006:暖かな時間

「大丈夫ですか? イリ」


 遺跡の搬入路には魔動機の残骸が、無数に転がっている。あたりには黒煙が立ち込めており、激しい戦闘の跡が残されていた。壁には弾痕が残り、床は爆発の影響で抉れている。そんな中、「アルテミス」のメンバーはT字路の中央に立ち、周辺を警戒していた。


「この程度ではトレーニングにしかならない、命のやり取りはしていないからな」


 美しい毛並みの翼を折りたたみ、イリは再び地面へと降り立った。銃撃を数発受けた彼女は、ところどころ出血しているものの、平然とした様子だ。


「いえーい、よっしよっし。んじゃー剥ぎ取りと治療と、警戒と……後始末しよっか」


 異様に元気な声を上げつつ、エクシアは大破した魔動機の残骸へと既に手を伸ばしている。使えそうな魔導部品を入手するため、残骸をさらに解体していっていた。


「では私が警戒しよう。剥ぎ取りはエクシアとヒスイ、治療はレイジィに任せる」

「あ、はいはい。じゃあ動かないでくださいね……癒しの祈りキュア・ウーンズ


 レイジィが再び傷を癒し、その間にも剥ぎ取りを行うエクシアとヒスイ。しばらく後には解体も一段落したのか、幾つか部品を持って二人が現れた。


「あれ、イリは?」


 部品を剥ぎ取り、ご満悦な様子のエクシアがイリの不在に気が付いた。薬瓶や薬草をチェックしていたレイジィは、


「えっと……東側通路の先を覗いてくるって言ってましたよ。あ、噂をすれば戻ってきた」


 と、東側通路から戻るイリを指さす。イリは何故か砂まみれの様子で、その手には何か握られている。イリはその手に持った何かをヒスイへと投げ渡す。慌ててヒスイが受け取り、それを確認した。


「これは……手帳ですかね?」

「あぁ、この少し先を見てきたが土砂で通路は埋もれていた。が、少しだけ隙間があってな。そこをくぐった先に落ちていた」

「あぁ、だからそんな砂まみれに。せっかくの綺麗な羽毛がじゃりじゃりに……」

「砂浴びをすると羽がきれいになるのでな」


 残念そうな声を上げるレイジィと平然とした様子のイリを他所に、ヒスイはその手帳をぱらぱらとめくり、中身を確認していく。


「これ……魔動機文明語で書かれてるみたいですね」

「へぇ、なんか面白いこととか書いてあった?」


 興味深げに問いかけるエクシアだが、ヒスイは渋い顔をし


「いえ……内容が難しくて、すぐには把握できそうもありません。解読にはしばらくかかるかと」

「んじゃあ今日はこのぐらいにしよっか? そろそろいい時間だろうし」


 と、一時ベースキャンプへと戻ることを提案する。


「そうだな、昼と夜とで遺跡の中が変わることはないだろう」

「石橋をたたいて渡るくらいがちょうどいいですからね、エクシアにしては良い判断です」

「はぁ~……今日が終わりでうれしいような、明日もあるから悲しいような……」

「えー? レイジィはもっと探索したいって、やる気だねぇ」


 戦闘後の息抜きにそんな雑談をしながらも、彼女たちは一時遺跡を後にして、ベースキャンプへと戻っていったのだった。


                **


 来た道と同じ経路をたどり、「アルテミス」のメンバーは遺跡の外へと出る。遺跡の中にいたときは気が付かなかったが、空はすでに茜色に染まっており、時刻はすでに夕方になっていた。海から吹く潮風が、なんとも心地よい時間帯だ。

 ひとまず戦いの傷を癒し、体力と魔力を回復させるため、ベースキャンプにて休息をとる彼女たちだったが……


「あたしお腹すいたー」


 と、エクシアが声を上げる。その言葉に、遺跡に潜ってから保存食を齧る程度で、まともな食事にありつけていないことを皆思い出す。


「ワタシもおなかすいた……スカーレットもおなか減ってるだろうし」

「そういわれてみれば、まともな食事を半日ほど取ってないな」

「そうですね……食材も調理場もあるみたいですし、まずは英気を養いましょうか」


 ヒスイが指さす方には、簡易ながらも調理場が備え付けられている。食材も思った以上に保管されており、料理を作るのに不自由はない。……だが、ここで一つ問題が発生する。


「……え、だれが料理するのこれ」


 レイジィの言葉に、皆無言を貫き通す。


「私はこの手帳の解読に忙しいので……ご飯はお任せしましたよ!」

「あたしもパスー、魔動機弄るのに忙しいし」

「となると、私とレイジィが担当か」

「えぇ~めんどくさいなぁ……」


 立ち上がったイリは、そろそろと逃げようとするレイジィを捕まえてそのまま調理場へと引きずっていく。


「……あの二人に任せて大丈夫でしょうか?」

「ま、大丈夫でしょ。流石に食べれないものはできないだろうし」


 そんな二人を、ヒスイとエクシアは不安げに見守るのだった。



 しばらく時間が経ち、ヒスイは例の手帳とにらめっこしていた。手帳は魔動機文明時代の技師が残したものらしく、何かの操作手順がびっしりと書き込まれている。読むこと自体は問題ないのだが、専門用語が多すぎて内容の理解にはまだ時間がかかりそうだった。

 エクシアはエクシアで、マギテック協会から預かった謎のマギスフィアを調べている。相変わらず、意味不明な数列はマギスフィアの表面に表示されており、その内容は解読不能であった。探索しながら、マギスフィアを接続できそうなコンソールを探してはいたが、それらしい魔動機も見当たらない。


「はぁ……難しいですね。そういえばあれから時間が経ちましたが、二人は大丈夫ですかね」

「もーお腹へったんだけど。あの二人なにしてんだろ?」


 すっと立ち上がったエクシアは、別室にて調理中の二人を覗き込もうとし……


「む? どうした二人とも、待たせたか」


 突如現れたイリに埋もれるようにして止まった。イリは大皿を持ちながら、自身の胸に埋もれたエクシアを見下ろしている。エクシアは上を向き、


「いや遅いよー、お腹が減って────」


 とまでいい、そして固まった。


「どうしましたエクシア、突然固まって────」


 様子を見に来たヒスイは、イリに埋もれるエクシアと、イリと、そして彼女の持つ大皿をみて同じように固まった。


「イ、リ……それは、一体……」

「一体って、飯だが」

「いや、そのいろいろと“生”な盛り合わせは……?」


 固まるエクシアとヒスイの目線の先には、イリの持つ大皿がある。大皿の上には、切り分けられた肉が乗せられているが、そのどれもが完全な生だ。豪快に、かつ、豪快に盛られた肉の山と、解凍されたと思わしき生魚。そして、ざっくり切り分けられた果実と野菜が乗せられている。


「ウチの里ではよく食べられる代物だ。名づけるなら……そう、生命バイタリティ料理だな」


 絶句する二人を他所に、イリはその大皿をドンっと机に並べる。


「ラクシアの生きとし生けるものを、そのままに食す。あらゆる命に感謝し、料理した」

「えっ、これ火を通すんですよね?」


 混乱から目覚めたヒスイは、その大皿を見ながらそうつぶやく。イリは当然、という表情で、


「いや、このまま頂くが?」

「……そうだった、イリはリルドラケンだった……」


 ふらふらと座り込むエクシア。ヒスイは、


「な、なんですかこの“ヘンテコ”な料理(?)は! そもそも食材切っただけじゃないですか!」

「……都市の奴は本当に誰もがそう言うな。まぁ口にいれたらどうせ印象が変わるんだ、黙って食え」


 イリはどっしりと座り、二人の顔を見る。そしてふと思い出したかのように「安心しろ」と声をかける。


「ちゃんと調味料は用意してある。そのままでもいいが、二人はきっと味を変えて楽しみたいだろう?」

「そこの気遣いはできるんですね……」


 そこに、ふらりと現れたのはいくつか小皿をもったレイジィだ。


「ご飯できたよ~、あぁイリのやつももう並べてあるんだ」

「はっ……そうだった! まだレイジィの作った料理があるんだった!」

「こ、これは期待するしかありません!」


 二人の異様にぎらついた目線を受け、レイジィは不思議に思いながらも小皿料理を机に並べ始めた。


「イリが大皿で作ってくれたから、私は小皿でちょっとしたものを……」

「おぉ、これはよさ……そう……な」

「……ねぇレイジィ。これって、これって保存食じゃない?」


 エクシアが指さす小皿には、保存食をふんだんに使った保存食料理が並べられている。数種類の干し肉に保存用の硬いパン。それを簡単に煮込んだらしきものが、ドライフルーツと共にだされている。


「保存食と保存食を組み合わせて作った……名づけるなら精神マインド料理、かな?」

「せ、精神マインド? どこら辺にまごころ要素が……」

「いや、作るのが簡単で私が楽」


 目の前に並べられた、生命バイタリティ精神マインドの究極料理たち。いろんな意味で生唾を飲む料理が、二人の前で食べられるのを待っている。二人は恐る恐る、それぞれの料理を口へと運んだ。


「……いがいと……いけますね」

「うん……何故か美味しい。お肉やわらかいし、果物も新鮮だ」


 イリの作った生命料理は、見た目こそ豪快だが丁寧に下処理はされており、口に含めば柔らかな甘みや旨味を味わうことができる。ぱっと見は一体何の肉なのかわからないのが欠点だが、文字通りそれにさえ目をつぶれば非常に美味しい。


「こっちの……レイジィのも、しっかりとしたコクがでてます……! これは上にバターを乗せたんでしょうか」 

「うっ、見た目と味が不一致を起こしてて不協和音が凄い……けど美味しい」


 レイジィの作った精神料理は、使っている食材こそ保存食で見た目も保存食だが、組み合わせることによって深いコクが生まれていた。ところどころに、手をかけないで美味しくできる一手間も加えられている。


「へへへ……美味しくできてよかった」

「ふむ、レイジィの料理もこれはこれで、最先端の料理だな」


 こうして、冒険者たちは斬新な料理に舌鼓を打ちつつ、遺跡探索の初日を終えていったのだった。

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