 アリッサはその手を躱し、宙を蹴ってダークトロールの腕に飛び乗る。不意を衝かれたダークトロールは、慌てて振り払おうとするがすでに遅かった。

 腕に飛び乗ったアリッサは、勢いよくそのまま駆け上がり、ダークトロールの頭にさらに痛撃を加えていた。回避不可能なゼロ距離で、強烈な攻撃を二度、三度加えられたダークトロールは、大きな音を立てて昏倒する。


「さすがマスター……! じゃあ、僕もお仕事を開始しないとですね」


 スチュワートは、複数のダークトロールに囲まれていた。その巨体と比べれば、少年の身体はあまりにも小さく、脆く映る。ダークトロールたちは、巨大な武器を振り上げて、次々にスチュワートに向かって振り下ろしていった。地面を揺るがすほどの衝撃があたりに走り、土煙が舞い上がる。


『小僧が……戦場に迷い込んだか?』


 濛々と舞い上がる土煙の中、ダークトロールの一人がそうつぶやく。だがその直後、違和感に気が付いた。土煙の中に、何かがいる。


「なかなか重い一撃ですね……、ですがこれなら想定範囲内です」


 土煙が晴れると、そこにはダークトロールたちの攻撃を巨大な剣の腹で受け止めたスチュワートが立っていた。人間とは比較にならないほどの膂力を誇るダークトロールたちが、渾身の一撃を振るったにも関わらず、スチュワートは全くの無傷でその打撃を受け止めていたのだ。

 そのまま、スチュワートはぐっと勢いよく剣を振り上げる。不意を衝かれたダークトロールたちは、一瞬武器につられてそのバランスを崩した。


「では、いきますねッ!!」


 スチュワートは両手で巨大な両手剣、ハイペリオンを握り横一線に振りぬいた。小さな躰からは想像もできないほどの力で、剣はダークトロールたちの足を引き裂いていく。

 苦痛の声を上げ、数歩下がったダークトロールたち。スチュワートはその隙を逃さない。ダークトロールの1体に詰め寄ったスチュワートは、大上段から剣を振り下ろし、瞬く間にその腕を切り落とした。



「ただ殴っているだけだって!? そんな馬鹿な……一般的な身体能力を大きく超えるものですよ、あれは!」


 二人の活躍を離れたところから見ていた白衣の男性は、驚きの声を上げる。


「我々の身体って、鍛えたら案外どうとでもなるのですよ。そこのルナも、あのルーンフォークのスチュワート君の放つ剣戟なら耐えれるでしょう」


 タイヴァルドは白衣の男性にそう告げる。それを聞いていたルナは、


「……あんな離れ業は私もできませんよ? それに御覧の通り、私は見た目通りの身体能力ですし」

「(そんなまた平気で嘘を……貴方なら耐えられるでしょうに)」

「……何か?」

「いえ、したたかだと思いましてね」


 タイヴァルドの言葉に、ルナはふっと笑みをこぼす。


「おねえさんも、おにいさんも……すごい。あんな大きな相手なのに……」


 白衣の男性とライカは、4人の戦いを呆然と眺めている。彼らの戦い方は、通常の人の範疇を超えており、素人目にも尋常ならざるものだとわかるものだ。


 アリッサとスチュワートの猛烈な攻撃を受けていたダークトロールたちだが、二人を“強敵”と認めたのか、その顔つきは変わっていた。彼らは全身全霊を籠めて、アリッサとスチュワートを倒すと決めたようだ。


 スチュワートを取り囲んでいたダークトロールたちは、巨大な武器に魔力を乗せる。通常の打撃攻撃を強化し、魔力を乗せた一撃────魔力撃と呼ばれる一撃を繰り出してきたのだ。先ほどよりも明らかに破壊力の増した一撃が、スチュワートを狙って振り下ろされる。

 だが、スチュワートは相手の力を利用し、剣でうまく躱しながら、その剣戟の軌道をそらしていく。


「……っ、すみませんマスター。相手に致命傷を与えることはできませんでした」


 強烈な横殴りの一撃を寸前で躱しながら、スチュワートはそうつぶやく。


「いいわよっ────あたしがやるから!」


 大ぶりの一撃を放ち、隙ができたダークトロールに向かって、宙を駆けるアリッサは強烈な蹴り上げサマーソルトキックを叩き込む。アリッサのつま先が、ダークトロールの顎を捉え、破滅的な音と主に打ち砕いた。ダークトロールの1体は、大きくのけぞりながら、地面へと打ち倒される。


「こっちはあたし一人で大丈夫、スチュワートはタイヴァルドさんたちのところに行って!」


 アリッサはスチュワートへそう叫ぶ。


「マスターから離れるのは抵抗がありますが……ご命令とあらば、任せてください!」


 そうして、スチュワートは剣を構えたまま走り出した。


『ぬっ……行かせるものかッ!』


 ダークトロールは、駆けだしたスチュワートを逃すまいと武器を横薙ぎに振るうが、スチュワートは武器の下を潜り抜けるようにして攻撃を避け、走り続ける。


『猪口才な!』

「あら、貴方の相手はあたしよ!」


 スチュワートの元へと進もうとするダークトロールの前に立ちふさがるのはアリッサだ。蛮族の戦士と、正義のヒーローは再び武器を構えあう。



「……さてさて、こちらはまた厄介な敵が現れましたねぇ」


 タイヴァルドとルナが陣取る研究所への門付近では、再び攻め入ろうとする蛮族が現れていた。その姿を確認したタイヴァルドは、困ったような声でそうつぶやく。

 市街地から現れたのは、4体の蛮族。うち2体は体中に奇妙な紋様が描かれており、樹木のように皮膚はひび割れている。別の2体は引き締まった体と、周りを威圧するオーラを放ちながら、ゆっくりとこちらに迫ってきている。


「タイヴァルド、あれはなんです?」


 ルナは目の前に現れた蛮族を見て、嫌悪感を露わにしながらつぶやく。


「手前の樹木のような蛮族は、アルボルエルダーですね。強力な魔力をもつ、魔法の遣い手と聞いたことがあります。後ろのはボルグサプレッサーかと、まさかこんな上位蛮族と相まみえることとなるとは」


 先ほどのワーウルフたちとは、明らかに気迫が異なる。その立ち振る舞いには隙が無く、周囲の蛮族たちも彼らには恭しい。


「ひとまず、私が先手を打ちましょう」


 ルナは再び魔力を籠めて、目の前の蛮族たちに炎の嵐ファイアストームを放つ。業炎が巻き起こり、アルボルエルダーやボルグサプレッサーたちが巻き込まれていく。地面を焼き尽すほどの火力で焼き払われていく……が。


「……耐えきったようですね」


 魔力を抑え、炎の嵐が止むとそこには蛮族の姿がある。彼らは炎に耐えきり、こちらへと一気に距離を詰めようとしていた。


「落としきれませんでした。タイヴァルド、あれが出てくるようならお願いしますよ」

「えぇ、任せてください……といいたいところですが、いい所で彼が来てくれたみたいですね」


 タイヴァルドがそうつぶやく。ルナが横目で見れば、やや離れたところから凄まじい速度で走り寄るスチュワートの姿がそこにはあった。


「マスターの命により、みなさんをお守りします!」


 そう叫び、深く踏み込んだ彼は一気に速度を上げて、タイヴァルドとルナに迫るボルグサプレッサーたちへと追いついた。スチュワートは息を整えながら、剣を横に構えて自らの生命力をマナへと還元していく。


 ルーンフォークの特性の一つ、それは自身の体力を消費し、それを魔力へと変換する能力だ。戦いの中で、魔力を消耗していても体力さえ残っていれば一定量を変換することができる。これによって、一時的だが戦闘時間をのばすことが可能なのだ。


「コア、オーバードライブ! マナコンバート、行きますッ!!」


 先ほど変換した魔力を消費し、《錬技》を使って自身の肉体を極限まで強化する。スチュワートは、躰の重心を低く保ち、横に構えた剣を一閃した。

 不意を打たれた形で、ボルグサプレッサーたちはその一撃をまともに受ける。その小さな躰から放たれたとは思えないほどの剣戟は、ボルグサプレッサーたちを吹き飛ばし、その体に大きな傷を負わせた。鮮血が舞い、吹き飛ばされた蛮族は土煙を上げながら、地面を転がり回る。

 スチュワートは油断することなく剣を再び構え、


「────よかった、間に合ったみたいですね。流石はマスター、見事な状況判断です」


 とつぶやいた。


「……おにいちゃん、すごい。たったの一撃で……」


 側で見ていたライカは、驚きの表情でスチュワートの動きに魅入っている。


「驚異的としか言いようがない……、ここまで戦闘的にカスタマイズされたルーンフォークと、ダークトロール相手に圧倒するドワーフなんて、見たことがない。素晴らしい戦闘能力です……!」


 白衣の男性は、タブレットを操作しながらも4人の活躍に注視している。


「まだ危機が去ったわけではありませんから、あまり油断をされないように」


 タイヴァルドはそういいながら、目の前の蛮族たちに再び“放つ力フォース”の奇跡を放っている。衝撃波が蛮族を襲い、アルボルエルダーたちが膝を屈していた。


「……その通りですね、来ますよ」



 ルナは敵の動きをみて、そうつぶやく。見ればアルボルエルダーたちは立ち上がり、棒杖を地面に打ち刺し呪文を囁き始めていた。


『……我らが命に付き従え、空を駆ける大鯨よ、我らが敵を凍てつかせ、その動きを封じ込めよ。────大鯨の息吹チリングブレス


 アルボルエルダーがそうつぶやくと、彼らの周りには巨大な鯨が現れる。空を舞い、冷たい霧の潮を吹く、スカイホエールの精霊体だ。スカイホエールは鳴き声をあげ、凍えるほどに冷たい霧をあたりに噴霧する。


「冷たっ! ……ですが、この程度では凍えませんよ!」


 凍えるほどに冷たい霧は3人を包み込むが、3人の動きを封じ込めるほどではない。しかし、彼らを狙った攻撃は終わりではなかった。


『……我らが命に付き従え、大地を駆ける大猪たちよ、我らが敵へと突撃し、その血を持って贖わせよ。────大猪の突撃ボアラッシュ


 うっすらとした霧を突き破るようにして、無数の大猪ボアの精霊体が、スチュワートへと迫る。視界の悪い霧の中、突然現れたボアに驚きつつ、スチュワートは身をひねり寸前でその突撃を躱す。だが、躱した先には先ほどのボルグサプレッサーたちが待ち構えていた。

 彼らは拳を握り、目にもとまらぬ速度でスチュワートへと打ちこむ。繰り出される無数の拳をすんでのところで躱し続けるが、二体が繰り出す拳をよけきることはできず、強烈な一撃をもらってしまう。小柄な体に掌底が叩き込まれ、体は宙に浮くが、くるりと一回転をしながらスチュワートは体勢を整えなおした。



 アルボルエルダーとボルグサプレッサーの猛攻に3人が耐える中、スチュワートを送り出し一人戦い続けるアリッサ。目の前には手傷を負いながらも武器を構えるダークトロールに、再び無数のゴブリンたちが現れてアリッサを取り囲んでいる。ここを通せば、そのまま一直線に研究所の方へと駆けだすのは明白だ。


「なんとしてもここで食い止めなきゃね……!」

『強き人族の女……だが、ここで終わりよ!』


 ダークトロールは再び武器に魔力を籠め、地面へと振り下ろす。しかし、その大ぶりの一撃を狙い、アリッサは宙に舞いながら武器を狙って蹴り上げる。二人の攻撃が互いに衝突し、周囲を揺るがすほどの衝撃が発生する。

 力と力のぶつかり合いに、勝利したのはアリッサだ。大きく跳ね上げられ、がら空きになった胴体に向かって、アリッサは強力な飛び蹴りを繰り出した。


『────な、にっ!?」

「ハァァァァッ!!!」


 彼女の全力の攻撃を受け、ダークトロールの巨体が宙へと浮かぶ。驚愕の表情を浮かべながら吹き飛ばされたダークトロールは、受け身を取ることもなく地面へと沈むのだった。


「まだッ!!」


 アリッサはその勢いのまま、地面に片足で着地するとそれを軸足に強烈な回し蹴りを放つ。一瞬の出来事に、アリッサを捉えようとしたゴブリンは強烈な蹴りに捉えられ、地面を削るようにして吹き飛ばされていく。その回転の勢いを殺さず、手にした小さなマレットを投げ、逃げ出そうとしたもう一体のゴブリンを打ち倒した。


「……ふぅっ、これで終りよ。“正義は勝つ”ってね」


 アリッサは打ち倒された蛮族たちを見下ろしつつ、最後にそう呟き、スチュワートたちの戦う戦場へと駆けだしたのだった。



「どうやら、向こうは片付いたようですねぇ。ではこちらも、そろそろ終わりにしましょうか。相手は炎への耐性を得ているようですが、大丈夫ですかな?」

「……炎の耐性? なるほど、考えましたね。ただ、私が扱う属性が一つなら、という話ですが」


 タイヴァルドとルナは、軽口をたたきながら相手の様子を観察していた。アルボルエルダーたちは、強烈な“炎の嵐ファイアストーム”を警戒したのか、炎への抵抗力を上げる魔法を味方にかけていた。そのことを互いに認識しながら、それぞれに魔力を練り上げ始める。


『────三度、我らが神へと奉る。安寧を破りし者に、盾神イーヴの裁きを。“放つ力フォース”!』

『────契約に従い、その力を解き放ちなさい。煌めく色は翠、司るは風。吹き抜ける風は一陣の刃の如く、我らが敵を切り刻め。“断ち切る風ウィンド・カッター”』


 タイヴァルドの放つ衝撃波に、風の刃が合わさる。不可視の刃は、前線で戦うボルグサプレッサーたちとアルボルエルダーへと突き進み襲い掛かった。風の刃が肉を刻み、衝撃波は骨を砕く。断末魔の悲鳴と共に、樹木のようなアルボルエルダーたちの身体が砕け、枯れ木のようなその体は地面へと倒れていく。

 ボルグサプレッサーも吹き飛ばされ、血に染まりながらふらふらと立ち上がるが、1体は耐えきれずにそのまま倒れ伏す。残る1体は、血にまみれながらも拳を握り、決死の覚悟でスチュワートへと拳を叩き込もうと駆け込んできた。


「────ここでッ、決めます!」


 スチュワートは剣を構えなおし、同じようにボルグサプレッサーへと駆けだした。凄まじい速度で繰り出される拳を見切り、体を一瞬沈ませて、胴から肩に沿うようにして剣を斬り上げる。

 スチュワートを通り抜けたボルグサプレッサーは、一、二歩と足を動かし、バッサリと胴を切り落とされて絶命した。その表情は、何が起きたかわからない、といった表情だった。



「蛮族たちの実働部隊を、たったの数十秒で壊滅……信じられません」


 白衣の男性は、震える指先でタブレットを操作しながらそうつぶやく。あらゆる能力が規格外な人物が、目の前に4人もいるのだ。

 この4人の働きに恐れをなしたのか、周囲にいた妖魔や低級の蛮族たちは一斉に退いていく。圧倒的な力量差に、勝てないことを確信したのだ。だが、同時に4人の顔色も良い訳ではなかった。


「よかった……どうにかなりました」


 剣を鞘にしまいながら、安堵の息をつくスチュワート。その隣には、駆け寄ってきたアリッサもいる。


「そっちも片付いたみたいね、さすが先生たちです」

「アリッサもお見事。少々疲れました、やはり魔力消費は永遠の課題ですね」


 宝石から現れた妖精たちは、再び宝石を通じて戻っていく。そんな妖精たちを見送りつつ、ルナはつぶやく。


「とはいえ、この様子では人族世界も時間の問題なのでしょうね」

「えぇ、今回は何とかなりましたが、伝承に語られるような蛮族が攻め込んできたら、我々が数十秒で消し炭になるでしょうねぇ」


 汗をぬぐいながら、タイヴァルドもそうつぶやく。彼らほどの力をもつ者たちでも、先ほどの先遣部隊を撃退してこの消耗。もし本格的な大部隊が攻め込んで来たら、人々を守り切るのは至難の業だ。


「はは……そうですね、そんな化け物が来ないことを祈りましょう。でも、貴方たちのおかげで、こちらも十分に準備をする時間がとれました」


 白衣の男性は、タブレットを操作してそう笑う。


「準備?」


 スチュワートは不思議そうな顔でそうつぶやく。


「はい。《アル・メナスネットワーク》が切断されてしまって、施設の防御機構が一時的に停止していましたが、これで再起動できます……!」


 男性はそうつぶやき、最後のボタンを押す。すると、研究所を囲う塀から合成音声が聞こえ始めた。


『……防御機構、再起動。《アル・メナスネットワーク》との接続失敗。防御機構はローカルネットワークにて自律稼働モードへ移行。これ以降、当設備は本システム、魔導知能“カルディア”の制御下に置かれます』


 塀の上に設置された、無数の固定銃座ガンタレットたちが息を吹き返し、起動中を示す魔導灯が点灯する。それ以外にも、施設全体を覆うようにして魔法の障壁が展開され始めた。


「ひとまず、これであの程度の蛮族なら追い払えるでしょう」


 白衣の男性は安心したように、ふーっと息をつく。強張っていた表情はやわらぎ、優し気な顔つきへと変わっている。


「本当に、助けていただきありがとうございました。ひとまずここは危険ですので、中へどうぞ」


 男性は4人を研究所の中へと案内する。男性の側には、ライカと呼ばれた少女もいる。すでに人々は研究所の中へと入っていったのか、あたりに人の気配はない。男性は皆を先導するように歩きながら、4人の方をみて口を開く。



「こちらの女の子は、もうご存じかもしれませんがライカ。そして私のことは────Drドクターメテオールと御呼びください」


 白衣の男性……“Drメテオール”はそう語り、にこりとほほ笑んだ。

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