007:待ち構えるもの

 翌日。アルテミスのメンバーは遺跡探索二日目へと突入していた。彼女たちは再び準備を整え、遺跡の中へと進んでいく。今日の目標は、昨日戦闘を行ったT字路のその先へと進むことだ。東側はすでにイリが探索済みであるため、今日は西側へと進むことになる。

 再び薄暗い、地の底へ沈んだ遺跡に潜りつつ、ヒスイは昨日の夜から調べ続けていた手帳の内容を皆へ教えていた。


「あの手帳、どうやら魔動機文明時代の末期に書かれた物のようでして、魔動機の操作方法に関して書かれていました」


 通路の障害物をよけながらも、ヒスイは語りつづける。


「……手帳によれば、この施設の《格納庫》にある魔動機コンソールを操作するためのメモだったようですね。まだ完全に読み解いたわけではないんですが、どうやらその端末は一部の隔壁を操作できるみたいです」

「隔壁か……どこの壁なのかはわからないが、了解した」


 冒険者たちは、戦闘が行われたT字路を左に曲がり、西側の通路をすすんでいく。このあたりの通路は激しく損傷しているようで、何かしらの争いがあったことは容易に想像できた。昨日、アルテミスのメンバーが戦闘した時の跡よりももっと激しい跡が残されている。


「随分ひどい壊れ方をしてますね~、歩きにくくて仕方がない……」

「この壁、かなり硬そうなんだけど。こんなものを融解させるほどの熱量ってなにしたんだろうね。昔の人は」


 融解した壁を見ながら、エクシアとレイジィがつぶやく。彼女たちもかなりの腕の冒険者であるのだが、それらの戦闘跡は、彼女たちの引き起こす戦闘以上の苛烈さを物語っていた。


 不意に、先頭をすすむイリが片手を上げてパーティーの前進を止める。一瞬にして空気が張り詰め、それぞれ武器を握るが、イリはそれをとどめた。


「大丈夫、敵ではない……が、もっと厄介なものかもしれん」

「というと?」

「あれだ」


 イリが指さす先には、巨大なタンクのようなものが通路の転がっている。だが、そのタンクには亀裂が入っているようで、そこから禍々しい色の液体と強烈な臭いが漏れ出ていた。


「……臭いますね、液剤でしょうか」

「なんかやな感じー」

「これは毒だな」


 タンクの目の前には脇道が続いているようで、脇道に入るにはこのタンクをどうにかするしかない。


「ど、どうしよ。無理やりな強行突破はやだなぁ……」

「そうですね、どんな影響が出るかもわかりませんし」

「だが、幸いなことに亀裂から漏れ出ている分だけだ。あの亀裂を塞げば何とかなるだろう」


 イリは自分の鞄の中から、冒険者セットを取り出しそこから毛布を数枚取り出した。


「私が行って、亀裂を塞いでくる」


 そういい、布を鼻に押し当てながらその亀裂まで一気に駆け抜ける。イリはすぐさま亀裂に毛布をねじ込み、すぐにその場から離れた。亀裂からの液体漏れは毛布によってとどめられている。


「……っ、なんとか、なったかな。吸い込む前に対処できたはずだ」

「原始的だけど効果的だねぇ」

「あとはしばらく待って、気体ガスが薄れるのを待とう。根本的な解決は、後からくる本職マギテックたちに任せるさ」


 それからしばらく時間を過ごし、異臭が薄まったところで、ようやく冒険者たちは先に進むことができた。タンク前の脇道は幅も広く、大きな魔動機や資材の移動があったことを思わせる。同時に、ここも壁や床の破損も激しく、あたりには破壊されそのまま放置されている魔動機が無数に転がっていた。


 警戒しながら進むアルテミスのメンバーだったが、脇道を進んでいくと不意に大きな空間へと出る。天井は高く、部屋の四方が十字状に広がっている。壁際には大型の魔動機を固定する固定台や、高所での作業を可能にする作業台が放置されており、ここが魔動機の《格納庫》だということがわかる。部屋の最奥には、今も尚固定されている人型の巨大な魔動機が、静かにたたずんでいた。そして、部屋の中央には大きい箱状の魔動機が設置されており、稼働中であることを示す緑色の灯りが灯っている。


「これは……素敵な発見ですね」

「ふむ、蛮族どもはこの資材は役に立たんと踏んだわけか」


 周囲を見渡しながら、手つかずになっている資材の山を見ながらイリはそうつぶやいた。


「あの中央の魔動機、あれなら預かっているマギスフィアを接続できるかもしれないね」


 エクシアはそういい、部屋の中央に設置された魔動機へと近寄る。その魔動機はいくつかのモニターを持つ魔動機で、周囲には同型のマギスフィアが置き去りにされていた。


「これ、同じマギスフィア……やっぱりこの施設のマギスフィアだったんだ~」


 レイジィはいくつか拾いあげながら、それらのマギスフィアを見る。それは、マギテック協会から預かっている物と同じもののようだ。


「ふむ、この研究所のもので間違いなさそうだけど、研究所の端末なのか……まぁ、接続してみればわかるか」


 エクシアは預かったマギスフィアを魔動機にセットしながら、マギスフィアにいくつかケーブルを差し込んでいく。すると、真っ暗だったモニターに文字列が表示される。それらは全て魔動機文明語で表示されていた。


『……接続を確認。端末認証を開始。端末番号31415。端末より、再起動手続きを開始……』


「お、うごいたうごいた。このコンソールでイイっぽいね」

「そうみたいですね、あの手帳に書いてあったコンソールというのも、これみたいです。いくつか記述にあったボタンがありますから」


 全員が見守る中、コンソールにはどんどん文字が表示されていく。


『再起動実行。設備保全システムを再開……実行。実行。完了』


 コンソールの処理が進むごとに、機能を回復していっているようで、格納庫内に灯りが灯る。どうやら、施設の管理システムを再起動させようとしているらしい。


『……警告。異常なプロセスを確認。警告、外部からの攻撃の可能性があります』


「おい、見えたか?」

「な、なんかすごい物騒なことを言われてるような……」


 レイジィの言うとおり、コンソールに表示される文字列は、不気味な赤文字へと切り替わる。文字列は「警告」の二文字であふれ、異様な気配を発し始めた。


『警告、警告、警告。プロセス224番から異常を検知。非常警戒態勢へシフト。アクセスエリア割り出し……格納庫エリアより、異常なアクセスを検知』


 その文字列と同時に、施設内に響きわたるほどの警報が鳴り響く。周囲を見渡せば、入ってきた通路は巨大な壁がせりあがり完全に封鎖されている。四方の壁の一部が自動的に解放され、その奥からは無数のグルバルバたちが飛来し始めていた。


『────外敵の侵入と断定。当施設“ヒュブリス・ベース”は防御機構を動作させ、外敵の排除に移行します』


「……謝ってください!!」


 警報音の鳴り響く格納庫に、ヒスイのむなしい叫び声が響く。


「どちらかといえば、謝るのはこっちだろう。そして謝っても意味はなさそうだ」

「おーっと、どうやら相手も本気っぽいみたいだよ。あれあれ」


 エクシアはそう言い、壁に固定された魔動機を指さす。そちらを見れば、一体だけ固定されていた人型の魔動機がゆっくりと起動しはじめている。銀のボディに盾と剣を装備した、巨大な騎士を思わせる魔動機だ。それは、一歩、また一歩とアルテミスの方へと歩み始めている。


「これは……やるしかなさそうですね」

「あぁ、腕が鳴る」


 ヒスイは棒杖を取り出し、イリはその大きな翼を広げ、はためかせ始めた。


「やー、まぁこんな気はしてたよね。アッハハ!!」

「わ、笑いごとじゃないんですけど! あぁ帰りたい……!!」


 笑い声をあげながらエクシアはジェザイルを取り出し、弾丸を装填する。そんなエクシアを見ながら、どんよりとした表情でヒスイは駒を取り出し、ドンダウレススカーレットを呼び出した。

 彼女たちの目の前には巨大な銀の騎士と、付き人のように数体の魔動機がさらに起動している。そのうえ、パーティーを取り囲むようにして無数のグルバルバが迫っていた。退路を断たれ、絶望的な状況の中でも、その目に諦めの色はない。武器を取り、「アルテミス」は未知を切り開くため戦いへと赴いた。

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