009:真実の語り手

 残骸となり果てた無数の魔動機が、格納庫に転がっている。銀の騎士は既に沈黙し、動かなくなったラングガーグナーとグルバルバは、黒煙を上げながら残骸の山を築いていた。死闘を繰り広げた「アルテミス」のメンバーは、周囲に動くものがないことを確認しつつ、魔動機たちから使えそうな魔導部品をはぎ取っている最中だ。

 先ほどまで鳴り響いていた耳障りな警報は既に鳴り止み、格納庫は静寂で満たされていた。施設の電源は復旧したのか、周囲は照明の灯りで照らされている。


「ようやく終わったかな? いやー、弾丸もなくなるし、危ない所だった」


 エクシアはジェザイルに弾丸を装填しながら、あたりを見渡す。周囲には彼女たち以外に動く者はいない。


「わたしも、予備の魔晶石ごとすっからかんです」


 残り少なくなった魔晶石をヒスイは心細そうに数えていた。先ほどの戦闘で、大量の魔晶石を彼女は消費しており、これ以上の戦闘は回避したいところだ。


「追撃はなしか。それとももう戦力がないのか。いずれにしても一息できそうだ」

「全員の傷の手当てもしないといけないし……スカーレットも重症ですし」


 レイジィはイリの傷を手当てしている。手際よく回復魔法をかけ、必要な処置を施していく。彼女たちがそれぞれ状況把握をしているなか、奇妙な声が格納庫へと木霊した。最初は耳障りなノイズが響き、それが徐々に人の声へと変換されていく。どこか違和感を残す合成音声となったそれは、施設内に設置された魔動機スピーカーからアルテミスのメンバーへ語り掛けてきたのだった。


『……全システム、再設定完了。全区画へのロックを解除。聞こえていますか、冒険者の皆さま』


「えっ、冒険者!?」

「ぼ、冒険者? わたしたち以外にも、誰かいるのですか?」


 あたりをきょろきょろと見渡すレイジィとヒスイ。そんな二人を見たのか、語り掛けてくる合成音声は、


『否定。当施設に冒険者と呼べる存在は、今格納庫にいる貴方方4名以外には該当しません。この呼びかけは、今貴方たちへと呼び掛けているものです』


 合成音声は冷静に「アルテミス」のメンバーへと語り掛けていた。


「あたしたちに? てーことは、今までの戦闘全部見られてたわけか」

「この施設の管理者、といったところか。罠……じゃないだろうな?」


 エクシアはどこからか見ているだろう、その管理者に向かって呟く。イリもまた、語り掛けてきた“管理者”と思わしき存在に、警戒心を抱いていた。


『肯定。貴方たちへの生命、および精神的損傷を加えるような脅威は、すべて排除、または停止されています。当施設“ヒュブリス・ベース”は、現時点において完全に掌握済みです』


「こんな話の通じる遺跡、初めてかも……」

「で、ですね。罠まで解除していただけるなんて」


 レイジィとヒスイは、毒気を抜かれたようにしてその声を聴いている。思っていた以上に、この“管理者”はアルテミスのメンバーに好意的らしい。 


「“ヒュブリス・ベース”……ふぅん、そういう名前なのか。とりあえず、どこか休憩できるところない? ちょっと疲れてるんだ」


 エクシアがそう尋ねると、“管理者”は


『了承。休息に適した空間までナビゲートを開始します。こちらの誘導に従い、前進してください』


 と伝える。その直後、格納庫奥の壁の一部が動き出し、さらに奥へと進むための通路が現れた。その通路の入り口には《研究セクター・西側出入口》と書かれたプレートが設置されている。


「ふぅ……仕方ないが、ひとまずはこの声の指示に従って進んでみよう」

「ですね。……言い忘れましたが、後で謝ってくださいよね!」


 イリはやれやれといった表情で、虚空に向かって叫ぶヒスイの肩を叩いた。アルテミスのメンバーは、その声と誘導に従って、さらに奥へと進んでいく。


 格納庫の奥に出現した通路は、雑多に物が置かれていた。その多くは人々が生活をするための物資であったり、書物や書類などの資料だ。本や埃をかぶったままの魔動機、大量の書類が積まれた箱が無数に置き去りにされていた。様々な記録や文献が残されており、さながら忘れ去られた図書館といった趣だ。もっとも、図書館というには、あまりにも乱雑に物が置き去られているが。


 アルテミスのメンバーたちは、通路を縫うように歩きつつ、さらに先へと進んでいく。“管理者”の示す声は、さらにその先へと進むように指示していた。

 通路を抜けた先には、広大な空間が広がっていた。先ほど、魔動機たちと戦闘を繰り広げた格納庫も広かったが、ここはそこよりも広い。先ほどの通路同様、ここにも無数に物が置かれており、倉庫のような扱いだとわかる。しかし、よく見てみれば、人が生活していた形跡が残されている。簡単な仕切りが造られていたり、布が敷き詰められた簡素な寝床や、数百年もの間放置された缶詰などが転がっている。今までアルテミスのメンバーが見てきた中でも、ここが一番生活の残滓を感じ取れる場所だった。


「……すごい、ひろい。こんな場所があったなんて」

「魔動機文明の本がこんなに沢山……これは、大発見ですよ!」


 レイジィはぐるりと首を回してあたりを見渡しているが、あまりの広さに目を回しそうだ。その隣では、ヒスイが放置されたままの本を手に取り、その背表紙を確認して驚いている。


「おー……これは本当に“未知”だなぁ。研究者っていつの時代も部屋が汚かったんだね」

「その通りだな。昔からそういう生き物なのだろうか」


 辺りを歩き回りながら、エクシアはあたりに落ちているごみを見ながらそうつぶやく。大柄なイリは、積み重ねられ、放置されたままの物資に体をぶつけないように、気をつけて歩いている。


 彼女たちが倉庫の中心まで進むと、そこには無数のケーブルと結線された、箱のような魔動機が設置されていた。その魔動機は現在も稼働しているようで、格納庫で見たようなコンソールも配置されているようだ。そして、そのコンソールにはアルテミスのメンバーが持っているものと同じ形のマギスフィアが接続されていた。


「これが“管理者”の正体、かな?」


 エクシアがそうつぶやく。すると、その声に反応するかのように、コンソールから先ほどの合成音声が響く。


『肯定。貴方がおしゃる通り、当機がこの“ヒュブリス・ベース”を現行管理しております』


 その魔動機は、続けてこう言った。


『────改めて、“ヒュブリス・ベース”へようこそ。冒険者の皆さま。当機は、この施設の維持・管理を行う魔導知能、《カルディア・グレイス》です』


 目の前の魔動機はそう宣言する。


「カルディア……あの“始まりの剣”の名を冠する者、ですか」


 ヒスイはどこか慎重にその言葉を発する。《カルディア》、世界を創ったとされる創世の魔剣であり、三振りあるとされる『始まりの剣』のうち一振り。叡智を司ると言われ、神紀文明時代の神々の争いにおいて、戦いの果てに砕け散ったとも云われる、伝説の魔剣だ。カルディアが砕けたことで、世界にマナが満ち、新たなる種族が生誕したことや、新系統の魔術が生まれたことから、恵みグレイスをもたらしたと魔剣もいわれる。

 その名を冠する魔動機、それも“魔導知能”と呼ばれる未知のテクノロジー。それが今、目の前でアルテミスのメンバーへと語り掛けている。


『当機は、当機の存在理由を証明し、それを実行するため、貴方たち“冒険者”をこの施設へと招き入れました』


「……ほぉう、ではあたしたちがここに来るのは、すべて計算通りだと?」


『肯定。ここまでの道中、警備用魔導兵器を破壊したその戦闘力は、当機の演算した戦闘力の基準値を超えたものでした。故に、貴方がた力ある冒険者をここまで導きました』


 エクシアの言葉に、カルディア・グレイスと名乗る魔導知能はそう返答する。そして魔導知能は、こうつづけた。


『当機は、貴方たち冒険者へ依頼をせねばなりません。力ある“冒険者”。貴方たちに仕事を依頼します。────300年前の“約束”を果たすために』


 カルディア・グレイスは、冒険者たち────「アルテミス」へと、そう伝える。力ある冒険者にしかできない仕事をお願いしたい、と。


「……で、ですけど。依頼的に、これってワタシたちの仕事……じゃなくて、外の人たちの仕事ですよね?」


 レイジィは魔導知能の言葉にそう告げる。彼女たち「アルテミス」が受けた依頼は、遺跡最奥までの踏破と地図作成マッピングだ。レイジィの言う通り、これは本来彼女たちの依頼の外にあたる出来事、なのだが……


「仕事をするために、仕事が増え────むにゅう!?」


 レイジィの言葉を塞ぐようにして、ヒスイがその口をふさぐ。


「こんな美味しい話は見逃せませんよ、レイジィ!」


 ヒスイのその瞳は、新たな冒険を求める冒険者の瞳だ。その様子に、レイジィは気圧される。


「ヒスイの言う通りだ、レイジィ。こんな話、そう滅多にあるものではないぞ。何より、私はまだ戦いあばれたりない」


 イリはそういい、魔導知能の前で腕を組み仁王立ちをしている。イリが聞きの姿勢に入ったときにする、いつものポーズだ。もうこうなってしまっては、彼女を動かすのは容易ではない。


「ふーむ、これは面白そうな話じゃないか。まぁひとまず話を聞こうか」


 エクシアもまた、近くの木箱の埃を払い落とし、その上に座る。その表情は、新鮮で巨大な“未知”を前にして、一体どのような話が聞けるのか、興味津々といった様子だ。


「あ、あぁ……もうこれ、絶対に受ける流れですね。お家に帰りたい……安全な自室に籠りたい……」


 へなへなと、レイジィはその場に座り込む。そんな主人マスターを見かねてか、スカーレットはその頬をぺろりと舐めた。


「じゃ、早く聞かせてよ。その“300年”前に何があったのかさ」


 にっこりと笑うエクシアに、魔導知能はこう答える。


『────では語りましょう。今から300年前。この地に何が起きたのか。歴史に埋もれた真実を、今こそ再び明らかにしましょう』



 魔導知能、カルディア・グレイスは語りだす。永い長い物語を。この地に起きた出来事を。歴史に埋もれた、英雄たちとの約束の物語を──── 

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